いざ北嶺プチ旅行(1)
ライラ、レオナルド、キャロンに、エリック。休日の朝、四人は学園前に集まっていた。ライラは品の良いコルセットベストをあわせ、キャロンはフリルにレースのシャツでお洒落をしているものの、二人ともボトムスはロングパンツの軽装で、それぞれ一泊用の大きい荷物を持っている。
「ねぇ、俺ほんとに来ても良かったの?」
自信家のエリックが珍しく心もとない様子である。ライラは勿論だと笑い、レオナルドは少し眉を上げて頷いた。
キャロンは大きく二度頷いた。エリックを呼んだのは他でもない彼女である。何故なら、ライラに好意を隠さず詰め寄るレオナルドの、なんやかんや甘い二人の空気に当てられるのが一人なのはキツイから。北嶺で一泊という密着取材行程は、誰かを道連れにしたかったからである。そう聞かされたライラは「いちゃついてない!」と反論したが、黙殺された。
「北嶺は初めてか?」
「あ、ああ……遠くの方から見たことはあるけど、踏み入れたことはないよ。さすがに領域違いだし」
「そうか。北嶺の夜空は綺麗だぞ。楽しんでもらえたらいい、な」
好意的なレオナルドに、エリックは目をしばたたいた。いつものメンバーで遊ぶ予定だったのに、部外者が入って内心は邪魔だと思っているのでは、と考えていたのかもしれない。そんなことないのに。
「それじゃ、行こうか。まず俺の家に行って、そこから《転移》していくから。みんな、手を」
レオナルドはライラの手を繋ぎ、ライラはキャロンと、キャロンはエリックと手を繋ぐ。それを見届けたレオナルドが息を吸い、小さく吐いた瞬間にはウォーウルフ邸に着いていた。巨木でできた門を一同はくぐり、屋敷の結界を抜けたところでレオナルドが手を離す。少し待ってて、と言い置いて玄関に入り、誰かを呼んでいる。
キャロンとエリックはウォーウルフ邸を見て唖然としていた。
「「でかい……」」
「大きいねぇ……」
そう、巨大なのである。ライラが前回来たときは気を失っていたし、帰りも慌ただしかったので正面からじっくり見られなかったのだが、トゥーリエント本邸よりも、舞踏会用のホールがある屋敷よりも、はるかに大きいのだ。大きく占められているのは小さな森の温室である。木や植物――自然に合わせて建てた要塞のようだ。
「大狼のねぐらだ。ウォーウルフ一族って、やっぱすげぇんだね……」
「いやいや、確かにでかいけど、そんなにすごい訳じゃないぞ。お前んとこのバーナード家の方がよっぽどだと思うけどな」
ひょっこり屋敷から出てきたレオナルドが、エリックの呟きに返事をした。一緒に出てきたのはきつね色の獣耳をもった女性である。二人で新たな大荷物を運び出していた。
「この屋敷は俺の一家だけが使うものじゃなくてな。ウォーウルフ一族だったら誰でも使ってよくて、自由に共同生活を送る。元々はこんな大きくなくて、人数が増えたりドカンと稼いだりした時に増改築を繰り返したらしいんだよ――」
「じゃ、じゃあ、他の……あの有名なウォーウルフの方々もいらっしゃいますの?」
どこか期待に満ちた目でキャロンは屋敷を見上げる。レオナルドは苦笑しながら頭をかいた。
「それが……。今、学園の生徒なのが俺と姉貴だけで、両親は放浪戦闘職だし、そもそも一族中に放浪癖があるから定住しているのは従兄弟の一人だけ。そして住み込みで家政婦さんをやってもらっている、サツキさんだけだな」
そう言ってレオナルドはサツキを紹介した。軽くお辞儀をした彼女は、小さい星を散りばめたような柄の紺地の着物に、赤色の大きな花模様の帯を締め、暖かそうな真白いポンチョを羽織っている。足元はモコモコの黒いブーツ、防寒の装いである。
「初めまして皆さま。家政婦をしている妖狐のサツキです。この度の小旅行、私も同伴させていただきます。お料理はお任せください」
「初めまして、エリック・バーナードです。月の光のなかで舞う天女のようにお美しいですね」
「キャロン・フォレストです。よろしくお願いしますわ」
エリックの世辞に、サツキは目を細めて微笑み返した。淫魔とは違う得体の知れない艶やかさがぶわりと漂う。エリックは息をのんだようだった。その反応を見るとサツキは妖しげな笑みを引っ込め、キャロンに向かい会釈した。
「サツキさん、先日はありがとうございました」
「いえいえライラさん。坊ちゃんの将来の伴……お客様ですもの、当然のことです。お元気になられて何より」
(まさか坊ちゃんと呼ばれていますの?)
(今絶対『坊ちゃんの将来の伴侶』って言おうとしてレオナルドに睨まれてたな)
(お前ら、思ってること全部顔に出てるからな)
「さて。皆さんにはこれを着てもらいますね。防寒の魔術がかかっている優れものですよ~」
サツキとレオナルドは三人に分厚いコートを手渡していった。黒色でずっしり重く、裏地はモコモコ、チャックとボタンを全て留めてフードをかぶると、顔の露出部分は目と鼻のあたりだけになる。ずんぐりしたフォルムだ。
「ズボンもありますが、魔術もかけていますし、とりあえず別荘まではそれで大丈夫だと思います」
レオナルドは勝色のモッズコートをすらりと着こなしている。ライラ達に比べて明らかに軽装である。
「お前が着てるやつ格好良くね?」
エリックがぽろりと漏らした。
「俺はこれくらいでいいの。お前はそれ着ないとまじで凍るぞ」
「なんてったって大狼族ですからね。別にコート着なくても大丈夫は大丈夫なんですよね。かく言うサツキも寒さには強いのですよ。大猫のキャロンさんはどうですか?」
「あ~……本性になれば、ライラとエリックよりは大丈夫ですの。でも、寒いのは苦手です」
「そう言えば、キャロンちゃんのまだ本性見たことない」
ライラははっと思いつき、目を輝かせて言う。
「……見たいですのね?」
ライラは勢いよく頷き、それを想像して恍惚に言う。「もふもふ触らせてほしい……」もふもふに目がないのである。その呟きにぎょっとしたのはレオナルドだ。
「おいライラ……?」
その言葉に続くのは『俺のもふもふは飽きたのか……?』であるかもしれない。呟きを聞いたキャロンは愉し気な笑みを浮かべた。
「いくらでももふもふして良いですわ。ふふふ。ふふふふふふふっ」
やったぁ! とライラは喜んだが、横から何やら切なそうなレオナルドの視線を感じた。サツキは手を口に当てて忍び笑いをしている。
ライラが狼姿のレオナルドをもふもふしてきたことを知らないエリックは蚊帳の外である。
「あれ……俺なんか仲間外れ……? ほんとに来てよかった……?」
頑張るのだエリック。




