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欠片小話  作者: 鏡野ゆう
14/17

今日は青空、イルカ日和

Twitterで呟いたツイノベを少し加筆修正したお話です。

ある日のドルフィンキーパーのお話。

https://twitter.com/KagaminoYou/status/884076224531775488


これをもとに連載版『今日も青空、イルカ日和』を書きました(^^♪

連載版と短編では設定がちょっと違います。

 ハンガーから出て空を見上げると、そこに広がっていたのは前日の雨が嘘のような雲一つない澄み切った青空だった。


「いよいよこっちも梅雨明けかなあ」


 ここ最近は悪天候続きでなかなか飛行訓練が出来なかったせいか、久し振りの快晴に整備員達も心なしかいつもより張り切って訓練飛行前の準備を始めている。


「おはよう、浜路三曹」

「あっ、おはようございます、玉置三佐!!」


 そんな中、イの一番に顔を出したパイロットはやはり飛行隊の隊長の玉置三佐だった。三佐は空を見上げて満足そうな笑みを浮かべると直ぐに自分が搭乗する機体へと向かう。その背中を目で追いかけながら私も自分が担当する機体の方へと急いだ。


 私のことをいつもの場所でちんまりと待っているのはT-4と呼ばれる練習機。通常は灰色の塗装が施されているんだけど、ここにいるT-4達はそれとは違って空と雲の色をまとった特別製だ。


「浜路、今日はいつもよりも特に迅速にな。もう早く上げろとやいのやいの小僧達が煩くてかなわん。こういう時はさっさと送り出すに限る。そうすれば地上は平和だ」


 そう言ったのは私が担当している機体の機付長を務める坂東三佐。


「小僧達って、パイロットの年齢は三佐と大して変わらないでしょ?」

「五つも下なら立派な小僧だろうが」


 そうなんですか?ともう一人の整備員、赤羽曹長の顔を伺うとプルプルと首を素早く横に振った。その表情からして「知らない」じゃなくて「僕に話を振ってこないで」ということらしい。上官なのになんて薄情な。もう少し部下に加勢をしようとか思わない?


「そうですかー? でも隊長の玉置三佐とは同い年なんですよね? 確か高校の同級生とか……?」

「俺の方が誕生日が半年早い」

「それって同い年っていうんじゃ……」

「半年も年上だ」


 “も”を強調するように言うとそのままコックピットの点検を始めた。もうこうなると何を言っても無駄。この機体が無事に空に上がるまで話を聞いてはもらえない。


 仕方ないので同い年についてのお互いの見解の相違は横に置いて飛行前点検を始めることにした。


 空に上がりたがっているのはパイロット達だけではなく、お日様の光を浴びているT-4も空に上がるのを今か今かと待ち構えているように見える。こうやって見ると本当に綺麗な機体。


 中身は他の基地にいるT-4達となんら変わりはないのに、空と雲の色をまとっただけでこんなにも違うのものなのかと初めて見た時に感じた感動を今もはっきりと覚えている。


 T-4、通称ドルフィン。空と雲の色をまとった空飛ぶイルカちゃん。


 ここは航空自衛隊松島基地。そう、この子は第四航空団飛行群第11飛行隊、ブルーインパルスの一員なのだ。


+++


「しかし君の御主人様、今日に限って遅いねえ……久々のイルカ日和だっていうのに」


 隊長以外のパイロット達もやってきて訓練前の機体点検を始めたのに私達が点検を担当している三番機のパイロットの姿だけがまだ見えない。


「皆、一秒でも早く空に上がりたいってソワソワしているのに相変わらずのんびり屋さんなんだから」

「浜路、白勢はまだ来ないのか?」


 玉置三佐がやってきた。


「はい。いつもならもう来てる筈なんですがどうしたんでしょう。もしかしてお腹でも痛くなってトイレにでもこもってたりして?」


 なんでそんなことを思ったかというとそれなりの理由があった。


 実は自衛隊では陸海空共通して糧食班や給養小隊には逆らってはならないという暗黙のルールがある。とにかく彼等に逆らうとロクな目に遭わないというのがもっぱらの噂で、幾つものとんでない武勇伝がまことしやかに囁かれていた。


 そしてこの三番機の白勢一尉は一般大学を出てから航空自衛隊に入隊した人だから、この暗黙のルールやとんでも武勇伝を知らないまま今に至ってしまったのではないかとほんの少しだけ心配になったわけだ。


「あ、来ました」


 慌てた様子でハンガーから走ってくる一尉の姿。玉置三佐が私の横に立っているのを見て明らかに動揺している。動揺するぐらいならもっと早くこれば良いのに。


「おはようございます!! 遅れて申し訳ありません!!」

「浜路、白勢は遅れたか?」


 そう言われて少しだけわざとらしく腕時計を覗き込む。


「いえ。私の時計ではまだ集合時間まで六分あります」

「だそうだ。助かったな、白勢。五分を切ったら浜路のお仕置きだったぞ。さて、上がる準備を始めるぞ。そろそろエンジンに灯を入れろ」


 玉置三佐はそう言いながら一尉の肩を軽く叩くと一番機の方へと歩いていった。


「おはようございます、白勢一尉」

「おはよう、浜路二曹。遅れてすまな、、、?」


 私はエンジンスタートの時と同じように人差し指を立ててから指先を一尉の顔に向けて黙らせると、その指をゆっくりと左へと動かした。一尉は首を傾げながらもその指先を追って視線を左へと移動させていく。


 私の指が向いた先には基地と外とを隔てるフェンスがあって、フェンスの向こう側にはカメラを持った人達が何人か立っているのが見えた。毎日あそこにやってきてはブルーの写真を撮っている人達だ。中にはかなり長い年月(年単位とはびっくり)にわたって通っている人もいて、パイロットだけではなく整備員の名前まで覚えているようなコアな人もいるらしい。


「ファーストに上がるの前にまずは皆さんに朝の御挨拶をしなければ。スマイル、スマイル。広報のお仕事は訓練の時も忘れずに、ですよ」

「そうだった」


 そう言うと一尉は気を取り直すように一息つくとその人達に向けて手を振った。フェンスの向こうでも何人かが手を上げてこちらに応じる。


 ブルーインパルスのパイロット、通称ドルフィンライダー達は私達ドルフィンキーパーと違って、航空祭などでアクロバット飛行を見せることはあってもお客さん達とはほとんど顔を合わす機会がない。だからこういう時はきっちりと広報活動をしてもらわなくちゃいけないのだ。


+++


 私の名前は浜路るい。ブルーインパルスの三番機の整備員だ。ちなみに私達ブルーインパルスの整備員は他の戦闘機や輸送機の整備員とは区別されドルフィンキーパーなんて名前で呼ばれている。


 そして私が整備している三番機は編隊飛行をする時に隊長機である一番機の右側を飛ぶ機体で、そのために右翼機とかRIGHT WINGと呼ばれている機体だ。


 それから私の横でさっきとは打って変わって爽やかな笑顔を振りまいているのはその三番機のパイロットを務める白勢拓真一等空尉。タックネームはタック。


 爽やかな笑顔とは裏腹に、最初にその名を聞いた時に私が「タックネームがタックって何かのダジャレですか?」と思わず口にしてしまったことを未だに根に持っているちょっと執念ぶかい人でもある。


 一通りファンサービスを終え、機体の状態をチェックした一尉達はヘルメットを手にそれぞれの機体に搭乗した。アクロは一瞬で終わってしまうけれどそれを見た人達の笑顔のために一尉達は毎日のようにこうやって厳しい飛行訓練を続けている。それを支えるのが私達ドルフィンキーパーの仕事だ。


「浜路、今日はお前が前に立って白勢と離陸前チェックをしろ」

「はい?!」


 いきなりの言葉に私も驚いたしコックピットに座った一尉も驚いている様子だ。いつもは機体の前に立って一尉と一緒にチェックをするのは赤羽曹長の役目で、私と坂東三佐はそれに合わせてフラップなどの動作点検をしていたのにどうして急に?


「これも訓練。白勢だけじゃなくてお前のな。きちんと出来るようなら次の航空祭でもやらせるからそのつもりで」

「え、マジですか?! あの、それは赤羽曹長のお役目では?」

「たまには女性キーパーがやるのも悪くないとのお言葉だ」

「誰の?」

「俺の。さあ張り切ってやってこーい」


 坂東三佐はそう言って私を三番機の前に押し出した。


「そんないきなり……」

「さっきもちゃんと指で白勢を操ってたろ。その調子でやれば問題ない」

「いや、あれとこれとは全く違うと思うんですけども……」


 ドルフィンキーパーに選抜されて二年。まさかいきなりこんなことをさせられるだなんて。


 初めてのエンジンスタートチェック、ラダーチェック、その他もろもろ。いきなりなことで私も一尉もお互いにぎこちないことになったのは致し方がないと大目に見てほしい。


「あんなに初々しい離陸前点検を見たのは何年ぶりですかねえ」


 空に上がっていくそれぞれの機体を眺めている時に赤羽曹長がしみじみといった感じで呟いた。




 まあそんなハプニングはあったものの今日は青空、絶好のイルカ日和だ。



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