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エンドリア物語

「ウィル・バーカーの死」<エンドリア物語外伝13>

作者: あまみつ

 乾いた風が音をたて、吹き抜けていく。

 さえぎる物のない平らな大地には、

 無機物な白い石がどこか寂しげに並んでいる。 

 生を終えた人々が静かに眠る場所。

 ニダウ霊園。

 整然と並ぶ白い石の間に、緑の石が1つある。

 翠葉石。

 シダが幾重にも重なったような美しい模様を持つ緑の貴石。

 霊園を訪れた人は、その墓石を目にすると、ある者は眉をひそめ、ある者は悲しげに、ある者は痛ましげに、その石を見た。

 その石には、刻まれた名は、

 ウィル・バーカー。

 



《フローラル・ニダウのリコちゃん》


 いつもと変わりない日だった。

 朝早くに”桃海亭”に盗賊らしき一団が押し入った。

 ムーが緑色の毛が生えた小型犬みたいのを召喚した。押し寄せる盗賊はみんなニョロニョロと伸びた毛に巻きあげられた。

 その後、警備隊の人たちが盗賊を捕まえに来て、その警備隊の人たちも緑の毛に巻きあげられた。

 連絡を受けた王宮の警備隊の人がやってきたけれど、毛に巻きあげられた。

 最後にウィルが「これって、オレの仕事じゃないよな」とか「やっぱり無料働きだよな」とか、グチりながら、捕まえようと伸びる毛を器用によけながら、ひとりずつ引っ張りだしていた。

 観光客は奇妙な召喚獣を見られて満足していたし、警備隊の人は盗賊を捕まえられたし、王宮警備の人はなぜかウィルを叱って帰っていた。

 昼頃になって、ウィルが両手いっぱいのパンを抱えて帰ってきた。買い物はシュデルの役目なのに珍しいこともあるなと思った。

 そのすぐ後だった。

 観光客から悲鳴が上がった。

 悲鳴の場所にいたのは、青いローブを着た老人と小さな女の子。

 ローブの老人が宝石のついた攻撃魔法のロッドを女の子に向けていた。女の子は何が起きたのかわからないようで、キョトンとしている。

 どうしていいのかわからずに遠巻きに見ている観客たち。

 そのとき動いた影があった。持っていたパンを放り投げ、ウィルが駆けてくる。

 ロッドの宝石は輝きを増している。絶対に間に合わない。それなのにウィルは走ってくる。

 ロッドが光った。

 飛び込んでくるウィル。

 いくつもの悲鳴がキケール商店街に響きわたった。



《ウィル・バーカー》


 熱い。

 刺さっているのは氷柱なのに、熱くて痛くてたまらない。

 意識があるということは、頭や心臓には刺さらなかったのだろう。

 ぼんやりした目に泣いている女の子が映る。

 無事でよかったと、思う。

 刺さっている場所は熱いのに、身体はどんどん冷えていく。

 暖かい液体が身体の下に広がっている。

 どうやら、助かりそうもない。

 意識が遠くなっていく。

 音が聞こえないと思ったところで、暗闇に落ちていった。




《シュデル・ルシェ・ロラム》


 扉が壊れる勢いで飛び込んできたのは、斜め向かいの花屋フローラル・ニダウの奥さんだった。

「ウィルくんが!」

 真っ青な顔でボクの腕をつかんだ。

「来て!」

 桃海亭の隣、靴屋の前に人だかりができている。

「シュデルくんをつれてきたわ!」

 奥さんの声に人だかりが割れた。

「こっちだ!」

 靴屋のデメドさんがボクに手招きしている。

 そのデメドさんの前に横たわっているもの。

「店長!」

 血だまりの中に横たわっているのは、さっき「パンをもらえることになったんだ」と大喜びで出て行ったはずの桃海亭の店長ウィル・バーカー。

 駆け寄って触れてみた。

 まだ、暖かい。

 でも。

 血がどんどん流れ出ている。

 身体の各所に刺さった氷柱。

 ぼんやりした瞳。

「店長、ボクです」

 もう、聞こえていない。

「シュデルくん、いまお医者様を呼びに行っているから」

 もう、間に合わない。

 どこかでわかっているのに、認めたくない。

 桃海亭にも治癒系の魔法道具はある。

 でも、ここまでの重傷を治す物はない。

「なぜ……」

「女の子をかばったの」

 首を横に振った。

 なぜ、その続き、口に出さなかった言葉。

 なぜ、ボクはネクロマンサーなのだろう。

 白魔法が使えないのだろう。

 大切な人の血が流れ出ていくのを、見つめることしかできないのだろう。



《ムー・ペトリ》

 ニダウのメインストリートのアロ通りに、新しいお菓子屋ができたと聞いたムーは、すぐに買いでかけた。

 新しい店内に並べられたお菓子はどれも美味しそうで、もらったばかりいのペトリ家からのお小遣いを全部つぎこんだ。

 買ったお菓子の中から、顔ほどの大きさのある巨大ペロペロキャンディをナメながら、ムーは帰路についた。

 キケール商店街に近づくにつれて、騒ぐ声が聞こえてきた。

 その中に”ウィル・バーカー”という単語が頻繁に聞こえる。ムーは気にもとめず、キャンディをナメながら歩き続けた。

「ムー・ペトリ」

 呼び止めたのはエンドリア魔法協会支部長のガガ。

「すぐに桃海亭に戻るんだ」

「なぜしゅ?」

 キャンディをナメながら、ムーは聞いた。

「ウィルが死んだ」

 ムーの足元に、巨大キャンディが落ちた。



《ララ・ファーンズワース》


 ララ・ファーンズワースは組織の倉庫で大量の資料に埋もれていた。

「なんで、こんなにあるのよ」

「仕方ないだろう。標的が潜伏している場所がわからないんだからな」

 上司にたしなめられても、ララの怒りは収まらない。

 経歴、仕事、人間関係、闇に生きる男の人生は、嘘が多すぎて調べるに時間がかかる。

「1週間調べても、まだ学生時代です」

「あと3週間で、潜伏先にたどりつくかな」

 ははっと笑った上司が、そういえば、と、真顔になった。

「聞いたか?」

「何をですか」

「桃海亭の店主、ウィル・バーカーが死んだそうだ」

「冗談はやめてください」

「いや、本当だ。小さな女の子を助けようとして代わりに殺されたそうだ。ウィル・バーカーらしい死に方だと思ったよ」

 ララがディスクにバンと手をついた。

「何を言っているんですか、ウィルが死ぬはずがないじゃないですか」

「ララ?」

「ウィルは死んだりしません。死ぬはずがないんです」

 上司はすこし黙った。

 そして、沈痛な表情で言った。

「親しかったそうだな」

「親しくなんかありません」

 ララは言い切った。

「ただ、ウィルに死んで欲しくないんです」

「そうか」

「だって、だって…」

 言葉に詰まったララ。

「…ウィルは…」

 身体を乗り出すと上司に訴えた。

「…私の獲物なんです」

 上司はララが言い間違えたと思った。

「ウィルは友達だと言いたかったんだね?」

「違います。獲物です、獲物。私がこの手で殺すんです。いま死なれたら、この恨みはどこに向ければいいんですか?ウィルとムーのせいで何度死にかけたかわからないんです。この間なんて、暴力賢者ダップにメイスで頭を潰されかけたんです。ウィルがチクったせいで」

 ララは立ち上がると扉に向かって駆けだした。

 呆然としている上司を残して、倉庫を飛び出した。

「ウィル、勝手に死ぬんじゃないわよ!」



《ケロヴォス・スウィンデルズ》


 ケロヴォス・スウィンデルズはボネッメ河の岸に最近作られた王立研究所にいた。ムーによって魔力のかからない土地になったこの場所で、王の命令で武器の製造について研究を行っているところだ。

 魔力のかかる土地で作成した武器の性能を、魔力のかからない土地で性能をチェックする。王に信頼されているケロヴォス・スウィンデルズだからこそ任された重要な計画。

 集められたデータをチェックしているところに、早馬が王よりの緊急の書簡を持って現れた。

 書かれていたのは、ウィル・バーカー死亡の連絡。

「さてさて、各国はどう動くかのう」

 ウィルが死んだことは、さほど問題ではない。

 問題は桃海亭にいる2人の魔術師。

 シュデル・ルシェ・ロラムは、その存在が危険すぎる。

 手にいれた国の力を考えると、政治のパワーバランスを崩しかねない。

 だから、殺すか、幽閉するか、どちらかしかない。

 ロラム王がシュデルを殺すことを認めるとは考えられない。ロラム王国とルブクス魔法協会とルブクス大陸の主要各国とでシュデルを幽閉することになるだろう。

 ようやく、石牢からでられたシュデルを、再び閉じこめるのはいささか可哀相だが、ラルレッツ王国の高官のひとりとして、外にいることを認めることはできない。

 シュデルが幽閉を拒否すれば、各国と協力して殺さすことになる。

「まあ、大丈夫じゃろ」

 シュデルは賢い。

 自分が拒否すれば父親であるロラム国王の立場が悪くなることを理解している。素直に幽閉に応じるか、幽閉がイヤならば自ら命を絶つだろう。

「あとはムーだが」

 こっちはシュデルほど危険ではないが、厄介ではある。

 後ろ盾にモジャがついている限り、誰も手はだせない。放置するには社会常識がなさすぎる。

「ウィルの代わりを置くのが最善の手だが」

 いままでのことを考えると、代わりが見つかるとは思えない。

「さて、どうするかのう」

 長い白髭をさすりながら、ケロヴォス・スウィンデルズは考え込んだ。



《デービッド・ペトリ》


「ムーちゃん、戻ってきたのか?一緒に暮らしていたウィルとかいう青年、殺されたんだろ」

 デービッド・ペトリがウィルの死を知ったのは、顔なじみの行商人からだった。

「氷の柱がぶっさされて、そりゃ、ひどい死に様だったてよ」

 深緑の塔で一緒に暮らした仲だが、ウィルの印象はあまりよくない。

 可愛いムーを大切にしてくれない。

 デービッド・ペトリにとってムーは、可愛くて可愛くて、目に入れても痛くない可愛い孫だ。そのムーを容赦なく殴り、蹴り、怒鳴る。

 ムーがこの世界に戻ってきた時、一緒に住めると喜んだのもつかの間、ムーはウィルの家に住み着いてしまった。

「そうか、ウィルは死におったか」

「ムーちゃん、まだ、帰ってきていないのか?ニダウは危ないから、早く帰ってくるといいな」

「そうじゃな」

 デービッド・ペトリは、いつも購入しているものの他にいくつか品物を買った。それから、家に入り、掃除道具を持ってムーの部屋に行った。

「もうちょっとで、一緒に住めるのう」

 ウィルが死んだ。

 桃海亭はなくなる。

 ムーが戻ってくる。

 皺の刻まれた顔に笑みが浮かぶ。

 デービッド・ペトリは鼻歌を歌いながら、ムー・ペトリの部屋の掃除に精を出した。




《ウィル・バーカー》


 体中が痛かった。

 動こうと思ったが、動けなった。

 手も足も、どこにあるのかわからない。

 光を感じ、目を開けた。

「ウィルしゃん、気がつきましたか」

 見慣れたムーの顔。

「よかったしゅ、目を覚まさないかと思ったしゅ」

 ムーにしては普通すぎる。

 あの世にいる別のムーかなと考えたところで、ムーが眉をさげた。

「ウィルしゃん、聞こえましゅか?」

 返事は無理そうだっったので、まばたきを一回した。

「実はウィルしゃん、死にましゅた」

 やっぱり死んだかと素直に受け入れた。

「シュデルがウィルしゃんの死ぬところに立ち会いましゅた」

 氷の柱が何本くらい刺さっていただろうかと気になった。無惨な死体をシュデルに見せたくなかった。

「シュデル、店長死なないで、と言って、魔法を使いましゅた」

 シュデルは…ネクロマンサーだったような。

「ウィルしゃん、ゾンビでしゅ」

 そうか、ゾンビ、ゾンビ。

 ちょっと、待て!

 そう叫びたかったが、体中が痛くて叫べなかった。

「ゾンビ化進行中は痛いそうでしゅが、完全にゾンビになれば痛くなくなるそうでしゅ」

 笑顔のムー。

 色々聞きたかったが、ムーの「眠るしゅ」の言葉で、急激な眠気に襲われた。

 眠りに落ちていくオレの耳に届いたのは、ムーの寂しげな声だった。

「シュデル、もう、いないしゅ」



《シュデル・ルシェ・ロラム》

 窓から、外を見た。

 海と浜辺と森。

 町も村も見えない。

 南を見る。

 森しか見えない。

 このずっと先に、目には映らない、はるか先にニダウが、住み慣れた桃海亭がある。

 住居を兼ねたちいさな店だったが、あそこに自由があった。人より少しお人好しで頑張っているわりに報われない店長と食いしん坊で我が儘な超一流の魔術師がいた。

「店長、桃海亭は楽しかったです」

 届かないとわかっていても、声にした。

 暗い石牢から光の世界に連れ出してくれた店長。

 たいしたことはしてない、と言うけれど、自分を引き取るためにロラム王国を相手に苦労しただろうことはわかっていた。

 お前はもう自由だ。

 そういってくれた店長に、死んで欲しくなかった。

 何があったのかを知ったら、店長は絶対に怒る。怒るとわかっていたが、シュデルは自分が後悔しない選択をした。

 心残りは桃海亭に残した道具達。

 しばらく留守にすると嘘をついた。

 シュデルが戻らなかったら悲しむだろうか。裏切られたと怒るだろうか。

 桃海亭の道具の気持ちを思い、シュデルは心痛めた。




《賢者ダップ様》


 ふわふわのオムレツにフレッシュトマトのソース。

 焼きたてのパンに添えられた真っ白な発酵バター。

 モーニングティには良質なミルクがたっぷりと入っている。

「本当に料理うまいよな、オレだけで食うのもったいないぜ」

「ありがとうございます」

 賢者ダップはご機嫌だった。 

 一週間前、新しい下僕を手に入れた。

 礼儀正しく、物腰が上品で、料理上手で、掃除洗濯も上手で、何より見目がいい。

 整った白い顔。漆黒の髪に銀の瞳。

 パールピンクの短めのローブを着て、優雅にそして迅速に動く。

「昼はワインが飲みたいな。軽い赤とそれに合うようなオリーブを使った料理をいくつかだしてくれ」

「承知いたしました」

 ワゴンを押して調理場に戻っていく。

「わからないものだぜ、何が幸いするかってことはよ」

 一週間前、キケール商店街に行ったのは桃海亭に行くためでなく、桃海亭の隣の隣の肉屋に行くためだった。ダップはここのベーコンが気に入っていた。大量購入に行ったとき、予想外の事に出会った。

 ウィルが死にかけていた。

 氷柱が何本も刺さっており、流れ出た血液は生存の限界を超えようとしていた。

 横たわったウィルの隣にシュデルが悲痛な顔で座っていた。

「死にそうだな」

 そう話しかけるとシュデルが驚いた顔でダップを見た。

「お願いです、店長を助けてください」

 すがりついてきた。

 魂が離れる寸前だが、自分ならばなんとかなりそうだ。

「助けたら、オレのいうことを1つきけよ」

「はい、ききます。なんでも、ききますから、店長を助けてください」

 簡単な略式魔法でウィルの氷柱による損傷が進むのをとめた。生存を優先して、血流の回復、血球の製造、血中の酸素濃度の安定を先におこなった。そのあと、氷柱を一本ずつ抜きながら、損傷した皮膚、筋組織、血管、臓器など傷つけられた箇所を補修した。最後に全身状態のチェックと感染症にかかってないか確認した。

「しばらくは死んだ方がいいってくらい痛むからな、ウィルに言っとけ」

「ありがとうございました」

 顔色はまだ青いが息づかいが規則正しくなったウィルを見て、安心したのか涙をこぼしている。

「ありがとしゅ」

 人混みからかかったお礼の主をみて、ダップは驚いた。

 ムーが頭をさげていた。

「ウィルしゃん、助けてくれてありがとしゅ」

 自分より傲慢不遜、自己中心的な我が儘魔術師に頭をさげられたダップは、よい対応が考えつかず、ムーを無視することにした。

「シュデル、言うことをきくと約束したな?」

「はい、しました」

「よし、いまから、オレ様の下僕な」

「わかりました。下僕になります」

 あっさりと下僕宣言をされて、つまらなく感じたが、下僕を手にいれたことには変わりない。

「これから、ハーン砦に帰るからついてこい」

「わかりました。道具達に別れをいいたいので、少しだけお待ちいただけますか?」

「少しだぞ」

「はい」

 扉を開けて桃海亭にはいったシュデルはすぐに出てきた。

「終わりました。ご一緒します」

 ムーの方を向いたシュデル。

「店長を頼みます」

「わかったしゅ。任しておくしゅ」

 桃海亭の魔術師がまともに見えて、ダップは変な気分になった。

 なにかが間違っているような気分から逃れるため、すぐにシュデルを連れてハーン砦に帰った。

 翌日、ウィル・バーカーは死んだことになっていた。

 チビ魔術師が何らかの方法で、ニダウの人々の記憶を改竄したことは予想がついた。ウィルが元気になるまでの時間稼ぎだろう。

 自分はシュデルを手に入れた。

 いまさら、ウィルが生きていようが、死んでいようが関係ない。

 シュデルには料理から掃除洗濯家事全般をいいつけた。困った顔をすると予想していたのに、表情を変えることなく「わかりました」と言った。そして、手際よく次々と片づけていった。料理はプロ級、すべての家事を丁寧にそつなくこなす。シュデルの家事の手腕にダップは大満足した。

 あれから一週間、ダップは快適に過ごしている。

「さて、腹ごなしに散歩でも行くか」

 屋敷を出て、砦の門をくぐったところで、足を止めた。

 影が3つ。

「よう、久しぶり」

 ウィル・バーカーだった。

 まだ、動けるはずがない身体は、黒革の上下を着た赤い髪の女に支えられて立っていた。

「シュデルを迎えにきたのか?」

「いや、礼を言いに来た。オレを助けてくれたそうだな」

 息が整わず、話すのも苦しそうだ。

「礼はシュデルから受け取った。とっとと帰れ」

「そう言わず、オレからの礼も受け取ってくれ」

 殴りかかってくるのかと身構えたが、

「今すぐに、魔法道具を確認しろ。今すぐにだ」と、真剣な表情で言われた。

「オレを馬鹿にしているのか。シュデルの能力は知っている。魔法道具はすべて、シュデルが入れない宝物庫にしまってある」

 ウィルはゴホゴホとむせ込んだ。

 話すのはかなりの負担のようだ。

「…シュデルを甘く見るな。いいから、すぐに確認するんだ。手遅れになるぞ」

 ウィルの目にこもる強い意志。

「ちっ、わかったよ、見てくるから待っていろ」

 宝物庫の前にたち、鍵の呪文であける。

 扉の脇に置かれた宝石のついた護符。

「なぜだ」

 宝物庫に入れたときには宝石は輝いていた。内蔵してある魔力で宝石の内側から光を発していた。ところが、いま宝石は輝いていない。魔力は普通に感じるのに、光を放っていない。

「まさか…」

 ウィルの言葉が頭をよぎる。

 宝飾品を入れた飾り棚の扉を開いた。

 魔力はいつも通りに感じるのに、半分近い宝石が光を失っている。

「なにが起きたんだ!」

 護符を手にウィルのところに駆け戻った。

「どういうことだ!」

「オレじゃなくて、シュデルにきけ」

 青い顔で薄笑いを浮かべたウィルが答えた。

「シュデル!こっちに来い!」

 風の魔法に言葉を乗せて、砦の中に送った。

 数分後にシュデルが現れた。

「お呼びですか、ダップ様」

 現れたシュデルがウィルに気がついた。

「店長!」

「よう、元気そうだな」

 片手をあげてこたえたウィル。

「シュデル、これはどういうことだ!」

 護符をシュデルの前につきだした。

 じっと見たシュデル。

 そして、ダップの方を見た。

「何をお聞きになりたいのでしょうか?」

「なぜ、宝石が光っていない!」

「それはダップ様が蹴ったからでございます」

「何を言っているんだ?」

「先日、この護符を連れてシェフォビス共和国に行かれましたよね。そのとき、手を滑らせて床に落としたダップ様が「このくそ護符、なぜ滑るんだよ」と言ってこの護符を蹴りましたよね。護符はそのことをダップ様に謝って欲しいそうです。謝るまで、護符として働かないと言っています」

「ああ、蹴ったぜ、蹴ったけど、軽くだぜ。それになんでオレ様が護符に謝るんだよ」

「護符の言葉を伝えただけです。護符はダップ様がそういう態度をとるならば、謝るのは土下座でなければ許さないと、言っています」

「土下座ぁ、ふざけるのもいい加減にしろ!」

 手に持った護符を地面にたたきつけた。

 怒りで目眩がしそうだ。

「おい、他のは大丈夫だったか?」

 ウィルは苦しそうだったが、声は落ち着いていた。

「他の…」

 飾り棚の宝石は半分以上光っていなかった。

 まだ確認していないが、置かれている魔法道具、魔法のかかった武器や防具、半分以上がこの護符と同じ状態の可能性がある。

「シュデルが長くいればいるほど、シュデルの力は浸透していく。助けてもらった恩がある。いますぐにシュデルを引き取ってもいいがどうする?」

 魔法道具に影響を及ぶのを避けるには、一秒でも早くシュデルをハーン砦から遠ざけるしかない。

「わかった。シュデルは連れて帰ってくれ」

「下僕契約は解約で良いな?」

「いや、そっちは残す」

 ウィルはゴホゴホと咳こんだ。

 女が身体を立たせていて、ウィル自身は寄りかかっているだけという感じだ。

 そろそろ限界だろう。

「契約も終わらせたほうがいいぞ。死にたくなければ」

「言ってる意味がわかんねえ」

「その様子だと、かなりの数の道具がシュデルの力の影響を受けただろう。シュデルに影響を受けた道具は、なぜかシュデルの味方になるんだ」

 宝物庫の魔法道具の半分がシュデルの味方。

「自分の魔法道具に、後ろから攻撃されたくないだろ」

 強力な武器や呪文を内蔵した道具も少なくない。

 それらがすべて自分を攻撃の対象にする。

「おい、勘弁してくれよ」

「シュデルとの下僕契約を解除しろ。それとシュデルと共にいたいという魔法道具がいたら、シュデルに渡した方がいい」

 考えた。

 考えたが、どうにもならないことをダップは悟った。

「わかった。シュデルとの下僕契約は解除する。道具も渡す」

 ウィルが苦しい息を吐きながら、それでも笑顔で言った。

「シュデル、帰ってこい」

「店長!」

 駆け戻っていくシュデル。

「シュデル!」

 そのシュデルをしっかりと抱きしめたのは、ララ・ファーンズワース。

 支えていたウィルを放り出して、シュデルを抱きしめていた。

 支えを失って倒れるウィル。

 慌てて避けるムー。

 ウィルは地面にたたきつけられた。

「店長!」

 ララの腕から抜け出したシュデルが駆け寄る。

「店長、店長、大丈夫ですか!」

 ユサユサと揺らす。

 薄目をあけたウィルが、拳を握って、シュデルの頭をゴンと殴った。

「…バカ野郎。下僕になんかなるんじゃない」

 青白い顔に、かすれた声。

 そのあと、拳を開いて頭をゴシゴシとなぜた。

「助けてくれて、ありがとうな」

「店長」

 ウィルの傍らに座るシュデルの目から涙があふれ出した。

「おい、道具屋」

 仁王立ちのダップが倒れているウィルを見下ろした。

「なんだ」

「シュデルは諦めるが、持って行く道具の代金は払え」

「金はない」

「なくても払え」

「本当にないんだ」

 そういうとゴホゴホと咳込んだ。

 咳に血が混じっている。

 動ける状態でないのに、シュデルの為にきたのだろう。

「道具屋」

「…分割で…」

「ちょっと、黙っていろ」

 屈み込んで、ウィルの背に触れた。

 想像以上に悪い。

 魔法で無理矢理なおした箇所が、ほころびはじめている。放っておけば死なないにしろ、普通に生活するのは難しそうだ。

 心配そうな顔でウィルを見ているシュデル。

 その後ろに立つのは、ウィルを支えていた赤い髪の女。

 この間戦ったとき、治癒魔法を自分に使っていた。回復系の魔法は魔力よりも技術がものをいう。高度で繊細な技術。あの時使ったのは初心者の治癒魔法。ウィルの状態で初心者が治療すれば殺しかねない。だから、魔法を使わないのはわかる。自分はウィルと関係ないという風に立っていながら、緊張を解いていない。ダップが不振な動きをすれば、その瞬間に襲いかかってくるだろう。

 女の隣には、ムー・ペトリ。

 ボケーと立っているが、身体の横に垂らしている腕の先、左右の指が印の形を結んでいる。

 魔力が大きすぎて、ウィルの治療ができない。だから、ダップがウィルの治療するのことに口を出さない。もし、ダップがウィルに害することをすれば、ムーの手から攻撃魔法が放たれるだろう。純粋な魔法戦闘となれば、ムー・ペトリに勝てるものはルブクス大陸にはいない。

 倒れているウィルがうめいた。

 魔法は使えない、体術も冒険者見習いレベル、魔法道具屋としても3流。分類すれば、一般人。それなのに、自分の店に居着いた2人の魔術師のせいで、頻繁にトラブルに巻き込まれている。今も痛いなどという言葉で表せないほど苦しいだろう。それでも、シュデルを迎えにきた。

 バカだ。こいつらは大バカだ。

 ウィルの治療を始めた。ウィルを眠らせ、そのあと、壊れた箇所を修復する。回復力を高め、数日の安静で元の状態までもっていけるようにした。

「シュデル」

「はい」

「一週間はベッドに縛り付けておけ」

「はい、わかりました」と言った後「治療してくだって、ありがとうございました」と頭をさげた。

 唯一まともな桃海亭の関係者。

 礼儀正しく、家事が上手で、見目がいい。

 これを手放さなければならないのは、業腹だがしかたない。

 悔しかったダップは桃海亭にささやかな嫌がらせをすることにした。

「シュデル、今の治療代は別にもらうからな」




《ウィル・バーカー》


「すばらしいお茶だ」

 持参のアンティークカップでお茶をすすっているのは、何も買わない常連客アレン王子。

 窓際の椅子に座って、のんびりと外を眺めている。

「ありがとうございます。ところで、お時間の方はよろしいのでしょうか?」

 暗に帰れ、と言ったのだが、オレの言葉を聞いたアレン王子はイヤな笑いを浮かべた。

「桃海亭の不始末を尻拭いしたのは、誰かな?」

 恩を盾に居座ることを表明した。

 一週間前、ダップに二度目の治療を施してもらった。

 シュデルに頼まれた道具たちに見張られて、オレはベッドからでることはできなかったが、今日までの一週間の間に様々なことがあった。

 ムーが捕まった。

 オレが死んだという記憶改竄魔法、王都まるごとかけたらしい。ムーに言わせると「ウィルしゃんが怪我したの見たの、誰かわからなかったからしゅ」ということらしい。魔法は一週間で解けたが、エンドリア王国としては見過ごせずにムーを捕まえた。

 捕まえたはいいが、警備隊は警備隊の牢にいれることを拒否した。王宮警備隊も拒否。軍も拒否。しかたなく、王宮にある古文書保管所で一週間過ごさせて、捕まえたという体裁を整えた。ムーを閉じこめる場所をきめるとき、馬小屋や穀物庫が候補にあがったのを古文書保管所に変更してくれたのがアレン王子だ。

 当分は恩を盾に居座られそうだ。

「これほどの茶葉がよく手には入ったな」

 アレン王子と窓をはさんでお茶を飲んでいるのは、暴力賢者ダップ様。

 オレの二度目の治療費として”好きなときに桃海亭でお茶を飲む権利”を手に入れた。良い茶葉を買う金がないことをシュデルが悩んでいると、ロラム王から希少な高級茶葉が届いた。王からのプレゼントは送り返すことにしているが、今回はありがたくいただくことにした。いままで一度も送ってこなかった茶葉が、なぜタイミングが良く届いたのかは考えないことにする。

「茶葉の蒸し具合といい、香りのたち方といい、入れ方がすばらしい」

 アレン王子が絶賛している茶を入れたシュデルは、いま店の外にいる。

 キケール商店街の通りに立つシュデル。

 その向かいに立つのは、ムーと奇妙な召喚獣。

「エンドリアとは思えない風景だな」

 飾り窓からダップが外を見ている。

 通りにいるのは、シュデルとムーだけ。

 他の買い物客や観光客は、商店街の店舗にすでに逃げ込んでいる。

 2人の喧嘩がはじまったのは、ついさっきだが、発端は2週間前にさかのぼる。オレが怪我で寝込んでいる間、ムーがモジャの助けを借りながらひとりで暮らしていた。1週間前にシュデルが戻ってきて、山となった洗濯物、洗ってない大量のお皿、ホコリだらけの店と道具達を見つけた。怒ったシュデルが文句を言う前にムーが捕まった。そして、今日ムーが帰ってきた。

 シュデルに小言を言われたムーが怒って異次元召喚獣を呼んだ。オレは店が壊れないようにムーと召喚獣を外に放り出した。「卑怯者、でてくるしゅ!」というムーの挑発にのってシュデルが外にでて、そのあとを3つの魔法道具が追った。

「あれ、オレのところのだよな。動いているよ、マジかよ」

 ダップのところから50個ほどの魔法道具がやってきた。様子からすると、新入りの魔法道具が自分の力を古参の道具達に見せる為にでてきたらしい。

 ラッチの剣が店内に浮かんでスタンバイしている。シュデルが危なくなれば、飛び出して助けるつもりらしい。

「行くしゅ!」

 ムーの命令でシュデルに襲いかかった異次元召喚獣は、スカーフのような正方形の布。一辺が2メートルほどで、さほど大きくない。

 身体を倒すとすごいスピードで空中を飛んだ。シュデルに触れる直前、壁にはじかれた。

 観客から歓声があがった。

 無数の宝石でできた壁。結晶のように広がって、たとえようもなく美しい。

 宝石の護符が変化したらしい。

 はじかれたスカーフは体勢をたてなおした。そのスカーフに襲いかかったは、黒い犬。変化する前はちいさな獣の像だった。

「銅製の犬が実体化しやがった」

 ダップがあきれている。

 スカーフをくわえて振り回し、ムーの側にたたきつけた。

 異次元召喚獣を物理的に傷つけることはできない。が、たたきつけられたスカーフはプライドを傷つけられたらしい。一辺が5メートルくらいの長さに巨大化した。つられるように犬も巨大化。顔が長くなり、毛足も長くなり、尻尾だけでも5メートルをこす大きさになった。

 取っ組み合いになったスカーフと巨大な黒犬。

「サンダー!」

 ムーが魔法を放った。

 放たれた雷撃は、宝石の壁に跳ね返された。

 その宝石の壁の前に、ゆっくりと浮かび上がったもの。

 チャクラム。

 円盤の外側に刃のついた武器が高速で回っている。

「あいつは強いぞ」

 元持ち主のダップが言った。

「どのような力をもっているのですか?」

 怒らせないよう、できるだけ丁寧に聞いた。

「ホーミング。追跡能力」

 断言したあと「なんだ、ありゃ」と驚いた声を出した。

 チャクラムが分裂していた。

 一つだったチャクラムが、十数個になっている。

 それが一斉にムーに襲いかかった。

「グラヴィティ」

 チャクラムが金属音をたてて、道に落ちた。

「サンダーアロー」

 何十という細い稲妻が矢となって道に落ちたチャクラムに降り注ぐ。チャクラムは陸にあげられた魚のように苦しそうに跳ね回った。

「とどめしゅ」

 ムーの指が印を結びかけたところで、オレは桃海亭の扉を開けた。

「そこまでにしておけ」

 2人に声をかけた。

「しかし、店長」

「わかっている。ムーにはオレから注意しておく」

「このゾンビ使い、うるさいしゅ」

「シュデルの小言は、病気だ。あきらめろ」

 ブッーとムーが頬を膨らませた。

「シュデルは昼飯の支度を頼む。ムーは自分の部屋を片づけろ」

 2人に召喚獣と道具を片づけさせ、店の奥に追い払った。

 カウンターに戻ると、ダップが扉を開けていた。

「おい、道具屋」

「なんでしょうか?」

「お前のこと、ちょっと気に入ったわ」

 そう言うと「またくる」と、言って店を出て行った。

 気に入った。

 残された言葉に、冷や汗がタラリとこめかみを流れ落ちた。

 シュデルを気に入っているのは、美麗な容姿が観賞用だと知っている。

 では、オレは。

 狂暴な猫が、痩せたネズミを楽しそうにいたぶっている図しか思い浮かばない。

 ダップがでていった扉から、エンドリア王国親衛隊の制服を着た青年が入ってきた。アレン王子のお迎えだろう。

「そろそろ時間です」

「うむ、しかたない、帰るか」

 立ち上がって扉に向かった。

「そうだ、ウィル。忘れていた」

「なんでしょうか?」

「お前が助けた女の子だが、礼の品を残していった」

「礼の品にですか?」

「他国の身分ある者でな、国に至急戻らなければならないからと、急いで礼の品を用意していった」

 いままで誰の話にでてこないと思ったら、エンドリアの人ではなかったらしい。高貴な身分となれば、狙われたのも納得がいく。

「私も見たが立派なものだった。ムー・ペトリの記憶改竄があったので、別のものに変更した方がよくないかと相談されたのだが、どうせすぐに必要なるからいいだろうと言うと、そのままに礼として置いていった。元気になったら、お前も見に行くといい」

「たしかに伝えたからな」とアレン王子は帰っていった。


 女の子のお礼は立派なもので、ニダウで評判になった。

 非常に高価な翠葉石できた墓は、商店街の会合でも話題になった。

「綺麗な石でよかったわね」

「設置した墓石は売るの禁止だぞ」

「壊して売るのも罰金よ」

「実用品だから無駄にならないな」

「どうせ、すぐ使うだろうし」

「名前だけは残るな」

「イメージと違わないか」

「高価すぎるんだよ」

「激安の白軽石かな」

「本当でも言っちゃだめだって」

「まさか、ウィルが死ぬとは思わなかったぜ」

「聞いたときには驚いたぜ」

「ねえ、ちょっと」と、オレにいきなり話かけてきた。

「なんですか?」聞き返したオレ。

「ウィルが死んだの、いつだっけ?」

 オレは深いため息をついた。

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