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心の在り処を勇者に問う(休載中)  作者: 春夏秋冬
第1部 異世界転移
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[第1章]第6話 覗き



 そもそもな話、城主が温泉で堂々と女湯を覗き見しようなんて言い出すこと自体がおかしい。


 この街で一番偉い人間じゃないのか。


「この街の統治者、言わばリーダーではあるが偉いわけではない。むしろ私は皆とフレンドリーな関係を築きたいと考えている」


 ドンと胸を張って格好つけているところ悪いが、覗きという行為にフレンドリーさもへったくれもない。ただの犯罪行為だ。

 男性からは支持されるかもしれないが、女性からのバッシングが酷いだろう。


 と、そこまで考えてから正はようやく気が付いた。この男がとんでもなく色男だと言うことに。

 「※イケメンに限る」という言葉があるぐらいだ。イケメンなら女湯を覗いても問題ないのではないか。人としては最低だが。


「さあ、どうする? 来るのか、来ないのか!」


 イケメンは真に迫った表情で正を誘惑する。まるで「女湯覗きたい放題だぞ」とでも言いたげだ。


 もしかしたらルイと一緒なら女湯を覗いてもお咎めなしなのではないか。イケメンにならむしろ覗いて欲しいなんて思っているかもしれない。

 正のことは恐らくルイが守ってくれるだろう。それならば確かに遠慮なく覗けるというもの。


 正はへの字に閉じていた口をようやく開く。


「遠慮します」


 背を向けて早々に男湯へ向かった。


 だから何だ、という話だった。好き好んで女湯を覗きたいとは思わないし、実際に女体を目の前にしても何も思わないだろう。

 全くもって興味がない行為に参加する意味がない。


「──待ちたまえ」


 暖簾を腕で押し上げ脱衣所に入ろうとした矢先、ルイから制止を求められる。


 無駄に声を野太くするのは止めてもらえないだろうか。間違っても雰囲気に流されることはないだろうから。


「そなたはこの街の勇者になるのだろう? それならば人々に知られることが()ず重要なのではないか?」


 それはそうだが、それと女湯を覗く事に何の関係があるというのか。


 周囲の注目を浴びている中で女湯を覗こうなどという会話をしたくはない。早く終わらせてほしい。


「まあ待て。最後まで聞くが良い。周囲に己の存在を知らしめる為には、女湯を覗くという行為はとても効率的だ。何せ、覗きはとても最低な行為だからな!」


 ……エエ、ソウデスネ。


「女三人寄れば姦しいという異世界の言葉を聞いたことはないか?」


 ウチの世界の言葉です。


「おしゃべりな女性が三人も集まれば騒がしくて仕方がないという意味らしい」


 …………はあ、つまり?


「勇者殿が女湯を覗いたともなれば、この街中にその悪行は広まる。つまり勇者殿は一夜にしてこの街の有名人になれるという寸法だ」


「このクソ──」


 ──いや、待て。


 何かを言いかけた正だが、ある意味ルイの提案は有効かもしれないと考えを改める。


「ん? クソ?」


 勇者としてこの街を救っていく以上、住人に取って掛け替えのない存在にならなければいけない。


「おい、勇者殿。そなたは何を言いかけた?」


 だが、下手を打てばただのお人好しで終わってしまうかもしれない。それではあまりにも存在が弱い。


「勇者殿? 聞いておるか、勇者殿」


 むしろ一度嫌われてしまえば、今後英雄的な行為に対する受け取り方が異なってくるだろう。


 例えば正を勇者として見ている者なら「当然」と捉える事でも、正を勇者として見なしていない者なら「見直した」と思ってくれる。


 どちらの方が住人の記憶に残りやすいか尋ねれば、後者と答える者の方が多いはず。


 いざという時、朝霧 正という男の存在が皆にとって安心できるかどうかはとても重要だ。勇者としての活動を強く記憶させる為ならば、変態勇者にだってなってやるぐらいの気構えが必要だろう。


 なら、やることは決まった。


「女湯覗こう」


「まことかっ!」


 こうして馬鹿二人は女湯覗き見作戦を決行するのだった。


 ◇


 覗き見作戦と大袈裟には言ったものの、これといった策はない。この温泉の裏手には種々雑多な雑木が生えている。要はその木に登って上から覗こうという、思春期真っ只中な子供が考えそうな作戦だ。

 ルイは正にあるものを寄越す。


 これは、単眼鏡?


「凄いだろう。その筒を覗けば遠くの景色もまるで近くにいるように見ることが出来る。今回の作戦には打ってつけだ」


 これには流石の正も引き気味だった。木の上から単眼鏡を覗いてる己の姿を想像したのかもしれない。

 だが、やると決めた以上は二言はない。そんな無駄な決意が垣間見えた。


「では裏手に回ろう」


 先を行くルイの足取りに迷いはない。道筋を完璧に把握していなければ、木々しかないこの場所で迷わず進むことなど出来ないだろう。


 だいぶ手慣れた様子だが、もしかして初犯じゃない? まさか何度も覗き見してるんじゃ。


「おお、そうだな。これでもう53回目か」


 いや……覗き過ぎだろ。この城主の(さか)りっぷりに気が付かない住人も住人だ。


「気付くわけがなかろう。何せ、今までは覗けると思った矢先に怖くなって逃げ出してきたからな」


 こいつはもうダメかもしれない。


 この街の城主でイケメンなのに女湯を覗く変態で、そのくせ及び腰のチキン野郎ときた。属性てんこ盛り過ぎてお腹が一杯だ。

 初めて面を合わせた時の緊張感など、もはや欠けらも残っていない。今あるのはこの城主に対する憐れみのみ。


 イケメンなのに、なんて残念な性格なのだろう。


「何やら失礼な事を考えている気がするが、まあ良い。ほら、そこの大きな木だ。そこからなら女湯を覗けるだろう」


 周囲の木々よりも一際大きい。あの木を登り切れば、さぞ素敵な光景が待っていることだろう。

 だが正の目的は覗きではなく、見つかること。ルイと一緒になって鼻の下を伸ばすつもりはない。

 ルイよりも先に大きな木に手を付けた正は、まるで猿のように軽快に登りだした。


「おお、やる気満々じゃないか。よし、私も負けていられないな」


 正の後に続いて登り出すルイ。何度も挑戦しているだけあって動きに無駄がない。ここまで来て何故最後の最後になって怖気付くのだろうか。呆れるというより、疑問を感じた。


「──そうは言ってもねぇ」


 風に乗って女性の声が耳に届く。この声は、ユーミンか。壁を隔てた向こう側にいるのだろう。

 耳をよく澄ませばソフィアの声も聞こえる。


「考えなしに言っているわけではないと思います。どうか、付き合っていただけませんか?」


 そうか、説得を続けてくれているのか。温泉の時ぐらい、ゆっくり浸かっていてもいいのに。


 ユーミンの声は相変わらず不満げだった。正の発言は信用に欠けるということだろう。


「全ての魔法を扱うなんて、─カ様に対する冒涜よ。魔法の勇者様と謳われたあの方ですら全て習得するには至らなかったんだから」


 肝心の名前の部分だけ聞き取れなかったが、かつて魔法の勇者などと呼ばれた者が存在していたことは分かった。名前からして、いかにも魔法特化の勇者という感じだ。


「それは、そうですが……」


「ソフィアがあいつに肩入れする理由は何? あの変態勇者に何かあるの?」


「いえ……そういうわけでは。ただ、私はあの方に誠実さを感じたのです。きっと冗談や嘘であのような事を言ったわけじゃないと思います」


 …………………誠、実?


 表情は変わらないのに冷や汗が止まらない様子の正。今の状況を思い出したのだろう。女湯を覗くために木に登っているという、この状況を。


「誠実ねぇ。触手魔法を覚えたいなんて言い出す男よ?」


「そ、それには訳があるといいますか」


「訳って何よ。どうせ頭の中はやらしい事でいっぱいなんでしょ」


 それは断じて違う。やましい気持ちから触手魔法を覚えたいと言った訳じゃない。


「もしかしたら今この時も女湯覗こうとか考えてるかもよー?」


「ま、まさかそんな」


 それは否定できない。バカ城主に(そそのか)されてこれから覗こうとしています。


 女湯を覗こうという決心が揺らぎつつある。だが降りようにも子供のように目を爛々(らんらん)と輝かせたルイが下から迫っている。


「何をしておる、勇者殿。早く行かないか」


 いや、ちょっと待ってほしい。帰ろう、やっぱり帰ろう。


 ルイを蹴り落とそうとげしげし足を踏み下ろす。この状況で見つかるのは流石に不味い。

 そもそも、正は一番重要な事を忘れていた。覗きなんてしようものなら、ソフィアやユーミンの評価まで激減してしまうという事。そうなれば今後協力を頼み辛くなる。


 何が間違っても雰囲気に流されることはない、だ。思いっきり流されているじゃないか。


「こ、こら止めないか勇者様っ」


 悪いが降りてくれ。これ以上先に進む気はない。覗きたいなら城主一人で覗けばいい。


「な、なんだと! 話が違うではないか!」


 正に裏切られたルイは状況も忘れて声を荒げる。


「ん? 何か聞こえなかった?」


 その声は女湯にも届いていたようで、聴力に優れていそうなユーミンが疑問の声を上げる。

 非常に不味い状況だ。これこそまさに前門の虎、後門の狼という言葉が相応しい。


「ここまで来て逃げるなど許さんぞ!」


 お前、どの口がそれを言うんだ?


 もう遠慮など必要ない。今すぐルイを蹴り落とす必要があった。正は踏み下ろす足に力を込める。


「や、やめ! 止めろぉっ!」


 ふわり、と身体が浮いた。正は今、登っていた木よりも高い位置にいる。下に視線を移せば、ルイがこちらに向けて手のひらを差し出している姿が見えた。


 ま──ほ、う?


 恐らくだが、正はルイの魔法によって遥か上空に吹き飛ばされたのではないか。

 と、すれば後は落ちるだけ。こういう時、正はつくづく思う。普通に地面に落下させれば良いものを、神様って存在は笑いを求めて面白い方向へ話を持っていこうとしているのではないか。

 要するに、落ちた先は女湯で。


「きゃっ!」


「うわっ、なにっ!?」


 ドボン、と水柱を上げて湯船に落ちる。近くでソフィアとユーミンが声を上げていたことが分かった。


 ああ──よりにもよってここか。


「な、何が落ちてきたの──って、え?」


 正は湯船から姿を現わす。目の前には裸体を晒している女性二人。ソフィアとユーミンは状況が分からず呆然と立ち尽くしていた。


 覗きをしようとしている、ってことが知られるだけで良かったのに。ドウシテコウナッタ。


 この状況を先に理解できたのはユーミンだった。眉を怒りでぴくぴくと揺らしながら、問う。


「何を、していらっしゃるのかしら。勇者様?」


 何を答えたところで結果は同じだろう。正はこの後の展開を受け入れる覚悟を決めて、こう答えた。


「ひとっ風呂浴びにきた」


 浴場にドスン、と鈍い音が響き渡る。正が意識を失った瞬間であった。


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