有塚 樹 14
【久しぶりだな。最近姿見せないから、彼女でもできたのかと思ってた。】
画面に羅列された一言に、早速俺は片眉を動かしてしまった。反応するのも面倒なので、俺はストレートに文字を打ち込んだ。【頼みたいことがあるんだけど】。返ってきたのは、またもや無神経な文字の羅列だった。
【この前送ったやつはどうだった?またお気に召さずに壊したか?お金持ちだな、いくらでも新しいのを要望できる】
馴れ馴れしい話し言葉の上に並んだツカサという三文字を、俺は、じっと見つめていた。ツカサは、まるで意図しているかのように――というか明らかに意図していて人の反応を楽しんでいる――こちらの神経を逆撫でする発言を繰り返す。俺は最近、チャットルームにはまったく顔を出していなかった。どうなっているのか気になっていた、と言うほどに親しくもないけれど、ツカサにはお世話になっている。ツカサは相変わらずの様子なので、そこは素直に安心できた。
【で、次はどういうのがお望みだ?なんか適当にハードそうな奴探してみようか】
【今日はそういう頼みじゃない】
【彼女ができたから必要なしか。羨ましい限りだな】
とは言え、的確に人の不快なポイントを突くツカサを、常に俺も流せるわけではなかった。チャットは文字だけのコミュニケーションだ。だからこそ相手の感情は率直にこちらに流れ込んでくるし、レスが早ければ早いほどに真実味を増してくる。ツカサはいつも即行でレスしてきた。自分の性別を確かめるため、ツカサには随分協力してもらった。一から百まですべて説明したわけではないけれど、それなりに話はした。それを踏まえた上で、ツカサは力になってくれていたのだ。無論、ツカサがチャットの繋がりでしかない俺のことを本当に思ってくれていたのか、ということはまったく別の話になる。曲がりなりにもパソコンを通して話をしてきた経験から推測する限り、ツカサは俺の状況と感情を面白がっていて、それが自分の娯楽に直結するという理由で付き合ってくれていたのだと思う。いくらリアルの知り合いではないからと言っても、それはさすがにいい性格とは言えない。けれど、身近にそういう話をできる友達がいない俺にとっては、ツカサとの対話はいい気晴らしになった。その上、俺の代わりにアダルト雑誌やDVDを購入して送ってくれるのだから、文句を言うことなどなにもなかった。と一瞬で考えてしまうくらいに、ツカサの性格の悪さは一線を越している。
そういえば、藤君が言っていた「人調べの得意な奴」も、異様な性格の悪さだと言っていた。もしかして同一人物なのだろうか。ツカサも以前、どんな話題からそういう話になったのはか覚えてないけど、自由にできる情報網が自慢だと言っていた。自分で言うくらいだから余程だろう。もしかしたらという疑念を抱きつつ、俺は次の返信を打ち込んだ。藤君が言っていた「人調べの得意な奴」とツカサが本当に同じ人間だとすれば、ツカサには、既にチャット相手の俺が有塚の長男だということはわかっているだろう。ツカサにものを送ってもらうときは、一応偽名と近場の別荘宛の住所指定で、俺なりに特定されないように気を遣っているつもりではあるけれど。こいつの性格の悪さをなら、本当のことを知っていて知らないふりをするのもなにほどのことでもない。この憶測が当たっていたとして、抱く感想は特になかった。
【彼女も彼氏もいないままだよ。そんなのどうでもいいから、ちょっと調べてもらえないかな。できる限り深いところまで】
【なにを?】
【有塚グループ】
【随分な大御所をご依頼だな。なんでまた突然。あの有塚にケンカでも売るつもりか?】
【教えないと無理?】
【そうでもない。面白そうだからやってやるよ。二日もらう。嘘は吐かないから安心しろ】
面白そう、などとのたまって応じるところが、無駄に俺の妄想に拍車をかける。お礼の文面を送信して、チャットルームを退室した。今までにツカサの情報網を頼ったことはないけれど、軽く引き受けてくれたということは、嘘八百を俺に流し込んだりはしないだろう。俺も一応自分なりに会社を調べてはみるけれど、有塚の権力は甚大だ。会社に不利になる情報は制限しているだろうし、規制もしていると思う。次期社長の俺は次期社長というだけでただの高校生だし、融通の利かないことのほうが多いと推測できる。俺は社会経験も皆無だ。いくら疑ってかかっていても、それっぽいことを真顔で大人に言われれば、真っ赤な嘘でも信じて納得してしまうかもしれない。俺に必要なのは、単純な事実だけだ。ツカサが自発的に発してくれた「嘘は吐かない」を信じるしかなかった。とは思うけれど、あいつの性格の悪さは――などと考えていたらきりがないので、俺は俺の作業に移ることにする。
インターネットの検索バーに「有塚グループ」と入力した。クリックすると、信じられないくらい多数のページがヒットした。これでも数に規制がかけられているので、規制を解除して再度検索した。とんでもない件数が表示された。あまりにも膨大な情報の数に、思わず俺は目を見張ってしまう。どんな裏があろうと『有塚グループ』は日本の三大財閥のひとつで、その中でも特に権力を持つ会社だから、これくらいの情報量は軽く出てきて当然かもしれない。わかっていても今まで社名を検索をしたことなどなかったし、まして自分が将来継ぐことになっている会社がこれでは、呆然とするしかなかった。
軽く公式サイトと付近のページを流して、奥へ奥へとクリックを続けた。いくら進んでも、果てなくサイトは出没してきた。これだけの情報量なのに、ツカサの奴、たったの二日程度で整理できるのだろうか。ツカサもきっと調べてくれるだろうけど、会社の触りだけでも改めて自分で理解しようと思ってパソコンの前に座っている。でも、いくらなんでもこの量では、どこからどう見ていけばいいのかわからなかった。ツカサは、虚実入り混じったこれだけの情報の中から、的確に事実だけを抜き出すことができるのだろうか。自分で依頼しておきながら、俺は少し不安になった。
ふと思い立って、検索バーの文字を消した。頭に浮かんだその単語に、特別意味があるわけではなかった。ちょっと興味があるから、ちょっと調べてみるだけだ。ローマ字にしてSから始まるその名詞を、俺は、なんとはなしに打ち込んだ。




