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わたしの婚約者に好きな人ができました  作者: Alicia Nishi


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前編:青天の霹靂





 「セーラ、聞いてくれ。僕に好きな人ができたんだ。」


 婚約者、ニールが頬を赤らめて告げた。

 その瞬間、世界が沈黙した。


***


 ハドソン伯爵家の一人娘、セーラ。

 病弱だった夫人に第二子は望めず、その結果、彼女は伯爵家の後継として、幼いころから淑女教育と経営学を学んでいた。


 「セーラ、こちらがニール・バートン。バートン伯爵家の次男――君の婚約者だよ。」


 二人が初めて出会ったのは、セーラの十歳の誕生日。ニールは十二歳だった。

 同じ伯爵家として両家は親しい間柄で、とくにセーラの母とニールの母は学園時代からの友人だった。

 婚約者というより、兄弟のように、幼馴染のように、二人は仲良く一緒に育った。


 「わたし、ニールのことが好きよ。」

 「ありがとう。僕もセーラのことが好きだよ。これからもよろしくね。」


 いつもと変わらない笑顔がそこにあった。


 その日、震える手のひらでスカートを握りしめ、真っ赤になって俯いたセーラは、自分の精一杯の告白が届かなかったことを知った。


***


 ――もうすぐ、ニールとの婚姻式ね。


 告白から四年。

 変わらない関係のまま、セーラの恋心だけがどんどんと大きくなっていた。


 婚約式を終えると、ニールは正式にハドソン家に引っ越してくる。

 それはファルムス王国の貴族婚における大切な慣習だ。

 婚約式から結婚式にいたるまでの一年の間に、花嫁または花婿修行をする。

 ……つまり、この一年は婚姻相手の家風を学ぶ準備期間とされているのだ。


 どれだけ時間が経っても、ニールとの関係は変わらないままだった。

 相変わらず優しく、相変わらず仲はいい――ただそれだけ。


 けれど、今日中庭にセーラを呼び出したのは、ニールだった。

 卒業間近になると、婚約者同士でも気持ちを確認し合うのがこの学園の伝統行事になっていた。

 だからこそ、セーラの胸は高鳴った。



 ざわっと風が揺れた先に、愛する人の姿を見つける。




 「セーラ、聞いてくれ。僕に好きな人ができたんだ。」




 目の前で、大好きな彼が真っ赤になって照れている。

 彼の初めての告白を聞いた。

 ただ――その相手は自分ではなかった。



 セーラの周りから音が――消えた。

 


 セーラの気持ちを置き去りにしたまま、ニールは興奮気味にその女性の話を続けている。

 街歩きをして偶然出会ったセーラより一つ年下の少女――名前は、ミア。



 「僕の初恋だ。セーラ、応援してくれる?」



 無音の中から突然響いた言葉に、セーラは何も言うことができなかった。

 ぼんやりと霞む視界の中で、ニールは大好きな笑顔を浮かべて当たり前のようにそう言った。


***


 あの後、どうやって自宅に帰ったのかわからない。

 とにかく一人になりたくて、自室にこもった。


 侍女を下がらせ鍵をかけ、枕に顔をうずめ――涙が枯れるほどただひたすら泣いた。




 真夜中――


 月明かりに目を覚ます。

 泣きはらした目元は重く、ひどく喉が渇いている。


 愛しい気持ちは一ミリも減ってはいなかった。

 油断すれば浮かんでくる涙をこらえながら、従者にミアのことを調べさせることにした。


 どんな感情よりも、彼への想いが勝ってしまった。

 憤りよりも、虚しさよりも、悲しさの次に思ったのは、ニールのしあわせだった。

 両家にとって最小限の痛手(ダメージ)で済む方法。

 セーラはその最良の方法を模索し始めた。


***


 正直に言えば、ミアは思っていた少女とは少し違った。

 従者の報告では、街娘として自由に育った女の子のようだ。


 「淑女教育は難しいかしら?」

 「わたしの判断ではないと思いますが……」

 「いいのよ、率直な感想を聞かせて。」

 「聡明な方だとは思います。状況や性格をよく見て対応されている。」

 「貴族社会に適応するには必要な能力はもっているのね。」

 「少なくとも、わたしにはそう見えました。」


 少し考えるそぶりを見せて、セーラが微笑んだ。


 「お父さまと、お母さまに相談してみるわ。ありがとう。」


 貴族間の婚約は、家同士のつながりだ。

 セーラの結婚の場合、ハドソン伯爵家の後継問題も兼ねている。

 ニールは婿入りし、伯爵家を継ぐと決まっている。

 だから、自分の代わりに婚姻するということは、伯爵家の後継になり得る存在でなければならない。

 それが難しくとも、最低でも伯爵夫人は務められなくてはならないのだ。



 「無理を承知でお願いします。ミアという少女を、養女にしていただけませんか?」


 突然のセーラの発言に、父は言葉を失くし、母はその場で泣き崩れた。

 無理はない。大切な娘が、幼少から決められていた婚約を破棄し、街娘を養子に向かえて元婚約者と婚姻を結ばせ、さらに後継にすると言い出したのだ。


 「どういうことなんだ。」

 「ニールとは結婚できません。ミアという少女をわたしが教育します。」

 「……なぜだ」

 「わたしに希望をください。しあわせになりたい……わがままを言わせてほしいのです。」


 セーラの瞳には強い意志が宿っていた。

 

 「お前が継いでくれるとばかり思っていたのだがな。」


 父の声には寂しさが混ざっていた。



 この計画を実行するにあたって、セーラは食堂で働くミアに会いに行った。

 実際に会って、伯爵家の養女になれると判断した。

 ミアは、現実的な考えをもって運命に抗っていた。

 扶養家族の多い家庭の負担を減らすこと、自分が少しでも裕福な婚姻を結べば、家族の暮らしも豊かになること、そのための覚悟もあると感じた。



 「婚約破棄に関しては、保留だ。だが……」


 大きなため息を一つついて、父がセーラを見つめる。


 「養子縁組の手続きはしよう。お前に姉妹ができることは、悪くないと思うからな。」

 「ありがとうございます。」


 まずは、第一関門突破だ。

 満面の笑みを浮かべるセーラを、母が心配そうに見つめていた。


**


 セーラが自室に戻ってすぐ、部屋の扉がノックされた。


 一人用のティータイムテーブルは少し手狭だったが、心配そうな母と向き合って座る。

 沈黙が少し辛くて、無意識に下を向く。


 「あなた、お父さまに嘘をついたわね。」

 「……」

 「何があったの?」


 責めるわけではなく、静かに諭すような声がじんわり胸にしみる。


 「話せない?」


 優しい言葉に涙がこみ上げる。黙ったままうつむいて首をふる。

 精一杯の勇気を振り絞った。


 「ニールが……ニールに好きな人ができたと」


 消え入りそうな声が落ちる。


 「それが、あなたが養女にと言ったお嬢さん?」


 こくりと頷く。


 「わたしはニールに幸せになってほしい。わたしじゃ、無理みたいだから……」

 「でも、伯爵家の後継はあなたよ?」

 「ここには思い出が多すぎて……わたし……もう平気な顔して笑えない。」


 母はただ黙って聞いていた。


 「ごめんなさい……努力します。彼女がお父さまとお母さまに認めてもらえるよう、伯爵家にふさわしくなれるよう、頑張ります。」


 顔をあげさせた母が、目の前で優しく微笑んでいた。


 「わたしも協力するわ。」


 母はそう告げると、セーラをきつく抱きしめた。


***


 そこからは、ただただ慌ただしかった。

 ミアの家族には十分な支度金が支払われ、まずは安全な場所に引っ越しをした。そして、ミアの両親は伯爵家の推薦で仕事を得て、安定した暮らしができるようになった。


 でも、説得が予想以上にスムーズに終わったその一方で、貴族院の養子縁組の続きに思いのほか躓いた。



 「書類に問題はありません。」


 涼し気なアッシュブルーの瞳がセーラの真意を掴もうと、真っすぐ見つめていた。

 風になびく明るいグレーの髪は瞳と同じように、光を受けるとブルーに反射している。


 「何か、気になることでも?」


 セーラは忙しい父の代理で、委託状を手に貴族院の審問委員の面談を受けていた。

 耳元で心音が響いているが、緊張を悟られるわけにはいかない。


 「ハドソン家は、あなたが後継になるために教育を受けていたはずだ。伯爵家を継がせるならば男子の養子縁組が自然だろう。けれど、書類には妹とある。」

 「わたしに姉妹をという理由では、不自然だと?」

 「気を悪くしないでもらえるとありがたい。これは、わたしの個人的な好奇心だったようだ。」


 先ほどまでとげとげしく感じていた声色が、実は心配を帯びた声だったことに気づく。


 「だから、答えなくても構わない。」


 好奇心だと言いながら、その瞳はセーラを気遣うような優しさを感じた。


 「婚約者が望んだのです。」


 まるで魔法にでもかかったように、本音をこぼしてしまった。

 失態だと思っても、口にした言葉は取り返せない。

 恥ずかしさで顔があげられなくなる。


 「君は、婚約者を譲るために街娘を自分の妹にすると言ったのか?」


 彼の声には侮蔑を感じなかった。そのことに、セーラはひどく安堵した。けれど、改めて言葉にされると、自分の思惑がやけに浅はかに聞こえる。


 「譲るのではありません。伯爵家と彼の未来のために、わたしが彼女を選んだのです。」


 どう言葉にしても、安っぽく聞こえる気がした。

 けれど、聞こえてきた言葉は自分の予想とは違っていた。


 「そうか、君はすごいな。」


 はじかれたように顔をあげる。この情けない理由のどこに、褒められる要素があったのだろうか。


 「他者のしあわせを願える。それは、君の優しさと強さだと、わたしは思うよ。」


 涼し気な瞳が緩められ、その笑顔に見惚れる。

 ニールにはなかった大人の色気全開の微笑みの前で、ただあっけにとられていた。

 その彼の言葉に、大きな意味があったことに、その時のセーラが気づくことはなかった。

 

***


 養子縁組の手続きが終わると、両親はすぐにバートン家に婚約式延期を打診した。

 ハドソン家に養女を迎えるため、彼女の環境を整えることを第一としたいと希望したのだ。

 しかし、父にはニールとの婚約破棄の通達は、時期尚早と言われた。

 ミアの淑女教育の経過を見るべきと判断されたからだ。

 無理を通している自覚があるセーラは、それ以上は望むことができなかった。



 嬉しい誤算は、ミアが想像以上に優秀だったことだった。

 

 「本日は、ご招待ありがとうございます。ハドソン家が次女、ハーミアでございます。」


 ミアは養女になる手続き上、愛称としてミアと名乗れるハーミアと改名された。

 落ち着いた声で優美にお辞儀をする姿は、数週間前までスカートのすそを翻し食堂を行き来していた少女ではなかった。


 協力者である母も満足そうだ。父も、美しい立ち振る舞いを見せるハーミアに、セーラの覚悟とハーミアの努力を認めてくれた。そうして、予定よりかなり早く夜会でのお披露目を決めてくれたのだ。



 「エスコートはニールに頼んでいいのだな?」

 「お父さまのお眼鏡にかなったのであれば、とても嬉しく思います。」


 その夜会で、ニールの婚約者がハーミアであることを公式に発表することになった。同時に、伯爵家の後継がこの二人であることもお披露目する場となる。ポイント・オブ・ノーリターン――引き返すことのできない運命の日――セーラの中に、迷いはなかった。


***


 驚くべきことが起こったのは、ハーミアの社交デビューが決まった数日後だった。


 「お嬢さま。応接室にお越しください。」


 侍女の慌てた様子に驚いて、急いで応接室に向かう。

 母が戸惑った様子で、並べられた大きな箱を見つめている。


 「あなた、ロベルト・アルタス侯爵と知り合いなの?」


 確かに聞き覚えのある名前だが、すぐに顔が思い浮かばない。


 「あっ」


 数秒あって、先日の査問会を思い出した。

 あのアッシュグレーの瞳の彼だ。

 届けられた荷物と一緒に送られてきた手紙を読む。


  ――セーラ・ハドソン嬢へ


     先日お会いしたロベルト・アルタスです。

     出廷されていた伯爵にお会いしました。

     その際、妹君の社交界デビューの夜会に君が一人で参加すると聞きました。

     突然で驚かせるかもしれませんが、伯爵より夜会のパートナーの許可をいただきました。

     エスコートの栄誉をいただいたお礼に、ドレスと装飾品を贈ります。

     夜会を楽しみしています。

  

                      ロベルト・アルタス――


 どうやら、セーラのあずかり知らぬ場所で、彼女のエスコートが決まっていたらしい。

 ()()()()()()()()()()が、一人で夜会に参加することを不憫に思って、父が手配してくれたのだろう。セーラは、苦笑いしながら、その心遣いを嬉しく思った。

 

***


 夜会の日は、朝から大忙しだった。

 もちろん今日の主役であるハーミアの準備に余念がないのはあたり前だが、侯爵からドレスが贈られてきたこともあって、侍女たちはセーラの支度にも大忙しだった。


 ハーミアのドレスはバートン夫人から贈られたもので、淡い黄色のシルク生地に白いオーガンジーを上品にあしらったデビューにふさわしいものだった。母いわく、女親同士では婚約の話が内々に進めてしまい、両家の当主にどのタイミングでどう打ち明けるかが問題だったらしい。けれど、夜会のエスコートの承諾の時点で、ハーミアの婚約お披露目も重ねて発表することを決めたのだそうだ。


 「お母さまたちが同意してしまえば、お父さまも、バートン伯爵も認めるしかなかったでしょうね。」


 そう笑うと、母が『当然でしょ』と言わんばかりに微笑んだ。



 ハーミアのデビューということで緊張していたはずのセーラは、自分に贈られたドレスを身にまとって、改めてロベルトのことを意識した。



 そして、玄関先に迎えに来てくれたロベルトを見つけた瞬間、セーラの緊張はピークに達した。


***


 夜会の会場は、別の意味で少し緊張する雰囲気になっていた。

 周知の婚約者であったニールが、養女になったばかりの伯爵家の次女をエスコートして先に会場入りしたことで、セーラは噂の的になってしまったのだ。


 わたしが婚約していたこと……知っている人もいたものね。


 夜会で好奇の目にさらされることは覚悟していた。

 しかしその視線は、瞬く間に羨望の眼差しに代わった。

 ロベルトの髪の光沢を思い出させる少し濃い紺色に、瞳に合わせたようなアッシュグレーの刺繍。華美になりすぎないダイアのネックレスと耳飾りが、僅かな光を反射して輝いている。髪は結い上げ、いつもより少し大人の雰囲気のセーラ。彼女の瞳の色である金糸の刺繍を施した濃紺の礼服を身に纏ったロベルトが、颯爽と彼女をエスコートして会場に現れたからだ。


 「どういうことだ……」


 会場の視線を一瞬で奪った二人を見つけたニールが、ポツリとつぶやいた。

 それまでにこやかにハーミアをエスコートしていたその表情から、笑顔が消える。


 あんなセーラ……見たことがない。


 ロベルトに微笑みかけるセーラ……それが決定打になった。足元がガラガラと音を立てて崩れていく。


 「ミア、ごめん。」


 ポツリとつぶやくと、ニールは真っすぐにセーラに向かって歩いて行った。

 ロベルトが席を外したすきをついて、セーラの腕を取る。


 「ニール?」


 いつもと違うニールの様子に、セーラは驚きが隠せない。


 「どうして……」

 「……」

 「どうして僕じゃない奴が、君をエスコートしているんだ?」


 かろうじて聞き取れたが意味が理解できず、セーラは困惑した。

 ハーミアも、ニールの様子を心配して歩み寄る。


 「セーラ、君はずっと僕と一緒だっただろ?……他の誰かにエスコートなんかさせないでくれ。」


 その時初めて、セーラはニールのつぶやいている言葉をはっきりと聞いた。

  


 「セーラは、僕のこと好きだって、言ってたよな?

   僕は……気づかなかっただけなんだ。

  ……ずっと、君を愛してたよ。

   セーラ……まさか結婚するなんて、言い出したりしないよな?」


     

 

 

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