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第四章 その6「目前の撤退」

 八木原は背中を撃たれていた。背嚢とその中身を貫通した弾は運動エネルギーを失っていて体内でとどまっており、衛生員である板垣が坂田と高野の二人の手を借りて処置を行っている。

 その間、八木原は激痛で顔を歪めつつも意識を保っていた。板垣が弾を摘出するとそれは捨てずに記念に持ち替えると言ってジップロックの小袋に入れている。


「よし、士気は旺盛だな」

「ああ。大丈夫だ、歩ける」


 止血処置を行うと八木原がそんなことを言い出した。その八木原の様子を見て、那智は思ったより重傷ではないのかもしれないと思ったが、手当てを終えて戻って来た坂田は渋い顔をしている。


「八木原は?」

「重要な血管や臓器には幸い当たっていなかった。不幸中の幸いだよ。仕方ないけど、俺は歩かせたくないね」

「前進するぞ」


 山城が声をかけ、膝をついて影で話していた那智と坂田は立ち上がった。

 八木原の荷物を分配され、84mm無反動砲M3を三班の的井2曹が持った。的井は7.62mm小銃と無反動砲という有様だが、露払いをする一班に無反動砲は回せなかったのだ。

 他の隊員のサブザックである斥候用3デイバックを背負い、小銃を持って八木原はよろよろとついてくる。

 負傷者は二班に加えられ、パイロット達と共に板垣に様子を見てもらいながら歩いた。比較的怪我もなく元気なバローズ大尉が重量物を持って苦悶の顔を浮かべて余裕がなくなりつつある隊員達に変わって八木原をサポートしていた。

 敵は大きな打撃を受け、しばらくは時間を稼げただろうが、こちらの足は疲労と負傷者、そして濡れた地面で確実に遅くなっている。

 予定の時間をオーバーすることを剣崎が伝えると司令部はヘリの到着を遅らせることを了承してくれた。


「止まれ」


 ポイントマンを務めた西谷の合図で一班は動きを止める。


「前方百メーター、LZ地域」


 山城に那智が報告する。

 偵察分遣隊は三十分遅れで予定された着陸地点(LZ)に到着した。まず那智達一班がLZ地域の安全化を行う。


「西谷、坂田前へ。安全化しろ。那智と俺は援護、大城と久野は後方警戒と主力の誘導だ」


 那智はハンドサインでその指示を伝えると坂田は僅かに頷き、右手で小銃を構えたまま同じく小銃を構える西谷の肩を掴んで西谷を向かわせたい方向に押し、ぐるりとLZとその周囲の検索を開始した。

 敵の痕跡がないことを確認し、坂田が合図を送ってくる。那智はそれを大城達に伝え、遅れて進んでくる主力を大城達が誘導した。


「大丈夫か、このLZ。ほとんど林だぞ」


 大城があたりを見渡してぼやく。大城の言葉通りLZ地域は開けた場所もあったが、その幅は狭く、CH-47JAを下ろすには厳しく、また地面はぬかるんでいてヘリの着陸は厳しい。


「降りられないから吊り上げかEXT離脱になるな」


 LZに到着した八木原の顔からはすでに血の気が失せ、意識が朦朧としていた。板垣が血液増量剤などを輸液し、八木原の処置を続け、バローズ大尉がそれを手伝っている。

 LZ到着を野中が司令部に無線で報せ、隊員達は周囲に展開して全周警戒の配置を取る。追手はまだないが、那智は追尾を受けているという予感が常に頭から離れなかった。


「降着の邪魔になる木を爆砕する。爆薬を仕掛けろ」


 剣崎の言葉で隊員達は配置についた位置で背嚢から爆破薬を取り出した。それを大城が回収して回り、那智達は坂田の指示で邪魔になる木を選定していく。なるべく大きな木を選ぶ。大きな木を適切な方向に倒せば他の小さい木も巻き込むからだ。

 木は根元から完全に破壊する必要はなく、ヘリコプターのローターが当たらなければいい。

 那智は指示された通り、木の根元付近をナイフで抉り、そこに坂田が幹の太さを測って計算し、量を調整したC4爆破薬を取り付けた。

 爆破はヘリが到着するギリギリまで待たなければならなかった。ヘリが来るよりも早く爆破して敵に察知されればあっという間に包囲され脱出できなくなる最悪な事態を招きかねない。

 爆破薬を仕掛け終え、それを再度点検すると那智達は窪みに身を潜め、ヘリを待った。待つ間もこそこそと動き、弾薬を再配分し、装備を点検し、水を分配する。さらなる戦闘に備え、準備に余念は無かった。

 十分ほどで野中の持つ対空無線が受信した。


『ウミギリ、こちらヴァイキング56。最終統制点(FCP)ユニフォーム、通過。送れ』


「ヴァイキング56、こちらウミギリ。着陸方位325度、LZ風向き340度、五ノット。LZ進入支障なし。送れ」


『ヴァイキング56、了解。引き続きLZへ向かう』


 通信を終えた野中は隣で警戒する剣崎に声をかけた。


「あと六分です」


「IRを焚け」


 剣崎の指示で板垣が持ってきた捜索救難用のIRストロボを点灯させた。

 ヘリコプターのエンジン音が微かに聞こえ、那智は顔を上げた。


「南東からエンジン音」


 泥の中に伏せた大城が囁く。


「味方だ」


 機影が見えた。陸自のCH-47JAチヌーク輸送ヘリとその護衛のSH-60Kシーホーク哨戒ヘリだった。

 CH-47JAはホイスト装置や空中給油プローブ、地形追従レーダー等を追加した特殊作戦仕様で、第1ヘリコプター団第103飛行隊の機体だ。一方のSH-60Kは海自の対潜哨戒ヘリで、魚雷の代わりにヘルファイア対戦車ミサイルを抱え、キャビンに74式車載7.62mm機関銃をドアガンとして装備していた。SH-60Kが先導して偵察を兼ねているようで、先に上空に現れ、鋭い角度でバンクを取って旋回する。T700ターボシャフトエンジンの甲高いエンジン音が響き渡った。

 空を支配する爆音が心強かったが、一方でその存在は敵にも明らかだ。


『ヴァイキング56、こちらハルシオン41。LZ、敵なし(ノーエネミー)友軍あり(フレンドリー)


「ヴァイキング56、こちらウミギリ。視認した。LZ、2時の方向600」


 野中は真っ直ぐヘリを見ながら通信を行う。


『了解。LZのIRを確認。発煙不要。なお降着地域が狭いため、EXT(エキスト)離脱に切り替える。送れ』


「待て。これよりLZを拡張する」


 そう言って野中は剣崎に頷きかけた。


「爆破」


 ヘリがあっという間に迫っていたが、坂田は剣崎の指示で点火具を握り込み、仕掛けた爆破薬を起爆させる。

 周囲で爆発音が鳴り響き、地面が揺れた。いくつかの木が崩れ落ち、木の破片が那智達の頭にもばらばらと降り注いだ。計算通りの方向に周囲の木を巻き込んで大木が倒れる。LZがCH-47の着陸に対応できる広さにまで拡張された。


「LZの障害物を排除。着陸されたい」


『こちらヴァイキング56……あー、LZへ降着し、収容する』


 パイロットは一瞬当惑したようだった。


「了解」


 CH-47JAの巨体がLZの真上でホバリングした。ダウンウォッシュがヘリを待つ隊員達に吹き付ける。板垣やその周囲にいた隊員が負傷している八木原に覆いかぶさってダウンウォッシュから八木原を庇った。


「ヴァイキング56、こちらウミギリ。LZ地域の地盤は泥濘地。注意せよ」


『ヴァイキング56、了解。接地ギリギリでホバーする』


 CH-47のパイロットはその通りに地面にギアが触れるほどの高度でホバリングを保った。

 那智達は直ちに二人のパイロットと布担架に乗せた八木原をヘリに載せるために動き出した。

 久野と瀬賀、高野、的井が担架の両端を持ち、輸液セットを持った板垣と救出した海兵隊のパイロット二人がそれに続くよう隊型を取る。CH-47JAのランプドアから89式小銃を持った機付長と衛生科隊員が降りてきてこちらに向かって合図してきた。


「前へ!」


 合図を受けて高野が前進を指示する。

 高野が機付長に搭乗人員などを告げ、衛生科隊員が担架に駆け寄り、板垣がその衛生科隊員に八木原の様態を伝えながらヘリに向かう。那智達はその間、LZ周辺を警戒していた。


「よし、早く乗り込もうぜ」


 大城がヘリのエンジン音が響く中、怒鳴った。


「搭乗!」


 それに応じるようなタイミングで山城が声をかけた。隊員達が立ち上がろうとした時、不意に空気を切り裂く音が聞こえ、遅れて破裂音が聞こえた。


「狙撃だ!」


 山城が怒鳴り、隊員達は地面にぱっと伏せた。撃たれたのはヘリだった。振り返ると担架と共に歩いていた機付長が倒れていて、担架の隊員達は機内に飛び込み、機付長を高野曹長がバローズ大尉と共にCH-47の機内に引きずり込もうとしている。


「どっちからだ!?」


「三時方向に制圧射撃!」


 山城が怒鳴り、那智達はその言葉に応じて20式小銃を単発連射した。途端に敵の猛烈な応射が始まり、那智の顔面に向かってグリーンに光る曳光弾が飛び込んできた。頭に直撃を受けると思ったが、僅かにそれは逸れて後ろに過ぎ去った。一瞬にして激しい銃撃戦になった。

 敵の機関銃が横凪ぎに曳光弾をばら蒔き、目の前の木が砕けて破片が襲いかかってくる。那智はたまらず伏せて小銃を火点に向かって撃ち続ける。


「スモークを焚こう!」


 那智は射撃しながら声を張った。ヘリまで走る間、狙撃を受けなければ脱出できる。


「駄目だ、敵が近い、接近されるぞ!」


 山城がそれを否定する。煙幕はこちらの動きも隠すが、敵の動きも隠れてしまう。


「四時方向!敵散兵!接近してくる!」


 大城が怒鳴り、曳光弾入りの弾倉で射撃し、敵の方向を示す。さらに援護のために上空を飛んでいたSH-60Kがドアガンで応戦し、上空からも射撃音が鳴り響くが、それは心理的には心許ない。SH-60Kは未だにドアガンにいつ故障するか分からない旧式な7.62mm機関銃を使っていて、上空を飛ぶヘリからの射撃としては火力が不足しているように思えた。


「奇数番は射撃、偶数は60メーター下がって援護しろ!」


 山城が直ちに号令をかける。そのタイミングは絶妙だった。ヘリに向かいたいという欲求を皆が皆殺しているため誰も下がれなかったのだ。


「カバーよし、カバーよし!」


「動くぞ!」


 隊員達が相互に援護しながらヘリに向かって下がり始める。那智は左足ふくらはぎに火箸を押し付けられたような強烈な熱を感じてよろけながらも後退する。


「くそ、やられた!」


 突然、那智達から離れた位置で射撃していた近藤が叫んでひっくり返った。


近藤2尉(サブ)、被弾」


 それを聞いた板垣が銃撃を受けるCH-47JAの機内から飛び出してきたのが視界の端に見え、那智は驚愕した。板垣の周囲を曳光弾が掠めていく。


「あいつ、無茶苦茶だ!」思わず那智は射撃しながら叫んだ。


「くそ、援護しろ」


 山城が怒鳴る。


『こちらハルシオン!南東方向から敵影多数接近!』


 敵の攻撃を回避するためにSH-60Kが鋭く旋回する。敵側から機関銃の銃撃が飛んできて、緑色の曳光弾が目の前の地面に当たって上空に跳ね上がった。CH-47JAが狙われていて、銃撃を浴び続けている。CH-47JAがエンジンの回転数を上げた。


「おい、チヌークが離脱するぞ!」


「畜生!」


「くそっ、全員ヘリを援護しろ!撃ちまくれ!」


 山城が怒鳴った。CH-47JAは海兵隊のパイロットや八木原とそれを運んでいた隊員達を乗せて上昇し始めた。その上昇するCH-47JAの機体を曳光弾が叩き、風防が砕け、機体に弾痕が刻まれる。

 CH-47JAの機内には銃撃の嵐が吹き荒れていた。海外派遣仕様と同様坑弾板が取り付けられているが、それはパイロットや主要な部分だけで、キャビン内の隊員達はひたすら床に這いつくばって堪えるしかなかった。ランプドアから高野は身を乗り出して20式小銃を連射する。


「RPG!」


 坂田が叫び、山城が狙撃しようとする。7号発射管ことRPG-7を担いだ北朝鮮軍の兵士が上昇するCH-47JAを狙っていて、山城が7.62mm小銃Mk17で射殺する寸前に兵士はそれを発射した。


「危ない!」


 上空に打ち上げられたRPG-7の弾頭はCH-47JAの機体のぎりぎり真下を掠めていった。


「ヘリを援護しろ!」


 剣崎が怒鳴り、林内に向けて射撃した。林内にいた北朝鮮軍兵士がこちらにも発砲してくる。


「もうすぐ帰れたのに余計なことしやがって!」


 大城が悪態をつきながら20式小銃を連射した。SH-60Kの援護射撃が続いていたが、敵との戦力差がありすぎた。


『こちらハルシオン。対空砲火を受けている、回避する。第二回収地点へ向かえ』


「ブレイク・コンタクト!」


 剣崎が声を張り上げる。その号令で隊員達は共通の認識の元、態勢を立て直す。


「後退!」


 短く指示を出した剣崎に反応して山城と西谷が素早く敵との距離を取るために走る。その間に那智と大城は、敵に銃弾を浴びせて敵の移動や反撃を阻止する。


「ラインを維持しろ!」


『敵正面に火力発揮!二百メートル後退し、クレイモア設置。敵の足を止め、南方向に離脱する!』


 剣崎の指示が無線で飛ぶ。それを聞きながら那智は射撃し続けた。SH-60Kはかなり高度を上げたが、未だに射撃支援を継続していた。しかし7.62mm機銃一丁の火線は明らかに心細く、敵の動きを止めるには至っていない。


「動け!」


 山城の声が後ろから響く。今度は那智達が下がる番だ。


「動くぞっ!」


 那智は立ち上がり、全力で地面を蹴って走り出す。足元は岩や木の根、泥と最悪でここで足を取られれば死が待っている。荒く乱れた呼吸では心拍数をコントロールすることが出来ないため、走っている間は敵よりも呼吸を意識した。

 山城1曹達の横隊を越え、さらに後方に移動した那智達は射撃態勢を取ると合図を出す。


「カバーよし、動け!」


「動くぞっ!」


 同じやりとりが繰り返され、仲間の移動を射撃で支援し、火力で相手の頭を下げさせ、距離を取る。敵を狙って銃火の光目掛けて弾を叩き込むが、敵を倒せている手応えは無かった。銃火は無数でこちらの制圧射撃は焼け石に水だった。


『後方百、左に退避適地!クレイモア設置!』


「援護しろ!」


 那智は怒鳴ると背嚢を素早く背中から切り離し、指向性散弾を引っ張り出した。坂田も同様に指向性散弾を取り出し、信管を無線にして設置にかかる。


「カバーよし!」


 那智と坂田を援護するために射撃が密度を増す。


「下がるぞ!」

「動け!」


 那智と坂田は背嚢を背負いなおす。この数秒ですら惜しい。鋭い音と共に銃弾が掠め、那智のヘルメットに備わったPVS-31複眼暗視装置が被弾した。驚いて那智は地面に伏せる。追ってくる銃撃はなく、狙撃ではなく、まぐれだったようだ。しかし敵との距離はかなり近づいていた。敵は横隊に大きく広がり、火力を発揮してこちらを追い詰め、近づいてくる。


「大丈夫か!?」


 板垣が声を張り上げ、那智に聞いた。


「ああ!」


 那智は答えながら銃弾が飛んできた方向に十発以上の弾を撃ち込んだ。那智達は走りながら射撃し、止まっては射撃した。リーコンベストの弾納(マグポーチ)の弾倉をチェックする。残り四本しかない。そのうちの一本を交換して20式小銃に装填し、弾倉底部を叩いてから後退しきった槓桿を引いてスライド止めを解除し、遊底を前進させる。


「クレイモアを起爆しろ!」


 剣崎が吠える。那智はアドミンポーチと胸の間に突っ込んでいたリモコンを取り出すと安全装置を外してクリップを握る。凄まじい爆発音が響いた。さらに他の指向性散弾も誰かが起爆し、指向性散弾が炸裂する。指向性散弾正面の細い木々は打ち砕かれ、扇状の範囲が掃除された。指向性散弾を受けて生き残った北朝鮮兵達が呻いている。


「発射」


 西谷がM320グレネードランチャーを発射した。40mmHE弾が敵の正面に落ちて爆発し、破片をまき散らす。


「下がれ!」


「動くぞ!」


「動け!」


 敵が指向性散弾の爆発で動きを止めている間に那智達は、敵との距離を離隔するために重い背嚢を背負って全力疾走した。




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