23:秘密が暴かれるとき Ⅲ
「だから、魅惑が出来ないの。よって、私が魅惑をすることはない。むしろ、出来ない」
「……半分とはいえ属性は淫魔だろ」
「出来損ないの、淫魔なの」
二人の間に一筋の風が吹いた。
「信じられないなら、兄様達に聞いてくれたらいいよ。この黒髪も、黒い瞳も、異質でしょ」
「……あんまり他の奴に言うとマズいんじゃないか、それって」
「……緊急事態じゃん。レオナルド君、私の話聞かないし、引きさがりそうにないし。……学園に来た以上、いつかはバレそうなことだし。それに言いふらしたりしないでしょ? もし言うようなら、私だって狼さんの仕打ちを言いふらすからね」
「う、……まぁ、言いふらすような趣味もない、けど」
レオナルドはライラの頬を包んだまま、呆然と見下ろした。
「……マジで?」
「マジで」
ここにきて、本当に魅惑されていたらどれだけ良かっただろうと――真っ直ぐ見返してくるライラを見つめながら、思う。
これが魅惑じゃないのなら、問題はレオナルド側だけということで。
(単純に、俺が、コイツに対して盛ってただけのこと……!)
こんな事実知りたくなかった。
レオナルドは全身の力が抜け、よろよろとその場にへたり込む。
甘い匂いがするのは、魅惑関係なしにライラ自身のもの。誘われてしまうのは、単にレオナルドが惹かれているだけ。苛々しながらもライラに会いに来るのは、レオナルドがそうしたいだけ。
(う、うわぁ……。あいつの言うように、ただの、駄犬……)
レオナルドは自分自身に引いた。
「信じてくれた? ……ねぇ、大丈夫? 顔が青いけど」
両手を地面について分かりやすく項垂れているレオナルドに合わせるよう、ライラはしゃがみ込んだ。レオナルドの顔を覗き込む。ちら、とレオナルドが目を上げたが、急いで下に戻した。レオナルドの位置からは、折りたたまれた脚の間から無防備にも下着が見えそうだったのだ。
(ほんと、危機感のない……!)
「レオナルド君?」
レオナルドは佇まいを直して――綺麗に土下座した。
「え、何してるの」
「……ほんと、もう、ごめん。ごめんなさい」
「え、え、……え?」
狼のことも、入学当初の暴言もあるが、今一番恥ずかしく後悔しているのは、魅惑だと思い込んで盛り、勝手にキスしようとしたことだ。ライラは気付いていないのかもしれない。馬鹿だから。
「俺の、勘違いだ……」
「うん。分かってくれて、良かった」
さっきは吃驚したよ、殴ってごめんね、と穏やかな声が頭上に注がれる。それでいいのかお前は。
「ね、顔上げて」
「ああ……」
レオナルドは胡坐をかき、何を話すか考えた。とりあえず、もう一つ言うべきことがあった。
「あのさ、入学式のことだけど……初対面であんなこと言ってすまなかった」
「うん?」
「正直、淫魔は嫌いだ。トゥーリエント家も、嫌いだ。でも、あのときあの場所であんな風に言うべきことじゃなかった」
「……うん」
「トゥーリエント家については……俺がどうこうされた訳じゃないんだが、ちょっとした私怨だ。俺の個人的で一方的なもの。家同士がどうこうとかじゃない……あんまり交流もないし」
「私怨」
「そもそもお前は関係ないんだ。今更こんなこと言っても……って話だが、お前のことが嫌いな訳じゃない。今、俺がお前に言えるような台詞でもないけれど……」
ただ言っておきたかった。
「ふうん、そっか」
ライラはそれ以上何も言わなかった。何を思っているのだろうと、レオナルドがライラを見つめるも、ライラは何を思っているのか分からない――むしろ何も考えていないような顔をして遠くを見ている。
(ふわふわしていると言うか、変な奴だよな)
ライラがきゅるんとレオナルドに目を合わせた。
「その私怨っていうのは、教えてくれるようなもの?」
「……」
「あ、ごめん、言いたくなかったらいいよ」
考えるように黙りこんだレオナルドを見てライラはそう言った。言ってもいいが、ライラの兄に関わることだ。そしてレオナルドの姉も。あまり喋りたくないことだし、ライラも知りたくないかもしれない。
「ん……また今度でいいか」
「うん」
ライラはすんなりと頷く。
どうでもいいような、受け流しているように見えるかもしれない。けれどこいつは、ただ受け入れているだけなのだと、レオナルドには分かる。
――ゴーン……ゴーン……
「予鈴! 戻らないと」
「あー……そうだったな。まだ昼休みだったな」
今にも駆け出しそうなライラをちらりと見たレオナルドは、一つの提案をすることにした。
「お前が良ければひとっ跳びで送る」
「ひとっ跳び?」
拒絶の意思はなさそうだと判断したレオナルドはライラに近づき、軽々とその体を持ち上げて抱えた。いわゆるお姫様抱っこであった。
「えっ? ちょっ……?」
「しっかり掴まっておけよ。俺が絶対落としはしないけど、反動がくるかもしれない」
「反動?」
二人の周りに青白い光がパラパラと点滅した。レオナルドによる不可視の魔術だった。レオナルドはライラを強めに抱き直し、ぐっと膝を曲げると高く跳躍した。一歩、二歩、空気の層を踏むように空中で更に跳躍を重ねる。その度に白い光が煌めく――おそらく何かしらの魔術だ。跳躍する度にライラの体にも重力がぐっとかかる。ライラは慌ててレオナルドの体にしがみついた。
そして一瞬で校舎の屋上へ到達した。不可視の魔術を消し、抱えていたライラを名残惜しくもそっと下ろす。
「……いつもこうやって来てたの?」
慣れない跳躍に少しふらつきながらライラが尋ねた。
「狼の姿でだけどな。あっちの方が跳びやすい」
「そうなんだ……ありがとう。こんな軽々跳んで、レオナルド君はすごいね。空を飛んでるみたいだった」
「……レオでいい」
「うん?」
「レオナルドって長いだろ。レオって呼べばいい」
そう言われたライラは、ふわっと笑った。
「じゃあ私のことはライラでいいよ。教室に戻ろ、レオ」
「……ああ」
ライラはどことなく弾んだ足取りで階段の方へ歩いて行く。その後ろをレオナルドはついて行った。
彼の後ろ姿には、見えないはずの狼の尻尾がぶんぶんと振られているようだった。
二人が一緒に戻ったことを、特に気にする者が一人。
(んん?)
キャロンはレオナルドの、普通なら見逃しそうなはにかんだ微笑みを見逃さなかった。
(……なーんか気持ち悪いですわ)




