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第一章 「編成完結」


 沖縄県国頭郡金武町に存在する米海兵隊キャンプ・ハンセン。在日米軍の縮小に伴い、このキャンプ・ハンセンは陸上自衛隊との共同運用が行われ、陸自に新編された水陸機動団の一部部隊が駐屯し、国頭(くにがみ)駐屯地とも呼ばれるようになっていた。

 その国頭駐屯地内を陸自の戦闘服姿で背嚢とダッフルバックを持って内気な表情を浮かべた若い男が歩いていた。男の名は那智有希(なちゆうき)。二四歳の陸上自衛官で、階級は諸外国の伍長から3等軍曹に当たる3等陸曹。去年相浦の水陸機動団第1水陸機動連隊に転属してきたばかりの新参だった。今回、“ある任務”のために選抜され、相浦から移動し、臨時編成された部隊と合流しようとしていた。

 国頭駐屯地として米軍との共同運用が行われ、自衛隊員や車輛が動き回っていても余裕のあるやけに広々としたこの国頭駐屯地は、やはりキャンプ・ハンセンだ。まだまだ米兵の方がでかい顔をしていると那智は思いつつ、国頭駐屯地の中でも奥にある真新しい隊舎のロータリーを過ぎて玄関のドアに手をかける。この隊舎には部隊名が書かれた看板が掲げられていなかった。機密保持のためにこの隊舎の入り口は全て内から鍵をかけられるか電子錠で施錠されており、暗証番号を打ち込む必要があった。

 自衛隊版海兵隊と呼ばれ、水陸両用作戦能力に特化した水陸機動団は、米海兵隊からノウハウを学んでおり、陸自の中でも独特な気風を持っている。それでも同じ水陸機動団の第1水陸機動連隊はここまでの警戒はしていない。

 二重ドアの奥のドアの脇にあるテンキーに伝えられていた暗証番号を打ち込み、その先に進む。普通の部隊の隊舎の中央玄関なら賞状等が掲げられているが、ここは実に無機質だった。

 その奥の廊下から襟に1等陸尉の階級章を付けた陸自の戦闘服姿の男が姿を現した。長身と言われる那智よりもさらに少し背が高く、アスリートタイプのしなやかな筋肉を身にまとい、スポーツ刈りの頭の精悍な顔に鋭い眼光を光らせている。


「お疲れ様です」


 那智が自衛官の常套の挨拶と敬礼をすると無帽だった男は軽く頷いた。


「那智3曹、よく来たな。もうすぐ衛生要員もつく。作戦室に向かってくれ」


 そう歓迎の声をかけた剣崎辰巳(けんざきたつみ)1尉とは、すでに何度か顔を合わせているが、まだ慣れない。

 戦闘服の左胸には自由降下(FF)徽章と一対になった空挺レンジャー徽章だけでなく、冬季遊撃徽章と水路潜入徽章、潜水徽章が縫い付けられていて、五段になった徽章は襟に届いている。自衛官にとって左胸の徽章はスターテスだ。そしてレンジャー徽章はただの徽章ではない。自衛隊内では重要な意味がある。心身ともに言語に絶する試練を乗り越えてきた証なのだ。

 剣崎が優れた戦闘員であることは自衛官なら一目瞭然だった。 

 ちなみに那智の胸には、レンジャー徽章と洋上潜入徽章、潜水徽章の三つが縫い付けられている。剣崎の胸にある水路潜入徽章は、水陸両用基本課程と呼ばれる水陸機動団の隊員必修の各種教育を修了して得られる水陸両用徽章、その後洋上斥候に必要な技術の教育を修了して得られる洋上潜入徽章、偵察ボート(CRRC)の艇長として洋上生存術等の各種技術の教育を修了して得られる艇長徽章の三つを得て初めて得られる徽章だ。


「了解です」


 剣崎はもう一名、遅れてやってくる隊員を待っているようだった。那智はそのまま廊下を歩き、地下への階段へと進んだ。

 地下室も上と大して変わらないが、掲示物等が全くなく生活感は無い。ただし多くの隊員達が行き来していて中には防弾チョッキを身に着け、小銃を持った完全武装の隊員もいる。


「那智3曹、お久しぶりです」


 廊下を行き交う隊員の一人が声をかけてきた。89式小銃を一点式スリングで首から吊り、官給品ではない私物のプレートキャリアを身に着けた若者で、人の良さそうな笑みを浮かべている。


「西谷3曹、久しぶり。今日から合流だ」

「遂に編成完結ですね。荷物を持ちますよ」


 西谷は那智が持っていたダッフルバックを取って先を進み始める。屈強な隊員達が行き交う廊下は決して狭くないはずだが、広くは感じない。堂々と歩く西谷の後ろに続くことが出来て内心那智はほっとしていた。

 作戦室と呼ばれるバドミントンのコートが三つは軽く収まる広い会議室は今はパーティションで半分に分けられていた。片側は、「総務・人事」の一科、「情報・通信」の二科、「訓練・作戦」の三科、「兵站・補給」の四科の区分けで関係する文書が壁に掲示され、ホワイトボードや大机が連なり、何台ものプリンターやラップトップが事務机に並べられている。

 その一方にはイスが並べられ、ブリーフィングルームという張り紙が縦長のホワイトボードに雑に貼られていて、数名の隊員達が談笑していた。新参の那智を見るやそのうちの顔見知りの一人が荷物の置く場所を示し、壁際のコーヒーメーカーでコーヒーを淹れて紙コップを渡してくれた。


「これを見ておいてください」


 拳銃をベルトキットに吊ってコンバットシャツ姿のラフな雰囲気の坂田3曹はそう言って書類の束を那智に手渡した。防衛秘密の指定を受けていることを示す判が押された作戦計画書だ。思わず那智は眉根を潜めた。


「お察しの通りでしたね」


 隣のパイプ椅子に腰かけながら坂田が言った。

 何がお察しの通りだ最悪だ、と那智は心の中で呻いた。作戦計画書の内容は那智の予想通り、朝鮮半島における策源地攻撃だった。


「ノドンハント、それに邦人保護……」


 北朝鮮の保有する弾道ミサイルにはKN-2、スカッド、ムスダン、ノドン、KN-08、テポドン等がある。スカッドの射程は西日本の一部を射程に捉えているが、これは対韓国に使用されるとみられており、特に日本の脅威となるのはムスダン、ノドン、KN-08、テポドンだ。特にノドン、KN-08はTEL(Transporter Erector Launcher)と呼ばれる移動発射台を使用し、任意の位置から発射可能であることからその位置の捕捉、特定が難しく脅威となる。ムスダンも移動式だが、射程は中距離弾道ミサイル(IRBM)でグアム等が標的と予想されている。そのため、ノドンの自走式ランチャーが攻撃目標とされている。

 そして朝鮮半島内の邦人保護という曖昧な目標だが、内容は拉致被害者の奪還を示すものだった。


「湾岸戦争のスカッドハントみたいな任務ですよね」

「ブラヴォー・ツー・ゼロは御免だぞ」


 那智の言葉に西谷は苦笑交じりに肩を竦めた。湾岸戦争でスカッド破壊のためにイラクに潜入し、イラク軍に発見された英国陸軍特殊空挺部隊(SAS)のブラヴォー・ツー・ゼロチームの末路は言わずもがなである。

 作戦会議(MM)の時間が迫り、多くの隊員達が作戦室に集まって来た。ほとんどの隊員が見慣れない顔だ。那智を認めると軽く挨拶してくる者もいる。中には小銃を携行したままだったり、拳銃を所持していたり、装具をつけたままだったりとラフな雰囲気だ。規律が乱れているというよりは部隊のスタイルを表しているようだった。

 やがて戦闘服を着込んだ幹部達が入って来た。その先頭が剣崎1尉だった。


「気を付け!」


 先に作戦室に入っていた幹部が声を張り上げるとそれまで雑談していた隊員達は一斉に立ち上がり、姿勢を正す。


「休め。今日から新たに那智3曹と板垣3曹が合流した」


 板垣3曹と呼ばれたのは空自の隊員だった。航空自衛隊の青磁色を基調としたデジタル迷彩の戦闘服を着ていて一人だけ浮いているが、本人は気にしていないようだった。那智にも視線が集まる。


「那智3曹、板垣3曹共に山に精通したプロだ。お互いに情報と技術を共有し、戦力化訓練に備えろ。我々は本日より偵察隊より独立し、偵察分遣隊を名乗る。地位は水陸機動団直轄だが、任務においては陸上総隊直轄運用となる」


「フォースリーコンみたいですね」


 隣にいた西谷が囁いた。剣崎を始め、この場にいるほとんどの隊員達は元々水陸機動団偵察隊所属だ。元々那智のような一般隊員から見れば水陸機動団偵察隊は特殊な存在だった。


「北朝鮮の軍事行動が懸念されている。我が国に対する具体的な脅威は、弾道ミサイル攻撃だ。政府は策源地攻撃を含む弾道ミサイル防衛を計画。米軍と共同し、脅威となるノドン・スカッドの移動式発射台を捜索・破壊。同時に朝鮮半島における邦人保護を実施する」


 資料の計画通りだ。板垣3曹は表情を変えずに剣崎の説明を聞いている。


「偵察分遣隊も北朝鮮に水路潜入。ノドンハントを行う。以上だ」


 話の短い上官は好かれる。


「作戦要員はこのまま作戦室に残れ。命下し、編成完結する」


 号令をかけた近藤2尉が声を張る。作戦を支援するための後方支援要員などは退出していった。残ったのは三十人の作戦要員だった。山城1曹というまだ二十代後半の若い陸曹が那智や坂田、西谷に並ぶよう指示する。

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