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第五章 その2「多勢に無勢の戦い」

東京都新宿区新宿駅構内



 検問でゲリラと交戦した宮下巡査はゲリラを追っていた。途中で掴まえた新宿署交通課の平田巡査と共に駅構内を進み、途中で出会った救急隊員達のために安全を確保しながらテロリストを追うと夥しい数の人々が銃撃を受けて倒れていた。

 壁には弾痕が刻まれ、血痕が飛び散り、壁の広告のアクリル板も砕け散っている。床には人々の靴やカバン、所持品が転がり、無数の人々が倒れ伏している。倒れた人々の多くは銃撃を浴びていて床には血が広がりつつあった。火災報知機も鳴り、すぐ近くで未だに銃声や悲鳴、怒号が聞こえる。


「こんな、こんな……」


 平田はその光景を見て顔を青くしていたが、宮下は怒りに燃え上がっていた。手に持ったAK-102自動小銃の取り扱い方は何となくだが、把握した。これ以上、テロ・ゲリラによる蹂躙を絶対に許してなるものかという怒りが身体を突き動かした。


「宮下巡査、どうするんです!」


 無線には警視庁特殊部隊(SAT)災害派遣医療チーム(DMAT)等がすでに出場した内容が流れていた。一連のテロ攻撃は、日本国内での擾乱を狙った北朝鮮破壊工作員(ゲリラ・コマンド)による可能性が高いことも伝えられている。

 後ろについてきていた救急隊員達も目の前の光景に言葉を失いながらも救命処置を開始する。


「このままでは被害が増える一方だ。俺達が最も現場に近い。奴らを止めるんだ」


「ですが……」


 宮下は平田を無視して新宿駅西の通路の一つに入って階段を駆け下りた。


「警察です、道を開けて!通してください!」


 狭い通路を大勢の人々が必死に逃げようと向かってくる波に逆らうように宮下は走った。通路を抜け、駅に入る。複雑な構造の新宿駅だが、市民が逃げてくる方向を目指して走ればテロリストに行きつくはずだ。

 駅構内で警戒中だった警察官がひとり、市民の避難誘導に当たっていた。


「新宿署の宮下巡査です。マル被の行方は?」


 宮下が持つAK-102自動小銃を見てぎょっとした若い巡査は市民が逃げてくる方向を指さした。


「立花巡査長だ。あっちから銃声が聞こえた。向かうのか?」


「はい」


「俺も行こう。君は?」


 平田に立花が聞いた。


「自分も行きます」


「分かった。拳銃抜け」


 宮下を先頭に三人はゲリラを追った。さらに銃声が聞こえる。市民が転がるように逃げていて、床に足を滑らせながら必死に通路を走ってくるものやヒールを捨てて裸足で走っている女性もいる。


「お巡りさん、助けて!」


 通路の奥で駅構内の喫茶店の店員らしき深緑色のエプロンを着た若い女性店員が叫んだ。彼女の傍らには初老の女性がいて、その店員が避難を誘導している最中だった。しかし、その向こうに作業服姿の男が二人見えた。その手には黒い自動小銃が握られている。


「伏せて!」


 宮下は叫び、AK-102を構えた。作業服姿の男達は手にしていた自動小銃を咄嗟に向けようとするが、宮下の方が速かった。宮下が引き金を引くと想像以上に強烈な反動で銃床が肩を蹴った。最初から胴体を狙った危害射撃だったが、反動に備えて力んだせいで宮下の銃弾は作業服姿の工作員の足の爪先を直撃した。

 男が獣のような唸り声を上げてこちらに向かって自動小銃を発砲した。宮下たちの隠れたコンクリートの柱が銃弾を浴びて破片をまき散らし、煙を吹く。

 店員と初老の女性は床に伏せていた。だが、いつ流れ弾が当たるか分からない。

 宮下は銃弾を浴びる柱から銃口だけ出して伏せる市民に当たらないように単発で五発発砲した。

 工作員側からの銃声が途絶える。その隙に立花と平田が拳銃を構えて飛び出し、宮下も寝転がる様に飛び出した。足を撃たれた工作員をその隣の工作員が引きずって通路の向こうに姿を消すところだった。平田が拳銃を一発発砲したが、当たらなかった。


「あの二人を助けろ!」


 宮下はAK-102を構えて立ち上がると怒鳴った。立花と平田が拳銃を構えながら床に深く伏せた二人を立たせて後ろに下がらせようとする。その時、通路に工作員が銃口を向けて出て来た。

 宮下がすかさず発砲し、角から姿が見えた工作員の上腕付近に銃弾を叩き込んだ。直撃しなかったが、作業服が千切れ、工作員はすぐさま奥に逃げた。

 立花と平田が二人を避難させたところで宮下は銃口を構えながら通路を後退した。


「こちら新宿11、新宿駅構内、現在マル被と接触、射撃による逃亡の防止を実施中!」


『本部より新宿11、新宿駅構内、細部現在地を報せ。どうぞ』


 その無線に応じようとした時、工作員が通路に飛び出して射撃してきた。銃弾が宮下のいる通路の壁を叩き、掲示物のアクリル板が砕けて降り注ぐ。宮下もさらに数発を発砲して応戦した。


「現在地は……小田急線改札口付近!どうぞ」


『本部了解。応援を派遣する』


 立花たちが後ろから数発発砲して援護射撃する。宮下はその間に弾倉に残っている弾を撃ち切ると肩にかけてきたダッフルバックを開けてAKのバナナ型と呼ばれる湾曲した弾倉を取り出して弾倉で小銃の弾倉を止めるレバーを弾いて空弾倉を捨てると、その弾倉を小銃に込めて槓桿を勢いよく引いた。

 立花と平田は予備の拳銃弾を持っている訳ではないため、すぐに撃ち尽くしてしまうだろう。そうなれば自分だけが戦うしかない。宮下はそれでも攻撃の手を緩めるつもりはなかった。





東京都新宿区市ヶ谷防衛省A棟



 市ヶ谷の防衛省の目と鼻の先でテロ事件が起きている。しかしテロは新宿だけではなかった。

長崎県佐世保市の在日米軍基地にトラックが突入。基地内部で自爆し、米軍兵士ら十七名が死傷。さらに青森県三沢基地にも侵入者があり、米軍保安部隊と空自基地警備隊が銃撃戦の末に武装ゲリラ八名を制圧し、現在も基地内を検索中だ。

 山口県岩国基地にはドローンが侵入。警戒中の米軍が撃墜したが、撃墜したドローンには爆発物が搭載されており、その爆発で二名が負傷している。さらに十名近い武装犯が岩国基地に侵入したとの未確認情報もあった。


「これは北朝鮮による同時攻撃です」


 色めき立った幕僚達の様子に清住統合幕僚長は眉間に皺を寄せていた。現在、自衛隊は弾道ミサイル防衛、在韓邦人救出、そして北朝鮮領内における策源地攻撃並びに拉致被害者奪還作戦という多正面同時の重要なオペレーションを遂行中だった。この上、国内におけるゲリラ・コマンドによるテロ攻撃への対応することになり、負担は相当なものとなりつつある。

 陸上総隊司令官は邦人救出を担当しており、陸上総隊は半島のミッションに付きっきりだ。ゆえに国内での不測事態対処には中央即応集団が当たることになっていた。

 中央即応集団(CRF)は、有事に迅速に行動・対処する為の部隊として中央即応連隊や第1空挺団などの機動運用部隊や中央特殊武器防護隊などの専門部隊を一元的に管理・運用する目的と、国際平和協力活動に関する研究及び教育訓練及び指揮を行う為に防衛大臣直轄で設置されている。国内展開時には、増援・緊急対応部隊として機能し、国外展開部隊に対しては指揮機構の役割も有しており、現在半島で進行中の作戦についても中央即応集団の国外担当部門が陸上総隊と共に指揮を執っていた。

 座間の司令部からUH-1で緊急移動した中央即応集団司令官の大木陸将と国内担当の桑原陸将補はすでに中央指揮所の国内部門の運用室にいた。

 幕僚達が詰めた運用室の中央モニターには東京二十三区を中心とする地図が表示され、各部隊の展開状況が一目で分かるようになっていた。


「直ちに即応集団の一隊を新宿に急行させろ」

「了解」


 第一空挺団、中央即応連隊、即応機動師団、即応機動旅団等の部隊の上級司令部である中央即応集団(CRF)隷下に現在、国内での緊急事態に対応する緊急即応部隊(QRU)が編成されていた。

 出動命令から十六時間以内に日本全国に緊急展開するQRUの中でも木更津駐屯地で待機していた第一空挺団第2大隊は同時多発的に日本国内で起きたゲリラ攻撃の一報を受け、すでに出動の準備を整えていた。

 四機のUH-60JA多用途ヘリと二機のCH-47JA輸送ヘリに乗り込んだ一個中隊の緊急即応部隊が木更津駐屯地を発進。新宿へ急行した。

 さらに防衛省に隣接する市ヶ谷駐屯地に前進展開して警備に当たっていた第1師団の第32普通科連隊の第4中隊や練馬の第1普通科連隊、第1偵察大隊が新宿駅に急行する。


「QRU、出動。32iR4Co、新宿駅到着まで一〇分。木更津を離陸した空挺中隊の到着は二〇分後です」


 桑原陸将補が清住と大木に伝える。


「日本国内の市街地で自衛隊が戦闘を行うことになる。民間人への被害は絶対に避けろ」


 清住はその言葉を強く協調して命じた。

 軍人が使う用語の一つに『コラテラルダメージ――避けることが出来ない最小限度の損失』がある。諸外国の軍隊でも民間人の犠牲を最小限にとどめなくてはならないが、任務遂行が優先される。だが、日本の自衛隊や警察には使われない用語だ。

 隊員の命が危険に晒される危険があった。だが、自らの身命に変えてでもこの国と国民を守ると宣誓した自衛官と、国が保護し、守るべき文民は全く異なる。

 現場の隊員達はそのことを認識しているのだろうか。清住はそんな不安も覚えていた。


「霞が関とその周辺には第32普通科連隊が展開。巡察警備を強化し、即応部隊がヘリ、及び車輛で待機中です」


「警視庁が交通規制を開始。山手線管内に緊急配備、首都高の一般車両立ち入りを制限しました。1連隊及び1偵は首都高を移動し、展開します」


「東方衛生隊、第一陣、防衛省に向かい前進開始」


「緊急搬送先の確保は?」


「武器使用許可は?」


「現場空域の飛行調整はどうなってる?報道のヘリを空域から排除しろ」


 国内部門の運用室はすでに混乱に近い騒然となっていた。

この設定は2010年代に書いていた頃の設定が懐かしかったので敢えて踏襲しています。あの頃は、中央即応集団は廃止されずに陸上総隊が設置され、ストライカー旅団の大隊版のような「緊急即応群」と呼ばれる多職種混成の常設戦闘団が中央即応集団隷下で各方面隊に一個置かれるという設定でした。(昔書いていたミラージュ辺りで襲撃を受けた築城基地に緊急即応群がヘリボーンで駆けつけるシーンがありました。緊急即応群の名称の元は中央即応連隊が発足する前の案だった緊急即応連隊です)

改変した拙作では有事の際は各方面隊から引っこ抜かれた即応機動師団・旅団が中央即応集団隷下に置かれるという設定にしました。

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