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魅惑の出来ない淫魔令嬢  作者: 葛餅もち乃
1部(完結)
4/55

4:水色の狼

 魔王の退場後、会場には死屍累々といった状態の新入生が残され、入学式はそこで強制的に終わりとなった。教師達は意識を失った生徒の介抱にあたり、意識はあるものの体力や精神力を根こそぎ削られた生徒は一ヵ所に集まって治療をしてもらう。元気な者は自由時間となり、早めの昼休みとなった。その長い昼休みの後、クラス毎にオリエンテーションを行うらしい。

 ライラは既に回復していたため、講堂を出ようとした。エリックの方をちらりと見たが、知り合いらしき魔族に囲まれている。全員元気にしていることから、秀才の友人は秀才なのだと思い、一人でそっと講堂を出た。


 自由時間だと言われても特に行く場所もない。箱入り状態で育ったライラには友人がいる訳でもなく、広大な学園の敷地を当てもなく歩くことにした。

 学園内にいくつも建てられている校舎はどれも外観が統一されている。壁面の白色と、レンガと屋根の赤茶色のコントラストが落ち着く心地にさせてくれる。芝生を踏みながら歩いていると、森に面した場所に出た。木は鬱蒼と生い茂り、見通す限り森が続いている。ライラは近くの木の根っこに腰かけ、お弁当を食べることにした。


 お弁当箱の中身は彩り綺麗に詰められていた。ヨハンの愛情を感じる。炊き込みご飯に甘酢あんの肉団子、卵にブロッコリーの胡麻和え、ひじきと豆の和え物など……気合が入りすぎである。一人で頬をゆるませながら黙々と食べていると、森の向こうからガサリと音がした。びくりと肩を揺らし、警戒しながらその暗がりを見る。


 小さな金色のものが二つ光っている。――狼だ、それも大きな。

 ライラは内心冷や汗をかきながら、じっとその狼を見返す。魔獣だろう。その眼光と佇まいで推測するに、ものすごく強い魔獣に違いない。


(上位魔獣かな? もしかして、食べられてしまう?)


 狼はゆっくりライラの方へ近づいていった。その体に木漏れ日が差し込み、全貌が露わになる。毛は薄い水色で、体長はライラが両手を横に広げてもより長く、乗ることも出来そうな程にがっしりとして大きかった。今すぐライラを取って食おうとはしていなが、何やら吟味している様子だ。

 ライラは身の危険を感じると共に、感動もしていた。


「綺麗だね……」


 水色の毛はきらきらと輝いているようで、ふわっふわだ。日の下で見る金色の瞳は透き通るように綺麗。どこか厳格で雄々しい雰囲気を持つ顔は勇ましく美しかった。

 ライラの言葉が聞こえたのか、狼は尻尾を振った。喜んでいるのかもしれない。


「こ、こんにちは?」

 狼は更にライラに近づき、首を縦に振った。

「あなたもお弁当、食べる?」

 狼は首を横に二、三度振った。会話が通じている。

「……もしかして、私を食べるの?」

 狼は半目になった。呆れられている。

「あなた、ここの森の魔獣? それとも誰かの使役獣?」


 狼はその質問を無視し、ライラのすぐ近くに寄って四足とも折り曲げて座った。そして目を伏せる。

 初対面であるのに気を許してくれたかのようで、ライラは感激した。残りのお弁当を食べ終え、鞄にしまって狼を向く。


「ねえ、あなたに触ってもいい?」

 狼は閉じていた目をあけてライラを見ると、また目を閉じた。そして尻尾を左右に一度だけ振った。

「いいってことだよね?」

 ライラは恐る恐る手を伸ばし、耳の後ろから体の側面にかけて撫でた。想像通りふわりとして毛並みもさらさらで気持ちがいい。

「きっもちいい……」

 その反応に気をよくしたのか、尻尾がふりふりと振られる。ライラは夢中になって何度も狼を撫でた。


「可愛い……」

 狼がぐるるると唸った。

「勿論格好いいよ! 勿論!」

 ライラが慌てて言うと、狼が唸るのをやめた。それがまた可愛いとライラは思ったが、口には出さずにおいた。


「ねえ、私ここで上手くやっていけるかなぁ……」

 気付けばライラは不安を口にしていた。狼の目がぱちりと開く。

「ごめんね、こんなこと言って」

 いいから続きを喋れ、と狼の目に言われた気がするので、ライラは続ける。

「私ね、魔力が全然なくって……あ、それは分かるって? すごいねぇあなた。あとねぇ、魔族でもちょっと出来損ないなんだよね」


 狼の目は、ふーん、とでも言いたげだ。それがどうした、とも見える。

「うん、頑張るよ。あともう一つ、友達が出来ればいいんだけど、出来るかな?」

 狼は興味がないといった体で目を閉じた。ライラは苦笑しながら撫で続ける。そうするとある考えを思いついた。


「いいこと思いついた! あなたがなってくれない? 私の友達に」

 狼はばちりと目を開けるとすくっと立った。座っていたライラが見下ろされる形になる。

「お、怒った……?」

 狼はその金色の瞳でライラを見つめたあと、ライラの顔をべろりと舐めた。

「いいの?」

 狼は面倒くさそうに自分の顎をライラの頭の上に載せた。尻尾はゆるやかに振られている。了承の意だとライラは受け取り、嬉しくなって狼の首元に抱き着いた。


『ウォオッ?』

「ありがとう~‼」

 ぎゅうぎゅうと抱き着くライラを、狼は仕方ないなといった風に見下ろした。

 しばらくされるがままを許していた狼だが、頭をぶるりと振り、ライラの拘束を解く。

「あっ、ごめん」

 狼はフンッと鼻をならし、四本足を折り曲げて座る。

「たまに、ここで会ってくれる?」

 狼は縦に首を振った。ライラが破顔する。


「ふわぁ……」

 ライラが口を手で押さえ欠伸をした。お弁当を食べ終えたことで、急に睡魔が襲う。魔王の衝撃波で疲れてもいた。

「なんだか急に眠く……お昼休み終わるまで時間あるしなぁ」

 うとうとし始めたライラを見た狼は、座っている体を湾曲させ、全体で円を描くように尻尾を顎の方へぱたんと振る。そして、誘うように地面をぱたぱたと叩いた。ライラの方をじぃっと見つめる。

「……寄りかかっていいの?」


 狼は肯定も否定もせず尻尾をぱたぱたと振るので、ライラは甘えてみることにした。立ち上がって尻尾を跨ぎ、狼のすぐ傍に腰を下ろす。ふわふわの毛並みの横腹に身を預ける。ふわふわと温かく、狼からはお日様のようないい匂いがした。


「気持ちよすぎて……ねむ……」


 木漏れ日が差し込む中で、ライラはゆっくりと瞼を閉じた。




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