106話:ぶつかる大技
『ガンツフェルトフィノメノン』
宙に浮いていたデイヴィッドは、その場でふらふらし始めた。
「!なんだこれは!くらくらする!」
デイヴィッドはその場で頭を抱える。すると、念動重力もそこまで作用しなくなった。浮いていた銃弾も、ゆっくりと落ちていった。
「デイヴィッド、今のお前さんは、目の焦点が合っていないのだ。」
さっきまで突っ伏していた十兵衛がゆっくりと立ち上がりながら言った。
「全体野って知ってるか?」
全体野とは、光の波長、強度が完全に均一状態にある視野のことである。この状況下においては、視野全体が均一の光に満たされており、焦点が定まることはない。十兵衛のガンツフェルトフィノメノンは、任意の対象を、強制的に全体野状態にする技なのだ。
「サイコキネシスは、ものを目で見ることによって、自在に操ることができる。しかし、目の焦点が定まらぬ今のお前さんに、ものを自在に操ることなどできようか。」
宙に浮いていたデイヴィッドは、ついに落下してしまった。落下した後も頭を抱えている。
「リードォ!」
「お前さんの負けだ。しばらく苦しんでいろ。」
十兵衛は先に進もうとする。しかし、苦しみながらもデイヴィッドは口を開く。
「勝った気でいるなよ…リード!念動重力は、布石なんだ!」
十兵衛は、はっとして、振り返った。
「まさか!まだ戦う気なのか!それを使ってでも!」
「レベルΖ…」
突然、周囲の空間が歪み始めた。十兵衛は歪められた空間によって、立てなくなる。
『兆空間念動力』
(と、デイヴィッドは呼んでいるのか…周囲の空間、ものを歪める!)
十兵衛はデイヴィッドの方を見る。
(動けないのはリード、お前もだ!そして、お前は死ぬ!兆空間念動力は、人間さえも歪めることができる!手あたり次第にものを歪めれば、いずれお前を歪められる!)
まさに、数撃って当てる作戦である。しかし、それは間違いなく十兵衛を追い詰めていた。発火していた構成員、落下した天井の残骸、銃弾などが歪められている。いつ、十兵衛が歪められてもおかしくない。
(覚悟しろ、リード!)
(私に相当恨みを抱いているようだな。デイヴィッド。)
2人はテレパシーでやり取りをしている。
(当然だ!お前は…お前は…!)
(!これは!)
そのとき、十兵衛はデイヴィッドの過去を覗くことができた。デイヴィッドは、十兵衛に対する恨みがかなり強いらしい。恨みを持つようになった経緯をはっきりと覚えているのだ。
デイヴィッドがまだ若かった頃、数々の映画で主役を演じ、大スターになっていた。とりわけ評価されていたのが、兆能力を用いた演技だ。サイコキネシスでものを浮かべ、アクションに臨むデイヴィッドに、観客は見とれていた。デイヴィッドは幸せであった。自身の才能を最大限活用し、人気を得る。このように順風満帆なデイヴィッドだが、転機が訪れてしまう。映画撮影での兆能力使用に、反対する動きが出てきていたのだ。
「映画やドラマで兆能力を使用するな!」
「そんな危険なことをして、子どもが真似したらどうするんだ!」
兆能力禁止条約もあり、メディアや世論は反対派に同調していくようになった。その結果、映画で兆能力を使用することができなくなった。
それでも、デイヴィッドの人気はすぐに落ちない。もともとの演技力が高かったのだ。しかし、数年が経つとその人気も落ちていった。
「デイヴィッドかー。演技は悪くないけど、やっぱサイコキネシスありきだよなぁ。」
「演技力だけで言えば、他にも優秀なのはいます。今回の映画ではそちらを起用しましょう。」
デイヴィッドは次第に仕事が減っていった。あったとしても、悪役やちょい役だ。今まで多くの主人公を演じてきたデイヴィッドにとって、必ずしも嬉しいことではなかった。
「くそっ!なぜ兆能力を使用することがそんなに悪いことなのだ!」
酒に溺れ、苦悩していたデイヴィッドは、ある日テレビであの人物の存在を知ることになる。
「皆さん!今日は、今話題沸騰の日本人、ミスター・リード特集です!彼は、首都警察官として、日本における数々の兆能力犯罪に対応してきました!ミスター・リードさん!ずばり、どのような兆能力をお持ちなのですか?どのような思いで首都警察官を?やりがいは?」
テレビ内のリポーターが、若き頃の十兵衛に質問を投げかける。
「ははは。質問は絞ってほしいですね。申し訳ございませんが、兆能力は秘密です。しかし、私は、兆能力を社会のために使うことができて、とても光栄です。首都警察官としてのやりがいもそこにあるでしょう。」
「ありがとうございます!社会のために兆能力を使う、なんと響きのよいお言葉でしょう!素晴らしいお考えであります!」
その瞬間、デイヴィッドはテレビを破壊した。息を荒くしながら、叫んだ。
「ふざけるな!何が社会のためだ!兆能力を社会のためだけに使うことだけが善だとでも言うのか!兆能力を、与えられた才能を自身のためだけに使うことは悪だとでも言うのか!」
デイヴィッドはその場でへたり込んだ。
その日以降、デイヴィッドはさらに荒れていった。ついに薬にも手を出すようになり、警察から目をつけられるようになった。そんなある日、デイヴィッドは薬売りと飲みに行っていた。
「旦那、相変わらず荒れてますね。あの頃のデイヴィッドはどこにやら…」
「黙れ。お前は薬売りだ。つまらない小言なんか言わず、薬だけ売ってろ。」
薬売りはにひひと笑いながら言った。
「それでは、薬売りとして、面白い薬の話を…」
「薬の話?そんなもの聞いて何が面白いんだ。」
デイヴィッドはグラスを傾けながら言った。
「面白いですよ。なんせ、兆能力を自由に使用できるようになりますからね。」
「!」
デイヴィッドの目の色が変わった。薬売りは続けた。
「あ、興味持ちました?それじゃあ、お話しましょう。旦那、SOCIOLOGIって知ってますか?」




