82話:お助け水
「お兄様!」
善俊が嬉しそうな顔をしていた。
「な、なぜ人がこんなに…!」
さすがのNo.5も動揺している。それを見たトレイシーが笑いながら言った。
「あら?自分で気がつかないかしら?自分のやったことを思いだしなさいよ。」
No.5ははっとした。
(まさか!…あのとき…)
No.5は五郎兵衛を風で吹き飛ばしたときのことを思いだす。遠くに飛ばすことに夢中で気がつかなかったが、あのとき五郎兵衛はガソリンスタンドの方に吹き飛ばされていったのだ。
「五郎兵衛は中原首都警部に任せている。俺たちは、五郎兵衛を吹き飛んできた方向にやってきたというわけだ。」
トレイシーが辺りを見回しながら言った。
「ペトゥロリアムムーバーの使い手はいないのかしら?敵はウインドユーザーの使い手だけ?」
猿の相手をしていたアダムスが大きな声で言った。
「説明すると長くなります!それと、この男の兆能力はウインドユーザーではありません!」
すると、No.5が新しいヨガのポーズをしていた。体幹をねじりながら、足を肩にからめて伸ばす、かなり複雑なポーズであった。
「これは、『ハティヤ・ヨーガ』!すごい!兆能力名鑑でしか見たことないぞ!ヨガのポーズに合わせて、様々な効果を発生させる兆能力だ!」
善治は興奮した様子で言った。それを見た善俊が呆れながら言った。
「感心してる場合じゃないですよ…」
「本当ですよ…こっちはそれどころじゃないんですよ!」
猿の攻撃をかわしながらアダムスも便乗していた。猿は再びアダムスを攻撃しようとするが、その手を止めた。そしてそのまま、猿はその場で倒れてしまった。
「どれだけ図体が大きくても、ハートが小さいとダメね。」
トレイシーが傷心者を発動させ、猿の心拍を弱めたのだ。一方、善治が、水をNo.5めがけて発射させていた。しかし、No.5はポーズを維持しながらそれをかわす。
「無駄だ…」
No.5のポーズはずばり、アスタヴァクラアーサナであった。
「アスタヴァクラは8か所の体が不自由でありながら、その博識さによってグル(尊敬すべき師のこと)にまで上り詰めた。まさに、逆境を生きた者…今の私にふさわしいポーズだ。」
No.5が深呼吸をすると、ポーズをやめて、仁王立ちする。
「よくそんなに、堂々としてられるわね。」
トレイシーが笑っていると、No.5がトレイシーの目前に現れた。それは一瞬の出来事である。その場にいた誰もが、No.5を目で追うことができなかった。
「な!いつの間に…」
トレイシーが喋りきる前に、No.5は普通のパンチでトレイシーを吹き飛ばした。壱極集中ではない、普通のパンチである。トレイシーは建物の壁に衝突し、そのまま気絶してしまった。
「トレイシー!…なんだよ!さっきの動き、見えなかったぞ!」
「それだけじゃない!なんだ!あのパンチ!下手な壱極集中よりも威力がありそうだ!」
そう言っている間にも、No.5はアダムスの目前に現れる。アダムスはブロードボイルで身を守ろうとする。が、
「今の私は無我の境地に立っている…もはや、お前らの敵ではない。」
No.5には効いていないようであった。そのままNo.5のパンチが炸裂し、アダムスを吹き飛ばした。アダムスは受け身がとれず、そのまま倒れた。そうなると、今度は川路兄弟のどちらかになる。次に狙われたのは、ハイドロボディが厄介と判断された善治だ。
「お兄様!右に避けてください!」
善俊が叫ぶように言った。善治はそれを聞き入れ、右に避ける。すると、さっきまで善治がいた場所に、No.5のパンチが空振りしていた。
「!」
善俊のビジョンジャックである。No.5はヨガのポーズをやめたため、目をつむらなくなった。そのため、善俊はビジョンジャックが使えるようになったのだ。レベル3のビジョンジャックは、時間をスロー状態にして相手の視界をジャックすることができる。それを利用して、回避の指示をしたのだ。
「助かったぜ、善俊。ここは、俺たちの力で乗り越えるぞ!」
「…!…はい!」
善治の言葉に善俊は驚いた。しかし、それ以上に嬉しさが勝ったようだ。明るい表情で、善治に返事した。そうこうしている間にも、No.5は再び向かってくる。
「きます!お兄様!」
「ああ!」
2人は体を寄せ合いながら、No.5の攻撃に備えていた。




