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欠片小話  作者: 鏡野ゆう
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初雪合戦 - Sな人 より -



「うっわー・・・本当に雪原って感じですよね、とても個人所有の敷地とは思えない」

「これでも狭い方なんじゃないか。うちは家族経営だからそんなに牛も所有してないからな」

「いやいや、あんだけいれば十分に多いですよ」


 目の前に広がるのは一面の雪景色。絢音と香取は香取の実家である北海道の某牧場にいた。



++++++++++



『二、三日泊まれるぐらいの用意をして明日0700時に自宅前で待ってろ』


 そんなメールが香取から絢音のスマホに入ったのは新しい年を迎えて五分ほどしてからのこと。ギリギリまで仕事をしていたので今年はお正月休みがずれ込み帰省は断念した矢先のことだった。


「そんな急に・・・」


 そう言いながらもちょっとワクワクしながら用意したのも事実。香取の配属先の事情からして宿泊を伴う外出なんてものは早々に出来ないことは分かっていたからだ。そして朝になってバッグを手に外に出ると、既に赤いRAV4が待っていた。


「休暇と移動許可が出たから俺の実家に行くぞ」

「実家って北海道? 飛行機のチケットは?」

「心配するな。全て手配済みだ」


 なんだか眠そうな顔をしている香取をちらりと盗み見しながら首を傾げる。


「どうした?」

「だって何だか眠そう・・・」

「遅くまでオヤジの酒に付き合わされたからな」


 香取の上官である群長の森永一佐は酒豪として陸自の中でも有名な男だった。その彼に付き合ったなんて香取も大概な酒豪ということか。


「その割にお酒の匂いしませんね」

「さしで飲んだ訳じゃないしな、適当にごまかしつつ付き合っていたから、総量としてはそんなに飲んだ訳じゃない」

「そっか。眠いなら運転を変わろうかと思ってたんだけど・・・」

「飛行機の中で寝るからいい」


 そして香取は言葉通り、機内の席に座ると離陸前には既に夢の中だった。これもある意味、彼の職業柄得られた特技というやつかもしれない。相方が眠ってしまったので絢音も仕方なく目を閉じて、結局のところ着陸まで目を覚ますことなく眠ってしまったのだが。いつの間にかお互いに寄り添うように凭れあって眠る二人をCAがニヨニヨと見守っていたことを二人は知らない。



++++++++++



「お帰り、隼人。絢音さんもようこそ」


 空港からレンタカーで二時間。北海道の中堅都市から少し離れた場所に香取の実家はあった。出迎えてくれたのは香取の両親。


「今日は急にお邪魔してしまって申し訳ありません」


 絢音の言葉に気にするなと笑う。


「ううん。こっちがね、隼人に一度は戻って来いってずっと煩く言ってたのよ。やっと顔を出す気になって良かったわ。昨日の電話は何かの冗談かと思っていたぐらいだから」

「酷いな・・・」

「勇人は厩舎にいるから、絢音さんを紹介してやってくれ。将来の妹に会いたくて夫婦揃ってうずうずしていたみたいだから」

「分かった。荷物は俺の部屋に頼む。絢音、行くぞ」


 やだー、行くぞですって! なんてクスクス笑っているお義母さんの声を背中に受けながら厩舎の方へと向かう。


「なんだか香取さんとは真逆の御両親ですよね」

「俺だけが異端児なんだよ」


 今年は厳冬らしく既にかなりの雪が降っているらしく、辺りは屋根から降ろされた雪の壁ができている。風から建物を守る役割も果たしてくれているので無碍には出来ないんだけどなとは香取の言葉。


「厩舎には何頭の牛がいるんですか?」

「俺が知っている限り50頭ぐらいか。大手ホテルと契約して乳製品等を直接卸しているとは聞いているが」

「もしかしてレグネンスかな。あそこのバターは純国産で美味しいって聞いたことあるし」

「ああ、そこだと思う。兄貴は販路を拡大するよりも極める方を選んだらしい」


 厩舎に行くと横の作業場で牛乳を運んでいる男性の姿があった。


「兄貴」

「おう、帰ったか、久し振りだな」

「五年ぶりかな。親父が絢音を会わせてこいって」

「そうか、こちらがお前なんかのところに嫁に来てくれる絢音さんか。よろしく、兄の勇人です」

「はじめまして。三笠絢音です」


 頭を下げた絢音を見た勇人はニッコリと笑った。


「こんな綺麗な人がお前んとこに来てくれるとはなあ・・・」

「それはどういう意味だよ」

「まんまの意味だよ。絢音さん、こんな奴だけど俺にとっては可愛い弟なんで宜しく頼みます」

「あ、はい、こちらこそ」

「嫁は今、息子達を迎えに行ったんで不在なんだ。戻ったら改めて紹介させてくれ」

「手伝った方がいいか?」

「いや、農学部のバイト君が二人来てるから大丈夫だ。お前は絢音さんを案内してやれ」


 厩舎から普段は牛を放牧している牧場の方へと回る。春が来るまでは牛達は厩舎の中で過ごすそうで今はただの雪原だ。広いの一言に尽きる。


「うっわー・・・本当に雪原って感じですよね、とても個人所有の敷地とは思えない」

「これでも狭い方なんじゃないか。うちは家族経営だからそんなに牛も所有してないからな」

「いやいや、あんだけいれば十分に多いですよ」


 周囲には雑木林などもあるので全てが香取家の敷地ではないのだろうが、見渡す限り雪景色というのはなかなかお目にかかれるものではないだろう。


「あの香取さん?」

「なんだ?」

「私、こういう雪の積もった状態って見るの初めてなんですよ。で、やってみたいことあるんですけど」

「?」

「雪の中へ飛び込んでみたいっ」


 そんな絢音の言葉を聞いて呆れた顔をする香取。


「お前は子供か」

「だって関東ではこんなに積もらないですし、滅多に出来ないじゃないですか」

「仕方が無いな・・・だったらこっちへ来い」


 ついて来いとばかりに雪の中をボスボスと進んでいく香取。


「俺の足跡を辿って来いよ、そうすれば少しは楽に歩けるからな」

「了解です、たいちょー」


 やれやれと首を振りながら進んでいく。牧場のド真ん中あたりまで来ると立ち止まった。


「この辺までこれば道具が埋まっている心配もないだろうし、バカなことをしているのを見られる心配も無いだろう。好きにしていいぞって、おいっ」


 厩舎の方に視線を向けてこちらに戻したら既に絢音は喜んで雪の中にダイビングしていた。まったく呆れた奴だと雪に埋もれて喜んでいる彼女を見下ろす香取。


「うっわー、気持ちいいーっ!!」

「最初だけだぞ、直ぐに冷たくなるから気がすんだらさっさと起きろ」

「えー・・・」

「濡れた髪の毛は凍るからな」

「起こして下さい、はまって動けない」


 両手が差し出される。言わんこっちゃないと溜め息混じりに手を掴んで引っ張り起こそうとするが、手を掴まれた絢音がニヤリと笑ったのを見てあっと思った次の瞬間には雪の中に頭から突っ込んでしまっていた。まさに、してやられた。


「おーまーえーはーっ!!」

「作戦群の隊長さんが油断するなんて珍しいこともあるもんだ」

「いい根性だな、俺に先制攻撃を仕掛けてくるなんて」

「え? うきゃぁぁぁ!!」


 首根っこを掴まれて背中から雪を突っ込まれた。


「これってちゃんとした反撃なんですか?!」

「うるさい。お前にはそれで十分だ・・・ぶはっ」


 顔面に雪の塊がぶつかった。香取の手が緩んだすきに絢音は起き上がり雪に足を取られながら距離を取る。歩きながら雪玉を作ると振り返って相手の顔をめがけて投げつけたが、膝まで雪に埋まりながらよたよた進んでいるのでコントロールが甘く、肩口に当たっただけだった。


「おしいっ!」

「お前、顔を狙ってるだろっ!!」

「当然!」


 次々と雪玉を作って投げつけあいながら雪の中をズボズボと進む。そんな絢乃が香取に背中を向けた途端に今度はドカッと後ろから殊更重い衝撃が走り、前につんのめって顔から雪の中に突っ込んだ。


「わっ」

「戦っている相手に背中を向けるバカがいるか」

「くっそー、ぬかった!」


 起き上がろうとすると今度は更に重たいものがのしかかってくる。


「香取さん、おもーいっ!」

「降伏しろ」

「いーやー」


 ジタバタしていると仰向けにされて香取と向き合う格好になった。


「鼻も頬も、真っ赤だぞ」

「そりゃ寒いですもん」

「降伏しろ」

「やだー」


 雪を掴もうとした手を素早く抑え込まれた。まだやるのか?と片眉をあげる香取。


「格闘戦で俺に勝とうなんて百万年は早い」

「たまには本気で雪合戦するのも楽しいかなって。まあ事務屋に香取さんの相手は務まらないでしょうけど」

「雪合戦は競技化されてはいるがこんな格闘戦じゃないぞ。撃ち合いみたいなものだ。で、さっさと降伏しろ」

「えー・・・」

「全面降伏だ、それ以外は認めん」


 両手両足を抑え込んで完全に相手の動きを封じると絢音の言葉を待つ。


「先ずは重たいから退いて下さい」

「何が重たいだ、ベッドでは俺がこうやっていても文句を言わないくせに。とにかく全面降伏しない限りはこのままだぞ」

「背中冷たいのにぃ」

「先制攻撃したお前が悪い」

「わかりましたー、降伏ですー、降伏しますー」


 その言葉にニヤリと笑う香取。


「じゃあ停戦合意の調印をしないとな」


 そう言うと頭を下げて絢音の冷たくなった唇に自分のそれを重ねた。暫く外だと言うことも忘れていた二人を現実に引き戻したのは、遠くからする子供達の声だった。


「チビ達だ、帰って来たらしい。続きはまた今夜」


 名残惜しそうに唇を離し体を起こすと、そのまま立ち上がって絢乃を引っ張り起こした。声のする方を見ると子供達がピョンピョン飛び跳ねてこちらに手を振っている。


「ひゃっ」

「どうした?」

「背中を冷たい水が・・・」

「自業自得だ」

「えー・・・」


 ぼやく絢音の手を引きながら香取は子供達のいる方へと進んでいく。


「結構な距離を移動しちゃったんですね」

「チビ達が帰ってくるまでに決着がついて良かったよ。そうでなかったら、お前とチビ達連合相手に俺は孤軍奮闘する羽目になっただろうからな。・・・駄目だぞ、お前は俺に全面降伏したんだからな。今更、チビとの連合は認めん」


 絢乃の気持ちを読んだのか香取はさっさと釘を刺してきた。



バイトA 「社長、なんかあそこで暴れている人達が」

勇人   「ああ、弟とその婚約者だ」

バイトA 「何してるんすかね」

勇人   「二人とも自衛官だからなあ・・・新手の訓練かもしれん」

バイトA 「なるほどー」

バイトB 「」―― そんなわけないやろ ――

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