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第二章 その4「潜入四日目」

 北朝鮮に潜入した偵察分遣隊は、すでに四日目の朝を迎えていた。三日目は無線が不通となり、定時報告もままならない状況に陥ったが、夜間に高所で通信を確保したことで本土の司令部と通信が取れている。

 半島情勢の緊張はピークに達している。いつ開戦してもおかしくない状況とのことだ。偵察分遣隊は予定を繰り上げる必要があった。

 剣崎の元に周辺偵察に出ていた的井2曹と大城3曹が集まった。


「この周囲には住民が材木の採取のために立ち入った形跡があります。可能な限り早く抜けた方が良いでしょう」


 的井2曹の報告に剣崎は近藤と顔を見合わせた。目標まではあと一日ほどの行程だ。北朝鮮軍の施設も近く、前進には慎重を要する。急げばそれだけ動きが目立ち、敵に発見される可能性がある。


「隊員達の疲労はどうだ?」

「問題ありません」


 偵察分遣隊の最先任陸曹である高野曹長が言った。高野は冬季戦技教育隊出身の、遊撃戦のプロであり、分遣隊の中で最年長のベテランだった。先任陸曹として陸曹達の健康状態と精神状態を掌握している。


「最新の気象情報と衛星写真の画像です」


 通信担当の野中がメモを見せた。すでに雨雲が目立っているが、この地域の気象情報はこの後、20ミリを超える雨と霧の発生が予報されていた。通信機の制御部の画面に表示された、情報本部が分析した衛星画像には偵察分遣隊の位置が青い菱形でマークされている。その周辺の動きは黄色い表示で記されていたが、距離は離れている。


「開戦も近い。今日は、昼間のビバークは行わず、雨に紛れて隠密に前進を続行する」

「了解」


 剣崎の決定に近藤と高野が頷いた。雨は視界を遮り、音と足跡を消してくれた。さらに水分の補給も出来た。しかし雨は体温を奪い、隊員を消耗させる。

 戦闘服を濡らさないように脱いで背嚢に詰め、ゴアテックスの雨衣(レインウェア)に着替え、隊員達は前進を続行した。


「……綺麗な山だな」


 那智は顔をしかめた。落ちている枝が少なく、間伐されている気配があった。綺麗な山は人の手が入っている。ここは早く抜けなければならない。


「嫌ですねぇ」


 大城が小声で那智に賛同した。


「さっさと抜けよう」


 山城が言った。


「こういう所こそ慎重に抜けないと」


 坂田は慎重だった。この1班の特徴は機甲科の偵察隊員が多いことだ。機甲科の偵察隊員は、陸士で特技として偵察技術を学び、陸曹となってさらに高度な偵察技術を学ぶ。その上でレンジャーや水陸機動団での水泳斥候(スカウトスイマー)前哨狙撃手(スカウトスナイパー)等の技術を学んでいる。

 那智としては山城に賛成だったが、坂田と大城、久野、そして元普通科でも水陸機動団偵察隊での勤務の長い西谷はさらに前進速度を落として慎重に前進することを進言した。

 この分遣隊の良い所は風通しのいいことだ。階級上位者の意見よりも、より優れた意見・判断が採用される。

 最終的に剣崎は、坂田達の案を取った。五十メートル安全確認してその半分進み、また五十メートル確認する。目と耳を十分澄ませて警戒する。雨の音は潜入する部隊の音を消してくれるが、周囲の状況も分かりにくくなる。

 昼を過ぎた時、先頭を進む西谷が停止の合図を送った。

 続いていた隊員達は気配を消して静かに姿勢を低くする。急激な動きは、敵にその存在を訴えることになる。ゆっくりしゃがむと半長靴(ブーツ)は特に目立つのでそれを見せないようにして隠れた。


「敵歩兵を確認」


 那智は音を立てないよう慎重に、小銃のサプレッサーをチェストリグのポーチから抜いた。

 那智達偵察分遣隊の20式小銃の消炎制退器はSUREFIRE社製のFH556-RCフラッシュハイダーに換装されており、同社製のサプレッサーがワンタッチで脱着可能になっており、規制子と呼ばれるガスレギュレータはサプレッサーを取り付けた際に使う亜音速弾にも対応するよう調整されていた。


「距離は?」

「約百。それ以内」


 20式小銃に取り付けたショートスコープを覗く坂田が告げた。小銃弾が届く距離にいれば那智にとってはかなり近い。しかし呼吸だけは整えて余計な緊張をしないように平静を保った。


「数は四。……ここは巡察経路じゃないはずですよね?」

「ああ。こっちに近づいているか?」

「接近しています」

「クソ」


 その会話はPTTを押して剣崎にも伝えていた。


『その場を動くな。隠密処理に備えろ』


 剣崎の冷徹な声を聞いた那智はシースナイフを抜き、さらに静かに呼吸を落ち着かせた。茂みに隠れたため、那智の位置からでは敵の姿は窺うことが出来ない。

 防眩のマットブラックの塗装が施されたコンバットナイフの刃の冷たい色を見やり、那智はこれから行うことを想像した。何度も行った格闘訓練で体は正確な人殺しの技術を身に付けていた。だが、心の底では殺人への忌諱感や恐怖を消しきれていなかった。その一瞬の躊躇いが自分や仲間達を危険に晒すことを那智は恐れた。

 しばらく茂みの中で伏せているとスコープを通して監視する坂田がにやりと口元を歪めた。


「やつら、枝を拾ってます」

「……薪か。昼飯の準備だな」


 那智はようやくナイフを握る手に込めた力を緩めた。

 やがて北朝鮮軍の焦げ茶色の軍服を着た兵士達は薪のような枝を拾い集めながら偵察分遣隊の前から遠ざかって行った。

 それが遠ざかって行っても隊員達は三十分間動かなかった。


SLLS(シルス)


 山城が小声で発した。那智は静かにブッシュハットも脱いで、もう一度五感を研ぎ澄ませて周囲の気配を探る。

 SLLSとは、止まる(ストップ)見る(ルック)聞く(リッスン)嗅ぐ(スメル)のことで、五感を使ってベースラインの波紋を探す。鳥の鳴き声や木々のざわめき、空際線に見出す自然のシルエット。敵の兆候をしっかりと確認してから異状が無いことを報告して再び動き出す。

 初めて見る敵兵の姿は坂田の目に焼き付かれたようだった。泰然としている隊員などいないが、西谷は半目で眠そうだった。逆に那智は、目がすっかり冴えたので、西谷に関心した。一方で大城は見えない位置にいたので一目見たかったとでも言いたそうな顔をしている。

 この仲間達は全く底知れないなと那智は呆れた。

 手信号で前進が合図され、隊員達は再び前進を開始した。


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