前編 魔女
1347年、後期中世ヨーロッパ。最悪の疫病である黒死病、またの名をペストが蔓延。当時、百年戦争の真っ只中であった西ヨーロッパでは、人口の3分の1が亡くなった。
これは歴史上に残る史上最大・最悪と言っていいほどのパンデミックであった。
ただ──────
実は、歴史に残らなかった疫病が存在した。その名は──────
白死病という。
14××年 ヨーロッパのとある小さな町
僕の名前はメルクス。16歳だ。
僕は毎日農家の仕事をする。僕だけじゃない。昔、恐怖の疫病がヨーロッパを襲って、多くの人や村が消えた。それゆえに、労働者不足による食料不足が起こっている。だから、この町のほとんどの人は農家だ。
死んだおばあちゃんの話によると、この村もう消滅寸前だったらしい。隣の村でその疫病が流行り、この村にもそれは静かに訪れたんだという。そして、この村の多くの命を奪った。それはやがて静かに立ち去り、村は運良く今の今まで残ってきている。
その疫病の名前は、黒死病と言ったかな?おばあちゃんの日記に記されてあった。その日記には、当時のことも書かれていて────
そんなおばあちゃんを見習って、僕も日記を毎日書いている。
今日は日記を書き始めて、初めて変化を感じる一日だった。
「あの…この町の方ですか?」
農家の仕事をしている最中、後ろからそんな声がした。
メルクスが後ろを向くと、同い年ぐらいの一人の少女が立っていた。その少女は、その頭の大きさにあまり合わないサイズの帽子をかぶっていて、前が見えているのか疑問に思うほどだった。
「はい、そうです。あなたは?」
「わたしは、”魔女”よ。」
魔女だって?
「それで、そんな魔女様がこの町になんの用ですか?」
容姿は魔女と言われれば、魔女に見えるが、子供っぽさが勝っていて、メルクスは少しからかうように聞いた。
「わたし、住むところを探しているの。この町に住まわせて…」
「住むところ?」
「お願い…」
最初の態度とは一変して、頼み込む魔女。
「悪いけど、この町には空き家はないんだ。家を建てる土地も……」
今は、食料を保つために農地を広げることが優先。家を建てる土地があるなら、農地にしろ!それだけこの町は余裕がない。それゆえに、人を受け入れることもなかなか難しいということだ。
「そう…時間をとったね…ごめんね。」
会釈をして、町の出口に向かう魔女の姿を上の方から見て、僕は気づいてしまった。
ふらふらしながら歩く様子
帽子で前が見えないからなのか?
それとも本当に”限界なのか”?
「待って!!」
気づけば、僕は叫んで魔女の歩みを止めていた。
「僕の家でいいなら…住む?」
「いいの?」
魔女はゆっくり振り向いて
「…ありがとう」
上の段差の土地にいる僕を見るために、魔女は大きく見上げてそうお礼を言う。その時、魔女の帽子は上を見上げた反動で落ち、明確に顔が見えた。
きれいな薄い茶色の髪が目立ち、目は感情が溜まっており、揺れていた。
夢かな…?
わたしは唇を噛む。
今まで、どれだけ断られてきたことか…やっとわたしの長い旅が終わった。
彼の名前はなんて名前だろう?
彼の家はどんな家だろう?
気づけば、彼はこちらに向かって走ってきていた。地面に落ちた帽子を払って、私に渡す。そして─────こう問いてくる。
「君の名前は?」
その問いに私は帽子を受け取りながら答えた。
「私の名前はリーボイス」
「あなたの名前は?」
「僕はメルクス。よろしく。」
そうして、僕の日記には新たな名前が書き足された。
「お邪魔します…」
「そんなに固くならなくてもいいよ」
「わかった」
リーボイスは部屋を見渡す。
普通の家。だけど見慣れないマスクのようなもの?が置いてある。
「大きな鍋とかはないのね?」
「鍋?」
メルクスが聞き返すと、リーボイスは真面目な顔で答える。
「薬を調合する鍋よ」
「そっか、魔女様は怪しい薬を作るのか」
「魔女様って!また、からかって!」
「人を助けるための薬を作るの!」
ほっぺをぷくっと膨らませてリーボイスは怒る。
「ごめん、ごめん。でも…」
メルクスは、言葉を止める。
実の話、最近魔女はあまりいい存在とは思われていない。
僕は裏から袋に入ったパンを二つ持つ。
「最近はずっと雨が降らないから作物が枯れちゃって…今年の収穫は期待できないからさ、量は少ないけど許してくれ。」
ただでさえ食料不足なのに、今後も雨が降らないと本当に餓死しかねないため、パンの在庫はできるだけ取っておきたいのだ。
それを聞いてリーボイスはニヤリと笑う。
「明日魔女の凄さを教えてあげるわよ」
それを聞いてメルクスは首を傾げる。
次の日…
リーボイスは笑顔でメルクスにこう言う。
「これは、私を助けてくれた"最初"のお礼。」
町の真ん中で、目を瞑ったリーボイスは立つ。
その様子をメルクス含め、町の人々は仕事を止めて眺める。
リーボイスは、ゆっくりと右手を空に向けてあげて、こう呟く。
「”魔女が命ずる”」
すると、リーボイスの雰囲気が変わる。途端、風が吹き荒れる。
「まさか本当に…」
腕で風を受けるメルクスが呟く。
「Respond!(リスポンド)」
目を開いてそう叫ぶ、リーボイス。
すると、天がリーボイスの要望に応えるように空が暗くなっていく──────
メルクスや町の人々は空を見上げる。そして、メルクスの眉間でポツンと、水が弾ける。
雨だ!
リーボイスは本当に雨を降らせてくれた。
ザ────と雨音が強くなる。
風邪で飛ばされないように帽子を抑えながら、こちらを見つめる水に滴るリーボイスを見て、メルクスはドクンッと心臓が高鳴る。
「魔女…」
その後、すぐにリーボイスはドヤ顔でこちらに歩いてくる。
「すごいでしょ!?雪も降らせるわよ!これで魔女だと認めてくれた!?」
「うん…」
「もうからかわない?」
「うん…ありがとうリーボイス。」
周りを見れば、町の人々は歓喜していた。
「これで、この町は少し豊かになる。本当にありがとう。」
それを聞いたリーボイスは微笑む。
「まだ、これはまだほんのお礼よ。まだまだ恩を返していくから。」
メルクスは、帽子であまり顔が見えないが、少し水がリーボイスの頬をつたった気がした。
けれど、すぐに雨か…と納得して、前を見る。
メルクスとリーボイスは、しばらく雨に打たれながら町の様子を眺めていた。
そこからリーボイスは改めて町で歓迎された。
一方、ヨーロッパの他の村や町では、魔女狩りが行われていた。
農作物への被害や病気などの災いを魔女のせいにする。そんな差別が行われていた。
まだこれは始まり、それはその後加速していき、やがて拷問、裁判による死刑が行われた──────
メルクスとリーボイスは、まだそれを知ることはない。
半年が経った。7月収穫の時期。
町の畑には立派な穀物や作物が育っていた。特に目立つのは小麦。小麦畑は黄金の海のように広がり、輝いていた。
町の人々は町の中心に集まる。
「本当に久しぶりに豊作だ!」
そう言って、腕を回すのは筋肉が自慢の”ボート”。
「これは力仕事ではありません。」
そんなボートに軽くチョップをかますのは、ボートの妻の”アグネス”。
「丁重に収穫しないとでしょ?」
「はい…」
「それはそうと、ありがとうね!リーボイスちゃん。」
アグネスは隣にいたリーボイスに話をふる。
「あなたのお陰で、こんなに豊作になった。」
「そうだな!力仕事があれば俺に任せろ!恩を返しに駆けつける!!」
「ありがとうございます…」
苦笑いをしながらリーボイスは、メルクスにこう聞く。
「この鎌で収穫するのよね?」
「ああ、収穫した穂をまとめて縛って束にする。その後、穂から粒を落とす。」
そのメルクスの説明を聞いていたアグネスはふふっと笑う。
「メルクス。粒を落とす前に乾燥させることを忘れているわよ〜」
「忘れてない。ざっくり説明しただけだよ。」
「本当かしら?」
「とにかく!始めようか!」
ボートが早速、鎌を手に持って収穫を始める。
収穫は数日間続いた。
7月に収穫を終えて今は8月上旬。
「そういえばリーボイスは、どうして住むところがなかったんだ?」
ふとメルクスはリーボイスに聞く。すると、リーボイスはすぐに下を向く。
「それは…事情があって、母に南に進めと言われたの。」
この町に来る前……私は宗教的な思考が強い村にいた。この村は、ある疫病の流行を境に食料難が続き、豊作をひたすら”神”に願っていた。それでも、その状況は一切変わらない。雨が降らず、穀物や作物は収穫する前に枯れ果て、限界だった。
母が”ある日を境”に私に言い聞かせていたことがある。それは──────
「リーボイス…魔女であることをこの村で名乗ってはいけないわよ?」
「どうしてまだ魔女であることを隠すの?毎回思うけど、魔法で天候を変えて雨を振らせば、みんなを救えるし…」
母はその問いには答えてはくれなかった。
「いいから…」
「でも…」
「あなたは魔女じゃない!!いいわね!?」
軽く怒鳴られたリーボイスは怖気付いて、ゆっくりこくっと頷く。
魔女じゃない…か。私、才能がないのかな?
私が小さい時は、沢山褒めてくれたのに…
私か最初に使った魔法は、灯りを灯す魔法。村の人達に隠れて、母の前で魔法を使った。手のひらが明るく灯されて、どこまでも続く真っ暗な夜の空間に明かりが広がった。
「あなたは立派な魔女ね!」
そう褒めてくれたのに…
数週間後、赤ちゃんが栄養不足で亡くなった。一人目じゃない…もう何人も亡くなった。
泣き叫ぶ村の人たちを見て私は”母との約束を破った”
「”魔女が命ずる”」
「Respond!(リスポンド)」
この村に久しぶりの雨が降った。
私には赤い雨が降った。
魔法を使う様子を見ていた村の村長が即座に私の背中に向けて、斧を振り落とした。その斧は私に当たることはなく────────
私を庇う母の背中に突き刺さった。力が抜けた母はそのまま私に、もたれかかる。
「……」
恐怖で声が出なかった。母を受け止めた私の手を見れば、鮮血が付いていた。
どうして?私はこの村を救おうと…
約束を破ったから?
母を助けないと!
でもどうして急に斧を?どうして?どうして?
「お前ら魔女のせいで!!この村はあの疫病に襲われた!!!不作が続いた!!!!」
村長は再び斧を振りかざす。
「お前らが魔女は死ね!!死んでいった子どもたちを返せ!!!」
リーボイスは目を瞑る。
私が魔女だから?約束を破ったダメな魔女だから?
「”魔女が命ずる”」
「Respond!(リスポンド)」
その声と同時に、急に気温が暑くなる。悲鳴が聞こえる。
痛みもないので、リーボイスはゆっくりと目を開ける。
その目の前は”地獄絵図”だった。
村長だったものが、燃えて倒れており、周りの家も街全体が燃えていた。
「リー…ボイス……無…事?」
その言葉ですぐに母の方を向くと、母は、私の顔を自分の顔の前で固定する。そして、布で私の口と鼻を塞ぐ。
「すぐ…に……この…村……を出て………どこか…南に…遠くに……逃げて………」
ここら辺の地域はもうダメだ。
魔女を敵対視する人が多すぎる。南に行けば、大きな都市がある。都市はある程度、秩序と法律が定まってる。
ここよりは魔女を受け入れてくれる可能性が高い。
「お母さんも一緒に行こうよ!!」
リーボイスがそう訴えると、母は微笑む。
「何も…教えられ……なくて…ごめん……ね。けど……あなた…は……優しい。…きっと……あなたを…受け入れてくれる………人がいる…から。とにかく……今は逃げて!!」
「……」
私は、魔法で人を殺した。魔法を正しくないこと使った。けれど、この子は魔法でこの町を救おうとした。魔法を正しいことに使おうとした……。
「あなた…は…立派な……魔女……よ……愛してる!!」
それを聞いたリーボイスは目を見開く。
「わかんないよ…私……何も…」
その直後、母は力尽きて倒れる。その振動で、母の帽子は落ちる。
リーボイスはの眼には、水が溜まっていた。雨だろうか?それは、リーボイスの頬をつたって、布に染み込んだ。
私のやったことは間違っていたの?
お母さんが死んだのは私のせい?
自分が魔女だったから?
その疑問が頭を巡る。
でも、今は、そんな疑問を跳ね除けて、ある一言だけが残った。
「ごめんなさい…お母さん…ごめんなさい……私も大好き…」
リーボイスは、ゆっくりと、母の被っていた帽子に震える手を伸ばす。それを持ち、ゆっくと、母の言う通り、悲鳴が耐えない村を出て、南へ向かって歩き出す。
数日間、とにかく南へ向かって歩いた。
そして、そろそろいいと思った時、リーボイスは、村や町を尋ねた。
尋ねる時、必ず自分が魔女であることを名乗った。
疑問の答えを見つけるために。
あるものは、嫌な顔をして、あるものは、珍しいものを見るような顔をした。
当然、住むところはないと言われ、さらに1日間さまよった。
そして、彼がいるこの町に来た。
当然、最初に魔女であることを名乗った。
そして、彼は私を受け入れてくれた。
もう一つの疑問、私のやったことは間違っていたのか?この答えを知るために、私は魔法を使った。
その答えは…
「これで、この町は少し豊かになる。本当にありがとう。」
メルクスは、そう言った。
私は、静かに涙を流した。
受け入れて貰えた……
やっぱり私のやったことは間違っていなかったのかな?お母さん……
「そうか…大変だったんだな。」
「ごめん…思い出したら少し……」
そう言って家の外に出たリーボイス。
当たり前だ。
どれだけ辛かっただろう?
目の前で母親を殺されて、不安定な心のなまま、ここまで歩いてきたんだ。
「あれ…?君魔女?」
外に出た、リーボイスに話しかけてきたのは、20歳ぐらいの青年だった。
「あなたは?」
「失礼…俺は”ベネット”交易で町の外に物を売りに行ってて、たまに町に帰ってくるんだ。」
「それにしても、魔女といえば、北の方は酷かったな。」
「…北の方?」
「ああ、でも……あまり聞かない方が……」
そこでベネットの言葉を遮って、リーボイスはこう言う。
「教えて!!」
そのあと、ワンテンポ遅れて、ベネットは真剣な顔つきで話し出す。
「最近、北の町や村。特に宗教的思考が強いところで……」
「魔女はあまりよく思われていないらしい。」
「どうして?」
「理由は、今の食料難と干ばつによる不安だ。」
「昔、疫病が流行ったのを知っているだろう?」
「うん。確か黒死病?だったかな?」
「その疫病が広まった理由。そして、今の食料難や干ばつ。これらの理由を作って人々は安心したい。」
「そして…確証もないのに、特別な力を持っているってだけで、”魔女のせい”という思考になった。」
宗教の上の位の人が、そういえば下の信者はそれを信じて、魔女を批判する。
そっか…だから私は魔女ってことを名乗っちゃいけなかったのか…
「ありがとう…ベネットさん。」
作り笑顔でお礼を言って、ふらふらと歩いて家に戻るリーボイス。
「北の方には絶対行くなよ!!」
ベネットは最後にそう忠告した。
最後の疑問の答えがわかった。
ドアを開けて、玄関に座り込む。
「リーボイス?」
メルクスは、すぐに異変に気づいて、リーボイスに駆け寄る。
リーボイスの眼から、涙が溢れる。
「どうしたんだ?落ち着…」
「やっぱり私のせいだった……!!」
「魔女は良くない噂があるのに…私が約束を破って魔女だとバレたから…」
お母さんが死んだのも
村で暮らせなくなったのも
「全部全部!!私のせいだ!!!!!!」
メルクスは、そんなリーボイスにそっと抱きつく。
「君がしたことは間違ってないと思うよ…絶対に!!」
私のせい……
「どんな噂があろうと、僕は魔女を信用している!!」
私のせい…
「だって、この町が持ち直したのは、”君のおかげだ”。ありがとう…リーボイス。」
リーボイスは目を見開く。
メルクス……
リーボイスは、嗚咽をあげた。
「本当に”君のおかげ”…」
この町を救ったのは私のおかげ?
でも、お母さんが死んだのは私のせい………
”ほらね?受け入れてもらえたよ?立派な魔女様─────”
そんなもう居ない母の声が聞こえた気がする。
いや、気のせ
”気のせいじゃないよ…”
…?ありえない。
”私は魔女よ?こういう事もできる。”
嘘だ、もし本当ならお母さんは私を恨んでいるから怒っているはず。そんなことを言わない。
そうだ────
だって私のせいでお母さんは…
”あなたのせいじゃない。あなたを私が恨むわけない。怒るわけない。だって─────”
”あなたは私の自慢の子よ”
”あなたのせいじゃない…あなたのおかげで私は幸せだった……”
「うぁ゛ぁ゛ぁ゛」
リーボイスは、帽子に抱きついて泣いた。
「ごめんなさい…ごめんなさい…」
その様子をメルクスは、優しく見守った。
メルクスとリーボイスはパンを”二つずつ”お皿に置く、パンを食べながら二人は会話をしていた。
「落ち着いたか?」
「うん…もう大丈夫。」
「これだけは覚えていてくれ…僕は自分の魂に誓って絶対にリーボイスを守る。」
「うん……」
「魂に誓う…か……宗教みたいにはならないでね笑」
「気をつけるよ笑」
そんな冗談を交えた返答が帰ってきて、メルクスは少し安心した。
食事を終えた二人は、外に出る。
先程まで降っていた雨は止んでいて、太陽の光が畑を照らしていた。
(いつもに増して景色が輝いて見える…)
雨漏りを直しているボート。そしてそれを見守るアグネス。帰ってきた荷物を家に運んでいるベネット。そして前で手を伸ばしているメルクスの姿。




