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勇者は二人いるようです。

勇者はすでに絶命したようですが。

作者: 九条 隼



勇者はすでに絶命したようです。


――ですがどうやら……。

――今になってはもう昔のことです。

 この世界は、三つに分かれていました。人族が暮らす国。魔族が暮らす魔城。動物が暮らす森。

 人族と魔族の間にある森のおかげで、世界は平穏にくらしてきました。


 しかしある時、森の王である魔女の力が弱まってきたことにより三つの関係は崩れてしまいます。



 人族と魔族の緩和の役割をしていた魔女が弱り、さらには新たな魔王が現れると、魔族は一気に力を付けはじめました。

そして、魔族は人族の国へと現れるようになり、次々と殺戮を繰り返しはじめたのです。

 活気があった町は荒らされ、親を失った子は餓死していきます。街は廃れ、人々は生きる希望を失いかけていました。

 どうするべきか。王は苦悩します。いくら騎士団を派遣しても数が足りません。農民も死んでいくために食糧すら不十分です。人王は悩み続けました。

 しかしそんな時一筋の光がこの世界にさしました。なんと――二人の勇者が、現れたのです。


 一人は、金の髪を持つ勇敢な少年。もう一人は、黒の髪を持つ聡明な少年。

 巫女によって呼び寄せられた二人の勇者は、この世界を救うためにと立ち上がったのです。

 それを知った人王は、当時不敗と名高かった騎士に彼らの力になるようにと言いました。騎士は快く引き受け、二人の勇者と巫女に協力したのでした。


 国から出た彼らは現れる魔族たちに苦戦しながらも力を蓄えていきます。

 そんなある日のことです。彼らの前に、一人の美麗しい女性が現れました。

 彼女は言います。

 どうか、私の弟子をあなた方の旅に連れて行って欲しいと。


 彼女は、魔力の弱まってしまった魔女でした。

 勇者たちが魔女の後に続くと、そこには小さな小屋がありました。


 はじめまして。

 現れた少女は、愛くるしい容姿をしていました。そして、吸い込まれそうなほどきれいな黒い目を持っていました。

 魔女は言います。


 どうか、あの子を元の世界にかえしてやって欲しいと。

 魔女の真摯な頼みを聞いて、彼らは魔女の弟子を新たに仲間に加えたのでした。



――そこは、廃墟のような場所でした。

 魔城。魔族の住みかです。

 ひび割れ、蜘蛛に巣食われたそこは薄暗くじめじめとしました。彼らは警戒しながらも上へ上へと向かいます。

 次々現れる魔族は今までの比じゃないほど強く、彼らは城の頂上に着くころにはもうぼろぼろになってしまいました。

 しかし、彼らは戦います。

 自分たちが、生き残るために。



 ある、立派な扉の前。

 漆黒の扉は恐ろしく重く、彼らはぴんと張り詰めたような空気の中、それを押しました。

 ぎぎぎ、と。扉は音を立てます。

 そこにいたのは、恐ろしい形相をした魔王でした。



――これは、嘘交じりの歴史書にも絵本にもない本当のお話。



 **絶命勇者**



「……嘘でしょう?」

 わなわなとふるえる巫女に、黒の髪の勇者は首を振った。

 金の髪の勇者、尚〈なお〉。黒の髪の勇者、飛砂〈ひさ〉。優秀な巫女、リデア。不敗の騎士、ライド。魔女の弟子、柚木〈ゆのき〉。

 魔王を倒した勇者一行である。

「そんな――だって飛砂は、生きてるじゃないか」

 困惑する金の髪の勇者は、震える声でそう言った。

 しかし、黒の髪の勇者は気にせず首を振り、答えた。


「生きてない。僕は、この世界に来る前に病で死んだんだ」



 誰もが信じられないというように首を振る中、黒の髪の勇者はふと魔女の弟子を見つめた。

 思わず触れたくなる程愛くるしい顔をしたその少女。絶世と称してもいいほどの彼女は、やはり変わらず無表情だった。

 ぴくりとも表情を変えないのは、一体何のせいなのか。すでに死んでしまった彼がその理由をしることはもうないのかもしれない。

「驚かないの?」

「ありえないことでは、ないでしょうから」

 そっか、と黒の髪の勇者は仄かに笑う。そして、彼女の隣にいる顔を歪め涙を浮かべた巫女に苦笑した。


「きっと僕は、焼け焦げた魔王と同じ末路を辿るだろう。……笑えない冗談だけど、それでも僕は君たちと出会えてよかった。君たちと過ごせてよかった」

 酷く優しい彼の表情に、巫女も騎士も何も言えなかった。ただ一人、金の髪の勇者だけが納得できないとばかりに睨みつけた。

「なんでだよ、……それでも、リデアさんに向こうに帰してもらうっていうのか」

 怒りを抑えたからか震える声に、黒の髪の勇者は頷いた。

「むこうに帰してもらうっていうのはつまり、死ぬっていうことだ。けど、きっとそれが正しいことだろ」

「死ぬことが、正しいって言いたいのか!」

 声を荒げ、金の髪の勇者は黒の髪の勇者の胸倉をつかんだ。

 今まで見たことのない姿に、彼らはあっけにとられた。

「飛砂はまだやりたいことがあるんだろ? なのになんで諦めるんだよ」

 勇者たちの故郷とは違い複雑な着物により首を絞められながらも、黒の髪の勇者は答える。

「諦めるんじゃない、受け入れるんだよ」

「そんなの……屁理屈だろ! 死ぬってこと、わかってんのか」

 にじむ涙に、金の髪の勇者は奥歯をかみしめた。魔女の弟子や巫女によって回復の手助けをしてもらった傷は、もう開きかけていた。

 けれど、痛む傷も何もかも、金の髪の勇者にとって気にすることではなかった。

 なによりも、黒の髪の勇者がいったその言葉が、気に入らなかったのだ。

「死ぬことくらい知ってる。事実、僕は死んだんだから」

「死んでない! いまこうして俺達といるんだから、生きてるに決まってるだろう」

 荒くなっていく息に、魔女の弟子が二人を引き離した。

 突き飛ばすという安易すぎる方法のおかげで少し頭の冷えたらしい勇者たちは小さくため息をついた。


「なんで尚がそんなに叫ぶんだよ……」

「お前が死にたいって言うからだ」

「言ってねえよ」

「似たようなものだろ!」

 尻もちをつきながらも二人は言いあった。

「ちょっと、黙ってください。傷に響きます」

 眉をひそめる魔女の弟子に、騎士の口元が引きつる。

 そんな様子をちらりと横目にしながら、魔女の弟子は巫女を見た。そこにはやはり、この現状に震え悲しむ幼い少女がいる。

「わたくしも、わたくしも……飛砂さまのいうことには賛成しかねますっ」

 涙を流しながら、震える声で巫女は悲痛に叫ぶ。

 あっけにとられ振り向いた勇者たちは巫女を見つめた。

「飛砂さまは、飛砂さまは何の為に戦ってこられたのですか。人々を守ってくださったのではありませんか」

 ぼろぼろと、涙は止まらなかった。

 それでも巫女はふらふらと頼りなく黒の髪の勇者に近づいた。

「わたくしは、飛砂さまに生きていただきたいです。飛砂さまが向こうで死んでしまったというのならば、此処で生きればいいではありませんか。なぜ死に行くようなことをおっしゃるのですか」

 嗚咽を押さえ込む姿は、酷く痛ましかった。

 幼い少女は、今までで一番小さく見えた。しかし、黒の髪の勇者は慰めず冷静を装って答える。


「死に行くんじゃないよ。帰るべき場所に、帰るんだ」

「それが、死ぬのと同じことでもですか」

「そうだよ。僕の帰る場所は、あそこだ。たとえ死んだとしても僕はあそこに帰りたいんだよ」

 死から逃げるのは嫌なのだと、黒の髪の勇者は渋顔をした。

 自分が自分の運命を受け入れるのは、きっと義務なのだ。だから、勇者としてここに残るのはずるいことだと小さく唇をかむ。

「死にたくないって思うのは、幸せになりたいって思うのは当然だろ? なんで飛砂は、言わないんだよ。なんで縋り付かないんだよ」

 金の髪の勇者は、黒の髪の勇者をにらみつけた。

 しかし、黒の髪の勇者は何も言わずにただ顔をそむけた。少しだけ、その目が怖く思った。

 かつん、と。騎士が起き上がり、一歩一歩黒の髪の勇者に近寄った。

「……なんですか?」

 首を傾げる黒の髪の勇者に、騎士は進み続ける。

 治療のためかよけられた鎧のおかげで軽いらしく、いつもより軽い足取りだった。

 しかし、黒の髪の勇者はその一歩一歩に嫌な予感がした。


「……っ」

 がつんという音と共に彼は吹っ飛ばされていた。

 遠くで魔女の弟子の咎めるような声がした気もするが、黒の髪の勇者はそれどころではなかった。

 ぐらぐらと揺れる頭にちかちかとする目。今ので確実に傷が開いただろうと彼は眉をひそめた。

「なにするんですか」

 睨みつけられた騎士は静かに彼を見返した。

「私は、今までいろんな人間を見てきました」

 黒の髪の勇者を見つめながらも、騎士は続ける。

「死にたくなくても死んでいった人間、死にたくて死んだ人間。魔物に襲われ死んだ人間。病で死んだ人間。人に殺された人間。その誰も彼もが、最期は涙を流していました」

 ぴくりと黒の髪の勇者の片眉があがった。

「たしかに、死んでしまうのは生きている以上仕方ないことかもしれません。しかし、それを望んでいたはずの人間ですら本当は死を恐れていました。早く死ねば哀しく、長く生きれば未練が残る。だから、私は騎士になりました。護りたいと思った……それが、私の戦う理由です。しかし、己が死んでは意味がない。生きろと言っておきながら自分が死ぬなんて、それはきっと裏切りでした」

 厳かに、彼は目を閉じた。

「あなたは私に生きろと言いました。あの時。森で死にかけた私はただの荷物でしたから死ぬことは必然なのかもしれないと思っていました。けれど、貴方は生きろとおっしゃった。……そのあなたが、どうして自ら死に行くのです? 人々を護ってくださった、救ってくださったあなたがどうして死に行くのですか。……全てを、裏切るおつもりなのですか?」

 騎士は、薄く眼を開け顔を伏せた。そして、ゆっくりと片膝をつく。

「帰ることは、たしかに安心すべきことかもしれません。此処に残るというのは、たしかに死から逃げることかも知れません。けれどあなたは、心から、死にたいと思っておられるのですか?」

 知っていたのだと、騎士は小さくぼやいた。

「本当は、知っていたんです。あなたがずっと何かに悩んでいたこと。そして、いつも本心を隠して事実と嘘だけを言っていたこと。現状は言っても本心は、ずっと言わなかった」

 貴方は、本心を言うのが恐ろしいだけなのではないですかと。

 騎士は慣れないように笑みを浮かべた。

 不格好な笑みが何だか可笑しくて、黒の髪の勇者は泣き笑いを浮かべる。


「申し訳ありません、飛砂さま。それに、尚さま」

 騎士は、呟いた。

 小さな声のはずなのに、それは嫌に響いた。


「私たちの都合で、あなたがたを巻き込んでしまった。血濡れてなかったその手を、赤く染めさせてしまった」

 厳かな、そしてどこか崇高な様子に二人は黙り込む。

 騎士は目を閉じて、何かに堪えるように続ける。

「けれど、私はあなたがたに会えてよかったと思います。自分勝手なしがらみに縛られていた私をあなた方が救ってくださった。絶望していた人々にあなた方が希望を与えてくださった。あなた方がこちらに来てくださったことに、私は感謝しています。だから、あなた方に後悔してほしくないのです。本心をおっしゃってください。あなたは、死にたいのですか? それとも……生きたいのですか?」

 黒の髪の勇者も、金の髪の勇者も何も言わなかった。

 何秒、それとも何分経ったのか。誰も分からなかった。

 ただ、一時が酷く長く感じた。


 肩を震わせた黒の髪の勇者は、ぽつりとこぼした。

「……らしくないですね」

 泣き笑いを浮かべたままの黒の髪の勇者に、騎士は苦笑した。

 困ったようなその顔は、どこかで見たことがある気がした。そして、思い当たる。


 ああ、そうか。あのとき。あの時だ。

 子どもに泣かれて、どうしようと困りきっていた時だ。

 思い出したらなんだかおかしくなって、黒の髪の勇者は笑った。

「……変なの。まさかライドさんに説得されるとは思わなかった」

「哲学は、苦手なのですが」

「うん、はちゃめちゃだったよ」

 くすりと黒の髪の勇者は笑う。


「あ、笑った」

 思わずと言った様子で言った金の髪の勇者に、黒の髪の勇者は首をかしげた。


「この世界に来て初めて、笑ったな」

 ヘらりと笑った金の髪の勇者に、苦笑した。




「そう……そうかも知れないね。それどころか、前の世界から今までで初めて笑ったよ」

 ぽつりと、白状するように彼は言った。

 そして、ばたりと仰向けに倒れて目を瞑る。




「ごめん……情けないけど、やっぱり生きてたいかもしれない」

 曖昧な言い回しが彼らしくて、巫女はちいさく笑った。


「はい、生きていてください」

 それを言ったのは誰なのか。

 今となっては、それも分からない。





 しかし確かなのは、その後黒の髪の勇者はこの世界に残った事。

 そして、幸せな家庭を築き暮らしているということだ。



  ****




「――以上、勇者御一行のお話でした」

 小さく笑いながら言った父親に、アオバは唇を尖らせた。

「もうっ何だよ父さん! 黒の勇者だとか金の勇者だとか、さっぱりだ。わけがわからないよ!」

 ばしばしと叩く息子をみて、彼は笑った。





「それに、最初から最後まで教科書の内容とは全然違うじゃないか!」





――少年は知らない。

 彼の父親がその黒の髪の勇者だったということを。

 そして、父親の話が本当のことだったということを。


 きっと、彼がそれを知るのはずっと先の話。


「まったく、父さんはいつも嘘ばかりなんだから!!」

「そう怒るなって。僕が悪かったからさ」

「あーっ。もう、また僕って言った! 情けないだろ、俺って言ってよ」

 くすくすと笑う父親もまた、知らない。


 彼の魔女の弟子が人知れず、とある少年のおかげで感情を思い出せたことを。

 彼の黒髪の勇者が、最愛の人を見つけアタックしている真っ最中だということを。





――それは、歴史書にも絵本にも載っていない、彼らのお話。


「もう、母さーんっ。父さんがまた嘘ついたー! しかも今回のはなし、良く分かんねえしっ」

 けれど、彼の話は嘘は、未だ終わらないらしい。





――ですがどうやら、未だ生きることを欲しているようです。

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