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死霊術師な偽聖女は、勇者がゾンビ化している事を隠したい  作者: 二島由紀夫


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第四話 バイオハザード

 魔王軍第四軍団長、影殺のカゲヒソミーノは、魔王討伐のため、ついに編成されたとされる勇者たち一行を、物陰から凝視していた。


「ククク……来たな、王国の愚かな勇者どもめ」


 カゲヒソミーノは暗殺の天才である。

 無音の足足、気配の遮断、そして塗られた毒の刃。いかに強力な冒険者であろうと、不意を突き、急所を一突きすれば容易く命を奪える。それが彼の誇りであり、これまで数多の英雄を葬ってきた絶対の自負であった。

 今回の彼の狙いは、王宮で奇跡の大聖女と噂される銀髪の幼女——レノであった。


「あの幼女さえ殺せば、回復役を失った勇者などただの肉塊……ん?」


 狙いを定めるカゲヒソミーノの額に、ふと冷や汗が浮かぶ。

 勇者パーティの進軍風景があまりにも異常だったからだ。


 高濃度毒沼。魔力の溜まりやすいエリアに出現する、瘴気による汚染。


 皮膚に一滴触れただけで肉が爛れ、数秒で骨まで溶かすという恐ろしい紫色の劇薬の池。そこを、勇者レイモンドは爽やかな笑顔でバシャバシャと音を立てて歩いていた。


「ハハハ! 今日も毒沼の風が心地いいなガーランド!」

「おう! 昔は毒沼に入ると足の肉が削れて痛かったもんだが、聖女様の《《祝福》》を受けてからはなんだかぬるま湯に入ってる気分だぜ!」

「ええ! お肌の角質もしっかり取れて、ツルツルになる気がしますわ!」


 魔法使いのルナまで、毒沼の液体を手で掬って顔にパシャパシャと当てている。


(な……なにを言っているのだあいつらは……!?)


 暗闇で潜伏していたカゲヒソミーノは、己の目を二度擦った。

 角質どころか生命そのものを奪う毒沼で温泉気分を味わう人間がどこにいる。正気か?


「ふふっ……みなさん、お元気で何よりですわ」


 勇者たちの後ろから、白い修道服を着た少女が、笑顔でトコトコとついてくる。


(なるほど……あの幼女の神聖魔力が常時展開され、毒を完全に無効化しているのか! なんという恐ろしい神聖障壁……! だが、どれほど強力な防護魔法も、意識の外からの不意打ちならば防げまい!)


 カゲヒソミーノは口元を歪め、影へと身を溶かした。

 暗殺者の本能が囁く。まずは調子に乗っている勇者の喉笛を掻き切り、大聖女に絶望を与えてやるのだと。


 無音。気配ゼロ。

 カゲヒソミーノは疾風のごとき速度でレイモンドの背後に跳躍した。


(死ね、勇者! 秘技——『心臓穿ち』!!)


 ドスッ!!


 漆黒の毒塗りの短剣が、レイモンドの背中から肋骨を叩き割り、胸の真ん中をブスリと突き破った。刃先が前胸部から飛び出し、赤黒い液体がほんの少しだけ滴る。

 完璧な一撃。心臓を直接破砕した確固たる手応え。


「ククク……ハハハ! 終わりだ勇者! お前の心臓は今、跡形もなく破裂し——」


 カゲヒソミーノが勝利の確信とともに高笑いを上げかけた、その時だった。


「ん? なんだ?」


 レイモンドが、胸から飛び出た短剣の刃先を不思議そうに見下ろしながら、首をコトリと横に傾げた。

 そして次の瞬間。


 メキメキメキッ!!


「ひ……っ!?」


 カゲヒソミーノの喉から、カエルの潰れたような奇声が漏れた。

 レイモンドの首が、人間の可動域を完全に無視して、真後ろへぐるりと百八十度回転したのだ。真後ろに立つカゲヒソミーノと、正面から目が合う。


「おいおい、急に背中から刺すなよ。服に穴があくだろ。これ、聖女様に夜なべして縫ってもらったお気に入りの服なんだぜぇ?」

「な……に……? なぜ……喋っている……!?」

「何って、お前が刺してきたから文句言ってるんだよ」

「心臓だぞ!? 心臓を穿たれたのだぞ! お前はぁぁぁ!!」

「心臓? そんなもん、聖女様に掛かればかすり傷みたいなものだよ」


 レイモンドは爽やかなイケメンスマイルを浮かべると、胸に刺さった短剣の柄を掴み、ズブズブズブと音を立てて自分の体から引き抜いた。

 そして「はい、返すよ」と、カゲヒソミーノに短剣を突き返してきた。


「ひ、ひぃぃぃぃっ!?」


 カゲヒソミーノは悲鳴を上げて後ろへ跳び退いた。

 なんだこいつは。心臓が止まっている? 息をしていない? 痛覚がない?

 そんなものは人間ではない。ただの動く死体——アンデッドだ!


「おい、どうしたガーランド! 敵だぞ!」

「おう! 任せろレイモンド! 俺の威風堂々たる斧捌きを見せてやる!」


 斧を担いだ巨漢ガーランドが躍り出てくる。

 カゲヒソミーノは半狂乱になりながら、暗殺者としての本能だけで短剣を振るった。


「来んなバケモノぉぉぉっ!!」


 ドスッ! バキッ!


 カゲヒソミーノの短剣が、ガーランドの首筋を的確に捉え、その首を綺麗に刎ね飛ばした。

 コロコロコロ……と、ガーランドの生首がダンジョンの床を転がっていく。


(勝った! 首を斬り落とせば流石に——)


「あー、最悪だ。目が回る……おいレイモンド、俺の体どこ行った?」

「おおガーランド、お前の体ならあっちでウロウロしてるぞ。ほら、首を探して手が空を切ってる」

「マジか。おい俺の胴体! こっちだこっち! ちょっと右! そうそう、そのまま首を拾ってくれ!」


 首だけのガーランドが転がりながら喋り、首を失った胴体が盲導犬を探す飼い主のように手をワキワキさせながら首を拾いに歩いていく。

 そして、拾い上げた自分の首を、まるで帽子でも被るかのように首の切断面にポンと乗せた。


「ふぅ、助かったぜレイモンド。いやぁ、首が取れると力が入らんくなっていかんな!」

「ハハハ  気をつけろよガーランド、首は大事なパーツなんだからな!」


「「ガハハハハ!」」


 笑い合う二人の死体。

 カゲヒソミーノの脳内で、何かが音を立てて弾け飛んだ。


「狂ってる……狂ってる狂ってる狂ってる!!」


 カゲヒソミーノは叫びながら、今度は魔法使いの少女ルナへ向かって突進した。


「死ね! 死んでくれ頼むからぁぁぁ!!」


 短剣がルナの細い腰を真横に一閃する。

 切断されたルナの上下半身が、ズリルとズレて床に落ちた。


「きゃあ! 何するの!? 新品のスカートが台無しじゃないの!」


 上半身だけになったルナが、腕立て伏せの要領で上半身を起こし、猛スピードで匍匐前進しながらカゲヒソミーノの足首をガシッと掴んだ。


「ちょっとアンタ! 弁償しなさいよ!!」

「うああああああっ!? 離せ! 離してくれぇぇぇぇっ!!」


 足首を死体の上半身に掴まれたカゲヒソミーノは、恐怖のあまり泣き叫んだ。

 これは戦闘ではない。地獄の拷問だ。

 心臓を刺しても笑い、首を斬っても自分で拾ってハメ直し、胴体を切断されても上半身だけで追っかけてくる。

 どんな悪魔の召喚術でも、こんな理不尽な怪奇現象は起こり得ない。


 ガクガクと膝を震わせ、半狂乱でルナの手を振り払ったカゲヒソミーノの視界に、ふと、列の後方で静かにたたずむ少女の姿が映った。


 銀髪の小柄な少女——大聖女レノ。


 彼女は、慈愛に満ちた笑顔を浮かべ、そっと手を胸の前で組んでいた。

 その瞳は、まるで路傍の石ころでも見るかのように冷ややかにカゲヒソミーノを見つめている。


「……みなさん、怪我はダメですよ? すぐに治してあげますからね」


 レノが小さく呟き、細い手をかざす。


 ブワァァァァァッ!!


 その瞬間、カゲヒソミーノの全身の産毛が逆立った。

 少女の手から解き放たれたのは、眩いばかりの黄金の光——のはずだった。

 しかし、暗殺者として研ぎ澄まされたカゲヒソミーノの感覚は、その光の奥底に潜む本質を看破する。


(ひ……ひぃぃぃぃぃぃっ!?)


 光の皮を被った、おどろおどろしい暗黒の魔力。

 それは、死者を冥府から引きずり戻し、肉体を歪に繋ぎ合わせ、魂を無理やり肉の檻に縛り付ける——狂気と執念の死霊術、ネクロマンシーそのものだった。


 バチバチバチッ!


 黄金の光の中で、首を乗せただけだったガーランドが闇の糸で縫い合わされ、真ん中から切れていたルナの下半身がスパンと吸い寄せられるように接合されたのがはっきりと見える。


「わぁ、すごーい! 傷跡一つ残ってないわ! さすが聖女様!」

「おう! 首のぐらつきも無くなったぜ! 聖女様のヒールは世界一だな!」


 何事もなかったかのように立ち上がり、ハイタッチを交わす死体たち。

 そして、その死体たちを背景に、可憐な少女は静かに微笑んでいた。


(あ……あいつだ……!!)


 カゲヒソミーノの脳裏に、すべての真相が閃いた。


 あの勇者たちは、とっくの昔に死んでいるのだ。

 あの凶悪な暗黒属性の幼女によって殺され(※誤解)、死体として錬成され、自我を奪われたことにすら気づかされず、永遠に戦わされる動く人形と化しているのだ!


「命を……命を何だと思っていやがるんだこの悪魔ぁぁぁぁぁっ!!」


 死者を冒涜し、死の安らぎすら奪い、笑顔で死体を踊らせる最悪のネクロマンサー。

 それこそが大聖女レノの正体!


「助けて魔王様ぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 カゲヒソミーノはもはや暗殺どころではなく、鼻水と涙を撒き散らしながら、脱兎のごとく魔王城へ逃げ出した。

 一刻も早く魔王城へ帰り、この世の終わりようなバケモノが人間に味方していることを伝えなければならない!


「……? あの魔物、急に走って逃げちゃいましたね?」


 遠ざかるカゲヒソミーノの悲鳴を聞きながら、レノは能天気に首をかしげた。


(……ふぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!  助かったぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!)


 レノは心の中で膝から崩れ落ちていた。

 背中には滝のような冷や汗が流れている。


 急に現れたと思ったら、勇者たちをめちゃくちゃに引き裂き、何故か逃げ帰っていった。怖すぎる。何だったんだよアレは。


 チラリと仲間たちを見る。


「よし、障害は去ったな! 聖女様、このまま魔王をぶっ殺して、英雄として王都に帰還しようぜ!」

「ええ! 聖女様のヒールがあれば、私たちは不老不死も同然ですものね!」

「ガハハ! どんな攻撃も聖女様が元通りにしてくれる! レノ様がいる限り俺たちは無敵だ!」


 気が早すぎだろ。

 心拍数ゼロの勇者たちが、実に晴れやかな笑顔で拳を突き上げている。


 なお、元通りにしているのではなく、死体錬成で体を修復させているだけである。

 もっと言えば不老不死ではなく、既に死んでいるだけだ。


 バレたら即処刑。

 成仏されても即処刑。


「え、えっと。一回帰りませんか……? ほら、私おなかすいちゃって……」


 本当にこのまま魔王城まで進みかねない勢いだったので、適当に言い訳を並べてみる。

 と。


「それなら、俺いい店知ってますよ! 裏路地の居酒屋で、」

「それ、アンタが酒飲みたいだけでしょ!」


 乗り気になってくれたみたいだった。レノは内心で胸をなでおろす。こいつらといたら、心臓がいくらあっても持たなそうだ。

 まあ、こいつらには心臓が無いのだが。

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