[第1章]第3話 城主
勇者として生き抜くと宣言した後、正はソフィアに連れられて城内へと足を踏み入れた。小さな街の小さな城だから、予想していた通り大して広さはない。
これから城の主人と会うわけか。この街の勇者になるのだからそれは当然なのだが、雰囲気も相まって気詰まりを覚える。
ソフィアは緊張しなくてもいいとは言っていたが、そういうわけにもいくまい。
「こちらです、セイ様」
とうとう問題の部屋の前に着いてしまった。扉の奥から尋常ならぬ気配を感じる。ますます入りにくい雰囲気に足踏みしていると、ソフィアは正の手を引いて強引に誘い込んだ。
部屋の中央には、大仰な椅子に腰を下ろす男が一人。
「おお、よくぞ参った。その方が我がエーデゥルイスの勇者殿か」
その男は椅子から腰を上げると、正の目の前まで迫ってきた。この男の第一印象としては、とにかく若い。
もちろん正より歳上であることは間違いないのだが、てっきり髭を生やしたお爺さんのような人物が出てくると想像していた。
その男の名はルイ・ウィンザー。
往来を歩けばまず注目を集めるであろう真っ白な髪と、女性ならば一目で落ちてしまいそうな甘いマスクが特徴的だった。
フィクションの中のイケメンを再現したらこんな感じだろうというぐらい完璧な佇まい。住む世界が違うとはこの事だろうと、まざまざと感じさせられた。
「どうかしたかね、勇者殿」
そんな正の心境を知ってか知らずか、ルイは柔和な笑みを浮かべて尋ねる。
何でもない、と正は首を振った。話を拗らせて脱線したくはない。今はとにかく勇者として何をすべきか聞きたかった。
正は隣に立つソフィアに目配せする。察しの良い彼女は正の心境を汲み取り口を開いた。
「セイ様、先ほどもお話しした通りこの世界は魔王による破滅の危機に脅かされております。すでに滅んだ国は数え切れないほどあります」
ふと、これまでのソフィアの話を聞いて不思議に思った事がある。
何故、一つの街に人を集めないのか。バラバラに人を割くよりも同じ街に集えば街の防衛もより優れるだろうし、何より勇者にとっても守りやすくなる。それこそ点在する街一つ一つに勇者一人を召喚する必要は無いのでは。
「人が多くなればなるほど敵の攻撃がそこに集中する。まともな人間ならば、それを知っていて人を受け入れようとはしないだろう?」
我が身可愛さ故、ということか。確かにそれは合理的と言える。常人ならばむざむざ自らを危機に晒そうなどとは思うまい。
「そのための勇者です。我々にはもう、セイ様以外に頼れる方はおりません」
勇者としての重圧を強く感じた。生半可な覚悟で引き受けたわけではないが、正が手段を違えればこの街は壊滅するかもしれないのだ。
より一層、気を引き締めなければならない。
「俺は何をしたらいい?」
力強い声音だった。責任を感じてなお、躊躇う様子もなく正は問うた。
躊躇う必要など無い。必ず成功させればいい話なのだから。その為の手段は全て講じるつもりだ。
ルイはこほん、と一つ咳払いをしてから語り出した。
「世界を脅かす魔王の討伐、それが一番の目的ではある。しかしいきなり勇者殿が魔王に戦いを挑んだところで無駄死にするだけだろう。ならばやることは一つ。魔王を討つための力を身につけていただきたい」
勇者といってもゲームで表すならば今の正はレベル1。つまり蟻が象に挑むようなもので、そんな状態で魔王に挑んだところで勝ち目はないだろう。
「まずは数週間後に開催を控えている光召祭を目標にしてはどうだろうか」
光召祭?
詳しい事情を知らない正はまたもソフィアに助けを求める。視線に気がついたソフィアはにっこりと笑みを浮かべて「説明しますね」と答えてくれた。
「光召祭とは、この世界に集った勇者を一堂に会する大規模なお祭りです。武術を競い合う大会が開かれたりするので、ルイ様が仰っているのは恐らくそれの事かと。一番の目的は勇者同士の交流なのですけどね」
なるほど、最初の目標としては良い落とし所だろう。今の正がどこまで通用するか、ここで確認できる。
しかし、勇者を街から離しても平気なのだろうか。その間に襲撃されては元も子もない。
「それは恐らく問題ありません。光召祭の間は開催街が一番人で溢れますからね。そこを狙えば一網打尽できるかもしれないのに、人が少ない街をわざわざ狙わないでしょう」
言いたいことは分かるが、それでも絶対に狙わないとは言い切れないのではないか。ただ単に正が心配性だということもあるが、不安の芽は出来るだけ摘んでおきたい。
「魔王軍にとって最も脅威となる存在は勇者です。ならば主力は勇者の討伐に差し向けるでしょう。セイ様が留守の間にこの街が襲われたとしても、所詮は有象無象の衆、その程度なら我が警備隊でも撃退出来ますよ」
そういうことならば心配はあるまい。正は安心からほっと胸を撫で下ろした。
「と、いうわけで。その光召祭に向け、勇者殿にはこの世界での戦い方を身につけてもらいたい」
正はこくり、と頷く。
準備はもう出来ている。今すぐ始めてもらっても構わない。
瞳が隠れているせいで表情を読み取り辛いのだが、心なしか鼻息が荒いと感じたソフィアは小さな笑みを浮かべた。
「まあまあ、そう急くでない。今日のところは適正の確認だけで済ませておくと良いだろう」
「適正とは、自身と一番相性がいい魔法や武器を確認することです、セイ様」
正がフォローを求めるよりも先にソフィアは補足で説明してくれた。徐々に扱い方を覚えられている気がする。有能な秘書という感じだ。
適正、つまり「貴方はこの魔法とこの武器が得意です」などと教えてくれるということか。
「もちろん、セイ様自身が覚えたい魔法や武器があるならそちらを習得していただいても構いません。時間はかかるでしょうけど」
それを聞いて安心した。既に使いたい武器や魔法は決まっている。
手段は全て講じると決めた。ならば、選択肢は一つしかない。
「ほう、では武器の適正から確認しようか。リーンよ、入れ」
「──はっ」
ルイに呼びかけに応じ姿を現した男は正の身長を軽々と超えるほどの大男だった。
林檎どころか西瓜をも片手で簡単に握り潰せそうなほどガタイが良く、その手はとても大きかった。あの太い腕で掴まれたら正など簡単に潰されそうだ。
恐らく、ソフィアやルイとは種族が異なるのだろう。ルイがひたすら筋肉トレーニングを行ってもああはなるまい。
「勇者殿が来るまでこの街の防衛ラインを第一線で活躍してくれた一人だ」
ルイに活躍を評価されたリーンは誇らしげな表情を浮かべつつ、正の目の前に立つとその大きな手を差し出した。
「改めまして、僕はドワーフ族のリーン・マクウェル。よろしく勇者様」
こちらこそ、と相手の手を握った。まるで大人と子供ぐらい手の大きさに違いがある。この体格の良さならば第一線で活躍していたというのも頷ける。
ところで、リーンはどういった武器を扱うのだろう。武器の適正確認を任されるぐらいなのだから、もしかして全ての武器に精通しているとか。
「はは、まさか。武器の心得があるというだけで、何でもかんでも扱えるわけではないよ。僕自身は専らハンマーしか使わないしね」
現地の住人でも全ての武器を扱うことは難しいというわけか。
確かにリーンのあの大きな腕ならば、剣を扱うよりも重量級の武器を扱った方がずっといい。ちまちま攻撃するよりも一撃の重さに比重を置いた戦い方が向いている。
要は人によって向き不向きがあるということ。その為の適正なのだろう。なら、正がやろうとしていることはきっと、茨の道だ。
「では勇者様、場所を移動しよう。近くに道場がある。そこなら思う存分体を動かせるよ」
分かった、と口にしてリーンの後を追うが、その背中をルイに呼び止められる。
「勇者殿、適正の確認が終わったらまたここに戻ってきてもらえないか。連れて行きたい場所がある」
ルイの言葉に頷き返しつつ、正はその場を後にした。