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心の在り処を勇者に問う(休載中)  作者: 春夏秋冬
第1部 異世界転移
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[第1章]第5話 歪な覚悟



「ぜ、全種類!?」


 その場にいた全員が驚愕する。

 恐らく、未だかつて全ての武器種を扱おうなどと言い出した勇者はいないのだろう。

 それもそのはず。多数の武器を扱う者と同じ武器を扱い続けた者と比べれば、一つの武器に対する練度が違う。

 最悪、正がやろうとしている事は中途半端に終わる可能性があるかもしれないのだ。

 少しでも頭が回る者ならば、どちらを選ぶか一目瞭然だろう。


「ば、馬鹿なの? 全ての武器種って──遠距離武器も含めて全部ってことでしょ!?」


 そう、そのつもりで言った。

 だから先程の結果は良かったと口にしたのだ。全ての武器が平均的に扱えるということは、苦手な武器はないということ。


「そ、そりゃそうだけど。一朝一夕で身につく技術じゃないよ! どれだけの時間がかかるか……」


 承知の上だ。それに、武器だけでなく魔法も全て扱えるようになるつもりだったのだ。今さらその程度のことで怯みはしない。


「ま、待ってよ……。魔法も? はは、やっぱり馬鹿でしょ! 出来るわけないわ!」


「やってみないと分からない」


「分かるに決まってるでしょ! 未だかつて全ての魔法を修めたものなんていないわよ!? 魔法に特化した勇者ですらね!」


 ユーミンの言い分は分かる。正がどれだけ無謀なことを言っているか。だが、やる前から諦めるような真似はしたくなかった。もしも魔法が才能に強く左右された力だとしても、出来やしないと目を背けたくはない。


「──馬鹿馬鹿しい。私は降りるわ。触手魔法を覚えたいとか、武器や魔法を全部習得するとか、付き合ってらんなーい」


 一歩も譲る気のない正の強情っぷりに呆れ果てたユーミンは早々に背を向けてその場から歩き去っていく。

 リーンも何か言いたそうに視線を向けていたが、結局何も言わずに立ち去った。


 その場にはソフィアと正だけが残された。


「セイ様」


 ソフィアは真正面から正を見つめていた。セイの言葉がどこまで本気なのか見定めるように。


「本気でお考えなのですか?」


 正は頷いた。

 やはりソフィアも無茶だと思っているのだろう。迷いなく頷く正を見て困惑の表情を浮かべた。


「セイ様のそれは、この世界に生きる私達にとってはまるでゲーム感覚だと思われても仕方ありませんよ」


 分かっている。不可能なことに挑戦すると言い張る正の姿はあまりにも不誠実だ。

 見限られても仕方がないと思う。


「今ならまだ間に合います。私も一緒に謝りますから、考え直しましょう?」


「……ごめん」


 ここで折れたら正は無駄に大口を叩く、いい加減な勇者だと思われかねない。正の覚悟を示すためにも、ここは絶対に譲歩できない。


「…………そう、ですか」


 ソフィアの顔を直視できない。きっと、正の独り善がりに落胆していることだろう。

 だが、これだけはどうしても貫き通したい。正は顔を上げ、真っ直ぐソフィアを見つめる。


 どうか信じて貰えないだろうか。決して生半可な覚悟で言いだしたわけではない。


「……分かりました。何かお考えがあってのことなのでしょう。私もお付き合いします」


 見捨てられても仕方ないと考えていた。しかし、ソフィアは呆れつつも真っ直ぐに正を見つめ返してくれた。

 信頼を寄せてくれた事に感謝の言葉を述べる。


「いいえ。この世界を救ってくださる方ですもの。大それた事を言ってこその勇者、ですから」


 ソフィアはべっと舌を出してプレッシャーを与えるようなことを言う。

 信じてもらえたのは有難いが、正に対する期待もより一層増したようだ。この期待に応えられるよう頑張らなければ。


「あの。差し支え無ければ教えていただいてもよろしいですか。その、し、触手魔法とやらで一体何をされようと?」


 ソフィアの瞳が爛々と輝いているような気がする。触手と口にするだけでも顔を赤くするぐらいウブな癖に、気になった事は聞かないと気が済まない性格のようだ。

 グイグイと顔を寄せてくるソフィアを手で制し、正は自身の企みを洗いざらい吐き出した。


 ──もしもこれが企み通りに上手くいけば、どんな状況にも対応できると思わないだろうか。


「確かにそれなら武器の相性という点においては全てカバー出来るでしょうが……」


 ソフィアの声が尻すぼみに小さくなる。果たしてそれは可能なのか? と言いたいのだろう。何せその企みは正の妄想で終わる可能性が大いにあるのだから。


 それが可能かどうかを知るためにはリーンとユーミンの協力は必要不可欠だろう。


「──分かりました。二人の事は私にお任せください。取り敢えず、セイ様はルイ様の元へ」


 そういえばルイとの約束があった。そろそろ戻らなければ日が暮れてしまうだろう。


 何から何まで申し訳ない。だが、頼りにしている。


「──はいっ。私にお任せください」


 そう口にするソフィアは満更でもなさそうな表情を浮かべながらその場を離れた。


 さて、問題はこれからだ。ただの無鉄砲馬鹿になるつもりはない。理想を現実にするためにも行動せねば。


 ところで。城はどの方向にあっただろうか。


 来たばかりでまだ土地勘を養えていない正は途中何度も迷ってしまった。通りすがりの住人に道を尋ねながら正解の道順を辿り、どうにか日が暮れる前には城にたどり着くことが出来た。


 使用人の方々の大仰すぎるお出迎えにたじたじになりつつ、先程ルイと言葉を交わした広間まで案内してもらう。


「おお、待っていたぞ勇者殿。ん? ソフィアはどうした?」


 正は先程の出来事を余すことなく全て伝えた。全ての武器を習得し、いずれは魔法も全て我がものにすると言ったこと。だが今は触手魔法をメインに覚えようとしていること。その結果二人は呆れて帰ってしまったこと。


 その全てを聞き終えたルイは腹を抱えて心底楽しそうに笑い出した。


「ははははっ! 確かにそれは無茶無謀というもの! しかも触手魔法とは、勇者殿は相当風変わりな方だな」


 それは自覚している。そんな自分でも勇者としてこの街にいてもよいだろうか。


「良い良い。もしもそれを可能にしたなら、我が街の勇者は最強だ。いずれ最強の勇者になってくれるかもしれぬ男を手放すわけなかろう?」


 中々懐が大きい人物のようで助かる。街の外へ放っぽり出されたらどうしようかと。


「だが、リーンやユーミンの気持ちも分かる。あの二人は特に勇者殿の登場を心待ちにしておったからな」


 正は首を傾げる。

 あの二人が? そんな風には見えなかったが。


 ああ、そうか。この街は二人が守っているんだったか。

 勇者が現れてくれれば負担が少なくなるし、これ以上身体を張る必要もなくなる。

 それなのに現れた勇者がこんな男では幻滅もするだろう。

 

「勇者殿よ、そうではない」


 悪い事をしたと二人に対して負い目を感じていたが、それを見てルイは笑いながら否定した。


「勇者殿と共に戦える日を心待ちにしておったのだ」


 ────────。


 言葉が出なかった。彼らが正と共に戦うつもりだった、なんて考えてもみなかったのだ。


 全て一人で背負うつもりでいた。あの二人も、そのつもりでいると思っていた。

 事実、正は一人で多くの人間を救うつもりでいたし、リーンやユーミンと共に戦うことがあっても二人に怪我はさせまいとまで考えていた。


 次、会ったら謝ろう。

 考えを改めるつもりはないが、それも含めてとにかく謝っておきたい気分だった。


「──では。勇者殿が決意を新たにしたところで、そろそろ行くとしようか」


 そういえばすっかり忘れていた。この後、何処かに連れていってくれるという話だった。して、その場所とは?


「ふふ、着いてからのお楽しみだ」


 勿体ぶって先を行くルイの足取りは、とても軽快だった。


 ◇


 いくら日本文化が浸透しているとはいえ、これはあまりにも予想外過ぎた。まさか異世界に温泉があるとは。


「勇者殿は温泉を知っているかな」


 ええ、そりゃもう。元の世界の国で温泉を知らない者はいないぐらいだ。


「ほう、そうか。それは少しばかり緊張するな。果たして勇者殿のお眼鏡に叶うかどうか」


 こちらとしても異世界の温泉がどういうものか非常に気になる。効能とか、どんな感じなのだろう。


 ルイと共に男風呂に向かおうとした矢先、同じく入浴目的で来たらしきユーミン達とばったり出くわす。


「げ、変態勇者じゃない……。何でここにいんの」


 出会い頭に「げ」はどうかと思う。

 深い理由はなく、ここにいるルイから温泉に誘われただけ。そう伝えてもユーミンの警戒が解かれる事はなかった。


「ま、良いけどー。ソフィア行こー」


「は、はい」


 ソフィアはユーミンの後を追って女子風呂に入ろうとするが、寸でのところで立ち止まった。


「セイ様、申し訳ないのですが……」


 大丈夫、分かっている。ユーミンの説得は上手くいっていないのだろう。正自身もそう簡単にいくとは思っていない。


「取り敢えず説得は続けます。セイ様はごゆっくり温泉をお楽しみください」


 こんな時にまで気を遣わなくても良いのに。どこまでも丁寧なソフィアの対応に少しばかり違和感を覚えた。

 勇者に対して、親身すぎないか。


「では、入るとしようか。──おっと、その前に勇者殿に協力してもらいたいことがある」


 肩を掴まれた拍子にそれまで感じていた違和感はすっと消えてしまった。


 協力? はて、一体なんだろう。

 嫌な予感がする。何故、温泉に来て協力などという言葉が出るのだ。温泉で手を取り合ってすることなど無いだろう。


 いつでも逃げられるように身構えていた正の身体をガシッと掴み、この街の城主はそれを言いやがった。


「女湯を覗こう」


 嗚呼──この男と会うために緊張なんてしていた自分を殴りたい。

 心の底から後悔する正であった。


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