首都防衛訓練 一日目 side - 榎本 - 空と彼女 & 空を感じて -
佐伯瑠璃さんの『スワローテールになりたいの』番外編①にゲスト出演をさせていただいている榎本さんと葛城さん。今回のお話は「アグレッサー(侵略者)の脅威」でのシミュレーション訓練中の榎本さんと千斗星君の様子です。
※お月様の榎本さんのお話にも同じものを掲載しました、内容は変わりません
※佐伯瑠璃さんには許可をいただいています。ゲスト出演させていただきありがとうございます~(*´ω`*)
「巡航ミサイル二十発……」
スタートと同時に出した俺の命令に、横に立っていた沖田が目を丸くした。本来はあちらで八神の指揮ぶりを見せるべきだったんだろうが、敵役を経験してみるのもいいだろうと、土壇場で思いついて連れてきたのだ。
「なんだ、俺達は航空自衛隊だから、戦闘機でいきなり突っ込むとでも思ったか?」
「いえ……ただ意外だったので」
「こっちに用意されたカードの中にあるのに、それを使わない手はないだろ」
葛城達は、実際に首都圏周辺に配備されている陸海空の戦力を使用しての迎撃態勢だが、こちらはあくまでも仮想敵国だ。だから極端な話をすれば、無尽蔵に武器を増やすことができる。だが、この訓練は八神達だけではなく、うちの坊主どもにとっても訓練なのだから、それでは意味がない。
「事前に用意したこっちの戦力は、今展開している戦力だけだ」
こちらが持つカードに関しては、我が国の仮想敵国に該当する某国の保有戦力から、情報部が割り出したものだった。ただ、巡航ミサイルの精度に関してはデータがそろわなかったので、海自が保有している装備データを、そのまま転用させてもらっている。
「俺だったらこういう時は、馬鹿正直に正面から押し掛けるなんてことはせずに、真っ先に裏口を蹴破るんだが、それでは訓練にならんからな。今回はお行儀よく、ドアをノックしたというわけだ」
「お行儀よくドアをノック……」
「ああ、お行儀よくだ。なかなか親切だろ?」
俺の言葉に、但馬達がクスクスと笑っている。
「さあ、俺からの御挨拶は終わった。あとは任せるぞ、お前達」
そう言って、あとの指揮を但馬達にゆだねた。
初っ端の二十発の巡航ミサイルで、一瞬パニックになりかけた葛城隊だったが、あっというまに立て直した。八神の指揮する迎撃部隊は、首都を守る防衛ラインを素早く構築し、こちらを迎え撃つ態勢にはいる。
「さすが八神だな、不意を突かれても冷静なもんだ」
瞬時に判断し、対策を練り作戦を組み立て行動にうつす。本人の希望で、防空任務に戻すことを決めた後も上層部にあれこれと言われたが、俺はこれで良かったと思っている。八神や立木のような人間が、一人でも多く最前線の飛行隊にいるべきだ。
そして横に立っている沖田に目をやった。
沖田は八神が織りなす防衛作戦を、些細なことも見逃すまいと凝視している。自分があの部隊にいたらどう行動するか、または自分が指揮していたらどうするか、そんなことを考えているのだろう。やはり連れてきて正解だったな、あっちにいたら、こんなふうにリアルタイムで客観的に見る余裕なんてないだろう。
「どうだ、沖田。普段は味方として一緒に飛ぶ連中の敵に回った感想は」
「八神三佐はすごいです。パイロットとしてだけではなく、指揮官としても」
「そうだな。それにお前の嫁さんの指示も、なかなか的確だ」
「……ありがとうございます」
少しだけ恥ずかしそうな顔をすると、モソモソとつぶやくように言った。なんとも初々しい反応に、思わず口元がゆるむ。
―― そう言えば、ちはるが沖田が参加すると知って見たがっていたな…… ――
毎日あちこち飛んでいるのに、こういう時に限ってまったく違う場所に行かなきゃいけないなんて!と電話口で文句を言っていた。今日と明日のことはしっかりと頭に入れて、後できちんと話して聞かせてやらなければ。
「?」
その条件として、なにを提示してやろうかとニヤニヤしていると、沖田が怪訝な顔をしてこちらを見た。きっと俺が、八神達をいいように振り回している但馬達の様子を見てニヤついていると思っているんだろうが、あいにくと俺もただの煩悩まみれの男ってやつだ。
だからといって、部下に任せっぱなしでニヤニヤしてもいられないか。
「さて、沖田。ここで質問だ。連中はなかなかいい感じでこちらを迎え撃っているが、小さい落とし穴が一つだけ存在している。それがどこにあるかわかるか?」
俺の煩悩はちはると顔をあわせた時まで横に置いておくとして、沖田に質問をした。
目の前に映し出されるモニターには、刻々と変わる戦況が映し出されていた。戦闘機、輸送機、そして海上にはイージス、地上には陸自の高射部隊。彼等はそれらを連携させて、首都圏に我々を近づけないように行動している。だがさっきから気になっていたのだが、連中が見落としているポイントが一つだけあった。沖田もまだ気がついていないようだが。
「……穴、ですか」
「そうだ。この首都攻撃を一回きりの作戦で終わせるか、継続した作戦にするかどうか、それはなにで決まる?」
「継続的な作戦を展開するのであれば、戦闘機の航続距離からして安定的、継続的に給油と弾薬の補給ができるポイントが必要です。米軍でたとえるなら空母のような……」
そこで沖田はなにかに気がついたように、なるほどとうなづいた。
「硫黄島航空基地の動きが、まったくみられません。ここをこちらが占領して兵站とすれば、継続的な攻撃が可能となります」
「その通り。航続距離の短い戦闘機で攻撃をしかけるこちらとしては、どうしても補給が問題になる。今後、第一波第二波と波状攻撃を可能にするためにも、この場所をおさえておけば非常に都合が良い。ではどうするか」
俺の質問に、沖田はさらに考える仕草を見せる。
「今ここで戦闘機を下げて基地に向かわせたら、相手にも気づかれて対処されますね。こちらの意図が見破られ、下手をすれば前線が後退することになります。自分なら……先鋒の戦闘機部隊はそのまま。基地への攻撃は、後から北上している首都攻撃用の爆撃機を使います。これでしたら、進路をほとんど変更することなくこの地点に向かえますから、あまり大きな動きにはなりません。ただし、首都への攻撃はできなくなりますが」
「いま彼等の守りを突破するのは少しばかり難しい、だろ?」
「はい」
「だったらなにをしている。お前が指揮をとれ、スワロー」
「え?!」
俺の言葉に沖田が目を丸くした。本来この任務はアグレッサーがするべきもので、沖田がやるべき任務ではない。本人も、まさか自分が味方基地を陥落させる指揮をとらされるとは思っていなかったらしく、驚いた顔でこちらを見ている。
「俺達空自は国土を守るのがその任務だ。だが守るには相手のこと、つまりは攻撃する側の戦術だけではなく戦略も理解する必要がある。あまり気持ちのいいものではないがやってみろ。なにごとも経験だ」
「わかりました!」
「但馬、お前がついてやれ」
「了解しました、一佐」
沖田が爆撃機に指示を出すのを確認してから、戦闘機を担当している部下達のところへと向かった。
「さて。こっちは爆撃機の仕事がやりやすいように、もう一仕事だな。沖津、辛島、連中を首都圏前で釘づけにしてやれ。沖田が航空基地を落とすまでは気取られるなよ?」
「「了解、司令」」
二人はこちらの指示に、ニヤリと笑いながらうなづく。お互いに、コンピューター上のデータでしかない戦闘機や護衛艦。だが、データを入力してやりくりするのはあくまでも人間だ。
「お前達、これを明日の模擬空戦でやりたかったろ?」
俺の問いかけに、辛島がニヤリと笑った。
「ですね。かなり大掛かりな演習になりますが、いつかやってみたいものです」
「……あとで葛城から、やりすぎだと文句を言われるかもな」
あいつと一緒に飛んだ最後の演習はいつだっただろうか。
『お前、野郎のケツばかり追いやがって変態か!』
『きゃんきゃんうるさいぞ、ワンホース。さっさとあきらめてキルされろ』
『お前のほうこそいい加減にあきらめろ!』
『往生際が悪いな』
『お前がな!』
新たな指示で動き出した戦闘機と後続の爆撃機群。その様子をながめながら、ヤツとの昔のやりとりを思い出して笑いが込み上げてきた。