29 後ろ
「お前の言ってたこと少しわかるよ」
「え?」
「ムカつくな、手加減されると」
戦いの最後、ディーンの顔がやけに鮮明に焼き付いていた。
あの時、剣が当たっていたら死んでいた。それでも、そこにあった一瞬の躊躇。何よりもそんなことをさせた情けない自分に少しだけ腹が立った。
あんなに楽しかったのは初めてだし、おそらく今後そう思う事は無い。今にしてみればバカなことをしたと思う。それでも、あの時すべてをかなぐり捨てて目の前の一人の人間に向き合うことがどうしようもなく心地よかった。燃え尽きる命の感覚が逆に生を実感させた。
「ありがとう」
改まってアカネがそんなことを言う。
「ちゃんと言ってなかったと思って」
「いいよ、大したことじゃない」
「鍛えてくれたこと、それと戦ってくれたこと。どれも、ありがと」
「あの時ほんの少しだけ、楽しかったんだ。だから、」
ちょうどその時、部屋にノックの音が響く。
「お目覚めだね、邪魔するよ」
扉を開けたのはヴァルドとその後ろには、ディーンがいた。
杖を突きながらおぼつかない足取りで歩くディーンを気にしながらヴァルドが入ってくる。
「こいつがどうしても君と話したいみたいでさ」
俺にそういいながらディーンを指さす。
「お前はつよい、アラン」
俺に向き合いまず、そう言った。
「逆だよ」
「最後の一瞬、躊躇した。俺には命を賭ける勇気もお前を殺す覚悟もなかったんだ」
あの時俺はああする他なかった。命を賭して戦うしか勝つ方法は無かった。
こいつは違う。自分の命も俺の命も賭けることなくそれでも、勝ための選択肢を持っていた。俺よりも強いから選択するだけの余裕があった。
「弱者に選択は生まれない、か」
つい最近言われた言葉を思い出す。
「またやろう」
そう言いディーンは手を差し伸べる。
その手をしっかりと握り
「二度と御免だな」
目を見てはっきりと俺は言った。
「早く、行きますよ!!!」
外から声が聞こえてくる。力強い女の声。声の主に心当たりはない。
「お、来たみたいだな」
ヴァルドはその声を聞くとそう告げた。
「病み上がりで悪いけど、もう一組お客さんだ。というより、こっちが本命かな」
そう言うと
「それじゃ僕らは行くよ。じゃあね」
と言い残し2人して出ていく。
入れ違いで入って来るのは、軍服を着た女。同じ軍服でもどこか華があるように見えるのはこの人の可憐な顔のせいか、着こなしのせいか。
なんというか、雰囲気がフランに似ている気がした。
そしてもう一人、フレデリカが少し遅れて入ってきた。
アカネとの対面、つい昨日おきた出来事が否応なく思い出される。
「お邪魔します。えーと、君がアラン君であなたがアカネちゃん?」
見知らぬ女がそう言った。
明るい声。高く張った声は声量はそこまで無いのだが、エネルギーに満ちていた。
「まずは試合お疲れ様。いい戦いだったね!!」
「昨日は見れなかったけどアカネちゃんもすごかったって聞いたよ」
「はぁ」
そう言われたアカネはというとフレデリカにくぎ付けになっている。つい昨日、あそこまでぼろくそに言われたと思えば、その張本人の目の前で褒められるなんて気まずいことこの上ないだろう。
「で、あなたは?」
あっけにとられながらも隙を見てそう尋ねる。
「あっ、ごめんなさい。私はエリス・ライ。第1師団の副団長を務めてます」
確かに、第1師団の副団長はこんな感じの人間だった。
団長の印象に隠れてあまり覚えていなかったのもあるが、資料で見るよりも格段にはつらつとした女だった。
「今日はうちの団長から伝えたいことがあるらしくて。ですよね?」
「いや、お前が言うから、」
「ですよね?」
横でごにょごにょと言うフレデリカに向き直るとそう言い圧をかける。表情は笑顔のままなのに威圧感がそこには有った。
「ああ」
それに根負けしたのかフレデリカが同意する。先日とは別人のような勢いで。心なしか一回り体が小さく見えた。
アカネに向き直り
「その、悪かった」
手早く言うフレデリカに
「違いますよね」
そういうエリスの顔は笑っていたがそこにはそれを帳消しにするだけの圧があった。
「昨日言ったこと、あれは少々、ほんの少しだけは、言い過ぎだった。撤回して、謝罪する。」
フレデリカはそう言うとアカネに向かい頭を下げた。
「申し訳ない。」
そういうと、チラリとエリスに目をやる。
「まぁいいでしょう」どこか母親のようにエリスは答えた。
――― 一応、この人が部下なんだよな。
「いえ、私が弱いのは事実ですし」
「違うの、アカネちゃん。この人、自分の目的のためにわざとあんな嘘言ったんだから」自信なくそういうアカネにエリスはフォローする。
「嘘じゃねぇ、ちょっと大げさに言っただけだ」
塩らしかった先ほどとは違いはっきりとそう言った。
「団長!!」エリスは慌てて、静止するが、
「いいか、マジな話、今のお前の力じゃウチは無理だ」
はっきりと明言する。そこには嘘もごまかしも、何かの意図も感じられない。強者として伝える事実。
「そうですよね」小さな声でアカネはつぶやいた。
「一年だ」
「え?」
「卒業したら一年他所の部隊で見識を積め。もちろん、その間も訓練は怠るな。お前の動きにはまだまだ無駄が多いし発想も貧弱だ。それが終わってまだやる気があるなら、ウチが拾ってやる」
「今のくだらないガキどものなかじゃ結構いい線いってんじゃねぇの」
「ほんとですか?」
「あのクソ共の中じゃって話だ、あんま調子のんじゃねぇ」
「はい!!」
そう言うアカネの顔はさっきまでとは違いやる気に満ちていた。
4か月後、俺たちは一つ学年が上がり、そこからさらに数か月もすれば、みんな所属が決まりはじめる。卒業までの半年ほどの間には皆それぞれの道を歩きはじめる。
―――もう、みんなで一緒に過ごせる時間はあまり残ってないな。
そんなことをふと思ってしまう。
それでもいい。生きてさえいればまた会える。今のようには無理でも、そこに居さえすればなにも問題ない。
だが、戦争が始まれば、そんなわけにもいかないだろう。新人でも戦地に回され、死ぬやつも出てくる。
部屋から二人が去り、再び俺達2人になる。
「あんな奴だってわかってもまだ憧れてんの?」
「まぁちょっとは驚いたけどさ」
「強くて、まっすぐで、ハッキリしてる。そういう所に救われて、助けられた人がいっぱいいるんだ。私もその一人だけど。」
「まっすぐ?意外と小賢しかったと思うけどな」
あいつの策略にまんまと俺は乗せられたわけなのだが。
「いいの!あの人の後ろで感じてた安心を、今度は私がみんなに届けたい。まずは―――あんたに」
「そっか」
まっすぐこちらを見るアカネに俺は何も言えなかった。
―――こいつなら大丈夫。
根拠もなくそう思った。そう思うことにした。
俺よりも後ろを、俺よりも速く走るこいつのことを、信じてみたい。と
「まだ試合やってるかな」
話がひと段落つき、ふと思った。
「そのケガで見に行く気?」
あきれながらアカネが言う。
「気になるじゃん、ギルの試合」




