表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魅惑の出来ない淫魔令嬢  作者: 葛餅もち乃
1部(完結)
18/55

18:レオナルドの葛藤 Ⅰ

 レオナルドは迷っていた。行くべきか、行かざるべきか。

 昼休みに入り、ライラとキャロンは昼食を持って教室を出て行った。そのときキャロンがレオナルドを見て、意味深に笑った。狼の姿でのこのこやって来るのかさぞ見物ですわ――といったところだろうか。

 正直言えば、行きたくない。……いや、行きたいのだが。


 隣の席にいるライラの存在に、体が疼いてしょうがない。顔を見たいけれどずっと横を向くのもおかしい。それにライラはなかなかこちらを見ようとはしない――そもそもレオナルドが悪いのは分かっている。こちらを見られないような原因を作ったのは自分だ。あれだけ脅して威圧したのだから。

目を合わせたところで求めるような笑顔は向けて貰えない。嫌悪や憎しみがないのも知っているが、狼のときのような笑顔を見ることは出来ない。


 もしも今、嫌悪を向けてこられたら……と考えると、胃が重たく感じた。それとももしも狼のときのように、信頼しきった表情で抱き着いてきたら、人型の腕で抱きしめ返せたらどんな心地がするのだろう、と考え……何馬鹿な想像をしている、と自分で自分を殴りたくなるレオナルドだった。

ライラとゆったり過ごしてきたあの癒しの場所へ行けば、キャロンに勝ち誇ったような笑みを向けられるだろう。腹立たしい。でも行かなければライラがきっと悲しむ。


 結果、二人が談笑しているところに狼姿を現すことになった。案の定キャロンはしたり顔だった。

 ライラの横に、少し距離をおいて伏せる。ライラがわざわざ狼の方ににじり寄り、頭から体にかけて毛並みを撫で始める。甘やかな匂いが近づき、狼の本能は満足気だ。ライラの手つきも気持ちいい。されるがまま、目を閉じた。


「ほんっと、ライラに懐いてますのね」

 キャロンが皮肉げに言った。レオナルドは無視を決め込む。

「懐いてるっていうか……触らせて貰ってるんだよ~」

 控えめに言うライラに気を良くする。そう、触らせてやっているのだ。

 そうしたレオナルドの態度にキャロンが苛立ったのだろう。

「ライラはその狼の正体、気になりません?」

「正体?」

 ライラが狼をちらりと見やる。

「……何か秘密を持ってるの?」


 狼は片目をぱちりと開けてライラと目を合わすと、またすぐ閉じた。冷静に見えるといいが、レオナルドの心臓は凄まじい勢いで早鐘を打ち始めている。

 否定しない狼に、ライラはそれが本当だと理解する。

「もしそうなら、狼さんが自ら教えてくれるまで、秘密でいいや」

「ライラは優しいですわねぇ」

 クスッとキャロンが笑った。その笑い声には「命拾いしましたわね、レオナルド・ウォーウルフ」という言葉が含まれている。レオナルドには分かる。


(くっそ、信条には反するがこの女殴りてぇぇぇ)


 尻尾をぼすんと振り下ろした。





 また別の日には。

「ねぇ、私ずっと思ってたのですけど……ライラの精気ってどうしてそんなに美味しそうなのです?」

「……えっ?」

 これはレオナルドも唖然とした台詞だった。キャロンはまるで淫魔のようなことを言う。

「少し、食べてみたいのです……」

 キャロンは少し上目遣いになり、懇願の表情を作る。地面に手をついて、上半身だけライラの方へ寄っていく。

「あ、あの、キャロンちゃん。キャロンちゃんって、大猫族だよね? 淫魔じゃないよね?」

「純度百パーセントの大猫族ですわ。……もしかして、精気を食べるのは淫魔だけだと思ってますの?」

「え、違うの?」


 これもまたレオナルドは吃驚した。そんなことも知らないのか。ライラの周りは何を教育しているんだ――淫魔だらけで育ったからそうなるのか? こんな甘い匂いをしているのに、家族は注意しなかったのだろうか。


「淫魔ほど精気を食べることも、それを自身のエネルギーに変換することも出来ませんけど、魔族だったら精気は好物ですわよ?」

「そ、そうなんだ……」


 つくづく無知だなぁ、と肩を落とすライラに、狼のレオナルドが慰めるように尻尾で彼女の背中を撫でる。


「そこの狼だって、勝手に食べてると思いますけど」

『してない』

 苛ついたレオナルドは、つい喋ってしまった。勝手に精気を頂くような無粋な輩と思われているとは。金色の瞳でキャロンを睨み付ける。

「……あら、ごめんなさい。てっきり」

 キャロンは素直に謝った。「案外ちゃんとしてますのね」とポツリと呟いた。

「ええと、キャロンちゃん、どうぞ」


 キャロンはライラの首元へと顔を近づけ、その柔らかく白い素肌をぺろりと舐めた。そのようなところを舐められると思っていなかったライラは「ひゃっ」と可愛らしい声をあげる。聞いているレオナルドが何故か恥ずかしくなった。

 ライラの首筋を舐めたキャロンは頬を赤くした。まるで強い酒でも呷ったような赤みだ。手を広げてぱたぱたと顔を仰ぐ。驚いた表情でライラを見た。


「す、すごいですわ。ものすごく濃厚で、幸福感に酔うように甘くて……ええと、何て言うんでしょう、とにかく、すごい」

「あんまり良くなかった?」

「逆ですわ! これは、中毒性がありますわ……でも私には濃厚過ぎて、た、倒れそう……」

「えええ! ごご、ごめんねキャロンちゃん! 大丈夫⁈」

「ライラが謝ることは何一つないですわ……」

『そのとおり。そいつが悪い』

「うるさいですわ狼。でもライラ、これ、注意した方が宜しいですの……狙われるかもしれません」

「狙われるって?」

「この味を知ったら……貴方の精気目当ての輩や、よからぬことを企てるような輩も……。ご家族から何か言われてはいませんの?」


 それはレオナルドも気になっていた。


「兄様や屋敷の皆は、男共に注意しろってうるさい。関わり持たなくていい喋らなくていい、とか言われてる。何かあったら容赦なく拳を振り下ろせ、そして俺達を呼べって。過保護でしょう」

「まぁ、そう言いたくなるのも分かりますわ。だからあんなことが……この前の魔術基礎演習のことですけど、お兄様達に鍛えられたのですね?」

「兄様達にそういう意図があったってのは最近知ったんだけどね。だって兄様達が一番精気奪っていくんだもん」

「その気持ちも、分からなくはないですわ……ましてや淫魔ですものね……」

 ライラは狼に振り返った。


「狼さんも私の精気食べてみる?」


 狼はびくっと耳を立てた。

「不用意にそういうこと言わない方が宜しいですわよライラ」

「だって狼さんだもん」

 どうする? と首を傾げるライラに、レオナルドはすぐにでも押し倒して飛びかかりたくなった。


(いやいやいや、獣か俺は)


『……今日は、やめておく』

「そっか。私、精気有り余ってるみたいだから、試してみたいときは遠慮なく言ってね」

 さぞかし甘く美味しいのだろう。下手すると酩酊状態になりそうだ。それを、キャロンの目の前で晒すようなことはしたくない。


(何より、始終こいつを求めるような、中毒になるのが怖い)


「今日は、ねぇ」

 未だ顔を赤くさせたキャロンが狼を見下ろしていた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ