36 2日目朝・死体
翌朝、俺たちは少し遅めの朝食のため、階下にある大広間へ向かっていた。
ホテルの廊下は静かだが、完全な無人というわけではない。
昨夜の交流会の余韻か、早朝にしては人の気配が多い。
とはいえ、誰もがどこか眠たげで、足取りも重い。
「眠い……」
レイナが小さくあくびを噛み殺す。
髪はきちんと整えられているが、目の下にはうっすらと影が残っていた。昨日とは変わり簡素な服装。
もちろん俺も比較的カジュアルな格好をしている。
「昨日のシャワー、私が先でよかったでしょ」
歩くさなか、思い出したかのように彼女が言った。
「まぁそういうなよ。こっちもいろいろ大変なんだぜ」
「大変って、そういえばやけに長かったけど……そういう意味?」
にやり、と悪戯っぽく笑う。
「そりゃあ、私みたいな美少女と同じ屋根の下で暮らせば、いろいろあるんだろうけどさ」
「シバくぞ」
俺は彼女を見ることなく言う。
――まったく。
誰のために大変だったと思ってるんだか。人の気も知らないで。
軽口を叩きながら階段を下りる。
こうして並んで歩いていると、任務だということを一瞬忘れそうになる。
今日もまた、特に何の動きもない平和な一日が始まる――
少なくとも、その時の俺はそう思っていた。
大広間は朝の光を取り込む造りになっている。
高い天井、白を基調とした壁、磨き上げられた床。
昨夜のざわめきは消え、柔らかな音楽だけが流れていた。
朝食は相変わらず豪華だ。
昨日は昨日で十分すぎるほどだったが、今日もまた、普段なら口にすることのない料理が所狭しと並んでいる。
しかも、任務での帯同という名目のおかげで、費用はすべて経費扱いらしい。
――なんとも太っ腹な話だ。
俺たちは遠慮なく朝食を平らげた。ギルス公国は山岳部の多い地域ということもあって肉料理が非常に豊富で、昨日から散々食べているにも関わらず、朝だというのに依然として大量の肉を体に取り入れた。
一通り食事を終えたところで、俺はふと時計を見る。
「先、一人で戻れるか?」
唐突な俺の言葉に、レイナが首を傾げる。
「何かあったの?」
「ちょっと、気になることがあってな」
それ以上は説明しない。
レイナもそれを察したのか、軽く肩をすくめた。
「わかった。変なことに首突っ込まないでよ」
「善処する」
そう言って、俺は一人廊下へと引き返す。
向かった先は、
エイナル・アルギリスの部屋だった。
部屋の前に立ち、念のためノックする。
――反応はない。
周囲を一度見渡し、人の気配がないことを確認する。
周囲はえらく閑散としていた。
すでにフォーラムの2日目は開始しており、多くの人間はそちらに出向いているはずだ。
俺は懐から解錠用の魔道具を取り出し、ドアノブに当てた。
ホテルの客室というだけあって、施錠の術式はそれなりにしっかりとしている。
だが、要人警護用の施設や軍の研究区画と比べれば、正直言って甘い。
レイナ特製の魔道具にかかれば、こんな鍵は朝飯前だ。
微かな魔力の振動。鍵の部位に充て、魔道具に小さく浮かび上がる術式。
しばらく待つと、 小さな音を立てて、ロックが外れる。
俺は周囲に警戒しつつ、素早くかつ自然に部屋に入り込んだ。
静まり返った部屋の中、半分ほど開いたカーテンからは日差しが入り込み暗い部屋をわずかに照らす。
人がいないことを慎重に確認し、部屋の中央に入り込む。
テーブルの上には整頓されたファイルと、情報管理のための魔道端末。
目的のものがしっかりとそこに置かれていることを確認し、
痕跡を残さないよう慎重に進もうと足を前に出したちょうどその時、俺は視界の端にあるものを捉える。
それを「もの」と呼んでしまってもいいのかわからないが。
ベットの脇、目立たない箇所に置かれたソレは異質な存在感を放っている。
突如として現れたソレは生活感の残る部屋の中では明らかに異質なものだった。
床に伏し横たわるその姿は赤い血にまみれている。
鮮やかな赤と、薄い青色の肌。
帝国魔道工学の父、エイナル・アルギリスの死体がそこには有った。




