『おんみつ”姫”はじめました?』
大変お待たせいたしました。
『おんみつ”姫”はじめました?』
「あ~やれやれ」、ようやく婚姻の儀が終了した。
俺たちは、ようやく堅苦しい席から解放された。
なんと言っても大名なのだから仕方がない、私生活がすでに公務なのである。
(皇室の方々のご苦労が身に沁みてわかるなぁ~)
まあ、とりあえず儀式はお終わった。
ほんとやれやれである。
「疲れたか?」
俺はお市に優しく問いかけた。
彼女が疲れているのは、わかっているのだがな。
「いいえ、だいじょうぶですぅ」
(旦那様はやさしいですぅ)
「そうか、よかった」
(ほんとうにお市が素直な子で良かった。 さあ、今日こそは初夜を迎えないとな。)
「はい♡」
(ああ、ついに私も奥方様になるのですね、ばあやから聞いてはいますが…少し不安ですぅ)
そんなふうに、新婚夫婦の甘い時が始まろうとしていた……。
~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~
― 伊吹 ―
伊吹は張り切っていた。
原因は、敬愛する兄からの依頼である、
『伊吹よ! お前は今日から、儂の隠密(おんみつ)だ。
儂のために己を捧げ、市としての自我を捨てよ!
お前は、女、”くノ一”なのだ。
賢政殿を織田方に引き込む為に、その身を捧げよ!
頑張れ伊吹、賢政を籠絡するのじゃ! 』
伊吹の脳内では、”信長の言葉”がエンドレスで流れていた。
伊吹の初任務は、城内の調査から始まった。
特に厨房周りを調べ上げ、成果を出していた。
「ほんと、美味しい料理が沢山あるわね、ああそれ頂戴! ん、おいし~」
と云う具合に、片っ端から料理を摘み食いしていた。
一応、「お市さまにお出しする調理の毒味をいたします!」と断っていたが、
どう見ても披露宴に供される料理を食べ散らかしているようにしか見えなかった。
すでに、浅井家の裏方の人間には、『要注意人物』と目をつけられていた。
主人の長政からは、しばらくの間は放っておくように指示が出ていた。
長政としても信長との関係もあるため、つまらない事で拗らせたくはなかった。
まあ行動が、侍女らしくないと云うだけで、行動に悪意がないというのが大きかった。
伊吹は、その自由奔放な行動から皆に『姫』と呼ばれるようになっていた。
(ちなみにお市は、『奥方樣、お市の方樣』である。)
伊吹は調査に励んだが、浅井家には別段隠し事がないようであった。
「しかしそれが逆に怪しいのよね、まあいいけれど」
お市にとって、なによりも大切な”自由”が、浅井家ではわりと保証されていたため、ずいぶんとご機嫌であった……。
~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~
― 織田家の人 ―
その代わりに恒興は、身が細る思いであった。
信長の指令は、”誤魔化せ”である。
信長の書状のおかげか、今日は伊吹は表に出てこなかった。
表に出てこなければ、伊吹の正体がバレにくいので、正直有り難い。
しかし、見えないところで”何かやらかしてはいないか”と心配してしまうのであった。
犬千代があまりに平然としているので余計に心配になるのが、苦労性の恒興の性分だろう。
「あ~やれやれ、やっと終わった!」
それが、池田恒興の偽らざる感想だった。
お市の輿入れのお供の御一行は、逃げるように小谷を後にした。
もちろん伊吹を置き去りにして……。
一応、回収を試みたのであるが、伊吹はこの三日ほどで意外なほど浅井家に溶け込んでおり、連れ出せなかったのであった。
伊吹自身が、すっかりヤル気になってしまっており、もはや後戻りは出来なかった。
というか、信長自身パニクっていたのだ。
伊吹と名のるお市を宥め、誤魔化す事ばかり考えてしまっていたのだった。
信長は、お市の代わりに”伊吹を連れ戻す”という妙案が、あることに全く気付かなかったのだ。
織田家では、浅井家を担当する者達に、
『お市とはお犬の事であり、伊吹という娘に関しては、織田家の縁者として取り扱うように』
と云う申し送りが密かになされていた。
《まあ、ぶっちゃけ恒興の担当となるだろうことは、火を見るよりも明らかであったが。》
斯くして、織田家縁のおんみつ姫が正式に誕生し、元お市という存在が歴史の闇へと消えていったのであった。
~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~
― 雲雀山御殿 ―
「ようやく二人っきりになったな」
「ですね…♡…」
ついに、長政とお市が結ばれようとしていたのだったが……。
”がたっ”
ふと見ると、襖が僅かに開いていた……
そこには、陰から見守っているつもりの伊吹の姿があった。
「(伊吹さん!)」
小声で、伊吹をたしなめる御崎の姿も確認出来た。
「(あちゃ~っ)」
その奥には、ねねがいる。
お市の侍女たちも息を潜め、事態を静観している様子だった……。
「「……」」 ”襖”(伊吹) 「「「「「……(汗)」」」」」
さすがに、新婚初夜の雰囲気を維持する事は出来なかった。
「……寝よか……」
「……ですね (グスッ(*_*))……」
かくして、最終日三日目の夜も(健全なまま)更けてゆくのであった……。
~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~
― 考察という名の勘違い―
「へんねぇ~、長政殿は女に興味が無いのかしら? もしかして童貞?」
妹に手を付けない長政に対して、斜め45度の分析をする伊吹であった。
「お姉ちゃんが何とかしてあげるからね、まっててお犬ちゃん!」
姉として、侍女として何だかヤル気になっている伊吹であった。
はてさて、いきなり”妹愛”に目覚めた伊吹さん、どんな騒動をもたらす事やら。
続きはまた今度。
~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~
― おまけ ―
「いいかげん、出してほしいがや!」
地下牢では、猿顔の小男がわめいていた。
食事はすこぶる良かったのだが、彼にもやる事があるのだった。
《 (注)長政は、妻子持ちです。 童貞ではありません! 》
おんみつ姫は、始まりましたが。
”姫はじめ”のほうは、まだまだ先になりそうです。