ウサギっ子父とウサギっ子上司の話 - 饕餮様作・あかりを追う警察官 -
希望が丘駅前商店街シリーズの饕餮さん作品【あかりを追う警察官】のヒロイン白崎暁里(通称ウサギちゃん)のお父さんと、彼の幼馴染で暁里の上司となる芹沢部長とのお話。娘の知らないところで父は娘馬鹿をやっていた模様。
※饕餮さんからは許可を頂いて公開しています※
「ぷっ、それで娘にフラれて不貞腐れているのか、白崎」
久し振りに幼馴染みに呼び出されたかと思えば延々と愚痴を聞かされ続け、やっとそれが一段落というところで俺の口から出たのはそんな言葉だった。言われた本人は図星を刺されて反論のしようがないのか面白くなさそうなしかめっ面をして押し黙ったまま酒を飲んでいる。
「何でよりによって防衛省なんだ。他にも行きようがあるだろ」
暫くしてポツリと呟かれた言葉に思わずニヤリとなる。まったくどんだけ娘を溺愛しているんだか。まあ気持ちは分からなくもないが、白崎家は父だけでなく兄も“コレ”だからなあ、海保を選ばなかった暁里ちゃんの気持ちが分からなくもない。
「それは暁里ちゃんの選択なんだからお前がどうこう言うことじゃないだろ? それで? 俺にどうしてほしいんだ? 制服組ならともかく、本省と海保とは人事交流はしてないんだから暁里ちゃんをそっちに出向させるなんてのは無理な話だぞ」
つまりはこういう話らしい。
俺の幼馴染みである白崎史人は海上保安庁の人間だ。そしてこいつの息子も海保に入り現在は父親とは別の巡視船に勤務している。そして下の娘が今年大学を卒業して公務員試験を受け合格した。彼女が入省を希望したのは父親がいる海保ではなく何故か防衛省。こいつとしては娘も事務方として自分と同じところを希望すると思っていたというか信じていたらしい。同じ海保にいれば娘の動向を常に把握でき常に目を光らせて守ることが出来る、それがこいつの思惑だったようだ。
そこまでして白崎が娘を守りたがる理由、それは彼女が持つ特殊技能にあった。
「まあ何だ、俺は事情を知っているからそれなりに彼女が仕事をしやすいような環境を作ってやることはできる。ちょうど情報分析課の資料室で人手が足りないのでな。だが、俺としては暁里ちゃんには別の仕事もして欲しいと思っているんだ」
白崎の娘である暁里の特殊技能。それは優れたと言うか優れ過ぎた異常とも言える聴覚だった。実際、その特殊な能力のせいで何度か誘拐されかかっているので父親としては笑い事では済まされない話だった。その点に関しては同情するし自分の目の届く範囲では注意を払ってやるつもりではある。だがしかし、こちらとしてはそんな特殊技能を持つ彼女が本省に入省してきたからにはその能力を使わない手は無い。それが現実というものだ。
「うちの娘に何をさせるつもりなんだ」
途端に神経を尖らせる幼馴染みに溜息が漏れた。
「何も危険な仕事をさせる訳じゃない、こっちは防衛省とは言え事務方なんだからな。だが各国の国防担当との会合や交渉では彼女の“耳”は役立ってくれると思うんだ。確か、語学の方も堪能なんだよな、本人は何も言わなかったが」
「ああ。少なくとも五ヶ国語は理解できるとは言っていた。話せるかどうかは知らんが」
そう言いながら彼女が理解できる言語を白崎が挙げた。その中でも北京語とロシア語が含まれていたのは非常に有難いことだった。
「理解できれば問題ない。心配するな、事務次官やそれなりの地位にいる連中に同行して会合に出席させるだけだ。通訳として使うわけじゃない」
「そして聞き耳を立てさせるわけか」
「ああ。何故か我々は日本語しか理解できないと思われているらしいからな。コソコソ話を聞くことが出来ればそれなりに交渉に有利だ」
「なるほどな、駆け引き下手をそういうところでカバーするわけか」
「そういうことだ、おい、そんなに嫌そうな顔をするな。言っちゃなんだが俺の部署に来たいというやつは他にも大勢いるんだぞ」
しかめっ面をしている白崎のグラスにビールを注いだ。
「そんなのはどうでもいい。娘のことはお前に任せて大丈夫なんだたろうな」
やれやれ……。
「少なくとも俺の部下になれば少なからず便宜は図れるだろうし身の安全もある程度は確保できるだろう。だがその条件として今言ったことを彼女にしてもらう必要がある。まあお前に事前に話すのは幼馴染のよしみってやつだ。本来なら本省に来た時点で海保の人間に許可なんてとる必要はないんだからな」
「言われなくても分かっている」
「それともう一つ」
「なんだ」
「息子の方も黙らせておけよ。お前以上に璃人は煩いからな」
「ああ、当分は沖縄から戻ってこないから問題ない」
「なら良いんだが」
まったくこの父と息子ときたら、暁里ちゃんのこととなると常識が通用しなくて困る。まあ父親の方はさすがに高い地位にいるのでそれなりに弁えてはいるが……。
「とにかく聞こえる音や諸々のことは本人に直接聞くことにするよ。こればかりは俺達には理解出来ないことだろうからな。下手すると閑職に回されたような状況になるかもしれんが、それは良いのか?」
「ああ。あいつはその点のことに関しては全く頓着しない性格でな。とにかく静かなところで仕事が出来るのであれば四畳半の座敷牢でも気にしないだろう」
「ある意味、大物だな」
「それだけ雑音が辛いということなんだろう」
「なるほど。普段は出来るだけ静かな環境で仕事が出来るように配慮しよう」
「助かる」
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そして今現在、彼女は情報分析課の資料室という本省の一角にある小さな部屋で一人きりで作業をしてる。何度かその仕事ぶりを覗きに行き、あまりに静かなので心配になって寂しくないか?と尋ねれば、静かなので仕事が捗って助かりますと嬉しそうに笑っていた。
たまにその静かな部屋から出てもう一つの仕事に就いてもらうのだが、最初の内はよく疲れ切った顔をして戻ってきていた。恐らく不必要な音を遮断することと必要な声を拾う作業という真逆なことを同時にするという慣れない行為に疲れていたのだと思う。だがそれも数ヶ月で慣れたらしく、今ではその作業をそれなりに楽しんでいるようだ。
「あの、芹沢部長?」
「なんだ?」
「このコピー機、いよいよダメっぽいですよ、100枚以上コピーすると変な音しますもん」
「そうなのか?」
目の前で紙を吐き出しているコピー機に目をやるが特に変わった様子は見られず、問題なく動いているように見える。恐らく彼女にしか聞こえていない異変を知らせる音なのだろう。
「新しいコピー機、そろそろ欲しいですねえ」
「うむ……確かに古くなってはきたな、申請だけ出しておこう。いつになるか分からないが」
「お願いします。私も何枚も転写するなんて作業はいくらなんでも嫌なので」
そしてこの部屋に最新型の複合機が運び込まれるのはこれより数ヵ月後のことだ。