29話:ガスマスクの下
ガスマスクが割れ、山田の素顔が露わになった。かなり端正な顔立ちをしており、女性の観客を沸かせた。
「そんなまさか!」
十兵衛が驚きの声を上げた。いや、十兵衛だけでない。部屋にいた全員が知っている顔だったようだ。会場の観客も気づき始める。
「おい、あれって…」
「まさかこんなところでお目にかかるとは!」
十兵衛がその名を声に出した。
「世界三大兆能力者の一人、フランツ・アウステルリッツ・フェルナンド伯爵!なぜここにいる…!」
SOCIOLOGIの幹部2人も目を見張っていた。
「見ろNo.11。世界三大兆能力者の一人、暴れん坊グラーフだ。」
「あれが…でもがっかりだな。スプレッダーガスの使い手だったなんて。」
「ふふふ。それは大きな思い違いだな…」
「えっ?」
「まあ見ておけ。素顔がばれた以上、奴は本気でいくだろうな。」
『なんということだぁぁぁぁ!ガスマスク山田の正体は、あのフランツ・アウステルリッツ・フェルナンド伯爵だぁぁぁ!』
『これは予想外です。』
善俊は後ずさりをしていた。
「かつて兆能力者30人をたった一人で倒したという伝説から、通称暴れん坊グラーフと呼ばれた…まさか世界三大兆能力者のあなたがここにいるなんて…!」
「参ったな…お忍びで来てたのに。」
山田…いやフェルナンド伯爵は髪をかきあげた。その仕草をしただけで黄色い声が上がった。
「世界三大兆能力者か…嫌なくくりだ…誰だよ、それ考えたの。世界最強はただ一人、この俺だけだ!」
フェルナンド伯爵はかなりの自信家らしい。その発言に一切の躊躇はない。
「さて、ビジョンジャックの君、そういうわけで、この戦いは俺がいただくぜ。」
そう言って、フェルナンド伯爵は改めて兆能力を発動した。しかし、それはスプレッダーガスではなかった。ガスではなくレイピアが出現したのだ。
『フェルナンド伯爵!レイピアを出現させた!これぞ、暴れん坊グラーフの真骨頂!』
フェルナンド伯爵はそれを手にとると、善俊に切りかかっていった。善俊はフェルナンド伯爵の視界をジャックしつつ応戦しようとする。しかし、とにかく素早い。死角に入ろうとしても、その隙が存在しない。とにかく攻撃をかわすのに精いっぱいであった。
『フェルナンド伯爵の素早い攻撃に、とっしーはかわすのに精いっぱいだ!』
「ふむ、俺の素顔を明かしただけのことはあるな。」
フェルナンド伯爵は攻撃をやめ、間合いをとった。そしてレイピアを消滅させ、次はマスケット銃を出現させた。
「ビジョンジャックは遠距離に滅法弱い。」
フェルナンド伯爵はマスケット銃を発砲する。善俊はフェルナンド伯爵の視界をジャックしながら狙いを定められないように逃げ惑う。
「どれだけ逃げたって無駄だ。この銃は無制限で撃てるぞ。」
部屋の皆は見とれていた。
「さすがフェルナンド伯爵の兆能力・『念写』…!心の中で念じたものを具現化できる兆能力、なんでもありだ…!」
中原が絶望的な表情をしながら、振り絞るように言った。
「これはさすがの善俊もダメだ。同じレベル3同士の戦いでこれほどまでに違いがあるとは…」
善治が中原の方を振り返る。
「まだだ!あいつならできる!」
中原は驚きつつ返した。
「善治、あれだけ善俊を悪く言っていたお前が、やけに肩入れするな?」
「!」
「と、とりあえず応援はしましょうよ!とっしー君はまだ戦っている!」
「いや、ダメだ…」
今度は十兵衛がそう言った。皆が十兵衛の方を見た。今まで、これといった弱音を吐かなかった十兵衛が、今まさに弱音を吐いたのだ。
「世界三大兆能力者の中でもあいつは最強だ。私でも勝てないだろうな。」
「らしくないですよ!ミスター・リード首都警総監!」
善治が声を荒げている。十兵衛は小さい声で言った。
「だが、見ろ。明らかに押されている。というか、あれは遊んでいるな。」
モニターに映る善俊は苦戦を強いられていた。
どうしようもないと悟ったのか、ついに善俊は最後の賭けにでた。フェルナンド伯爵に急接近していったのである。
『とっしー!何も考えず突っ込んでいったぁぁ!』
「苦肉の特攻か…気に入ったぞ!」
フェルナンド伯爵はマスケット銃を消滅させ、生身の状態になった。善俊はフェルナンド伯爵の死角に潜り込んだ。しかし、フェルナンド伯爵は死角の善俊にかかと落としをくらわせた。その足にはオーラが、それも善俊が集めていた以上に纏わりついていた。
「ぐはっ!」
善俊はその場で倒れ、気絶してしまった。
「そこまで!」
『さすが!世界三大兆能力者の一角を担う男!文句なしの圧勝だ!』
『とっしーも奮闘しました。彼にも大きな拍手を。』
会場は大いに盛り上がった。部屋の空気と対照的に。
「ふっ甘いな。ビジョンジャックで死角に潜り込むことも想定内だよ。といっても聞こえないだろうがね。」
フェルナンド伯爵は去っていった。善俊は担架に乗せられ、運ばれていく。会場の入場口近くで待機していた秀助は、善俊が運ばれていく様子を心配そうに、また悲しそうに見ていた。




