第三章 その5「ノドン・ハント」
第三章その3、その4を新しいものに差し替えました。
2018.4.30
朝鮮半島 北朝鮮国内
「1021、作戦第三段階が発動されました」
野中が小声で剣崎に告げた。北朝鮮の空に複数の戦闘機の爆音が聞こえるようになり、はるか遠くで雷鳴のような爆発音が何度か聞こえていた。開戦したのを知ったのはつい先ほどだ。
北朝鮮による奇襲的南侵から朝鮮半島の長きにわたる休戦状態は破られ、朝鮮半島有事が現実のものとなった今、武力攻撃事態と存立危機事態に対処するため、日本政府は自衛隊に対し、防衛出動を発令した。偵察分遣隊は作戦の段階を、潜入から弾道ミサイル捜索破壊へ移行する。
すでにアメリカは韓国軍と共に作戦計画5027を元にした共同作戦を開始。朝鮮半島に潜入している陸海の特殊作戦部隊と連携して制限的軍事行動を開始していた。
「各OP、動きは無いか?」
『OP1、現在まで異状なし』
『OP2、同じく』
各監視哨はMSR沿いに移動する車輛が無いことを告げていた。剣崎は監視の目を移動するか考えていた。その時、新たな一報が入る。
『こちら斥候02。数輛の車両のエンジン音を認む。これより捜索する。現在地は──』
その現在地を野中がポンチョを広げて赤色のライトを照らし、地図に示して剣崎に見せた。そこは衛星写真から発射場適地として見積もられている広場の一つの近くだ。
「野中、デジグネーターを準備しろ」
「了解」
野中は広げていた無線機を手早く畳み、移動準備を行う。各人荷物の重量が同じになるよう分配しているが、野中の装備は特に多い。マンパック型無線機にレーザー目標指示装置などの機材は大きく、偵察分遣隊の中では小柄な野中では押しつぶされそうだった。
本部班として加わっている空自の救難員である板垣3曹がそれを手伝い、衛星通信用の傘型アンテナを畳む。
「伏せろ」
周囲を警戒していた八木原3曹が声を上げた。素早く隊員達はその場に伏せる。南の方向で突然すさまじい轟音が響き、まばゆい光が空に現れた。
「ヘリ?」
そばに伏せた野中が呟いた。それがどこから飛び出してきたのか見当がつかない。どこのヘリにせよ、それはサーチライトを照らして真っ直ぐこちらに向かっているように見えた。だが、その時その光は近づいているのではなく、上昇していることに気付いた。そのまばゆい光はサーチライトではなく火の球だった。
「スカッドだ」
同様に傍に伏せていた板垣がささやいた。それが間近で発射されるのを見るのは誰しもが初めてだった。発射された地点は南に数十キロ離れた位置で、偵察分遣隊の捜索範囲外だった。
野中は即座に無線で本部に弾道ミサイル発射を確認したことを伝えている。
「見とれていないで急ぐぞ」
剣崎が言った時、無線が受信した。
『こちらスカウト02。“黒電話の花火”発見。繰り返す、“黒電話の花火”発見。送れ』
那智は興奮を何とか噛み殺していた。車輛のエンジン音を聞いて偵察に向かった時、弾道ミサイルがはるか南の方で発射されるのを見て、自分達は見当違いの捜索をしているのではないかと思っていたところで、三機もの移動式発射車両を見つけたのだ。
しかもその三輛が出てきた方向の谷間には偽装が施され、トンネルが隠されていた。よく見ると周囲には警備兵らしき姿も確認できる。北朝鮮軍の偽装基地まで見つけたのだ。
「“黒電話の花火”か。全く冗談じゃないぜ」
弾道ミサイルの隠語に不満があるらしい山城が呟いた。坂田と大城の斥候組スカウト03が後から追いつき、三機のTELが並ぶ広場を見下ろせる場所を探している。
「間違いない、ノドンですね」
那智は暗識していた北朝鮮軍の装備の特徴を思い出して言った。旧ソ連のMAZ 543Pを国産化した横幅の広い八輪のミサイル発射車両に、迷彩が施された巨大なミサイル本体が乗っている。
ノドンはまさに日本の脅威となる準中距離弾道ミサイルで、日本の大半を射程に収めている。弾頭はペイロードに合わせて高性能爆薬・核・生物化学兵器が選択可能。これは絶対に撃破しなくてはならない。
剣崎達本隊に報告し、本隊は誘導用のレーザー目標指示装置を持ってこちらに向かいつつ、すでに爆弾を搭載した航空機を要請している。
『02、こちら03。火力誘導適地を発見。これより本隊を誘導する』
「03、02、了解。くれぐれも慎重にな」
坂田達はもう適地を見つけたようだ。その仕事の早さに、那智は舌を巻く。
『スカウト02、こちら本隊。目標座標を報告されたし。送れ』
野中の冷たい声も今は心地よい。
「了解。座標で送る」
レーザー測距機を使い、那智は目標までの距離を測ると坂田達にも同様に距離を測らせた。
前方交会法で、那智達の位置と坂田達の位置の二点から方位と距離を取り、地図上でそれを重ねれば目標の正確な位置が分かる。
「偽装基地も確認している。擬装された対空砲の存在も確認」
『了解』
対空砲は23mm牽引式対空砲ZU-23がここからでは見えた。手動照準の低空防空用の対空砲で旧式だ。しかし他に対空火器が無いとも言い切れない。
『スカウト02は偽装基地の正確な位置を特定せよ。送れ』
「了解」
山城と那智はすぐに行動を開始した。
警備兵達は緊張した様子だった。指揮官が声を荒らげている。那智と山城は彼らを迂回して偽装基地の斜面を登り、トラバースして進み、トンネルの位置を確認した。
トンネルは谷に横穴を開けて作られたようで、三か所が確認された。空爆が行われていることを知っているらしく、対空警戒はかなり厳重だ。
その一つ一つを特定してまとめあげ、山城達は撤収した。
本隊の集結場所では、野中が指揮をとってその場で臨時編成された火力誘導班が航空火力の誘導準備を整えていた。迫撃砲小隊出身の西谷と、特科教導隊出身の八木原が野中を支援し、近藤2尉が野中を補佐している。斜面の中ほどに選定された地点は敵から発見されにくい茂みもあり、理想的な位置だった。
「ここから誘導する。だが、ここからでは通信が届かない。今アンテナを上に運んだ」
近藤2尉が言った。
「敵基地のトンネルはこの位置と、この位置。そのすぐ近くにもう一か所。人員と軽車両の出入あり」
「まだ他にも弾道ミサイルがあるとみて間違いないな。バンカーバスターで始末できそうか?」
「何発も落とせるなら。それよりもナパームのような焼夷爆弾を谷間に落とせば全壊は出来なくても、機能を喪失させることが出来ると思います」
山城の報告を聞いて野中はそれを早期警戒管制機に問い合わせていた。ナパームとは焼夷弾のことで、広範囲を焼尽・破壊する。自衛隊は保有した事すらなく、米軍でも廃止され、代替のMark77爆弾に更新されていた。
「戦闘機の到着は?」
自衛隊の近接航空支援は、米軍のように必要になったら無線で呼べばすぐさま爆装して発進し、駆け付けてくれる訳ではない。少なくとも一日前には概略要求を上げ、航空機を武装させて空に上げておかなければならない。この作戦に関しては戦闘機が必要な空域に向けて事前に戦闘機を飛ばしておく手順になっていた。
「二十分後だ」
「十六分後です」
野中が近藤の言葉を訂正した。
『ウミギリ01、こちらステイシス。ATOで基地の攻撃手段を検討中。攻撃機は待機させるか?』
野中は携行している二基の無線機のうちの一つで早期警戒管制機と通信を行っていた。野中は剣崎を振り返り、アイコンタクトを交わした。
「こちらウミギリ01。ノドンが起立を始めた。時間の猶予が無い。地上に展開したノドンを叩いたのちに基地を攻撃させる」
『ステイシス、了解。攻撃機のコールサインはスラッガー03。間もなくCP』
野中はAWACSとのやり取りを終えると、西谷が設置したレーザー目標指示装置を点検した。三脚で設置するレーザー目標指示装置は野中が苦労して北朝鮮への潜入に持ち込んだ機材だ。この機材を使いこなすだけで偵察分遣隊が運用する火力は特科大隊並に跳ね上がる。
「ミサイルを叩いた後に基地を攻撃するには、厳戒態勢の敵前に長くとどまることになる」
剣崎が言うと、近藤は立ち上がった。
「離脱経路の選定に向かいます」
近藤は瀬賀2曹を連れて離脱経路の偵察に向かった。
間もなく本当の爆撃が行われると思うと、那智は緊張した。思い出すと喉が異様に乾いていた。それでも水を飲むのは堪える。
『ウミギリ、こちらスラッガー03。CPに到着。ラジオチェック』
「スラッガー03、こちらウミギリ。感度大・明度良。フライト陣容送れ」
野中がCPに到着した戦闘機と交信を始めた。
『スラッガー03、了解。ミッションNo.18・C、当編隊はF-15四機編隊。二機はエスコートだ。兵装はGBU-54が6発、GBU-31が4発、20mm弾500発を搭載』
「GBU-54、6発、GBU-31、4発、20mm弾500発、了解。兵装指示、GBU-54。これより航空支援を誘導する。指令受領準備よいか?」
『ウィルコ。スタンバイ』
「方式2番でこちらが誘導する。IP、北緯3901デシマル40、東経12653デシマル121。機首方位253。IPからの距離、11海里。790フィート。目標は停止中のノドンTEL三輛。現在発射準備中。ノース3856デシマル571、イースト12648デシマル263。レーザーコード、ホテルデルタ560。レーザー照準線095。最終攻撃進入機首方位105。友軍、FSTウミギリ。目標を基点に距離0・6マイル東、離脱方位202」
『スラッガー03、リードバック』
F-15のパイロットがシステムに入力した内容を復唱し、それが正しかったことを野中が伝えるといよいよF-15の四機編隊は攻撃態勢に入ってCPからIPへと突入する。西谷が野中の指示を受けてレーザー目標指示装置を構えた。




