後編 白死病
白死病が出現して3日目
グレーおばあちゃんが亡くなった。
原因は寿命死か白死病か分からない。だが、それによって白死病は死ぬ可能性があるということが分かる。
そして、次々と記憶を無くしていく町の人達。
絶望の状況が続いた。
ミラーはというと
「グレーおばあちゃんのこと!覚えてない!?」
リーボイスは必死にミラーに聞いていた。だが、ミラーはこう答える。
「誰?」
「忘れちゃったの?ミラーまで…白死病に……」
リーボイスはぽたぽたと涙を流した。涙が流れるリーボイスの目つきはまだ絶望しておらず、対抗するような目つきだった。
「”魔女が命ずる”」
「Respond!(リスポンド)」
治って!!
「何?お姉ちゃん誰?」
「Respond!(リスポンド)」
「何してるの?怖い…」
治って治って治って!!!!
必死に何度も唱えるが、ミラーの記憶は戻らない。
「もうやめるんだ…」
メルクスが止めると、リーボイスは歯を食いしばって
「だって!!!ミラーはおばあちゃんが亡くなったこともしれないのよ!?」
叫ぶリーボイスをメルクスは落ち着かせる。
「落ち着け!治す方法を僕たちで見つけるんだ。」
「……本当に…そんな方法見つかるのかな?」
メルクスとベネットは、頭を抱えていた。
「かかるのは大人だけじゃなくて僕たち子どももかかるのか?」
「死者が出た以上…もう三人でこの町を出た方がいい。」
ベネットはそれをメルクスに提案する。
一方、町の人達
「ゴホッゴホッ!!」
「彼女の…あの魔女のせいだ!!」
咳きを込みながら叫ぶのは、いつも優しかったルーデリックだった。
「そんなわけないだろう?よく考えろ!!」
それを止めるのはローゼン。
「お前こそ考えろ!あの魔女が来る前はこんなことになったことはない!!これはあの魔女が悪意で持ち込んだ疫病だ!!それに、お前の妻も他人の記憶を無くしているんだろう!?だから、お前は今正気じゃない!」
「俺は正気だ!」
ローゼンの言葉を聞かずにルーデリックは話を続ける。
「昔、俺の妻は魔女によって殺された!!やっぱり魔女は信用出来ない!!!!」
「けど、彼女はこの町を豊かにした。そんな魔女じゃないって本当はわかってるだろう?」
「なっ?テメス」
ローゼンが後ろを向くとテメスは驚くべき発言をする。
「テメスって誰?というか」
「”私って誰?”」
「嘘だろ…テメス?」
ローゼンは膝を着いて、テメスの肩を掴む。
これまで、他人のことを忘れることはあったが、自分のことを忘れる人はいなかった。
「お前はテメスだ!!俺の愛する妻だ!!」
「………」
何も響かなかった様子で、ぼーっとするテメス。その様子を見て、ローゼンは下を向いて泣き出す。
「いつもみたいに…俺を小突いてくれよ…」
ルーデリックは、その横を通り過ぎて、町の人達に魔女は敵だと言うことを伝えて行く。
しばらくして、ローゼンはピタッと涙が止まる。
「…?この人は誰だ?」
テメスの肩をから手を離して、ローゼンは呆然としていた。
ルーデリックが町に行くと、他人の記憶を無くしている人で溢れかえっていた。
「この疫病は魔女のせいだ!!」
そう言えば、記憶を無くした人は簡単にルーデリックの言葉を信じる。さらに、身近に記憶を無くした人がいて、悲しんでいた人たちも原因を突き止めようとしていた矢先、ルーデリックの言葉が入ってくれば、それにすがろうと、それを信じる。
そして、瞬く間に魔女、リーボイスに対する敵対視が広まっていった。
白死病が発生して4日目
早朝
メルクスは覚悟を決めた。
「ベネットさんの言う通り、今すぐ町を出よう。」
「魔女に対する不満がリーボイスの耳に入る前に。」
昨日の夜、ルーデリックが行動を移したことにより、メルクスとベネットは、リーボイスを絶対に部屋から出さないようにしていた。
「わかった。」
「起きてるか?リーボイス!」
メルクスがリーボイスの部屋を開けると、早速リーボイスは怒ってくる。
「閉じ込めるってどういうこと!?」
「ごめんリーボイス。今は時間が無いんだ。今すぐ町を出る。」
外に人がいない時に、急いでベネットの馬車へ移動する。
「おい!メルクスどういうことだ!?食料が明らかに二人分しかないんだが?」
メルクスとリーボイスの姿を視認したベネットがメルクスを問い詰める。
「メルクス、何か隠していない?」
リーボイスは、メルクスの様子がおかしいことに気づいていた。
かなり前から─────
「何が?」
「何がって…体調のこと。」
一瞬、口を開けたままになるメルクスだが、すぐに口角をあげる。
「魔女はなんでもわかるんだな…」
「そうよ、魔女にはお見通しなんだから」
「最近夏なのに寒いんだ。それに…なんだか忘れっぽい」
メルクスは平気そうな顔をしているが、手は震えている。
紛れもない、白死病の症状だ。
ベネットは口を開けたまま動かない。
やっと絡まった糸が解けたからだ。
子どもはかからないんじゃない。
俺は交易で町を離れていた。
リーボイスは途中で町に住み始めた。
ミラーの年齢は8歳。俺が交易で町を出たのは3年前。
つまり、俺とリーボイスがかかっていないということは、俺が交易で町に出た時から、リーボイスが町に来たまでの間に、既に町でこの白死病は蔓延していた。
おそらく、白死病は毒のようにじっくりと症状が進行するだろう。
一方、リーボイスは───────
「そんなことだろうと思ってたわよ。」
「ほら、ベネットさんもメルクスも早く馬車に乗って!」
馬車に乗りながらリーボイスはそう言う。
「聞いていたか?僕は白死病にかかってるんだぞ?一緒に行けるわけない!記憶が無くなれば足手まといだ!!」
「記憶を無くしても、私も守ってくれるんでしょ?」
その言葉を聞いて、メルクスはむっとする。
「見たのか?あの日記を…」
「見たよ…」
部屋に閉じ込められた時に、リーボイスは、メルクスの日記を見た。
それは、リーボイスがメルクスの夢を聞いた時の日の日記。
おばあちゃんは医師だった。だから僕もそんなおばあちゃんの姿に憧れて医師になりたかった。でも、それは仮初な夢だった。けれど、同じ夢を諦めたベネットさんがその夢を僕に託してくれた。仮初な夢が現実的な夢へと生まれ変わった気がする。
リーボイスは僕の夢をまっすぐな目で応援してくれた。彼女は本当に優しい。それに、一緒にいて安心する。彼女にもう”あの”ような思いはさせたくない。
”日記を見ている僕”へ”僕”が”記憶”を”無くしていたら”これだけはしなくてはいけない。彼女を…リーボイスを守れ。
日記を手に持って訴えるリーボイス。
「どうなのメルクス?私を守るためについてきてよ。」
「……無理だ。」
「ベネットさん…頼む。」
ベネットは、すぐに馬車を出す。
「”魔女が命ずる”」
リーボイスが魔法で馬を止めようとするが、
メルクスの覚悟と、安心したような目を見て……リーボイスは泣きながら口を閉じた。
町の出口まで来ると、多くの人々がいた。ベネットが馬車を止めて、話を聞きに行くと
「通してくれ!」
「危険な疫病が蔓延しているこの町は封鎖する。この町の住民はこの町から出てはいけない。」
「そんな…一体誰が外に伝えたんだ?」
「俺だよ…」
ニヤリとした顔をしながら歩いてくるのは、ルーデリックだった。
「ルーデリックさん?」
「白死病は予想外だったが、それを利用してようやくこの町で魔女の悪い噂を広めることができた。」
「何を言って!?」
ベネットがルーデリックに詰め寄ると
「復讐だよ!俺の妻を殺した魔女へのな。リーボイス。」
リーボイスの名を言って、馬車に乗っているリーボイスを指さす。
「君が燃やした村には俺の妻が住んでいたんだ。情報を知った時、俺は絶望した。」
昔から妻と違う場所で暮らしていた俺は、妻の情報を知れるように、外の村や町とは情報を交換しあっていた。
ある日、俺の妻が住んでいた村が魔女によって焼け野原になったという情報が来た。
その後は、生き残った魔女は転々と南の村や町で姿を現したという情報。
そして、その魔女は俺の町に姿を現した。
「運命だと思った!復讐しろと神様が言っているんだろうと!!!」
「時期にメルクスは、お前を忘れる。そうすればお前の居場所は無くなるんだよ!!けれど、この町からは出られない。生き地獄だろう!?」
最低だ…こいつ。
「クソ野郎が!!!」
ベネットは、話を聞いて沸点に到達し、ルーデリックを殴る。
殴られてもなお、ルーデリックは笑顔だった。
これを聞けばあいつの感情は正常では居られなくなるはず、このままあいつを追い詰める!!
殴られた頬を抑えてそう思いながら、リーボイスの方を見て、ルーデリックは目を見張った。
冷静…だと?
リーボイスは、苦しんでいる表情はしていなかった。
「私たちは何も悪いことをしていない。私たちのせいじゃない!!」
「メルクスもそう言ってくれたから!!!私たちは悪くない!!!!!」
少し涙を出しながらそう啖呵をきったリーボイスに、ベネットは声をかける。
「リーボイスやっぱり戻ろう!メルクスの元へ!」
町から出られないのなら、戻るしかないと考えたベネットは馬車を動かして、その場から離れる二人。置いてかれたルーデリックはこう呟く。
「無駄だ…あいつの希望が記憶を無くせば今度こそ俺の勝ちだ。」
「…あれ?あいつって誰のことだ?」
馬車を引いているベネットは焦っていた。
早く戻らないと…早く早く!!!
俺の記憶が無くなる前にリーボイスをメルクスに届けなくては!
「ゴホッ…」
ベネットは小さく咳き込む。
俺は勘違いしていた。
白死病が蔓延したのは、俺が町を出る前だったんだ。俺はちょっと発症が遅かっただけ…
「クソッ(小声)」
ベネットは唇を噛んで、馬車を引く。メルクスの家が見えてきた。
「リーボイス!よく聞け!俺も白死病にかかっている。お前らは……自由に生きろ!!!」
信じてるぜ!…メルクスなら、彼女の為に記憶を無くすことなんかないって!!
メルクスの家の前で馬車を停めたベネットに、リーボイスは声をかける。
「ベネットさんも白死病にかかってるってどういうこと?」
「お前誰だ?なんで俺の馬車に乗ってるん?」
「…!!」
先程の言葉の意味を完全に理解したリーボイスは泣きそうな顔で
「ありがとう…ベネットさん!」
そう伝えて馬車を降りた。
「ベネットさんって誰のこと?」
馬車に取り残されたベネットはそう呟いた。
リーボイスは、震える手でメルクスの家の扉を掴む。
メルクスが忘れていたらどうしよう?
リーボイスは薄々理解していた、メルクスだけ記憶を保持するのは無理だということに。
「た、ただいま…」
すると、一人で椅子に座ってパンをかじるメルクスの姿が見えた。
メルクスは振り返ると、笑顔で帰還を受け入れた。
「おかえり…」
(なんで戻ってきた?)じゃなくて、この言葉を選んだ方がいいと、メルクスはふと感じた。
「…覚えててくれてる」
リーボイスはメルクスに抱きついて泣き出す。そのまま我慢していた気持ちが溢れる。
「ルーデリックさんは魔女を恨んでいて……ヒッグ……ベネットさんも白死病にかかってて………」
「やっぱり魔女は……」
そこで、メルクスはリーボイスの口に手を当てて止める。
リーボイスは泣き顔でメルクスを見つめると、横に首を振っていた。
その後も、リーボイスの話をただ頷いて聞いた。
ルーデリックがリーボイスを恨んでいて復讐しようとしたこと、町の外には出られないことなど───────
「そうか…大変だったんだな。」
メルクスは椅子から立ち上がる。
「どうするの?」
リーボイスが、聞くと
「外に出られない以上…僕はみんなを治す方法を探す。治したあと、魔女のおかげと言えば汚名返上できるし、今まで通りの暮らしができるかもしれない。」
「…私も手伝う。私の魔法も使えるかも」
今度はちゃんと私の魔法で人を救いたい……
次の日────
「おはようメルクス!!」
元気よく朝の挨拶するリーボイスに誰も返してくれない。
「メルクス?」
家を見渡しても誰もいない。
リーボイスは家の外に出て、メルクスを探しに行く。
「メルクスー!どこー!?」
すると、前から町の人たちの集団が歩いてくる。
「あれは?誰だ?」
「誰だろう?」
「私って誰?」
「なんでみんなここに集まっているんだろう?」
その人たち、まるで魂が抜けたような様子だった。
「私は魔女!!!あなたたちを治すからもう少しだけ待ってて!!!」
リーボイスはそう宣言する。
だが、記憶を完全に無くした人たちは、最初に覚えたことが印象に残っているようで─────
「魔女を許すな!!!!」
「魔女だ!!」
「魔女って誰だ?」
「許すな!!」
「消えろ!!!!」
同時にリーボイスにそんな暴言の数々が飛んでくる。
リーボイスもまだ子どもで、多くの人たちからこんな批判を受けたら……
心が崩れてしまう。
リーボイスの心にヒビが入る。
リーボイスは、その人混みの中から、”メルクス”を見つけた。
「家に…帰ろ?メルクス…?」
恐る恐る…リーボイスは声をかけた。
聞きたくなかった。
耳を塞ぎたかった。
「……メルクスって誰?」
そして──────
「そんなことより、君誰?」
バキっとリーボイスの心は割れた。
リーボイスの頬を涙がつたる。
「この町から立ち去れ!!!」
「消えろ!!!」
「魔女は許すな!!!」
そんな言葉はもう耳に入ってこない。リーボイスは、震えた手でメルクスの肩を掴む。そして、震えた声で
「私…だよ?」
「リーボイス……だよ?」
「知らない名前だ。」
まだ、好きな気持ちも伝えられてないのに!!
「本当に忘れちゃったの!?」
「守ってくれるんじゃ…なかったの?」
「ごめん、なんも覚えてないや」
その言葉を聞いてリーボイスは、次々と涙を流す。そして、それを隠すために帽子を深く被って─────
「そう…時間をとったね…ごめんね。」
ふらふらしながら歩く様子。
僕はこの景色を見たことがある…
”魂に誓って守るって決めた!”
「待って!!」
気づけば、僕は叫んでいた。名も知らない彼女の歩みを止めていた。
その振り向く”魔女”の姿を見て、メルクスははっとする。
白死病は、完全な記憶喪失という訳では無い。ただ、記憶が眠っているだけ。その眠りを起こす…思い出させるのが難しいだけ─────
メルクスの眠っていた記憶が覚醒する。
初めて、リーボイスの魔法を見た時のこと、一緒に作物を収穫した時のこと、泥団子を作った時のこと、”自分の夢”を応援してくれた時のこと───────
全部思い出した。
「リーボイスは、僕が守るよ…」
その言葉を聞いたリーボイスは、彼に向かって走り出す。その反動で、帽子を落とすが関係ない。
そのままメルクスに抱きつく。
「ごめん、また君を泣かせてしまった。」
「…バカ」
「でも、思い出してくれた。…ありがとう!」
「…みんなの記憶も起こそう。」
「そんなことできるの?」
僕は、さっきまで記憶が眠っている感じがした。だから─────
「もしかしたら…だけど」
「やってみる。」
「”治って”…というより、”起きて”…という感じで魔法を唱えて欲しいんだ。」
その言葉に、リーボイスは頷いて魔法を唱えようとする。
「待って!!」
メルクスは、帽子をリーボイスに被せる。
「お願いします…魔女様。」
「またバカにして!!」
ふふっと微笑みあって、リーボイスは魔法を唱え始める。
「”魔女が命ずる”」
「Respond!(リスポンド)」
起きてみんな!!!!!
リーボイスが魔法を唱えた後、その集団は全員倒れていた。
一番最初に目を覚ましたのは、ベネットだった。
「なんか…長く眠っていたような」
そして、二人を見つけたベネットは驚く。なぜなら、二人の名前を覚えているから。
メルクスとリーボイス。
大切な俺の友達。
「俺覚えてる?」
ふふっと笑いながら、リーボイスはこう言う。
「ベネットはそんなに長く眠ってないよ〜」
その後、次々と町の人たちは目を覚ましていき、一人残らさず記憶は戻った。
町からはまだ出られない。けれど、この豊かな町では不自由なく、暮らせるだろう。
あれから数日たった。
ミラーは泣いていた。
グレーおばあちゃんが亡くなったことをここで初めて認識したからだ。しばらくリーボイスとメルクスはミラーのそばにいた。
白死病で記憶を無くしていた時のことも人々は覚えていて、白死病を治してくれたリーボイスを疑うこともなく。ルーデリックを批判した。
ルーデリックには、きちんとリーボイスが事情を説明したが、信じる気はないらしく、町の外にも出られないので、今は町の端の方で静かに暮らしているらしい。
白死病の存在は、外に情報があまり漏れず、そのうち歴史の影に消えていく……
けれど、また白死病が蔓延しても問題ないだろう。
丘の上で町を見下ろすメルクスとリーボイス。
メルクスが、隣にいるリーボイスを見ると、リーボイスは微笑み返してくれる。
「好きだ…リーボイス。」
この告白する思い出も…
「私も…好きよメルクス。」
この先の思い出も…
忘れても忘れきれない大切な思い出。
きっと心の底で残り続ける。
そしていつか思い出して、その思い出した時にそれを共有して、その話した人も、聞いた人もまた鮮明に思い出していく──────
一度作った思い出が消えることは無い。これからもリーボイスと思い出を増やし続けていきたい…




