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 好きなのに、別れるしかなかった。

 好きだったから、別れるしかなかった。

 どんなに好きでも、私たちは別れるしかなかった。

「でもねぇ、アキラ。あのまま付き合っても、私とアキラじゃ、どちらにしろ、続かなかったと思うよ」

 しみじみとつぶやけば、目の前でアキラががっくりと肩を落とす。

「まあ、俺、バカだったけどさぁ……希望を切り捨てるのやめてくんない?」

「そうじゃなくってさ、私とアキラ、あの頃見てた未来が違ってたから。価値観とか、そういう「大事にしたい物」が違ってたから。そういう所の食い違いで。……だって、私もアキラも、子供だったから。お互いの価値観に歩み寄るのは、きっと、無理だったよ」

 だから、仕方なかった。

 私が大人になってたどり着いた結論だ。ケンカとか、どうとかじゃなくって。無理だったんだ。

「価値観、かぁ」

「うん。たぶんさ、私とアキラだけでいる分には、それでもうまくやっていけたと思うの。私とだけなら、アキラは私の価値観に合わせてくれてたから。でも実際に生活するって事は、いろんな人と関わることでしょう。アキラが、アキラの周りの友達との価値観に合わせてする行動は、私には受け入れられなかった。学校をサボるのも、無免許の車に同乗するのも、飲酒もタバコも、大声張り上げて、手を上げてするケンカも、私には、無理だった。たまに垣間見えるぐらいなら、よかったかもしれない。でも、アキラのテリトリーにいると、疎外感しか感じなかった。アキラたちの常識は、不快なことがたくさんあった。子供の頃のやんちゃ、今だけのバカ騒ぎ、なんて、あの頃の私に割り切るなんて出来なかった。私の前では、あんなに優しいのにって戸惑いしかなかった」

 だから一緒に居続けるのは無理だった。それは衝突しか生まないから。

 常識から外れた行動を私はあまり許容できなかったし、アキラはそんな小さいこと気にすんなよとしか思わなかった。

 それがあの頃の私たちの関係だった。

 私の言葉を聞くごとに、アキラが身を縮込ませてゆき、小さくなってうなだれる。

「……うん、バカだった、ごめん」

 どうやら彼は、この十年弱の間に一般常識を身につけていたらしい。良いことだと思う。思うけど。

「ちがうの、責めたいんじゃなくって、生活環境の違いとか、価値観の違いがあったってことなんだよ」

「でも、あからさまに俺が悪いだろ。バカ丸出し……」

 拗ねたように言うアキラに、思わず笑う。

「確かにね。正論を言えば、私が不快に思ってたいろんな事は、一般常識としてアキラは間違ってた。でもさ、アキラは「それがあたりまえ」の環境で生活してたんだよ。それを頭ごなしに否定されて、受け入れられないのは、あたりまえだったと思うの。正しいとか間違ってるとか言う理屈じゃない。自分が選んだ物を否定されたら、誰だってやだもの。でも、アキラは、私といる時は私に合わせてくれてたでしょ」

「そりゃ、サラは、ちゃんとした子だったし、俺らみたいなバカに合わさせるわけにはいかなかったし……」

「うん、当時はさ、私もそう思ってた。私が普通なんだから、ちょっとはみ出てるアキラが合わせてくれてるのを、当然だって。でもね、違うと思うの。アキラが私に合わせてくれてた事はね、すごいことだったんじゃないかなって、今になって思うの。だって、十八才なんて子供だよ。私なんて自分の価値観だけで生きててろくに周りが見えてなかった。そのくらい自分のことで手がいっぱいな年齢だよ。なのにアキラは自分の普通を曲げてくれてた」

「や、それは、違うって言うか、俺ら、自分らがバカやってるって自覚あったし、型にはまりたくなかっただけで、普通がどんなもんか、一応知ってたし……ねぇ、一体誰の話してんの、それ、俺じゃねぇよ……」

 焦りのような困惑全開で、必死にアキラが言い訳をしてくる。あの頃から、そうやって私の価値観を受け入れてくれてた。金髪にこだわってたのも、叱られても改めなかった生活態度も、その「普通」の「型にはまった」価値観が合わなかったからじゃないかと思う。それを強要してくるいろんな物に反発してたはずなのに、なのに、いつだってアキラは私を受け入れてくれてた。

「いいの、いいの、私がそう感じたってだけだから」

「……何言ってんの、サラさん……」

 アキラが頭を抱えた。

「だからね、それって、すごく私を大切にしてくれてたんじゃないかって。でもあの頃の私はアキラに合わせられなかったし、私といる時だけしか合わせてくれないアキラを受け入れることも出来なかった。否定することしか出来なかった」

「いや、そりゃ当然でしょ。サラに合わせられたら、悪い道引きずり込んだって、俺罪悪感で死ねるし」

 アキラが呆れたように苦笑いしながら突っ込みを入れてくる。

 そうだけど、そういうことじゃない。問題は、そこじゃない。

 私の判断基準だと、今でもあの頃のアキラの「過ぎたやんちゃ」は受け入れられない。今も昔も私の価値観では「悪いこと」に分類されることだから、受け入れられないし、許容できない。だからアキラが悪いから、アキラが直すべきだと一般常識を味方にして断ずるのはたやすい。でも、もし別の文化圏に行って、アキラがのやんちゃが「元気があっていい。若い時は無茶をする物だ」「自分の意見を持ってる。そのくらいじゃないと生き抜けない」と高評価されて、私が「何を考えているのか分からない」「意見が見えないから付き合いにくい。使えない」と評されたとして。

「正しさ」なんて物は状況によって一変する。

 私は正しさを味方に付けてたから、私もアキラもアキラが悪いと断じれた。アキラは私を優先してくれた。

 でも、根本的な問題は、そういうことじゃない。正しさが味方についてなくても、「好む生き方」が違っていたことが問題だった。お互いが許容できる場所にまで譲歩し合えなかったのが、問題だった。

 アキラの譲歩では、私は満足できなかった。

「あのね、私の価値観を大事にしてくれてたって事は、アキラはすっごい譲歩してくれてたんだって事だとおもうの。そんなアキラを知ってたのに、私は許せなかった。価値観が、どうしても合わなかった。あのね、どっちが悪いとかどっちが正しいとかじゃないと思うの。……あの頃の私たちじゃ、続くはずはなかったんだって、思う。あのことが、なくっても」

 わかってくれなかったアキラに腹を立てたこともあった。でも、今はそれだけじゃなかったと思えるようになった。好きなのに、それだけじゃかみ合わなくって、わかってもらおうとしすぎてお互いがお互いを責めるばかりになってたあの頃を、こうやって、静かに話せることが、感慨深いと思う。

「そうか。サラは、そう思うんだ……」

「うん。……今はね。別れた当時は、アキラの分からず屋!! って、思ってたよ」

「あ、俺も似たようなこと思ってたわ。サラは頭が固すぎるって」

 顔を見合わせて笑う。こんな事、笑って話せる日が来るなんて、思わなかった。

 きらきらしてて、でも胸が重くなる、心のどこかに引っかかり続ける苦い思い出だった。

 こうして言葉にして話し合えるということは、あのことが過去になって、そして私たちが大人になったって言うことなのかもしれない。

 胸の中に残る苦さが、薄れていくように思えた。

 もっとも、別れた直接的な原因は、そこじゃなかったわけだけど。

 互いの価値観の差は彼との諍いの中で、最も重い部分だったけど、アキラに謝罪されるようなことじゃなかった。「仕方のない食い違い」なのだと思うから。正直なところ、謝って欲しいのはそこじゃなかった。

 さっきまでの話は、別れる前の序奏であり、下積み段階だ。別れの決定打は、別のこと……今思いだしても腹立たしいというか、悔しいと思う、あの子関係。

「……で、その後、あの頭の固くないあの子と付き合うことになったの?」

 重い話をしたついでに、そう言えばと気になっていた事柄をにっこりと笑顔を浮かべて当て擦っておく。

 せっかくなので、こっちの方を謝ってくれないかな、という期待を込めて。

 突如アキラがキリッと姿勢を正し、至極真面目な顔で頷いた。

「俺の、一番の後悔の原因、聞いてくれる?」

 にっこりと笑顔を浮かべたまま、鼻で笑ってやった。

「元彼の、昔の女の話とか、聞きたくないけど?」

「いや、サラさんが正しかったですって話なんですけど」

 至極神妙な顔のまま、重い口調でアキラが語っている。

「反省してるって?」

「してます」

「当然よね?」

「はい」

 顔を見合わせて、ふはっと笑う。

 私たちは、あの頃お互いの価値観の差に、不満ばかり溜めていたように思う。その極めつけが、女性関係だ。それが別れる直接の原因になった。

「私、そのことに関しては、私悪くなかったって、自信持って言えるかな。アキラがどう思っていようが、価値観の差異とかどうとかじゃなくって、嫌がってんだからやめなさいねって事だと思うから」

 あの頃、アキラがつるむ仲間の中に女の子も混ざってて、特に仲の良い子、それもアキラを好きな子がいた。アキラは友達って言い張っていた。実際そうとしか思ってなかったのだろうと思う。でも、二人きりで出かけたり、仲の良いところを見せつけられて、その子から「あんたと一緒じゃ、アキラはつまんない」とまで言われて、私は耐えきれなくなった。

「あの子と二人っきりで会うのはやめて」と、何度も言ったのに「あいつはただの友達だし、友達のことに口出すな」と、アキラがぶち切れたのだ。

 当然私もぶち切れた。

 そしていろんな鬱憤が積み重なっていた私が、付き合いきれない、無理だと、別れを切り出した。そんな私に、勝手にしろ、とアキラは言って、あっけなく別れが訪れた。お互いが好きなのは分かっていたけれど、意地をはり通して連絡をしなくなり、それっきりとなった。

「俺が悪かったです」

 再び改まった殊勝なその態度が笑える。

「で、結局あの子と付き合ったんでしょ」

 あれだけ押しまくってたんだから、別れた後は、絶対に彼女におさまってるだろう。

「……その通りです」

 あの子とアキラの言葉で一番傷ついたのが、「私が女だからって、友だちづきあいに口を出すなんておかしいんじゃない?」「友達なのに二人っきりは許せないとか、心狭すぎ」という言葉。あの子が言っただけなら、許せなくてもただのやっかみですんだ。でも、あの子の言葉にアキラが「だよな」と同意したのが許せなかった。「ただのダチなんだし、そんなに気にすんなよ」と。

 友達なのは分かっている。それでも彼が女と二人っきりで遊ぶのはたとえ友達でも嫌だという、私の気持ちを踏みにじられたのが悲しかった。私よりあの子の言葉を優先したのが、悔しかった。


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