13:お休みの日
「お嬢様~何だかまた面倒な人がやって来たんですけど、会います? 追い返しちゃっていいです?」
「ええと、とりあえず誰が来たの?」
屋敷での昼下がり。ライラはミリアンの用意してくれた紅茶を飲みながら、履修表を眺めていた。五日間の学校生活を終えると、二日間は休みとなる。今日はその一日目だ。
「忌々しいバーナード家の次男ですわ」
「何の用だろ? ミリアンはエリックのこと嫌いだよねぇ」
「お嬢様に近づく男なんて、全て敵です」
「わ、わーお。心配してくれて嬉しいけど、もう苛められてないよ?」
昔に意地悪されていたことを気にしてくれているのかと思ったが、ミリアンの表情を見るに違うらしい。
ミリアンは、ふぅ、とため息をついている。
「そう言えばね、エリックってすごいモテるみたいなんだよ。びっくりした」
「……え」
「教科書借りにエリックがやって来たんだけど、その時のクラスメイト達の反応がすごくって。吸い込まれそうな美しさ、だそうだよ」
「えーと、お嬢様はどう思っていたんです?」
「え? どうって……」
「ほら、綺麗だとか、格好いいだとか、こ、好ましいなぁー、とか色々あるじゃないですか」
ミリアンがテーブルに両手を突き、胸を突き出すようにしてライラに迫る。どことなく必死である。ライラはエリックについて改めて考えてみた。
「容姿については……アル兄の方が綺麗だし、ファル兄の方が男前だし、ヨハンの方が格好いいと思うな」
ミリアンは美しく綺麗に微笑んだ。
「ふふふ! 奴に聞かせてあげたいですわ」
「えっ、絶対言わないでよ?! 何だかめんどくさそうだから!」
「じゃあ、お嬢様が好きなタイプってどんなのです?」
「好きなタイプ……?」
ライラはそういったことを考えたことが無かった。ミリアンを見ると顔がきらきらとしている。
アル兄は綺麗過ぎだし、ファル兄は男前でかつフワっとしているし、ヨハンも格好いいけど、なんだか違う。いや、皆すごく好きだけど。
脳裏によぎったのは、嫌悪感を隠そうともしないクラスメイトの顔だった。
(何で?)
美しく荒々しいレオナルドの顔が浮かび、そして彼から向けられる敵意を思い出して、ぶるりと体を震わせる。
少し、胸が痛んだ。
「お嬢様?」
「えっと、まだタイプとか分かんないみたい」
「そうですの?」
「ほら、私のまわりの皆、綺麗過ぎるでしょ。ミリアンだってすごく綺麗だし」
「やあん! お嬢様ってほんとに可愛らしくいらっしゃる~!」
ライラに抱き着いたミリアンは、どさくさに紛れてライラの耳を舐め、精気を少し頂いた。
「ヒィッ!」
背筋をゾワゾワさせられたライラは軽くミリアンを小突く。
「もお! そんな風にしなくても、精気食べていいから、変なことしないで……」
「お嬢様は淫魔として耐性が無さすぎますから、こうやって鍛えて差し上げてるのですけど」
と、しおらし気に言うミリアン。
「ミリアンが楽しんでやってるの知ってるから」
「やあん。少しは本心もありますのよ」
「そりゃ、淫魔として出来損ないだけど……」
そうライラが言うと、ミリアンは目の色を変えた。
「お嬢様、そんなことはないのですよ! いいのですお嬢様はそのままで! そのままのお嬢様がいいのです!」
「う、うん。ありがとう」
「いいですか、エリックとかよそのガキに、こういう事されたら全力で殴り飛ばすのですよ。変にその気を持たせたら、つけ上がりますからね!」
「はい……」
エリックのことは黙っていようと思ったライラだった。
そろそろ、屋敷の門前に放置していたエリックを中に入れてやることにし、応接間で待ってもらうことにする。ミリアンに彼の分の紅茶を用意してもらい、ライラはクッキーなどのお菓子を持って応接間に向かった。部屋に入ると、エリックは窓辺のチェアに座り、持参したらしい本を読んでいた。窓から入る木漏れ日が彼に降り注ぎ、より一層美しく見せている。
(確かに、エリックって綺麗な容姿だよね。淫魔だから当たり前なのかもしれないけど)
しみじみと観察していると、エリックがライラに気付いた。
「遅い。門前でどれだけ待たすんだよ」
「ごめんねー。ほら、お菓子持って来たから」
ライラはエリックの向かいのチェアに座り、持って来たお菓子をテーブルに広げる。そしてエリックが食べるよりも先に、クッキーを摘んで齧り始めた。
「で、どうしたの今日は」
「どうしてるかなって。お前、学園とか慣れなさそうだし」
「ぎくーん」
「この前教室行ったとき思ったけど、クラスで孤立してない?」
「……学園始まったばっかだし」
「ほお」
「それよりこの前。何でキッ……あんなことしたの、教室で! 皆の視線がすごく痛かったんだからね……! 今度学園であんなことしたら、殴……るのはやめとくけど、兄様達に言うからね」
「えー? 俺がモテるのは仕方なくない? ……あと、お前の兄貴達に言うのは本当にやめて下さい」
「そういやエリックがモテててびっくりした。すごいね」
ライラは純粋に感心した様子でエリックを褒めた。対してエリックは、ライラの表情を見て少し残念そうにしている。
(褒めたのに、どうしたんだろ)
部屋のドアが開き、紅茶をワゴンに載せたミリアンが入って来た。
「何だか不穏なお話をしていた気がするのですが、私の気のせいかしら?」
「「気のせいだと思う(よ)」」
ライラとエリックは素知らぬフリをした。お互い、額にキスのことが知られれば面倒くさいからだ。
「それで、エリック坊ちゃまはどうしてお越し下さったのかしら?」
「来ちゃあ駄目なのかよ」
「いいえ? 私の仕事が少し増えるくらいで、別に文句などありませんけど」
「おいライラ、お前の侍女の態度何とかしろよ」
「え、何を?」
「……」
ミリアンはふふんと笑みを作り、エリックの耳元に屈んで、ライラには聞こえないように囁く。
「私、知ってますのよ。お嬢様の勉強をみてくれたことに免じてお嬢様には内緒にしていますけど、貴方がうちの侍女仲間の誘いにのってしまったこと」
エリックはぎょっとしてミリアンを見る。
「淫魔としては何も責めるところはありませんわ。当の本人は楽しそうにしておりましたから、言わばあなたは喰われたのです」
「おま、いつ、それを……」
「でも、お嬢様からするとどうなのでしょうね? 責めはしないでしょうけど、それだけですわ。貴方の望みはきっと更に険しくなる」
エリックは顔をしかめた。暑くもない室内で、汗をかいている。
「でもそれが、本来の淫魔の性というもの。お嬢様を傷つけない限り、私達は他言しませんわ。安心なさって?」
「ねえ、さっきから何を喋ってるの?」
よく会話を聞き取れないライラが尋ねる。
「あらお嬢様、気になりますか?」
「席を外したほうがいいなら外すよ?」
「いいえ、もう終わりましたわ。それでは、ごきげんよう」
ミリアンは上機嫌に、投げキッスを飛ばして部屋を出た。残されたエリックは青い顔をしている。
「俺だって……わ、若かったんだ……」
「何ブツブツ言ってるの? 具合悪そうだけど、帰る?」
「いや、具合はどこも悪くない。今日来たのは履修のこと考えてるか聞きたくて。取るやつ決めた?」
「一応考えてるよ~。今のところ、薬学基礎Ⅰは取ろうかなって」
「薬学? ライラそんなの興味あったっけ?」
「役に立ちそうなものを選んだんだよ。魔力量少ないから、魔術関係取ったって意味ないし、必修だけで十分かなって」
「うーん、意味ないことはないだろうけど。まあ、いいんじゃないか、薬学も」
「エリックは?」
「魔術実践演習Ⅰ」
「あー、それっぽい。なんだか強そうな人たちが集まりそうだね」
「まあ、そうなるだろうな」
「魔術に限らない実践演習なら、ちょっと興味あるんだけど……どこまで怪力が通じるのか」
「……それは、お前の兄貴たちとの実践だけで十分じゃないか?」
「そおかな?」
エリックは深く頷いた。