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第二章 その3「荒鷲の巣」

「作戦第一段階が終了しました」


 清住統合幕僚長が告げた言葉を聞いて、高嶋は大きく頷いた。もう引き返せない所まで来てしまった。

 米国は海上封鎖部隊を本日十八時までに展開完了させると通告してきた。その海上封鎖に対する北朝鮮の行動に対応するため、すでに米陸軍特殊作戦コマンド(ARSOC)と米海兵特殊作戦コマンド(MARSOC)は潜入を開始していた。それに伴い、日本の弾道ミサイル捜索破壊任務部隊と、拉致被害者奪還任務部隊も昨夜より潜入を開始している。

 空路潜入部隊は、空自のKC-767空中給油輸送機を使用し、北朝鮮の領空外から自由降下傘によって高高度降下し、滑空侵入した。空挺降下出来ない地域に潜入する部隊は、潜水艦から発進。海自の特殊部隊を中心とする部隊が潜水で水路潜入している。

 KC-767は定期的に飛ぶ空自の情報収集機と同じコースを飛ばして欺瞞しており、高高度降下高高度開傘(HAHO)はレーダーにほとんど映らないため、秘匿は十分だった。


「現在、各部隊はそれぞれの担当する作戦地域へ隠密に前進中です。北朝鮮の警戒部隊を迂回するために一部行程に遅れが出ている部隊もありますが、問題はありません。潜伏予定地点に到着後、監視と偵察を行い、弾道ミサイルの捜索、拉致被害者奪還の作戦準備を行い、作戦第三段階発起まで潜伏、待機します」


 作戦第三段階の発起がどのタイミングになるかは正直不明だ。海上封鎖で北朝鮮は軍事行動に出るのはほぼ確実だ。アメリカは北朝鮮に先に手を出させてから、大義名分を得て北朝鮮への攻撃に踏み切るつもりだった。


「問題はゼロアワーだな。第三段階の発起時期に目標に到達できていなければどうなる?」

「そのまま潜入を続け、担当の捜索区域で捜索を実施させます」

「拉致被害者の救出はどうするんだ。戦争の混乱が始まれば、任務達成は困難になるぞ」

「拉致被害者奪還部隊は、作戦発起と同時にヘリ搭載護衛艦より投入されるヘリコプター部隊が主力です。ヘリコプター部隊の突入を支援するのが、事前潜入部隊です。どちらも特殊作戦群が実行します。またそれとは別にヘリ護衛艦に即応部隊として、不測事態対処部隊を待機させています。潜入した部隊が間に合わない場合、この不測事態対処部隊が奪還部隊を支援することで補う計画です」


 不測事態対処部隊には陸自の戦闘ヘリコプターも配備されている。陸自は在外邦人等保護のために輸送ヘリを総動員しており、半島における作戦機を確保するために海自のヘリも使用する予定だ。陸海空のヘリコプター部隊はフル稼働しており、特に作戦に投入されるヘリ部隊は護衛艦からの離着艦訓練や特殊作戦に備えた地形追随飛行訓練などを行っている。


「分かりました」


 高嶋はそう言って各部隊の現在の状況が時系列で表示されたスクリーンを見ていた。戦争を経験したことのない、自衛官達が北朝鮮国内に潜入している。訓練も装備も万全を期していたが、戦争は予測不能だ。彼らを死地に送ったのではないかという不安が、高嶋の胃を締め上げていた。





 航空自衛隊三沢基地。青森県の太平洋岸東南部にある三沢市に存在するこの基地には続々と米空軍の戦闘機が着陸していた。米空軍第35戦闘航空団のF-16CJ戦闘機に加え、普段見慣れないF-15E戦闘爆撃機の編隊だった。

 エルメンドルフ空軍基地より飛来した第3戦闘航空団第90戦闘飛行隊のF-15Eで、来日目的は公式には転地訓練だったが、三沢基地航空自衛隊第3航空団の指揮所(オペレーションルーム)からそれを眺めていた東條は、彼らがここにやってきた理由をうっすらと理解していた。


「あれが本場のストライクイーグルね……」


 東條の隣で訳知り顔の木坂が呟いた。肩ほどの長さの髪の毛を側頭部の片側のみで結んだ特徴的な髪型の彼女に、自衛隊の後ろで束ねる規則を強要する者は部隊にいなかったので黙認されている。


「ああ……ダークグレーだな」


 東條の言葉に木坂は眉間に皺を寄せた。


「なにか。うちのイーグルの色が気に食わない訳?」


 東條達の刈るRF-15DJことF-15EJは、本来の空自のF-15同様、グレーを基調とした制空迷彩(カウンターシェード)だった。


「いや。俺はACMの方がやっぱり得意だからな」


 中にはF-2部隊仕込みの対艦対地ミッションに精通したベテランもおり、彼らがこのF-15EJを運用すれば良かったのだが、機種転換訓練を容易にするためにF-15EJのパイロットとして選ばれたのはほとんどがイーグルドライバーだった。


「ストライクイーグルだって空戦は出来るわ」


 木坂は乗るからには自分の搭乗する機体にプライドを持つタイプらしい。最初は不満ばかり言っていたのに今ではまんざらでもない。


「そうだな……」


 連日対地訓練ばかり行っていたので、F-15EJの空戦能力を東條は忘れそうだった。F-15Eではなく、日本仕様のF-15EJとされている訳はただ単に装備品の一部を日本仕様にしているだけでなく、制空戦能力を強化されているからだ。

 多用な任務に対応する多用途戦闘機(マルチロール)がこれからの航空自衛隊の主力を担う上でも、国籍不明機への対処など制空戦を航空自衛隊は引き続き重視していた。F-15EJはこの先数十年、日本の空を守る対領空侵犯措置を行うことも考慮されている。それは撃たずして敵を圧倒する運動性能や航続距離などの能力が要求される。


「うちのイーグルをあんなのなんかと一緒にしないで」


 あんなのとは酷い扱いだが、同じF-15EでもF-15EJは最初から最新鋭の装備と技術を駆使されており、アップデートされた米空軍のF-15Eを越える存在ということは間違いないと東條も信じていた。

F-15EJは、F-35と同様のタッチパネル式大型液晶ディスプレイを取り入れた新型コックピットシステムとなっており、機体はさらに軽量に設計され、最新のデジタル・フライ・バイ・ワイヤが装備されている。


「しかしまあ、いよいよきな臭くなってきましたね」


 そう東條に声をかけたのは大城戸智登2等空尉だった。大城戸は東條の僚機を務めている。航空学生出身で東條よりも二歳下だが、技量は非常に高い。若いが、センスが良いのだ。


「訓練は実戦のためにやっていると言ってきたが、訓練の成果が活かされるなんて本来あってはならないことだ」

「私たちは相手に戦争を始める気さえ起こさせないほど圧倒的な強さを誇示した抑止力であることが勝利条件だった。この(いくさ)は始まる時点で私達の負けよ」

「最終的に被害を局限して北朝鮮の政権を倒しても?」


 大城戸は負けるという言葉に食い下がった。


「北朝鮮に勝つ意味なんて、核兵器保有国のリストを一行減らすくらいだろう。日本は一方的に負担を強いられるだけだ」


 北朝鮮から大きな賠償を得られるとは思えない。それよりもこの事態をいかに切り抜けて被害を極限するかが重要だった。大城戸はあまり納得がいかないようだった。


「でも、拉致被害者を奪還できるなら価値があると自分は思いますよ」

「それに関しては異論はない。拉致被害者は救出しなくてはならない」


 拉致被害者の奪還作戦は極秘で、東條達には知る由もなかった。だが、守るべき国民が不当にも拉致され、自由を奪われていることは忘れてはいなかった。


「そうね……」

「それに、抑止破れ、一度他国の侵略を受けることあらば、決然として陣頭に立ち、生命を顧みずに戦い、速やかに平和を回復する……というのも我々の使命です」


 当たり前のように、こんなことを言えるのが大城戸だった。それが誇らしい反面、東條は少し悔しかった。


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