[第1章]第4話 全ての武器種
「ここだよ」
城から離れて10分ほど歩いただろうか。目の前には立派な道場があった。
しかし、なんだろう。そこかしこに見える建物は中世風の装いばかりなのに、この道場然り、馴染みのある日本風の建造物も存在するようだ。
「どうかされましたか、セイ様」
長いこと思い耽っていたせいか、ソフィアに心配をさせてしまった。正は何でもない、と答える。
異世界人は正だけではない。恐らく、既にこの世界に来ている異世界人の中に正と同じく日本から来た者がいるのだろう。その者が日本の文化を伝えているとしたら納得だ。
正はそれ以上深く考えることはせず、リーンに続いて道場の中へ足を踏み入れた。
結果から言ってしまえば、一番向いている武器は無し、とのことだった。剣や槍、銃や弓など色々試したがそのどれもが平均的。
「となるとやはり勇者様に一番向いている戦い方は無手だね」
「要は拳で戦うということですか?」
「うん、武器は持たない戦い方だね。実際に組手をした時、殴る蹴るの動作だけ異様に軽快だった」
「ええと……。セイ様は、元の世界では喧嘩番長か何かだったのですか?」
「え、ケンカバンチョウ?」
何のことか分からないという様子のリーンはさておき、正はそんなわけないと否定を述べた。自分の意思で積極的に人を殴ったことなど一度もない。
子供の頃はやんちゃしていたけれど。
この結果は予想できた。平和な世界で生きてきた正が剣や銃など扱うことはない。拳の適正が一番高いのも頷ける。
「そういえば扱いたい武器はもう決まっているんだよね」
「ああ、そういえば」
そう、手段は全て講じると決めた時から既に使いたい武器は決まっていた。
従って、今回のこの結果は寧ろ良かったと言える。
「……? 良かった? えっと、もしかして手甲とかかな。確かに相性はいいかも」
「なるほど。素手よりは良さそうですね」
手甲、というのもあながち間違いではないので否定はしなかった。詳しくはまた後で説明すれば良いだろう。
それよりも次は魔法の適正審査だと思うが、それもリーンが教えてくれるのだろうか。失礼だが、あまり魔法が得意そうには見えない。
「ああ、それは──」
「──それはこの私が担当するわ!」
どこからともなく女性の声が聞こえた。周囲を見渡しても姿が見えない。
まさか透明化の魔法? 姿も気配も完全に消せるとしたら相当脅威だ。
などと見当違いなことを考えていたが、答えは単純だった。
「ユーミン様、人とお話しする時は箒から降りてくださいと何度も──」
「固いことは言いっこなしよ、っと」
すたっ、と頭上より現れた一人の女性。魔法使い、というイメージそのものを表現したとんがり帽に黒いマント、そして片手には箒。黒一色の装いの中で髪だけが長めの淡い青色だった。
装いも特徴的だが、一番に目を惹く箇所は人間よりも尖った耳だった。この女性は恐らく、ファンタジーな世界では有名なあの種族に違いない。
ユーミンと呼ばれた女性はじろじろと正を物色するように至近距離で見つめてくる。
「これが勇者ねぇ。なんだか頼りなさそうだけど」
「失礼ですよ、ユーミン様。──セイ様、こちらはユーミン・アルバレア様。リーン様と同じく第一線で戦ってくださる方です」
「エルフ族のユーミンです☆ 皆からはミンミンって呼ばれているわっ」
「初耳だけど、それ」
よろしく、ミンミン。
疑いもせずにそう答える正を見てユーミンはぱぁあと表情を明るくした。
「は、初めてミンミンって呼んでもらえた! うえぇぇん!」
「泣くほどなの!?」
どうやら嘘泣きではなく本気泣きらしい。リーンの慌てっぷりがその証拠。
「ミンミンと呼んでアピールを続けていたにも関わらず、今までそう呼んだ人は一人もいませんでしたからね」
「当たり前だよ……。言う方も言われる方も恥ずかしすぎるだろ、ミンミンとか」
リーンはああいうが、恥ずかしげもなくミンミンと言い放った正の立場とは。
「恥ずかしいとか言うな! これでも私なりに親睦を深めようと思って、恥ずかしいのを我慢して言い続けてたんだから!」
「いやいや自覚してたならやめなよ。きっと今後も勇者様ぐらいしか言わないよ」
それではまるで正が常人とはかけ離れた思考の持ち主だと言ってるようなものではないだろうか。表情は変わらないが、ずーんと落ち込む正だった。
「せ、セイ様! こんな方でも一応魔法学のスペシャリストなのです。不安だらけでしょうがご安心ください」
違うよソフィア。欲しいフォローはそれじゃない。
そう言いたかったが、残念な子認定されそうなユーミンもフォローを必要としていたから諦めた。
「さて! 取り乱して悪かったわね、我が愛しの生徒よ!」
「勇者様!」
リーンが必死にフォローしている姿が異様だ。あの大男が小柄な女性に弄ばれているように見える。
きっと、普段からああいう関係なのだろう。
「とりあえず、まずは基礎となる四大元素から火・水・風・地の中で適正が高いと思われる魔法を確認しましょう」
その四つの魔法はファンタジー世界では定番も定番。ゲームや漫画の世界でも数多く登場する魔法だから比較的イメージしやすい部類だろう。
正は教えられた通りの所作を行い魔法を繰り出す。
先ずは火だ。手のひらから大きな火球を繰り出すことに成功した。
「へぇ、悪くないわね。一般的なファイアボールよりもサイズが大きい」
ただの人間であった正が何故いきなり魔法を扱えたのか。その理由はこの身体にある。
ソフィアは言っていた。この世界に来たのは正の魂だけ、身体は魂が作り出した仮初めの肉体だと。
その肉体は常人よりも遥かに強化されている。身体能力は元より、魔法を使う為の基礎もすでに身体が覚えていた。
マナも予め体内に補充されていたし、基礎があるならいきなり魔法を扱えてもおかしくはない。
この恩恵があるからこそ、正が勇者と呼ばれる所以だろう。この世界の人間よりも遥かに優れた身体を持つ彼らだから魔王と戦えるのだ。
だが、基礎はあっても得意かどうかは別問題だったらしい。水の魔法も同様に手のひらから繰り出すのだが、まるで水道の蛇口のようにちょろちょろと水が出るだけだった。
「うん。まあ、こんなもんよね」
残りの二つも同様だった。どれも実戦で使えるレベルではない。となると火の魔法しか選択肢はないのだが。
「私はいいと思うわよ。武器は手甲でしょ? 火の魔法との相性は悪くないしねー。一応、他の魔法も確認する?」
ユーミンは魔法書、のようなものを取り出した。
丁重にそれを受け取って中を拝見させてもらう。先ほど正が使用した四大魔法の他にも、雷魔法や光魔法、幻惑魔法や魅了魔法など事細かく記載されていた。
数えるのも馬鹿馬鹿しいぐらいびっしりとページを埋めている。これらが全て魔法の種類でしかないなら、大変そう(・・・・)だ。
と、それまで軽快にページを捲っていた正の手が突然止まった。
「何か目ぼしいものでも見つけました?」
この魔法は悪くないのでは。扱おうとしている武器との相性も良さそうだ。
「え、どれどれ!?」
ユーミンが身を乗り出して手元のページを覗いてくる。
どうでもいいが、もう少し恥じらいをというものを持ってもらいたい。密着し過ぎだ。
もしもここにいたのが正ではなく健全な男子高校生ならば、身体に悪影響が出るんじゃないかってぐらいドキドキしていたことだろう。
「えー、どれー? この爆発魔法とか? まあ、悪くはないと思うけど。もしくは隣の重力魔法?」
正がどの魔法を選んだのか検討も付かない、といった様子だ。それもそのはず。正が選んだ魔法は、勇者としては恐らく──最低だ。
正がそれを指差すと、ユーミンは予想通り身体を強張らせた。
「────ごめんなさい。ちょっとよく分からないわ。まだ寝ぼけているのかも」
「あ、あの。セイ様? 一体何を選ばれたのですか?」
恐る恐る尋ねるソフィアに対し、正は表情を変えることなく言い放った。
「触手魔法」
…………………………………。
一同が固まった瞬間である。
「ちょ、まっ、えっ、な、何!?」
ユーミンは混乱してよく分からない発言を繰り返している。ソフィアはソフィアで笑顔を浮かべた表情のまま固まっていた。
「もう一度聞いてもよろしいですか?」
聞き間違いの可能性を疑ったのか、ソフィアは再度確認する。
ならば仕方ない。もう一度言ってやろう。正は力強い口調でそれを言い放った。
「触手魔法」
「何故それを選ばれたのですか!?」
単純に使いたい武器と相性が良いなと思ったからだが。何か問題でもあっただろうか、的な顔で尋ねる。
「触手使って何する気よ!?」
さささ、と身を引くユーミン。心外だ、別に厭らしい事をするつもりはない。
わらわらーと触手が沢山出てくるとこの本に書いてあったから、そこに惹かれただけ。
「その発言はアウトですよセイ様!?」
ソフィアまで己の身体を抱くようにして正から距離を取った。
違うのに。変な事するつもりはないのに。
「あ、あの……勇者様? 念のために聞くけれど、勇者様が使いたい武器は手甲なんだよね?」
リーンの問いにそれもある、と答えた。だが正確に言ってしまえば違う。いや、違うというより、それだけじゃないと言ったほうが適切か。
「ど、どういうことですか?」
正が使いたい武器。それは──。
「全種類」