第三章 その6「ディープストライク」
日本海上空 高度三万八千フィート
三沢基地より爆装して離陸し、日本海上でKC-767空中給油機からの空中給油を行ったF-15EJ戦闘機の二機と小松第303飛行隊のF-15J二機からなる編隊は朝鮮半島北部、北朝鮮領内へ侵入しようとしていた。
ホットマイク状態になった後席員との機内通話に、浅い呼吸音が聞こえてくる。後席の木坂はレーダーやIEWSを見て警戒していた。
「凄いな……」
東條の周囲には多数の戦闘機が編隊を組んでいて、フォーメーションライトがいくつも見えた。今まさに東條達と同様に三沢基地を離陸した米空軍の戦闘機部隊と、日本海の空母から飛び立った艦載戦闘機部隊が次々に入れ代わり立ち代わりで北朝鮮へと突入し、爆撃を行っていた。
グアムのアンダーセン基地を飛び立って嘉手納を経由して合流した米空軍のA-10CサンダーボルトⅡ攻撃機と合流し、戦爆連合を組んだ大編隊が東條達の真下を飛び抜けていく。横に大きく広がった戦闘隊形で、嘉手納のF-15Cイーグル戦闘機が先導している。
航空作戦はほぼ成功している。巡航ミサイル攻撃による反撃と共に、米海軍空母航空団の艦載戦闘機隊が長距離空対地ミサイルで敵の防空網を攻撃。レーダー施設や主要の地対空ミサイル陣地を破壊した後に北朝鮮へ突入。電子妨害機が北朝鮮軍の通信網を妨害して欺瞞。護衛電子戦機のEA-18Gを伴った敵防空網制圧部隊が長距離ミサイルで破壊できなかった北朝鮮軍の対空ミサイル陣地を攻撃した。
北朝鮮軍の地対空ミサイルの大半は戦闘が開始されてから二時間ほどで排除されていた。こうして大手を振って戦爆連合が北朝鮮の空を我が物顔で飛び回っている。
それでも東條は全く楽観していなかった。スクランブル発進して国籍不明機を要撃する時の緊張感とは違う。
これから自分達は航空自衛隊で初の防衛出動に基づき、北朝鮮領内における策源地攻撃を行うのだ。数時間前に行ったJASSM-ER空対地巡航ミサイルによる北朝鮮の防空施設に対する攻撃など、安全な洋上から行った、ただの巡航ミサイルのデリバリー飛行だ。
戦後七十年以上が立ち、それまで平和国家として武力行使を放棄してきた日本の転換点となることは間違いない。その先陣となることへの緊張感は尋常ではない。
『スラッガー03、こちらステイシス。ミッション・アップデート。目標方位235。距離七十マイル。ミッションNo.18・C。チャンネル、ゴルフシエラ22でFAC、ウミギリとコンタクト』
「ラジャー」
東條が応答している間に後席の木坂は周波数を確認して準備していた。
東條達に課せられた任務は、地上部隊と連携した北朝鮮領内に存在する日本の脅威となる弾道ミサイルの破壊。奇しくも、これまで合同訓練を行った水陸機動団の選抜隊員からなるチームが捜索しているエリアが担当だった。
木坂がATOから送られてきたデータをシステムに入力し、多機能ディスプレイに表示する。
F-15EJには統合戦術情報配分装置が搭載されており、リンク16データリンクシステムにより司令部や同じシステムを搭載するAWACSや艦船、友軍機などと戦術状況をリアルタイムでディスプレイに表示及び送信が可能である。また、自機が目標を捕らえていなくても友軍機が捕らえた目標情報から攻撃を行うといったことも可能だった。
地形データに、地上部隊と初めてコンタクトするCPと、攻撃進入する際のIPの座標が表示され、オーバーレイされた。
『ミッションNo.18・Cのデータをシステムに入力した』
木坂のマインドセットは戦闘モードになっていて、事務的な口調だった。
「確認した」
東條もそれに応じ、編隊間通信に切り替える。
「スラッガー04、メタル11、こちらスラッガー03。これより飛行禁止空域に入る。マスターアームオン、アーミング・ホット。針路235、ヘッドオン」
『二番機了解』
『メタル11、ラジャー』
二番機の大城戸と、護衛の第303飛行隊のF-15J二機のメタル編隊の編隊長が答える。二人のパイロット達の声は平静そのものだったが、東條の乗り込むF-15EJのコックピット内には静かな緊張感が漂っていた。
F-35の飛行隊もまだ北朝鮮の領空に侵入していないのだ。航空自衛隊の中では自分達が先陣を切ることになる。そして日本初の策源地攻撃を行う。その実感が湧いてきた。
四機は針路を235度へ向け、加速した。
野中はその後も空自の戦闘機を誘導し続けていた。爆弾を抱えた戦闘機が進入点を通過。爆撃体制に移行したことを野中が告げる。
「全員、安全な位置に退避しろ」
剣崎が指示する。距離が近い為、飛散物の危険があった。破片だけでなく、ミサイルの燃料や酸化剤等の有毒物質がまき散らされる可能性もある。野中以下火力誘導班が最後まで攻撃誘導を行う。
『爆弾投弾、着弾まで40秒』
空自のパイロットの声が野中の無線に響く。
「コピー」
野中は冷静に応答し、レーザー照準器を構える西谷に指示する。
『|レーザー照射まで10秒……照射せよ』
「照射開始」
西谷がレーザーを照射。野中の指示で終末誘導を行う。レーザーを照射開始してから約十秒経った時、爆発閃光が光った。
「照射やめ」
遅れて大地が震え、衝撃と轟音が響いた。飛んでくる飛散物は幸いなかったが、爆弾が着弾した地点では大きな火炎が広がり、さらに二次爆発が起きていた。遅れて飛び散った土が離れた那智達の位置にも降って来た。
「命中した」
西谷が呟き、那智が顔を上げると、三機の移動式発射車両は周囲の車両ごと破壊されて炎上していた。黒煙が膨れ上がって上空に立ち昇っていく。発射車両の周辺にいた者たちは、炎に照らされていて、動かぬ影がいくつも倒れている。無事だった兵士達が走り回っていた。
「スタンバイ爆撃評価」
野中が対空無線に吹き込む。
『コピー』
「ノーリアタック・リクアイアード。ミッションNo18・C、BDAターゲットデストロイ。ミッションコンプリート」
『ラジャー。ミッションコンプリート、スラッガー03、RTB』
空自の攻撃機の編隊は遂に姿を見せることなく、空域から離脱した。
『ウミギリ待機せよ。そちらに焼夷弾を搭載した米軍の攻撃機が向かった。コールサインはDバック23』
偵察分遣隊の要求通り焼夷弾を搭載した攻撃機が別の戦域より割り当てられたのだ。米軍機への攻撃統制も野中が行う。割り当てられたのは日本海から飛び立った空母艦載機で、F/A-18Fの二機編隊だった。
「到着まで九分」
「かかるな……。近藤、主力を率いて合流地点に向かえ」
「了解」
離脱経路の選定から戻った近藤は警戒員の那智、山城、西谷、坂田、大城と、攻撃誘導を行う剣崎、野中を除く隊員達を率いて合流地点に向かった。
攻撃を受けた北朝鮮軍は動揺していた。炎上する車輛を消火する者や負傷者を運ぶ者等、様々だ。谷間のトンネルの方ではライトが付き、車輛が何両かMSRに出てきていた。いずれも人員用の車両だ。
「逃げ出そうとしているのかも」
観測する西谷が言った。
「攻撃機はまだか」
野中が厳しい口調でAWACSに呼びかけた。
『Dバック23、到着まで五分』
「急げ。敵は離脱を始めた。逃げられるぞ」
野中が管制機に凄んだ。トンネルから出てくる北朝鮮軍の兵士達は慌てふためいていた。高射砲陣地も砲身を上空に向けている。
『精一杯急がせている』
『こちらDバック23。攻撃態勢に入った』
無線にDバック23が割り込んできた。野中はAWACSからDバック23の指揮を引き継ぐ。
「Dバック23、こちらウミギリ。攻撃誘導を行う。目標進入方位076。使用兵装Mark77。攻撃を許可する。レーザーでスポットする」
『Dバック23、ラジャー。IPまで30秒』
Mark77は無誘導爆弾のため、戦闘機自身がレーザー照射を捕捉し、爆撃コースを飛ぶ必要があった。
『レーザー照射』
「照射開始」
『目標捕捉。爆弾投弾!』
カウントは無く、突然谷間で爆弾が複数炸裂し、次の瞬間火炎が広がる。粘着質な火炎は谷間から抜けようと周囲に広がり、一瞬で三つのトンネルを炎で包んだ。
さらに二発のMark77が谷間と山肌に直撃した。高射砲陣地も火炎に飲み込まれる。
「スタンバイBDA」
辛うじて高射砲陣地の兵士達の姿は見えた。炎から逃れようと斜面を走っているが、追いつかれて炎に飲み込まれる。残酷な戦場の一面を目にしても剣崎と野中は表情を変えなかった。
「ノーリアタック・リクアイアード。BDAターゲットデストロイ。ミッションコンプリート」
「離脱する」
素早くレーザー照射器を分解して那智達は離脱にかかった。那智は先ほどの光景が一生忘れられないように感じた。
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