3:入学式
入学生と思われる生徒達と道なりに沿って歩き、着いた講堂の前には様々な種族の魔族がいた。全員人型をとっているが、獣耳や尻尾が出ている者もいる。ライラは淫魔族以外と交流をもっていなかったため新鮮だった。
あの獣耳に、尻尾に、触ってみたい。
目を輝かせるライラをちらりと見て、エリックが言う。「おい、触るなよ」
ライラの思考は読まれていた。
「獣型をもつ奴らは大概好戦的だ。ちょっとしたことで喧嘩とか売られたら面倒だしな。純粋な攻撃力が強い奴も多い。あと戦闘力で言うと竜族かな。普段は理知的だと聞くが、怒ると手が付けられない」
「今の魔王様って竜族よね?」
「うん。入学式にも出て下さる。けど、なーんか嫌な予感がするんだよな」
講堂と呼ばれるそこはとても広く、普段は大規模な摸擬戦を行う時に使われる。ドーム状になっており、闘技場を見物出来るよう、二階席と三階席がある。
ライラ達は一階の闘技場――今は入学式場――に足を踏み入れた。高い天井や柱、二階と三階の座席は木調で作られており、温かみを感じられる。肌色の床は不思議な素材で出来ていた。硬く無く、柔らかくも無く、それでいて弾力がありそうな素材。一種の魔法をかけてあるのだとエリックは気付いた。戦闘等による負傷を減らすものだろう。
入学式は座席もクラスごとに指定されている。ライラがずんずん進んで行くところを、エリックは手を掴んで引き寄せた。
「じゃあ俺はあっちに行くけど……帰りはどうする?」
「さすがに家へは一人で転移出来るから大丈夫」
心配性だ。このままだと本当に四六時中一緒じゃないといけなくなる。
「気を付けろよ。お前かなり世間知らずなんだから」
「分かったって!」
(エリックってあんなに過保護だっけ)
あれじゃあ兄達と変わらない。それともライラがあまりにも世間知らずで、学園が予想以上に恐ろしいところなのだろうか。
エリックと別れたライラは指定されている席に座った。周囲の椅子もどんどん埋まり、入学式が始まる。限られた世界でしか過ごしてこなかったライラは、周りに色んな種族の魔族がいてそわそわしていた。感覚で分かるのだが、淫魔族は少ない。
(急に不安になってきた……)
歓迎のファンファーレが大音量で響き渡る。ライラは落ち着かない様子で学園長の挨拶を聞いた。正直あまり頭に入ってこなかった。続いて司会の教師が魔王様の登壇を知らせる。会場内の全員に緊張が走った。
壇上に突然眩い光が現れ、その場所に背の高い男性が現れた。光に反射する不思議な光沢をもった黒髪、遠目でも分かる鋭い眼光。服装は黒づくめで、羽織っている裾の長いマントには金糸の刺繍と金のボタンが飾られている。彫りが深く、全ての顔のパーツが完璧に整っていて彫刻のようであり、生気がみなぎり荒々しい。ものすごく美形だ。
(あの人が魔王様)
「新入生の諸君、入学おめでとう。俺が魔王だ」
声は低く、体にずしりと響いてくる。滲み出る魔力のせいだろう。
「魔界は知っての通り弱肉強食、実力主義だ。上に上がっていくには腕っぷしだけじゃない。魔力が少なくても色んな方法があることをここで学ぶように。それと」
魔王は一旦言葉を止め、にやりと笑った。怪しい笑みに気付いた教師達が慌てて立ち上がる。
突如、何か巨大な力の奔流が体と意識を押し流した。目が眩むような圧倒的な力だ――ライラの体にぶわりと汗がわき、頭がくらくらになって立っていられず、気付けば椅子に座ってへたりこんでいた。生徒の半数は意識を失って倒れている。他はライラのようにかろうじて意識のある者、ごく少数の生徒はなんとか立ったまま持ちこたえていた。皆、顔は強張っている。
「魔王陛下!」
教師の一人が諫める様に叫んだ。魔王は笑い、教師に向かってすまないといった意味の手振りを示した。
「今年の新入生はなかなかいいな。半分は持ちこたえたか。現時点で立っていられる奴、尚のこと結構」
ライラの体が急速に自我を取り戻す。この回復の感覚は攻撃を受けたときのものだ。
(さっきの衝撃波は、魔王様の魔力だったんだ)
エリックはどうしているだろうと一組の方を見ると、流石秀才、よろめかず真っ直ぐ立っていた。ライラの視線に気付いたのか、エリックが振り向いて目を合わせる。意識を失って倒れていると思っていたのか、衝撃から回復したライラが笑ってみせると驚いた顔をした。
「卒業する頃には、これくらいの魔力に当てられても平気でいられるように、頑張れ」
このすさまじい魔力をこれくらいだと言う魔王に、生徒達は畏怖した。
「あと宜しく」
魔王は教師達にそう言い残して消えた。生徒の半数は意識を失っており、状況は入学式どころではない。
「あっ、あの魔王はっ、毎年毎年ィィィィィィイ!」
教師の悲鳴が響いた。