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欠片小話  作者: 鏡野ゆう
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ロマンティックじゃない出会い

「ののかちゃん、お疲れさま、また明日ね」

「はい。今日は送ってくださってありがとうございました。しかもご飯まで御馳走してもらって」

「いいのいいの。うちの旦那は親方日の丸の公務員様ですもの、遠慮することはないのよ。他人のお財布でお腹いっぱいになるのって楽しいでしょ?」

「ののかちゃんより君の方がたくさん食べた気がするけどねえ……」

「うるさいわね」


 助手席の先輩が旦那さんの肩を小突く。旦那さんはわざとらしく痛そうな顔をしてみせた。


「夫婦喧嘩は私が降りた後にお好きなだけどうぞ」

「そうする。じゃあお休みね」

「はい。お疲れ様でした。乗せていただいてありがとうございました」


 旦那さんにあらためてお礼を言う。


「最近は物騒だからね。自宅に戻って鍵をかけるまでは気を緩めないように」


 旦那さんが一瞬だけ公安職独特の表情を見せた。


「はい。そちらも気をつけて運転をして帰ってください。ありがとうございました」


 かさねて先輩と先輩の旦那様にお礼を言うと車をおりた。昼間はまだ厳しい暑さが続いているけれどさすがに夜9時ともなるとかなり涼しい。先輩達を乗せた車が走り去るのを見送ってマンションのエントランスへと急いだ。残業続きのここ最近は先輩の旦那さんに車で送ってもらう日が増えている。


「同じ区内とはいえガソリン代も馬鹿にはできないよね。今の仕事が落ち着いたらお礼になにか渡さなきゃ」


 そんなことを考えながらポストをのぞく。新聞にDMに、それからお知らせ。


「あ、これはやばい、やーばーすーぎー」


 お知らせのチラシが何枚かありその中の一枚に〝電線工事のための停電のお知らせ〟と書いてあるものを見つけた。どうやらこの週末の深夜帯に工事のための停電があるらしい。


「このタイミングでの停電なんてイヤすぎる……」


 中学生の時から小説を書き始めてウン十年。趣味が高じて公募に出した作品がライトノベルズの出版社の目に止まって数年。小説家で食っていける人間なんぞ一握りにも満たないと親に言われ就職し二足未満のわらじを履き始めてはや四年。


「この日に追い込みをかけようと思っていたのにタイミングが悪すぎ……」


 停電になるのは締め切り二週間前の金曜日から土曜日にかけての深夜。残業続きで滞りがちだった原稿の遅れをここでまとめて取り戻そうと思っていたのにまさかの停電。ノートパソコンの充電したバッテリーだけでしのげるだろうか?


「ここはもう手書きでいくしかない? あとで下書きをプリントアウトしておかこう……」



+++



 そしてその日、防災用に買っておいたカンテラを机の横に置きひたすら原稿を書き続けた。ここ最近は仕事でも創作でもパソコンを使うようになって自分の手で文字を書く作業なんてのはめっきり減っている。たまに使いたい言葉の漢字が思い浮かばなくて自分が馬鹿になったような気分になりながら辞書をひく。


「たまには自分で文字を書かないと漢字、忘れるかも……」


 あとでパソコンに打ち込むので修正個所は斜線を引いたり横に書き込んだり。こうやって手書きで書いているといかにパソコンが便利な機械かということがよく分かる。使いこなせてないけど。


「……」


 それから一時間ほど。なぜか視線を感じて顔を上げるとそこにはこちらをガン見している男の顔があった。頭にはヘルメット、そして青い作業着のようなものを着ている。


「……」

「……」


 たっぷり一分ぐらいはお互いに見つめ合っていたと思う。そして私の方が先に我にかえった。


「ぎゃああああああ?!」

「!!!!!!!!!」


 町内全体に響き渡れりそうな悲鳴をあげたとたんに男が驚いた顔をしてストンと落ちるようにして消える。そして慌てたような複数の声が下から聞こえてきた。


「なななな、なに、いまの?! 泥棒?!」


 まさか泥棒がベランダから入ろうとしていたとか?! しかも他にも人がいるようだし窃盗集団とか?! 窓のカギはかかっているがあいにくとここは普通のマンション。窓ガラスはハンマーやレンチで叩けばすぐに割れてしまうものだ。自分の城と財産と命は自分で守らなければと武器になりそうなものを慌てて探す。


「バットバット、あった!!」


 姉が万が一のためにと置いていった木製のバットを手にすると、おそるおそるベランダに出る窓へと向かった。そこは深夜なのにライトがついていて昼間のように明るくなっている。


「……めちゃくちゃ派手な窃盗団?」


 それにしては妙だと思い、思いきって窓を開けて外に出てみることにした。このことについてはあとで〝よけいな好奇心は身を滅ぼす〟と先輩の旦那さんにたしなめられることになったけど、この時の私はそこまで考えていなかった。


 手すり越しに下をのぞくと電柱に人がぶら下がっていた。しかも足が上、頭が下な状態で。


「まった、そこの人! 俺達は泥棒じゃないから!! ただの電気工事中のおっちゃん達だから!!」


 電柱の下にいた人がバットを片手に顔をのぞかせた私を見て慌てて声をかけてきた。


「泥棒が自分から泥棒だって白状するわけがないじゃないですか……あ」


 そこで思い出した。自分がカンテラを横に置いてパソコンを使わずに原稿書きをしていた理由。今日の停電は電線工事のためのもの。深夜帯にこうやって電柱にのぼって工事をしている人達がいても不思議じゃない。かぶっているヘルメットの横に電力会社のロゴマークがついているように見えないでもない。


「で、でも、身分証明かなにかを見せてもらわなきゃ安心できませんよ! その人、部屋の中をのぞいていたし! 工事しているふりをした窃盗集団かもしれないじゃないですか!」

「そりゃごもっとも。おい、順平じゅんぺい、IDカードを提示しろ」


 下にいたおじさんがぶら下がっている人に声をかけた。


「あの、この状態でどう提示しろと? だったらまずはこの状態から救い出してくれませんか」


 頭を下にしてぶらぶらしている人が声をあげる。下にいた若い人がオジサンの指示で横からはしごであがると、引っ繰り返ったままぶら下がっている人が体勢を元に戻すのを手伝いはじめる。


「安全帯のおかげで助かりましたね、真柴さん」

「まさかあんな大声で叫ぶなんて……」


 しばらくしてなんとか正常な状態に戻ったその人はぶつくさ言いながら作業服のポケットからIDカードを出した。そして溜め息をつきながら私に見えるように差し出す。写真つきで電力会社のロゴマークがついていた。社名もチラシに書かれていたものと同じだ。


「本物かどうか分かりませんけど取り敢えず納得しました。それと声をあげたのは驚いたからです」

「俺も驚きましたよ。部屋に浮かんでいる百面相な生首かと思った……」

「生首……」

「こんな時間にまだ起きている人がいるなんて思わないじゃないですか。そのための深夜帯の工事なんだから」

「別に好きで起きてたわけじゃないですよ。やることがあったから起きてただけです」

「丑三つ時にやることってなんなんだか……やっぱり訳あり物件であなた幽霊なんじゃ」


 手伝っていた若い人がギョッとした顔をして私を見た。


「やめてくださいよ、真柴ましばさん。俺、オカルトは苦手なんだから」


 なにやら失礼なことを言っている。


「私は生身の人間です。幽霊なんかじゃありません!」

「じゃあ俺達も電気工事会社の人間で泥棒じゃありませんよ。いい加減にバットをふりかざすのはやめてください。殴られるんじゃないか心配でおちおち工事もできやしない」


 IDカードをポケットにしまうとその人がバットを指さした。そして自分の腕時計を見る。


「ああ、時間がおしてますよ、班長」


 その人は下にいるオジサンに声をかけた。


「早々に作業にかかってくれ」

「てなわけで停電時間を長くしたくないなら、これ以上は俺達の作業の邪魔はしないように」

「してないじゃないですか。はやく終わらせてくださいよね、目の前でごそごそされたら気が散っちゃいますから」

「寝てればいいのに……」


 その人が文句を言うのを無視して部屋に戻って窓を閉めて鍵をかけると、いつもより乱暴にカーテンをしめた。そして部屋に戻る。


「……やっぱり気が散る」


 気がつかなければそのまま気にせずに執筆を続けられたかもしれない。だけど気がついてしまったからには無視するのは無理だ。夜中だから作業をしている声も聞こえるし、窓の外はライトで照らされていてカーテンを閉めても明るいし。


「……ん? 百面相?」


 そしてさっきの人が言った言葉を思い出した。百面相の生首……百面相って……?


「私、書きながら変顔してた……?」



 木戸きどののかと真柴順平。彼等の出会いはまったくロマンティックなものではなかった。

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