第三章 その3「悪化する状況下で」
大韓民国プサン広域市カンソ区 キメ国際空港
対馬海峡に面し、古くから朝鮮半島と日本とを結ぶ交通の要衝として栄えてきた港湾都市であるプサンのキメ国際空港。日米のECCの一つとして設定されたこのキメ国際空港には、多数の日本人や外国人が押し寄せ、韓国から脱出しようとしていた。
彼らの目の前で陸上自衛隊第1ヘリコプター団及び西部方面ヘリコプター隊、第12ヘリコプター隊のCH-47JA大型輸送ヘリが次々に着陸する。着陸したCH-47JAの後部に向かって誘導された日本人達がそれぞれ三十名ずつ乗り込んでいった。
人員を乗せたCH-47JAは地上滑走を行って滑走路に出るとそこから次々に離陸した。
離陸したCH-47JAが向かう先は、長崎対馬の対馬空港だった。対馬に向かうCH-47の眼下を同じく対馬や福岡とプサンとを往復する多数の民間客船が対馬海峡を進んでいた。
海員組合は政府による邦人輸送支援の要請を、軍事的な徴用だとして拒否していたが、朝鮮半島に残された邦人を避難させるために船員の同意を得た会社が協力を申し出たのだ。朝鮮半島の情勢は一刻の猶予も無かった。
対馬海峡の上空では警戒に当たる陸自の観測ヘリの他、海自の哨戒機や海上保安庁のヘリも飛び、絶えず爆音が響き渡っていた。
朝鮮半島と九州の間に位置する長崎県対馬は避難民の一次受け入れ場所となっており、自衛隊と米軍の航空部隊の拠点となっていた。一本しかない1900メートル級の滑走路は日米のヘリコプターが絶え間なく離着陸を行っており、対馬空港の外には自衛隊による救護所が設置され、怪我人や体調不良者への対応が行われている。すでに多数の日本人とアメリカ人が対馬と福岡に渡っていた。
しかし北朝鮮軍がDMZを越え、韓国国内に潜入していた北朝鮮の特殊戦部隊が破壊工作を開始すると、海兵隊のAH-1Zヴァイパー戦闘ヘリがプサン周辺を哨戒飛行し、キメ国際空港も封鎖された。
国外に脱出しようとする韓国人は空港に入れず、助けを求める悲壮な声や不満や怒り、憎しみの怨嗟の声を上げて彼らは韓日米軍に抗議してきた。フェリーターミナルも同様だった。
フェリーターミナルに張り巡らされたフェンスを揺すって激しい抗議が行われる中、次々にやってきたフェリーへ日本人や外国人は乗り込んでいく。日米韓軍の警護がついた大型バスがフェリーターミナルへ入っていくと、バスには石やゴミが投げつけられた。バスの窓ガラスが割れ、アメリカ人の夫婦が怪我を負い、海兵隊のUH-1Y多用途ヘリで対馬へ優先空輸される事件もあった。
「いきり立ってる。皆興奮しているな」
空港の管制塔で、その様子を確認していた陸自中央即応連隊第2中隊に所属する白瀬2等陸尉は呟いた。白瀬は空港警備を行う陸自部隊の指揮を執っていた。
「良くない徴候ですよ」
「戦場から遠いプサンでもこの有様とは……ソウルはどうなっていることやら」
部下の隊員達が言葉を漏らす。
「ウェノム!」
「チョッパリ!」
日本人の蔑称の野次も自衛官には飛んでくる。彼らが暴徒化することを恐れ、隊員達は緊張していた。
「いつ暴動になるか分からない。韓国警察に彼らを退去させるんだ」
キメ国際空港は日米だけでなく、各国にとっても重要な避難拠点となっており、日本人や米国人以外の韓国滞在中だった外国人が多数押し寄せている。
韓国軍と警察が彼らの身体検査や身元確認を行って空港内に通しているが、韓国人の避難は行われていない。そのため韓国人達は外国人に怒りを露わにしており、特に日本人が取り囲まれるなどの事態も起きている。さらに各国の大使館関係者も詰め掛けており、日米の邦人輸送部隊に自国の邦人の移送を要請しており、空港を警備する白瀬達は重要な役割を負っていた。
警備にせよ邦人輸送にせよ人員は不足していた。そのため急遽、対馬の一次避難受け入れ先の支援を行うために派遣されていた第12旅団の普通科部隊をヘリで空輸し、支援に加えていた。予備として待機していた水陸機動団の普通科部隊がその交代のために対馬に移動中だ。
「ソウル周辺では戦闘が起きている。可能な限り南のECCに邦人を集めているため、キメはまだ数日は維持しなくてはならないぞ」
民間機の離着陸も激しくなっていた。各国が手配した民間の旅客機も韓国からの退避に使用されている。
その時、プサン市全域に不気味なサイレンが鳴り響いた。
「なんだ?」
「弾道ミサイル警報だ」
白瀬の手元にある情報端末がそのサイレンの正体を伝えていた。
北朝鮮の短距離弾道ミサイル、スカッドがプサンに向けて発射されたのだ。離陸に向けて滑走路に向かっていた旅客機に対し、ターミナルに引き返すよう管制官が指示を出したが、パイロットは離陸続行を決意したらしく、管制の指示に従わずに滑走路に侵入した。
韓国人管制官達の怒号が飛び交い、管制塔も騒然となったが、さらに空港は大混乱だった。
「民間人をヘリから下ろせ!」
「間に合わない、今すぐ離陸させて空中に退避させろ」
着陸して邦人を乗せていた陸自のヘリからは慌てて邦人が下ろされ、ターミナルビル内の奥に避難させられる。ヘリもその場から離陸し、空中退避を試みた。
不幸中の幸いで弾道ミサイルは空港には落ちなかったが、プサン市内の住宅街に着弾した。着弾地点には韓国軍のCBRN対処部隊がヘリコプターと車両で急行。中央即応連隊の隊員達も防護マスクを準備したが、通常弾頭だったことが後から判明した。しかし、危機は確実に国境から離れたプサンにも近づいていた。
日本海上
日本海には半島有事に対応する統合任務部隊の護衛艦が多数展開し、任務に当たっていた。その中で、弾道ミサイル防衛の中枢を担うイージス艦であるこんごう型ミサイル護衛艦《こんごう》は、あきづき型護衛艦《ふゆづき》と共に弾道ミサイル警戒任務に当たっていた。
その《こんごう》の中枢たる戦闘情報指揮所には緊迫した空気が漂っていた。すでに総員配置がかかってから一時間以上経過していたが、乗員達は集中力を切らすことなく持ち場に就いている。
「目標情報入りました。トマホーク直撃前にトンチャンリ基地より、四発のKN-22の発射を確認。以降目標をアルファ、ブラヴォー、チャーリー、デルタと呼称」
KN-22は別名火星15。米国を攻撃可能な大陸間弾道ミサイルだった。
開戦とほぼ同時に米軍はファーストストライクにより、米本土に対する攻撃手段となる弾道ミサイルの発射場等を優先して破壊しており、この戦争の初期段階において北朝鮮の主要な発射基地のほとんどはすでに灰塵に帰していた。
しかし移動式発射車両の多くは未だに健在で、日米共同作戦部隊による捜索と破壊が続いていた。すべての弾道ミサイルが駆除できていない以上、その矛先が日本国内に向けられることは当然の帰結だった。
「破壊を免れたICBMがあったのか」
CICに立つ《こんごう》艦長の是枝2等海佐は、米国の早期警戒衛星や、半島上空や日本海上空、黄海上空を飛ぶ日米の早期警戒管制機、航空自衛隊の警戒管制レーダー等の各種情報が統合されて表示されるディスプレイを見て呟いた。
《こんごう》は、半島有事勃発以前から弾道ミサイルに対する警戒態勢を維持し、発射された弾道ミサイルをSPY-1レーダーによって追尾していた。
「TELで発射されたものでしょう。発射基地はもう更地のはずです」
副長が是枝の独り言に律儀に答えた。
「こんな状況で、一矢報いたい訳か。無駄な抵抗を……迎撃しろ!」
「システムをBMDモードに!」
すでにミサイル防衛の統合任務部隊を指揮する空自の自動警戒管制システムによって分析された目標の情報がリアルタイムで共有されていた。発射された火星15は日本列島を越え、アメリカ本土を標的としていることが推定された。
「CIC指示の目標。SM-3攻撃始め」
「SM-3発射用意」
「SM-3発射用意よし」
「発射指令」
「射て!」
艦首の垂直ミサイル発射機から迎撃ミサイルスタンダードSM-3blockⅡBが発射され、艦首は白煙に包まれた。続いて艦尾のVLSからもSM-3blockⅡBが発射される。
SM-3blockⅡBは日米共同開発で生まれた弾道ミサイル迎撃ミサイルだった。SM-3blockⅡBは通常の対空ミサイルのような炸薬を充填した弾頭ではなく、運動エネルギー迎撃弾であり、弾頭部には複数の小型ロケットモーターによって高機動力が与えられた運動エネルギー投射体が格納されており、弾道ミサイルを直撃によって迎撃する。
発射されたSM-3は成層圏を抜け、北朝鮮より発射され、大気圏外を飛翔する弾道ミサイルに向かう。
「迎撃10秒前。9、8、7、6……」
砲雷長がSM-3の命中までの秒読みが行う。
「3、2、1……迎撃今」
CICは静まり返っていた。
「本艦のSM-3、ターゲット・アルファを撃破。《きりしま》と米軍の《シャイロー》、《カーティス・ウィルバー》もブラヴォー、チャーリー、デルタを撃破!」
「目標全弾撃墜!新たな目標無し」
「警戒を怠るな、次に備えろ。必ず来るぞ」
是枝は弾道ミサイルの撃墜にも表情を変えず、むしろさらに険しい表情を見せた。これで終わるはずがない。
長い戦いになる――。
乗員の誰もがそれを覚悟していた。
ネタが分かる人には分かると思いますが、《カーティス・ウィルバー》も拙作ではちゃんと撃ち落しました。




