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以前紙媒体で公表した作品です。
真夜中の学校。
静まりかえった廊下に、上履きの音がやけに響く。いつもは全く気づかなかったが、やっぱり昼と夜とでは静けさが違う。一歩一歩の足音に、嫌でも緊張感がつのる。
「ヤバいヤバい、これヤバいって」
「ちょ、うるせーから静かにしろよ」
「おい馬鹿、お前らの声がでかいんだよ」
「だっていくら肝試しするって言ったって、学校はまずいだろ」
……どうやらこいつら三人はここに肝試しに来たらしい。あれか、「ここの学校、七不思議とかあるらしいぜ」「へー、そんなの全然怖くねーし」「強がってんじゃねーよ」「強がってねーし。だったら七不思議確認してやろーか」「おう、やってみろよ」って流れか?
……今時そんな奴いるんだな。
「なんでだよ」
「だって誰かに見つかったらまずいし」
「大丈夫だって。校舎の中なんてどうせ当番の教師くらいしかいないだろ。そいつも数時間に一回くらいしか見回りしないだろうし」
「そうそう。最初に学校に残ってる生徒を追い出せば、あとは適当に見て回ればいいだろうしな。たぶんまともに何回も見回りしてる先生っていないんじゃね?」
「いや、でも窓から侵入したし、バレちゃうんじゃない?」
「知ってる?学校の窓とかのカギを全部ちゃんと閉めないと、ロックが入らなくて窓とか開いてても警備会社に通報されないんだよ」
「なにその豆知識」
「中学の先生から聞いた」
「話の出どころを聞いたんじゃないんだけど」
「え、そうなの?」
「うん」
「俺その話初耳」
「うん、おれも初耳。そーなんだー、へー、どうでもいいけど」
「話の腰を折るなよ」
「ごめんごめん」
「…り…学校出る前に窓のカギの一個を開けておいて、入るときにあきっぱだったから、警備のほうは大丈夫だろ。先生もちゃんと見てないみたいだし」
「それはそれで心配だけどな」
……ふーん。こいつら結構計画してるんだな。ちゃんと見回りのことも考えてやがる。
「……もし見つかったらどうする?」
「逃げる」
「はぁっ!?」
「声でけーよ」
「いや、逃げるとかそんな無茶なこと言われなきゃこんな声出さないんだけど」
「大丈夫、適当に窓のカギ何個か開けといた。やばくなったら近いところから抜け出せばいい」
「……いつも思うけど、ほんとおまえって用意周到だよな」
「転ばぬ先の杖っていうからな。もしものときの対処法はあればあるほどいい」
ひとつ聞きたいことがある。なんでこいつらそれなりに頭いいのに真夜中の学校なんか来たんだ?
やっぱりあいつのせいか……
っていうかあいつ以外に心当たりがない。
「そこまでして見たいの?『着せ替えメリーちゃん』」
「俺、おまえがそこまでロリコンだとは思わなかった」
「いや、普通に気になるだろ、なんで学校の中にフランス人形があるんだよ、って話になるだろ」
「まあ確かに気にはなるけどな」
「わざわざ見に行こうって話にはならないよ」
「同意」
やっぱりな……
この学校には、『いつのまにか服が着せ替えられているフランス人形』がある。ある日、そいつを見る。また違う日に見ると服が変わっている。それだけだったらなんの問題もない。物好きな奴が着せ替えたんだなとでも思うだろう。でもこいつは違う。それだけじゃない。現れる場所がいつも違うのだ。
あるときは下駄箱の上。あるときは音楽室の前の机の上。階段の隅にいた日には生徒は気味悪がって誰もその階段を通らなかった。そいつの顔に『馬鹿』』なんて書いた猛者がいたけれど、次の日にはビリビリに破れた紙が散乱したその猛者の机の上に、綺麗になった人形がいた。ビリビリに破られたそいつの教科書に『馬鹿はテメーのほうだろ』という言葉が添えられていたらしい。
こんな話もある。夕方にかけての遅い時間、帰宅を急いでいた生徒が校内を歩いていた。するとどこからか女の子の笑い声が聞こえてくる。気味が悪いと歩を進めても、笑い声は続く。フフフ、フフフ、ウフフフフ……と、絶え間なく。誰かが会話しながら笑っているのではなく、自分を見ながら嘲り笑うように。校舎を出るまでそれは消えないのだ。また、下手をすると校舎を出るまでの道のりに『そいつ』がいる。廊下の窓のへり。教室の机の上。『振り返ったら後ろにいた』と言っていたやつもいた。
ふと目をやった時に音もなくそこに佇んでいる——
人形なんだから動けないのは当然なはずなのだが——
その様は想像しただけでも不気味だ。
俺がそんなことを考えている間にあいつらは『着せ替えメリーちゃん』を探しに行ったらしい。階段を昇って行ったようだ。特別教室棟に行ったのだろう。実際『あいつ』はよく音楽室や理科室にいる。今日は確か——
「どこから見ていく?」
「まず一番手前の美術室から見ていこう」
あ、そうそう、美術室だ。『ちょっといいこと思いついちゃったわ♪』とかなんとか言ってたな。
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