Extra.Ⅲ 光ニ紛レ込ンダ少年ノ話①
時間軸的には和真が天使軍にやってくる二ヶ月ほど前です。
三章を読み終わってない方は、そちらを読みきってからにして下さい。
ネタバレになるので……
①と書いてあるとおり、何回かに分けて投稿します。
「今年はどうするかな……」
「どうしようねー」
どこかの下界のカタログを手に、俺ーー相良春樹は、表向きは俺の契約天使、本当は俺の契約悪魔であるキルトベゴール・H・ノルディンとものすんごく悩んでいる。
キルトは天使軍ではBという下級天使だが、悪魔軍ではHという上級悪魔の最高の位を持っている。
Iはそれぞれの属性を司る大天使や大悪魔しかつかないので、ぶっちゃけ普通の悪魔としては最高の部類にいることになる。
そんなキルトと俺が悩んでる理由は至極簡単。
あと一週間で桜の誕生日なのだ。
何だかんだで毎年何かをプレゼントしたり、ちょっとサプライズを加えてみたりとしているが、変なことやありきたりなことをオールマイティーにやり過ぎて、今年はすることが思いつかないのだ。
とりあえずプレゼントを考えよう、ということになったがどこかピンと来ない。
一度悩み出すと延々と決まらないことは分かっている。
だから早く決めたい……だけど決まらない。
天空城に一時間毎に鳴る鐘の音が聞こえる。
「春樹ー、もう三時だよ。
おやつでも食べよー」
キルトが疲れきった表情でそう提案する。
ちょうど俺も糖分が欲しくなってきた頃だ、班の部屋にでも行くかな。
何も言わずに立ち上がる俺の後ろに、キルトはひょこひょことついてくる。
自分の部屋から廊下に出てゲートに乗り、六班の部屋にもっとも近いゲートを呼び出す。
何故悪魔軍にいなければならないはずの俺が天使軍にいるかと言うと、天使軍に所属しているある男への復讐のためである。
そのために悪魔軍からわざわざ逃げ出してきたのだが……その話はまた今度にしよう。
せっかく楽しいことを考えているのに暗くなる。
最近やけに天使軍の皆と過ごすことが楽しくて、本来の目的を忘れてしまいそうになる。
「こんちわー。
なんかお菓子ないー?」
キルトが先に部屋に入り、菓子を要求する。
彼の後ろに続き、同じようなことを言うと、部屋にいたのは李玖とスノーだけだった。
「春樹、キルト、いいところにきたっちょね!
今から李玖が作ったタルトを食べるところだっちょ!」
「スノー!
それは内緒にしろって言っただろ!」
嬉々としてスノーがソファの上で跳び跳ねる。
李玖が渋い顔をするが、キルトは気にせず突入した。
ふふふ……タルト……とか言ってるのが聞こえた。
少し不気味だと思ったが、それは秘密だ。
ちなみにタルトはキルトの大好物だ。
本人によると、リンゴのが一番いいらしい。
それからタルトとキルトが似てる気がするのは気のせいだ。
「とりあえずそれをこっちに渡すんだ」
「待て春樹、一人で全部食べる気か」
「なんだかんだで春樹も糖分が足りないみたいだねー。
でもこれは僕がもらうよ?」
「あー、駄目っちょ!
それはあたいの分ー!」
「お前らは全員で分けるということを知らないのか!!!」
「「「知らない(っちょ)」」」
「最悪……」
声を揃えて言うあたり、案外俺たちは似た者同士なのかもしれない。
つーかタルト食べたい。
「あーもう!
今から俺が分けてくるからそこで座ってろ!
いいな!」
「「「はーい」」」
またもや声を揃えて俺たちは返事をして、キルトとソファに腰かける。
李玖はタルトの乗った皿を持ち上げて、この部屋に備え付けられているキッチンへと向かっていった。
そういや、回転椅子にはいつものだらけたおっさんがいない。
任務とも聞いていないし、どこへいったのだろう?
あの人はひっきーに近いからこの部屋からはあまり出ないはずだが。
にしても李玖の作ったタルトな……あいつ料理できたのか?
それともこれが初めて作ったやつとか?
だとしたら、俺たちはなかなか危険な場所に足を踏み入れてしまったんじゃ……
糖分が足りないからと、頭を回すのを止めるんじゃなかった。
「ほら、分けてきたぞ。
これでいいだろ」
李玖が皿を俺たちの前にそれぞれ置く。
見る限り、キレイに四等分されているようだ。
「リンゴ……!!」
「キルトはリンゴ好きっちょ?」
「もち!」
目の前に置かれたリンゴのタルトに、キルトのテンションがおかしくなる。
前から糖分足りなくなるとおかしくなるのは知っていたけど、好物を置かれると更におかしくなることが分かった。
「それじゃ、ありがたくいただきます」
「おう」
若干の不安を抱きつつ、ひとかけらを口に放り込む。
「……あ」
思わず声が出た。
普通に上手い。
そこらの下手なパティシエよりも、断然。
口の中に甘さが一気に広がったかと思いきや、さくっとした生地がなぜかその甘さを上手いこと押さえる。
また生地に口の中の水分を吸われることもない。
リンゴが常にそれを供給してくれる。
味からして、隠し味などがないシンプルな作りなのに、凄く美味しいと感じてしまう。
このままだと料理番組のリポーターになりかねない。
感想はここらでストップだ。
食べきらないとキルトに奪われる。
「うわぁ……おいしーっ」
キルトも、隣で昇天しそうな表情でタルトを頬張っていて、顔に満足と書いてあるのが見える。
それを見たらしい李玖が少し笑っていた。
スノーは李玖の隣ですでに完食している。
「李玖がこんなにお菓子作りが上手いとは思わなかった。
イメージ的に全くできないのかと思ってた」
「全くって、なかなか酷いな」
「でも春樹のいう李玖のイメージは正しいと思うっちょ。
皆そう思ってるっちょ」
「スノーまで」
「ま、あたいはお菓子作りの上手い李玖の方が好きだっちょ」
「!!!!」
時々発せられるスノーの爆弾発言に、李玖は顔を真っ赤に染めて俯く。
いつもながら凄いな。
恥ずかしげもなく、堂々と他人もいる前でこんなこと言えるって。
「……リア充は爆発しろ」
「止めろキルト、嫉妬はみっともないぞ」
「でもリア充は爆発すべきなんだ、春樹」
「いいから止めろって」
ちっ、とキルトは軽く舌打ちをして残りを食べる。
スノーが李玖の顔が真っ赤なことに気づいて、熱があるのかとおでこをくっつけたりしだしたが、嫉妬で死にそうになるので視界からカットする。
キルトに嫉妬はみっともないと言ったが、それは見せなければいいのだ。
俺だって、リア充は爆発すればいいとしょっちゅう思っている。
一口、また一口とタルトを口にいれる。
最後の一口を胃に入れたとき、何かが閃いた。
「この手があったか!」
「は、春樹?」
いきなり立ち上がってそう叫んだ俺に、キルトが少し冷たい視線を向けてくる。
キルトの視線などどうでもいい。
桜の誕生日に何をするか思い付いたのだから!
「ケーキだキルト!
自分で作ればいいんだ!」
「え、ケー……そうか!
春樹あったまいいー!!」
「……何の話っちょ?」
「同感だ、説明しろ」
糖分を摂取し終わったのにまだテンションが高い俺たちを、いちゃついていた二人が不思議そうに見る。
「……春樹、今お前何か変なこと考えなかったか?」
「それは気のせいだ。
いやーな、もうすぐ桜の誕生日じゃん?
今年はなにしよっかなーって悩んでた」
「なるほど。
……お前ケーキなんか作れんのか?」
「もち無理。
だからさー……」
俺は期待を込めた目で李玖を見つめる。
俺の意図に気づいたキルトも同じようにする。
李玖は俺とキルトを交互に見て、観念したようにため息をついた。
「……手伝うだけだぞ」
「いやったぁさすが李玖!」
「感謝するよー!」
「で、何のケーキを作るんだよ?」
「「……」」
困った、それはまだ考えてなかった。
それはキルトも同じようで、若干眉を寄せている。
「李玖李玖!
あれはどうっちょか?
あの、材料めんどくさいけど出来たらスッゴいおいしかったやつ!!」
不意にスノーがソファの上でバタバタしながら提案した。
李玖はあからさまに嫌そうな顔をする。
「げ、あれか。
出来ればもう二度と作りたくないんだが」
「えーあれおいしかったっちょよー。
絶対桜も喜ぶっちょ」
「そんなこと言って、自分が食べたいだけだろうが」
「だけどー!」
「その話、詳しく聞かせて」
桜が絶対喜ぶとか造作るしかないだろ。
そのケーキの中に桜の嫌いなものさえなければ!
李玖は更に嫌そうな顔をするがそれには構わずにスノーが話し始めた。
「えっと基本さくらんぼでできてたっちょ。
確かー、リデア高地に自生してるやつっちょ。
それで隠し味のスパイスがロミアンの希少種の実っちょ」
「うっは、確かに面倒だねー。
どうするの春樹?」
リデア高地は悪魔領と天使領のギリギリの境目にある高地で、いつ悪魔軍が出てもおかしくないし、そもそもそこにいる魔物が平均的に強い。
しかもそこにあるさくらんぼとは、確か大分奥に行かないと生えてなかったはずだ。
探すのは少し大変だろう。
逆にロミアンは店でも手に入れることのできる天上界のみに存在する果実だ。
しかし希少種となれば話は別。
ロミアンの希少種が自生しているところは数少ないのだ。
二つとも普通ならば探しに行かない。
だが!
桜の為なら!
俺は迷わず探しに行く!
なぜなら、さくらんぼは桜の好物だからだ!!!
「行く」
「おい、早まるな春樹。
さくらんぼで作るケーキなら他にもっと簡単なのが……」
「というわけで早速リデア高地に行くぞ!」
「「おーっ!」」
「誰か俺の話を聞いてくれ……」
頭を抱える李玖を横目に、俺とキルトとスノーは勢い良く部屋から飛び出した。
感想など、お待ちしています!