30 決着
部屋を後にし、アカネに肩を貸してもらいながら、俺はなんとか会場の客席にたどり着いた。
「「来た!!」」
フランとスバルが、ほぼ同時に大声を上げる。
「おい、大丈夫かよ?」
「ずっと眠ってたんだから」
二人同時に話しかけられ、思わずその圧に気おされる。
さっきまで心地よく感じていたはずの歓声が、今はただ体に響くだけだった。
頭の奥が揺れて、吐き気すらこみ上げてくる。
「あー……もう、うるせぇ」
「まったく、弱いくせに無茶するから」
「俺より、ギルの試合を優先した薄情者のくせによ」
冗談交じりにそう返すと、
「お、おう……悪かったな」
思いのほか、素直で歯切れの悪い返事が返ってきた。
――なんか、あったのか?
そう思ったが、深く聞く前に話題が変わる。
「で? どんな感じだ? 相手は」
「ほらよ」
そう言って、ルカが対戦表を差し出す。
「相手は……エルネスト? 第2師団の新人か」
「ちょっとまずいぜ」
真剣に舞台の上を見つめる。
「ギルの奴、さっきから防戦一方なんだよ。あんなとこ、見たことねぇ」
「ギルー! 頑張ってくれよ!」
スバルが、やけに必死な声で叫ぶ。
――こいつ、こんなキャラだったか?
◇◇◇
舞台上、
「口ほどにもねぇな」
エルネストはそう言いながら、攻撃の手を一切緩めない。
「さっきから黙りこくってよ。しゃべる余裕なんて、もう残ってねぇか?」
余裕の笑み。
相手をいたぶることを、完全に楽しんでいる目だった。
「決めた。あの女、しばらくは俺が使ってやる」
勝ちを確信した様子で言う。
「で、飽きたらみんなのおもちゃ行きだ。戻ってきた時、ぶっ壊れてても文句言うなよ」
その瞬間。
「……ちっ、やっと来やがった」
観客席に目をやったギルバートがそう呟く。
「あ? 何か言ったか?」
「気にすんな。こっちの話だ」
ギルは短く吐き捨てる。
「悪いな、待たせた」
そう言って、構えを解く。
「待たせた詫びだ。好きに守っていいぜ」
「あ? 謝罪? 訳わかんねぇこと言ってんじゃ――」
エルネストが言い終わる前に、ギルは地面を蹴った。
二メートルほどの跳躍。
一瞬にして間を詰める。
空中で弓のようにしなった体が、次の瞬間、一気に反発する。
エルネストの顔に対し、全身の力を込めた蹴りが入る。
「バギッ」
乾いた音が、闘技場にやけに大きく響いた。
次の瞬間、エルネストの体が宙を舞う。
意識が追いつくよりも先に、足が地面を離れ、背中から叩きつけられた。
「――――っ」
声にならない音が漏れる。
ギルは着地と同時に一歩踏み込み、倒れた相手の胴体に踵を落とした。
寸前で止めるつもりなど、最初からない。
「……」
衝撃音すら、もう一度鳴ることはなかった。
闘技場が、完全に静まり返る。
「……勝者、ギルバート!」
遅れて響いた審判の声が、現実をようやく追いつかせた。
勝負がついたのはほんの一瞬。
それが、試合のすべてだった。
◇◇◇
「どこが押されてるって?」
俺とアカネがそう聞くと
「いや、さっきまで、」
そう言いながら理解が追い付かないといった様子でルカは舞台とこちらを交互に見る。
「ギルーーー!!」
「やった!!!」
やけに喜ぶフランとスバル。
―――本当に何があったんだよ。
「なんかあいつこっち見てない」
アカネがふと言った。
「見てるってなんで?」
確かにギルはこちらを見ているような気もする。
「次はお前だ、ってことじゃね」
ルカがそういう。
「なわけねぇだろ」
―――今の試合で確信した。ギルはもう俺よりも強い。
第2師団の新人を一撃で吹き飛ばすなんて芸当俺には出来ない。
だいたい、あんなおっかない奴、俺知らない。
これは、完全に余談なのだが、後日、フラン、スバル、ギルのもとに第2師団から菓子折りと謝罪文が届けられ、坊主になったエルネストが町中を夜通し走る姿がその後一か月間確認された。




