首都防衛訓練 一日目 side - 葛城 - 空と彼女 & 空を感じて -
佐伯瑠璃さんの『スワローテールになりたいの』番外編①にゲスト出演をさせていただいている榎本さんと葛城さん。今回のお話は「アグレッサー(侵略者)の脅威」でのシミュレーション訓練後の葛城さんと榎本さんの様子です。
※お月様の葛城さんのお話にも同じものを掲載しました、内容は変わりません
※佐伯瑠璃さんには許可をいただいています。ゲスト出演させていただきありがとうございます~(*´ω`*)
『日本の中枢を固守せよ 首都防衛作戦』
宿泊先の部屋で、パソコンの画面に出たその作戦名を眺めながら溜め息をつく。
関東地方で行われる、空自・海自合同の防衛訓練で空自迎撃部隊の司令官として行ってくれないかと。航空総隊の稲羽空将から言われたのは一ヶ月前のことだった。
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「自分が、迎撃部隊の司令官を務めるのですか?」
「正確には指揮するのではなく、オブザーバー的立場なんだがな。もちろん敵役には榎本が入る。どうだ? 榎本の名前を聞いたら、俄然やる気が出てきただろ?」
デスクの向こう側に座っていた稲羽空将が、ニッと笑った。
「やる気と言いますか……」
敵役が必要な訓練だ、飛行教導群の榎本が出てくるのはわかる。だが俺とあいつは、航学時代から共に空を飛んできた仲。お互いの性格も良く知っていることだし、色々とやりにくい訓練になりそうだ。
「イヤなのか?」
「イヤとは言いません。お声がかかるのは光栄なことです。しかし……」
「作戦情報隊でふんぞり返っているのも飽きてきた頃だろ。たまには、ちょっとしたパイロット気分を味わってこい。これは命令だ」
「結局は命令で片づけるんじゃないですか、稲羽先輩」
呆れてしまい、思わず昔のように呼び掛けてたら稲羽空将は声をあげて笑った。
稲羽空将は、俺達の航空学生時代の先輩だった。本来なら、戦闘機パイロットとして現役生活を全うするはずだったのだが、奥さんが病気になったことがきっかけでイーグルから降り、地上勤務へと転向し今に至っている人だ。元パイロットということもあって、現場のことを常に第一にと考えてくれる、前線のパイロット達にとっては非常に心強い存在でもある。
「お前が、素直に喜んで引き受けないからだろ。対番の先輩の言うことは絶対だよな、ワンホース?」
「そこでそれを出すんだから、先輩も随分と性格がひねくれたものですね」
「政治的駆け引きを経験してこれば、イヤでもひねくれるさ。お前もそのうちそうなる」
「そんなひねくれ爺さんになる前に、さっさと退官してやりますよ」
「簡単に逃げられると思うなよ?」
「よしてください、縁起でもない」
病院に押し掛けてきた八重樫に、無理やり航空総隊に押し込められて一年。広報官から解放されて清々してはいたものの、やはり自分は空にいるほうが気楽だと思う今日この頃だった。もちろん職務はきちんと果たしているから、上からも何ら文句は来ていない。だが目の前の司令官殿は、俺の心のうちをお見通しだったようだ。
「……わかりましたよ、空将閣下。葛城一等空佐、謹んで迎撃部隊の司令を務めさせていただきます」
「うむ。二日間と短い時間ではあるが、若い連中の指導をよろしく頼むぞ、一佐」
「はい」
そう返事をすると、敬礼をした。
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とまあ、旧交を温める気分もあって軽く引き受けたのは良かったんだが。
「おい、榎本」
俺が呼びかけると、前をのんびりと歩いていた榎本が立ち止まってゆっくりと振り返る。
「なんだ?」
「お前なあ」
まだ周囲に他の連中がいることに気づき、声を潜めながら足早に歩み寄った。
「初っ端からいきなり二十発もぶっ放すか? 花火じゃないんだぞ」
訓練初日。シミュレーションを使っての防衛訓練で、敵役のこいつらがしかけてきた先制攻撃は、なんと二十発もの巡航ミサイル攻撃だった。彼等の手前なにも言わずにいたが、ひよっこ相手にそこまでするかと、度肝を抜かれたのは言うまでもない。
「なんだ、もっと数が多い方が良かったか? いくら戦術シミュレーションのコンピューター上の戦闘でも、さすがに百発なんて非現実的な数は無理だぞ?」
「逆だ逆。多すぎだっつーの。いくらなんでも、初めての連中にあれはやりすぎだ」
「相手が本気でこっちをやるつもりで来るなら、この倍は軽く撃ってくるだろうと海自の連中が話していたから、参考にさせてもらったんだがな。多すぎたか、そうか」
またこの男はサラリととんでもないことを言いやがる。
「ちょっと待て。第一護衛艦隊はうちのチームだろ、なに勝手にそっちに引き入れているんだ」
「勘違いするな。俺が意見を聞いたのは横須賀じゃない、舞鶴だ」
その言葉を聞いたとたんに、ガックリとなった。
「……佐伯か」
「ああ」
佐伯圭祐。俺達の同い年仲間の一人で、現在は舞鶴総監部の総監様の座に座っている、俺達の中では一番の出世頭だ。しれっと今回の合同訓練に一枚噛んでくるとは、油断のならないヤツだ。しかも榎本に要らぬ入れ知恵までしてくるとは、狡猾なタヌキじじいめ。
「あの野郎……今度会ったら覚えてろよ」
「まあそのお蔭で、森永が離島奪還作戦を立てなくてはならなくなって、余計な仕事を増やすなとぼやいていたがな」
なんだって?!
「まてまてまて。なんでそこで森永が出てくる」
榎本がニヤリと笑った。
「せっかくの最新のコンピュータを使った戦術シミュレーションデータだ、有効に使わなくてどうする。今頃は航空基地奪還の為の作戦会議中だ。心配するな、敵役は米軍に引き継いだから、俺達は明日の模擬空戦にちゃんと参加する」
「お前らは鬼か……」
人の傷口に塩を塗り込むような真似をしやがって。しかも米軍だ? ってことは、森永の友人である海兵隊司令が関わってくるということか。まったく、ここまでくると俺に対するイヤがらせか?と言いたくなってきた。
「それとだな」
「なんだ、まだあるのか」
もうなにを聞いても驚かんぞとばかりに、投げやりに声をあげると榎本が人の悪い笑みを浮かべた。
「森永に言われた。排他的経済水域近くの離島ならともかく、首都目前のこんな場所に敵に侵入された状態で航空基地を盗られたら、余程の作戦で押し返さないと日本は詰みだなと」
「そんなこと言われなくてもわかってる。だが仕方がないだろ、こっちだって訓練する場所が限られているんだから」
「そうなんだがな。訓練名が首都防衛だろ? だから言い訳は通用せんと一刀両断だった。あの時点で、国内は非常事態宣言発令だからな」
陸自が国内で戦闘状態になるということは、敵に上陸を許したということだ。そうなった時点で、空自と海自は壊滅状態に陥り、戦闘の継続は不可能という予想まで出されている。つまり俺達が食い止められなければ、陸自は国民を守る最後の盾として、背水の陣を強いられることになるのだ。だからこそ我々は、なんとしてでも文字通り、敵を水際で食い止めなければならない。
「だがな」
「なんだよ、まだあるのか?」
「それって俺じゃなくて、お前に言うべきだよな? 俺は敵役で、防衛したのはそっちなんだから」
森永の無表情な顔が浮かぶ。あの顔に一刀両断にされるのか?
「森永から一刀両断にされたら当分は生き返れそうにないから、俺は勘弁な。あいつの相手はお前に任せる」
「俺に押しつけるのか。負けて学ぶこともあると言ったのはお前なんだ、少しは森永からから学んだらどうだ」
「それはそれ、これはこれ、だ」
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「さて、どうしたものか。どうやったらあいつの鼻をあかせるんだ……?」
今日の交戦データを眺めながら呟いた。もちろん榎本の作戦勝ちな面もあるが、一番の敗因は若い連中の経験不足によるものだ。目の前の防衛に集中しすぎて、離島や他の基地のことまで気が回らなかった。
これが実戦であったなら、硫黄島航空基地は援軍も来ない状態で攻撃を受け、占領されたことになる。それがどういうことを意味するのか、それは指揮をした八神達が一番よくわかっているはずだ。
そして、この結果を踏まえての明日の模擬空戦。さてはて、ヤツはどういう作戦でくるかだな。
「榎本の裏をかくか? いや、あいつのことだ、性悪なことを考えて裏の裏をかいてくるかもな。ってことは俺は裏の裏の裏……? ちょっとまて、それってただの裏か?」
まあカリカリしても仕方がない。それに俺の役割はあくまでもオブザーバーだ。最終判断はあくまでもあのひよっこ達がすることで、俺はそれを見守るのが勤め。だが……。
「やられっぱなしというのも腹立つよな」
それは、今回のシミュレーションで司令を務めた八神も同感だろう。今頃はきっと頭の中であれこれと作戦を練っているに違いない。考えてみれば新旧のアグレッサー同士の勝負でもあるわけか。
「……やれやれ。コブラ同士の戦いに巻き込まれた俺は、とんだとばっちりなんじゃないのか?」
そんなことを考えながら、パソコンのスイッチを切るとベッドサイドの電気を消した。