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魅惑の出来ない淫魔令嬢  作者: 葛餅もち乃
1部(完結)
16/55

16:ライラと魔術基礎演習 Ⅲ

「――なぁ、ライラ・トゥーリエント」


 一人、ホールの端へと移動したライラの背に声がかかった。びく、と振り返るとレオナルドが怖い顔をして立っていた。


「レオナルド君。あの、さっきは、かばってくれてありがとう……」


 レオナルドはかばったということを否定もせず、ただムスッとしていた。

 剣呑な雰囲気にお礼を言いそびれていた。ライラのことを嫌っているのに明らかにかばったその行動は、有難くもあれば理解不能でもあった。


「……その、か、体は」

 非常に言いにくそうにレオナルドは呟く。

「体?」

「あいつに、かけられてただろう、魅惑」


 その言葉に滲んだ怒気と苛立ちに、レオナルドが《魅惑》、そして淫魔を心底嫌っているのを感じた。魅惑の術自体は淫魔でなくとも扱える魔術だが、精度や効力において格段の――それこそ比べようにもならない程の違いがある。

 《魅惑》を嫌っているからこそ、自分を助けてくれたのだとライラは理解した。


「あ、大丈夫です。……レオナルド君、先生が魅惑かけてきてたの、よく分かったね。普通あまり気付かないのに」


 どうやら今は会話しても許してくれるようだ。ライラはレオナルドを真っ直ぐ見上げた。しっかりと目が合い、気まずげに目を逸らしたのはレオナルドだった。


「それぐらい、分かる。あいつ自体の魔力量は底知れない……のに、どうしてお前は魅惑にかからなかったんだ? 淫魔とはいえ、上位の存在の魅惑にはかかるもんだと思っていたが、そうじゃないのか?」


 レオナルドはライラが魅惑にかからなかったことが不思議で喋りかけてきたらしい。不自然だっただろうかとライラは不安に思う。何であれ魅惑にかからない特異体質だと、これ以上異質さを知られるのは避けたい。なるべく他言しないようにも言われている。


「えーと。淫魔だって魅惑や催淫にかかるよ。ただ、今回はかからなかっただけで……運が良かったのかな」

 誤魔化すように笑ったが、レオナルドは懐疑的な目でライラを見ている。彼は思い切り息を吸い込むと、目を瞑って大きく息を吐いた。バチリと目を開け、ライラ見据える。

「なぁ、お前何なんだ?」

「え、なに……」


 そんなことを言われても意味が分からない。困惑したライラ以上に、困り果てて途方に暮れた目をしていたのはレオナルドの方だ。


(何でそんな顔をするの?)


 レオナルドが一歩近づく。

 ――逃げなければ。頭の中で思うのに、足はそこに縫い止められたように動かない。


(囚われてしまう)


 レオナルドが更に一歩近づき、手を伸ばした。首を絞められるのかと思ったのに、その手はまるで頬に伸び――


「ライラー‼」

 二人の間の緊張をぶち壊すように、キャロンがライラに飛びついてきた。横からぎゅうぎゅうと抱き着いてくる。

「先程は大丈夫でしたの⁈ あんなことが出来るなんてビックリしましたけど、本当に怪我してません? ああ、ほんと、ありがとうライラ。でもあんな危険なことしないで下さいね、可愛らしい貴方に何かあったら私……」

「わ、わ、わ……」

「あら? そこにいるのはレオナルド・ウォーウルフ君ですか? 貴方にも、ありがとうと言っておきますわ。でもその手は何かしら」


 キャロンはとても礼を言っている口調ではなく、むしろレオナルドを睨んでいた。


「またライラを虐めていらっしゃるの?」

「違うよ、心配してくれてたんだよ」

(心配だけじゃないけれど)


 ライラはそう言ったがキャロンは納得しないまま、レオナルドを睨み付ける。レオナルドは興味を失くしたように二人の傍から離れた。その後ろ姿、伸ばした手をぎゅっと握り込んでいたのが気になった。


「ライラ? 本当に大丈夫ですか?」

「うん、大丈夫だよキャロンちゃん。ありがとう。でも本当に何もなかったよ」

「あの方、以前ライラをなじっていたじゃありませんか。……ライラが、教室で微妙な立場になったのもあの方のせいでしょう。それに流された私達も悪いのですけど」

「うん、まぁ、そうだね」

「……ごめんなさい、ライラ」

「何で謝るの? 私別に何かされた訳じゃないし、レオナルド君が淫魔を嫌いだっていうなら仕方ないんだと思う。レオナルド君が相当強い魔族だっていうのは、私でも分かるもん……クラスがあんな風になっちゃうのも無理ないよ。今は、こうしてキャロンちゃんといるんだし、それでいいの」

「でも……」

「それに、レオナルド君って悪い魔族じゃないと思う。さっきだって、嫌いな私を助けようとしてくれたし。根は優しいんだよ、きっと」

「ライラ、本気で言ってますの?」

「え? うん」

「貴方って……」


 キャロンは呆れたように呟き、優しく笑った。

 二人で再開した授業をぼんやり眺める。レオナルドは他の生徒達が集まっているところにいた。一つ飛びぬけて頭が出ている。その顔は無表情だが、少し苛立っているのをライラは感じた。


(何故さっき囚われると思ったんだろう)

 レオナルドに見つめられると上手く体が動かない。胸にほんの少し熱が灯る。

(変なの)


 それは嫌われているからだろうか――と考えた。




       〇




 肝が冷えた。

 デヴォンとかいう似非教師が何かの手違いで上位の火焔を作ってしまった。レオナルドがかばいに行かなくても吸収魔術を発動させて大事には至らなかっただろう、多分。驚いたのは、自分と同時に動いた奴がいたからだ。お世辞にも上手いと言えない魔術を披露したばかりのライラが、その火焔を殴り飛ばした。魔術は発動していなかった。素手で、怪我無くあんな芸当が出来るのは、戦闘魔族の中でも上位の存在だけである。防護は確かにしていなかった。

 それだけでも問題だったが、レオナルドが許せないのは次に起こったことだ。


(似非教師、あろうことか魅惑をかけてきやがった)


 他の生徒達は気付いていないだろうが、デヴォンはそこそこの出力で魅惑をかけていた。研究材料としてのライラが相当魅力的な素材だったのだろう、しかし許せることではない。

 淫魔達がどうなろうと、俺には関係ない――と自分に言い聞かせても、レオナルドの怒りは爆発しかねない領域まで膨れ上がり、体が勝手にデヴォンを掴みに行っていた。魅惑にかかっているだろうライラを引き離す。状態確認に振り返ると、当のライラはケロリとしていた。


(今の魅惑がかからないのか⁈)


 魔力の低いライラが、デヴォンのあの魅惑に打ち勝てる訳がない。何故だ。

 後で問うてみると「運が良かったかな」などと言った。運などでどうにかなる問題じゃない。そして入学式以降、この姿では初めて見る笑顔を見せた。あんなことの後なのに危機感がない。ただ、狼姿のときに見せる笑顔とは違ってよそよそしい。それが、至極じれったかった。自分のせいだとは分かっているが。

 花のような、蜜のような、形容しがたい天上の匂いがする。間違いなく目の前の女の香り。レオナルドは大きく息を吸い込んだ。狼のときと同じ、くらくらと酩酊しそうになった。


(お前は何だ)


 自分を吹き飛ばしかねない甘美な誘い。これが《魅惑》でなくて何なのだろう。この状況下でも魅惑をかけてくるのか、しかし目の前のライラは、意図的にそうやってないことぐらい分かってきた。


(無意識にしているのか? 俺がここまでまいっているのに、クラスの奴らが引っかからないのはおかしい。俺だけに向けている? 何故?)


 ライラはレオナルドを見て困った顔をしていた。当惑しているのはレオナルドの方だというのに。


(誘いに、乗ってやったら、こいつの思う壺なんだろうか。……もし、そんな気がなかったなら、驚くのだろうか。傷つくんだろうか)


 一歩、彼女に近づく。


(トゥーリエント家の淫魔だ。……傷つく筈ない。おそらく)


 もう一歩、近づいて彼女に触れようとした。向こうは呆然としてこちらを見ている。

 あと少しのところで邪魔が入った。フォレスト家の女だ。魔力が高い訳でもないのに、何となく苦手なタイプだと認識している。そいつがレオナルドを責める言葉を吐いた後、それをかばったのは驚くことにライラだった。


(どうして俺をかばう? 俺がお前を嫌いだというのは知ってるだろうに)


 入学式のあの日、初対面のライラにぶつけた言葉と嫌悪を忘れている訳はないだろう。あれからライラのクラスの立ち位置は微妙なものになった。だからこそ、昼休みは一人、学園の外れで弁当を食べている。当事者のレオナルドは当然分かっていた。

 狼としてライラと接したなかで、彼女が今、本気で言ったことも分かっていた。目の前のレオナルドを恐れて言った訳じゃない。レオナルドは耳がいい。遠く離れた場所にいても、聞こうとさえ思えば声を拾える。だから、ライラがレオナルドのことを「根は優しい」と言ったことも聞こえていた。


(そうか、馬鹿なのか)


 ちりりと胸を焦がす痛みは気のせいだ。



 キャロンという友達もできたようだし、今日は来ないんじゃないか、と思っていたが違った。昼休みになるとライラはすぐ教室を出た。今日も学園の外れに行くつもりなのだ。

 レオナルドは急いで昼食を食べ、屋上へと上がり、狼となって会いに行く。

 水色の狼を見たライラは嬉しそうに顔を綻ばせる。レオナルドには絶対見せない笑みだ。多分クラスの奴も知らない――けれど、それも時間の問題だろう。今日の出来事で、ライラに対する見方は変わった筈だ。


(それに、可愛……いやいや)


 水色の狼(この姿)に対してライラは無防備だ。近寄って、彼女の体を囲むように座っても動じない。むしろ嬉しそうに身を預けて来る。尻尾を手前に持ってきて前足を伸ばせば、ライラを囲い込んでいるようになる。

 所有欲の表れだと言って良かった。

 上半身を狼の体に預けたライラは、うっとりとした心地で美しい毛並みを撫でていた。


「狼さん、あのね、さっきの授業でびっくりしたことが起きたよ」

『ふうん。それで』

「前に、私のこと嫌いって言った人のこと覚えてる? その人がね、私のこと助けようとしてくれたの。びっくりしたー」

『……本当は嫌いじゃないんじゃないか?』

「えーそれはどうだろう? 多分ねぇ、よっぽど淫魔とか淫魔の魅惑が嫌いなんだろうね。だから許せなかったんだと思う、先生を」

『お、おう』

「嫌いなはずの私まで助けようとするんだもん。多分、優しい魔族だよね。それが分かって、良かったかなぁ」

『……本当に嫌いだったら、助けないと、思うが』

「そう思うでしょ? だから律儀な人なんだろうね」

『……』


 ライラはのほほんと笑っている。

 レオナルドは二の句が継げなかった。


「狼さんはなんだか納得いってない?」

 ライラの言葉に、勢いよく首を縦に振る。

「んん、私ねぇ世間知らずだけど、自分に向けられる嫌悪が分からないほど鈍感でもないんだよ。あ、でも、今日はいつもみたいな敵意は無かったかも。何でだろう?」

 きょとんとするライラからは、変わらず甘美な匂いがする。狼の自分はそれがうっとりとして心地よかった。


(正体を明かすなら、いつかバレるかもしれないのなら、傷が浅いうちに、今言った方がいいんじゃないか? そして謝罪と、ライラの無自覚かもしれない《魅惑》について問い質す。狼のときは笑うくせに、レオナルドのときは目も合わせようとしないのが苛立つ。狼もレオナルドなのだ、普段からその笑顔を俺に向けろ――)


「ライラ、こんなところにいましたの?」


 また邪魔が入った。


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