Extra.Ⅰ 残サレタ人
伝えなくちゃいけないことと、持ち主を追っての間あたりの話です。
和真の妹、由真が主役の話になります。
これから番外編はこちらに割り込み投稿するので、番外編更新情報は活動報告にてお知らせします。
赤い空。
かすかに見える星。
昔からずっと兄が好きだった光景だ。
風鈴の音が耳をくすぐる。
「由真ー。
降りてきなさい!!」
「はーい」
母の呼び声に、私は今はいない兄の部屋から飛び出すと階段を駆け降りる。
「今日の夕飯は何、お母さん?」
「今日はしゃぶしゃぶよ」
「お父さんは?」
「残業で帰ってこれないって」
「また残業?
最近多くない?」
私は軽く頬を膨らませながら、席に着く。
怒った時のくせで、自分で分かっているのに直せないものだ。
母は頬杖をついて同意した。
「そうね……」
本当に最近、父の残業は多い。
いつからかと聞かれれば、ちょうど兄が突然いなくなったころだ。
まるで自分の中の何かを誤魔化すように仕事に打ち込んでいる。
私の兄ーー飯塚和真は、8日前に急に姿を消した。
あの日の朝、兄は普通だった。
『おい由真、遅れるぞ。
友達に遅れるって言っといてやろうか?』
『うん。
お願い、お兄ちゃん』
『じゃ、いってきます』
『行ってらっしゃい』
あれが最後の会話。
普通過ぎて、夜兄が家に帰ってこなかった時に一切の感情をシャットアウトしてしまいそうになったくらいだった。
兄のケータイには繋がらない。
学校に連絡すると補修を終えてもう帰ったという。
何時まで待っても兄は帰ってこない。
その日は、寝ろと言われても不安で寝れなかった。
次の日、警察に連絡した。
学校に登校していないことを確認すると、警察は早速動きだしてくれた。
どうやら兄が消える前日に兄の親友の雄一君も行方不明になっていたそうだ。
警察はこの二つの事件に関連性がある、ということで捜査を進めている。
目撃情報から兄は商店街の中で、雄一君は自宅付近で居なくなっていると絞られた。
そしてどちらもーーデスライト現象が起こった時が最後の目撃情報だった。
デスライト現象にあったわけではない。
なら、誘拐なのかといわれるとそういう訳ではない。
何日もたっているが、うちの電話には何の連絡も無いからだ。
第一、兄には剣の師匠がいて兄自身もかなりの強さを誇っていたし、雄一君も雄一君で西洋舞踏を習っていた。
そんじょそこらの誘拐犯じゃこの二人は誘拐できない。
まず、どちらの家も裕福という訳ではないから誘拐ではない、ということだった。
この手の事件はサデリンの非劇から多数起こっているらしく、その被害者はかならず死体で発見されるらしい。
ある時は切り傷、ある時は弾痕、ある時は窒息死。
死体の死に方は様々ならしい。
「大丈夫。
和真は絶対生きてるよ」
父も母もそういうが、二人の眼には一筋の光すらも宿っていなかった。
だれも兄が生きているなんて思っていない。
だから私は信じなくちゃいけないんだ。
「ごちそうさま」
箸を置いて、立ち上がり、また二階へと行く。
せっかくの好物も味を感じなかった。
兄は表面上どこにでもいるような人で、ときたまぶっきらぼうだけど、私には優しかった。
集中している時と、サデリンの話をされた兄は怖い。
まるで、別人を見ているように。
優しい兄は好きだった。
でも怖い兄は本当に怖かった。
兄のクラスメイトには、いなくなってせいせいした、という人も少なくないだろう。
彼は誰かを守るために自分を犠牲にするタイプだから。
誰かを助ける度に不評を買う。
そんな兄に聞いてみたことがある。
それでいいのか、と。
兄は微笑を浮かべて言った。
「それで大切な物を守れるなら、俺はいくら嫌われたってかまわないよ」
「それで命を狙われたとしても?」
「もちろん」
私には無理な話だ。
崖っぷちに立ったら諦めるし、人の不評を買ってクラスに居場所がなくなるのはイヤだ。
大半の人がそうであると私は思っている。
リンリンリンリン……
部屋の時計が鳴り響く。
そう言えば修理にだしていた扇子を取りに行かなければ。
すっかり忘れてしまっていた。
私は日本舞踊を習っている。
そこで使っていた長年愛用していた私の扇子がこの間ふとした拍子に壊れてしまったのだ。
「いってきます」
母にそう告げて家を出る。
もうすぐ閉まりそうだけれども、この距離なら間に合うだろう。
.├*┤.
生まれ変わったように綺麗になった扇子を見て私は満足げにうなずく。
まだまだ私の相棒でいてくれるようだ。
「和真?
どうかしましたか?」
聞いたことのない綺麗な女の人の声が耳に入る。
その声は今はいないはずの兄の名前を呼んでいた。
まさかーー
頭を振ってその考えを振り払う。
だいたい、何故兄が女の人と一緒にいるのだ。
しかも大人っぽかったし。
そう思いながら家の門をくぐる。
「いや、なんでもない」
だれかが答える。
そう言った声は兄の物。
顔を上げるとそこには見慣れた兄の後ろ姿があった。
「………お兄ちゃん?」
「由真………」
振り返る兄に私は容赦なく飛びつく。
本当に帰ってきてくれたと、その時は本気でそう思っていた。
「……悪い。
父さんと母さん、斗真にもよろしく頼む」
兄はまた去って行った。
女の人がごく普通にその後を追う。
彼女は門を通り抜ける前にこちらを振り向く。
私を見たその目には、憐みしか映っていなかった。
両親には兄に会ったことは伝えていない。
もちろん双子の兄ーー斗真にもだ。
まず、彼は兄がいなくなったことすら知らないのだから。
主がいなくなった部屋には、今日も風鈴の音だけが響く。
ーー私は、一体いつまで待てばいいの?
兄のそばにいられる、あの女の人に少し嫉妬の念を抱きながら、今日も時間は過ぎていく。
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