エセコイ03 それぞれの宴
まだ、輿入れ初日です。
一方、伊吹は自分の思い通りに妹を輿入れさせて大満足であった。
「まさかこんなに上手くいくなんて♪」
必要であれば泣き落としも辞さない覚悟だったが、お犬はあっさりと騙されてくれた。
こういう単純な娘は、やはり早いところ信用が出来る所に嫁入りさせるべきだ。
わたしはそう思った。
浅井家なんかは、あの子に丁度良いじゃないかしら。
「よかったよかった!」
やはり自分は、妹の為に良いことをしたんだなぁと自画自賛していた。
お市付の侍女達は、どうせこんなことだろうと、ある程度予測していた。
しかし、まさか本当に実行して、しかも成功させてしまうとは……。
なんて無駄な行動力と、実現力!
おいち、いや『伊吹』の恐ろしさを再認識していた。
しかし、お犬様が『お市さま』になってしまった以上、自分たちはお市さまの世話をせねばならない。
でも、伊吹がそれを良しとするのかそれが疑問であった。
「たぶん両方のお世話をしないとダメでしょうね!」
「「でしょうね~」」
溜息をつく侍女。
「それはまあいいですけれど、バレたらマズイのでは?」
「打ち首でしょうか?」
「イヤなことを云わないで」
「でも……」
「本当にどうしましょう?」
「何とか池田様に相談をいたしましょう」
「「「そうね、そうしましょう!」」」
というわけで、厄介事は恒興に廻ってくるのであった。
恒興としても、誤魔化す以外手の施しようがなかった。
「対策などない、こうなったら隠し通せ!」
そう、侍女達には言ったものの、どうして良いのかは恒興自身にも判らなかった。
「隠し通せるだろうか?」
そう淡い期待を抱く、恒興。
浅井家の者で”市の顔”を知っている者はいない、仮に知っていてもお二方は姉妹だ。
そこそこ顔立ちは似ていらっしゃる。
ならば、化粧で……、そう思いながらある事実に気付いた。
「お市さまは一体どうするんだ?」
というか、あのお市である。
絶対そこからバレそうだ。
恒興は、さらに頭を抱えた。
― 皆が頭を抱えている頃 ―
お市改め『伊吹』は行動を開始していた。
まず手始めは、賢政の観察である。
祝言の席では後ろに控えていたから、いまいち判りにくかった。
「こうなったら、お犬の世話をする振りをして観察しましょう」
浅井賢政を観察する伊吹。
”ジーッ”
彼女本人は大まじめである。
「賢政くん、見てくれはそれなりに良かった。でも兄上ほどではないかな~」
印象としてはそう悪くはないのだが、事前情報が悪すぎた。
やはりなにか隠し事をしているのではないか、と疑ってしまう。
― 宴の最中も時折中座して、なにやら側近と話をしている。 ―
『怪しいわ!』
お市の勘がそう告げた。
それでも、賢政のしっぽを掴むまでには行かなかった。
「いっその事、今刺そうかしら?」
何だかめんどくさくなってきた伊吹は、結論を先に出しかけた……。
しかし、偶然にもその時、
侍女たちのも料理・お酒が振る舞われた。
浅井家の侍女がお世話をしてくれるそうで、宴会を楽しむようにとの賢政の思いやりであった。
『このようなことで懐柔はされないわ』と思いつつも美味しい料理の数々に舌鼓を打った。
しかも、果実酒なるモノまでいただき、上機嫌なままお市は酔っ払って寝てしまった。
小谷は、何とか平和であった。
お市の侍女『伊吹』が爆睡して、皆を和やかに微笑ませた。
夜も更けたおり、正気を保っている者は皆『須賀谷温泉』へと足を運んでしまった。
気が付けば誰も使える者がいない。
仕方がないので、賢政が伊吹をお姫様抱っこで部屋まで運んだ。
ちょこっと、胸を触ってしまったのは内緒である。
賢政も所詮は男であった。
伊吹もイイ夢を見ているようで、『寝顔はけっこう愛らしいな』と賢政は不謹慎にもそう思った。
他の侍女達も現実から逃れるべく、かなり呑んでいた。
こちらはまあ、正気な侍女に支えられて順次部屋へと戻っていった。
お市も緊張感から、すっかりクタクタであった。
「お市、疲れたか?」
「ふぇっ、はっはい、いえいいぇ!」
「今日はもう休むが良い」
お市の頭を軽く撫でながら、賢政はお市を寝所へと誘った。
「ふぇ~」
お市(お犬)は、初夜を妄想してしまい顔を赤らめ火を噴きそうだった。
ハズカシくて思わず俯いてしまう。
「ああ、心配しなくてよい!今日はもう普通に休め」
そう言い残し賢政は立ち去った。
後のお世話は御崎に任せてある、心配は無用だった。
「ふぇ」
お犬はまだ再起動をしていなかった。
御崎にされるがままに着替えをすませ床についた。
もちろん、そんなお犬が眠れるハズも無かった。
「ねっ、眠れませんですぅ」
男前の賢政の逞しい身体を妄想しながら、悶々と夜を過ごすのであった。
眠れない者は他にもいた。
オロオロ侍女である。
彼女がオロオロしているのには、当然ワケがある。
以前、結婚を約束していた男が、尾張から追いかけてきたのだ。
母の反対もあったし、何よりいきなりお市の侍女になってしまったので、破談となってしまっていたのである。
それなのに……。
「わたしを追いかけてきてくれた!」
誰もがキュンとするシュチュエーションだ。
(しかし相手があの人だと、なぜかお笑いになってしまう。)
「ふふっ」
思わず漏らしたつぶやきの真意は如何なものであろうか?
まあ、そんな感想はおいておいて、ようやく自由な時間になった。
とはいえ、そろそろ周りは静かになってきている。
人影もまだらである。
何とか、昼間の男の様子を聞き出そうと苦心しているところであった。
小谷に来たばかりの、おろおろ侍女…ええい名前を明かそう、ねねは迷子になってしまった。
はじめてのお屋敷で適当にぶらついた当然の結果である。
「ここどこさね?」
何だか、気軽に入ってはいけないような気がするが、もはや帰り道も判らない。
「やべえがね」
こんなところを勝手にうろついては、あらぬ疑いをかけられることぐらいはねねにも判るのだ。
焦れば焦るほど、ドツボに入るものである。
「え~いままよ」
と、開けたところは……賢政の寝所であった。
― 翌日 ―
小谷城下の屋敷では、婚儀の宴会の後の気怠い朝を迎えている。
今日も天が祝福を与えているかのような、良いお天気である。
清々しい朝の空気は、身体にも心地よかった。
とはいえ、まだあと2日続くかと思うと、先は長い。
『気合いを入れて、頑張っていこう!』
賢政は、両手を上げて大きく伸びをした。
宴会は今日も続いていた、人類の歴史は宴会と共にあったと言ってもそう間違いでは無い。
浅井家の小谷では、婚姻を祝うと云う名の宴会が続いていた。
流石に、2日目になるとキツかった。
展開がどうなるのか?
お楽しみに。




