中編 嵐の前の静けさ
「メルクスと魔女さん…泥団子作ろう?」
残りの畑作業を行っていたリーボイスにこの街の少女”ミラー”が話しかけてきた。
「悪いミラー僕たち今忙し…」
そうメルクスが断ろうとすると、遠くからの声がその言葉をかき消した。
「行ってきな〜作業は一旦落ち着いたし、大丈夫だよ〜!!」
その声の主はこの町に昔からいるおじいちゃんの”ルーデリック”。
「おい!ルーデリック!!あまり甘やかすな!人手は全然足りてないんだぞ!!」
ルーデリックに反論したのは、これまたこの街に昔からいる”ローゼン”だった。
「別にいいだろう?まだ子供だ。」
「ダメだ!!」
ルーデリックが反論するがそれでもローゼンは頑固にダメだと言い張る。
「行かせてやれい!!」
頑固なローゼンを軽く小突いて言い合いを止めたのは妻の”テメス”。
「二人とも、たまには休みな」
「行こう…?」
上目遣いで可愛らしく頼んできたミラーに負けて二人はついて行く。
昨日は雨が降ったので、水溜まりがあちらこちらにあり、泥溜まりはすぐに見つかった。
「泥団子♪」
うきうきで泥に飛び込んで、泥団子を作り始めるミラー。
飛び込んだことにより、メルクスとリーボイスに泥が飛ぶ。
「大丈夫?」
メルクスがリーボイスを心配すると、リーボイスは無言で泥団子を作って、笑顔でメルクスの足に投げる。
「なっ…やったな!」
メルクスも泥団子を作り出して、リーボイスにやり返す。
あははっと無邪気に笑うリーボイス。魔女として生まれたから、魔法を学びために遊ぶ時間は少なかったのだろう。だから今、彼女のリミッターは外れて本気で楽しんでいる。
そう考えるとメルクスも楽しいし、嬉しかった。
「綺麗な泥団子できない〜!!」
ふと、地面に泥団子を叩きつけて泣きだすミラー。そんなミラーの元にリーボイスは近づいていき、ふふっと笑う。その様子にミラーとメルクスは不思議がると、リーボイスはこう唱える。
「”魔女が命ずる”」
「Respond!(リスポンド)」
すると、リーボイスの手のひらに一つの泥団子を生成した。
「はい。」
それをミラーに渡す。
ミラーはそれを覗くと、鏡のようにミラーの顔を反射しているほどに綺麗な泥団子だった。
「ありがとう〜リーボイスお姉ちゃん!」
「リ、リーボイスお姉ちゃん…」
リーボイスは初めてそう呼ばれて、とても嬉しそうな顔をする。その満更でもないような顔を見たメルクスは茶化すように
「リーボイスお姉ちゃん〜」
と呼ぶと、リーボイスは冷たい目をしてメルクスを見た。
「”魔女が命ずる”」
「Respond!(リスポンド)」
すると、メルクスの頭上に巨大な泥団子が生成されて、メルクスは泥団子に埋まる。
「そんな趣味があったの?」
メルクスはやっとの思いで両腕を泥から出して、そのまま顔も出す。すると、リーボイスはほっぺをぷくぅーと膨らましていた。
「冗談だよ」
すると、膨らんだほっぺが縮んでそれは笑いに変換される。
「あはは笑」
「笑ってないでここから出してくれ〜」
「ごめんごめん」
リーボイスがメルクスの腕を引っ張ろうと、腕を掴んだ時、リーボイスは逆に引っ張られた。
「ちょ…!!」
体勢が崩れ、泥に突っ込むと確信し、リーボイスはそんな声を出して、目を瞑る。
…?
倒れてない?
「冗談だよ笑」
泥から抜け出していたメルクスがリーボイスを支えて、倒れないようにしていた。
「お返し」
「…ばか」
リーボイスはそう一言呟いた。
この後、リーボイスとミラーは川に水浴びに来ていた。
この時代は年に数回程度しか身体は洗わないが、三人とも泥だらけで、町の大人達に川で洗ってこいと怒られたのだ。
「ねぇ〜メルクスも一緒に来れば良かったのにね〜」
川で足をバシャバシャしながら文句を言う。
「でも、メルクスは男の子だから…」
苦笑いでそういい、リーボイスはお茶を濁そうとしたが、
「でも、シュミーズを来てるからいいのに」
※シュミーズとは、男女ともに着る下着用の長いシャツ
「メルクスは後で入るらしいから」
「リーボイスお姉ちゃんはメルクスと水浴びするの嫌だの?」
「………」
かーっとリーボイスの顔が赤くなる。
「ほら、早く洗って町に戻ろう。」
「お姉ちゃん誤魔化した〜」
「あのさ、メルクスが水浴びしてる間グレーおばあちゃんのところに行こうよ!」
「グレーおばあちゃん?」
リーボイスが聞き返すと、メルクスは大袈裟に手を広げながら
「私のおばあちゃんで、”68歳”らしいよ!」
「68歳!?すごっ!」
この時代では、栄養不足などで死亡率の高い子供時代を超えるとかなり長生きするケースが意外と多かった。それでも60歳でもかなりの長生きの方だ。それ故に68歳も生きていることにリーボイスは凄く驚いた。
一方、二人の水浴びが終わるまでの間、メルクスはある人の所へ訪れていた。
「久しぶりだね、メルクス。」
「はい。ベネットさん…」
「…なんで泥だらけなの?」
「それは、気にしないでください笑」
「さてと」っといいながら、ベネットは家からある荷物を持ってくる。
「なんですかそれ?」
目をぱちくりさせてメルクスはそれを見る。
「おいおい、メルクスが頼んだんだろ?」
呆れた顔をしているベネットにメルクスは
「今日ベネットさんを訪れたのは、魔女の情報について聞こうと思ったんだけど…」
「ああ、その話もしてやる。けど先にそっちだ。」
ベネットは荷物の中から、一つの分厚い本を取り出す。
「これを手にするのは苦労したんだぜ?」
ベネットはそういいながらメルクスにその本を手渡した。
ベネットの言葉でメルクスは
ああ、そうだった……
と心の中で呟いた。
水浴びを終えたリーボイスとミラーは、ミラーの叔母である”グレー”の元に来ていた。
「おばあちゃん大丈夫?」
「…ああ」
そこから3秒ぐらいの時間が過ぎてから、再びグレーは口を開ける。
「そちらさんは?」
グレーはリーボイスの方を向いて質問する。
「リーボイスお姉ちゃんだよ!さっきまで一緒に遊んでたの!」
「どうも…」
リーボイスは会釈をする。
「お嬢さんはもしかして魔女かい?」
「そうです…」
「お姉ちゃん色んな魔法を見せてくれるの〜!」
「そうかい…昔はあたしも、魔女に助けられたよ。例えば……」
「ごめんね、最近記憶が曖昧で…」
悲しそうな顔をしてそう言うグレーにリーボイスはこう答える。
「いえ…多分その魔女の方も喜んでいると思いますよ!」
そのリーボイスの言葉でグレーは嬉しさを取り戻すが、すぐにまた険しい顔をする。
「記憶は忘れるのは意外と簡単だけど…思い出すのは難しくてね…”ほぼ不可能”に近いと思ってる。」
そして、ミラーの頭を撫でながら
「だからあたしは大切な人のことを忘れないように頑張っているんだよ」
その言葉をリーボイスは心に留めた。
忘れてはいけない、忘れたくない…母のことを…村のことを……そして、今の思い出を……
「じゃあね〜お姉ちゃん!」
「またいらっしゃい。」
ミラーとグレーに見送られて家に帰ると、水浴びを終えたであろうメルクスがいた。目が合うと、咄嗟に何かを隠したメルクス。そして、どこかよそよそしい雰囲気をしていた。
「どしたの?」
「いや…なんでも?」
そのメルクスの返答が少し震えていたので、リーボイスは「何隠してるの〜?」と聞きながら、メルクスが後ろで持っているであろう何かを覗こうとした。
「本当に何も無いって…」
「ほんとに?」
すると、メルクスは何回も頷くため余計怪しく感じた。
「”魔女が命ずる”」
「Respond!(リスポンド)」
即座にそう唱えて、メルクスの持っているものを浮かせる。
「そんな魔法があるの!?」
「ふふん〜。お母さんから教わった秘技よ!」
ドヤ顔をするリーボイスにメルクスは「そんなものをこんなことに使うな」とツッコミを入れる。
「さて、何を隠してたのかな?」
浮かせた物を自分の元に近づけて見ると、それは─────
「病についての本?」
その本は凄く分厚くて、両手じゃないと持てないぐらいのサイズだった。
「って!メルクス病気にかかったの!!?」
「かかってないよ!」
心配するリーボイスをメルクスはすぐに止める。
「その…馬鹿にしないか?」
「…?うん。」
「僕、本当は医者になりたいんだ。だから勉強するために、この本をベネットさんっていう人に頼んで今日貰ったんだ。」
その説明を聞いて、リーボイスはすぐに不思議がる。
「どうしてそれを馬鹿にするの?」
「え?だって、こんな農民が目指すなんて無謀だしさ。」
「無謀じゃないよ!」
「私はメルクスを応援する!!」
その言葉を聞いてメルクスは、顔が穏やかになる。
「ありがとう…」
今日は、久しぶりに日記を書いていた。
××××××××へ×が××を×××××××これだけはしなくてはいけない。彼女を…リーボイスを守れ。
そして、次の日の日記にはこれだけが書かれていた。
─────────この町の平和が崩れた。
ほぼ一斉に町の人達が微熱で倒れた。
それは原因不明。
「微熱以外に気になることは?」
そう聞いた時、倒れた人達は皆口を揃えてこう言う。
「最近忘れっぽい感じがあった。」
と───
症状がない人は、メルクスの家に集まっていた。
「ベネットさん。どう思う?」
分厚本を読みながら、メルクスはベネットに聞く。
「今のところ、ミラーとメルクス、そしてリーボイスと俺は無事だ。」
リーボイスはそれを聞いて、共通点があることに気づく。
「無事な人は、年齢が低い?」
「僕もそう思う。」
「確かに…今引っかかるのはそれだな。」
そう気づいたことを口に出すと、それにベネットとメルクスも同感する。
「あのさ…」
ミラーが震えながら考える三人に話しかける。
「どうしたの?」
リーボイスが聞くとミラーはこう答える。
「ローゼンおじいさんが、私にこう言ってきたの。」
「”黒死病”の再来かもしれないって。早く町から逃げろ!って。」
「その後、咳き込んで家に戻って…」
「黒死病って…」
メルクスは分厚い本の中から、それを探そうとページをめくる。
「おばあちゃんから聞いたことがある。昔恐れられた最悪の疫病。」
そしてページをめくるのを止めて、指を指す。
「でも、おかしい。黒死病はどの患者も高熱が続いたらしい。」
顎に手を当てて真剣に考えるメルクスを見つめて、リーボイスはこう言う。
「なんか…本当の医師みたい。」
けれど、その言葉は集中しているメルクスには聞こえていなかったようだった。
「それに、原理は分からないけど、肌に黒いあざができる症状があったらしい。」
ベネットは「それらの症状は後々来るかもしれない。」と言い。続いてこう指示する。
「とりあえず、リーボイスとミラーはこの町から出る可能性を考えて、物資や食料とかを俺の交易用の馬車の荷台に運んでくれ。」
「わかった」
リーボイスは頷いてミラーを連れて準備に向かう。
次の日
町の人達に変化が起きた。
肌に白いあざが出た。
それを見た僕たちはこの未知の病?を仮として”白死病”と名付けることにした。
それより深刻なことがある。
「あなた今なんて言った?」
「…?だから、君は誰だ?と聞いたんだ。」
アグネスは再びそれを聞いて、絶句する。
「あなたの妻よ!アグネスよ!」
「…アグネス?誰だ?」
「ゴホッ…あなた…忘れちゃったの?」
そう、白死病は進行すると記憶を無くしてしまうらしい。
その日から倒れている人達を含め町ですぐに噂になった。
黒死病は肉体を...白死病は魂を奪う─────




