28 決着
腕が動かない。頭ももう回らない。疲労した体で立っているのがやっとだった。つい先程までうるさかった会場の喧騒が今ではとても心地良い。音が、振動が温かく全身をつつみ込んだ。
あと10秒、次の一撃で決まる。
そう思うと俺は攻撃の手を緩め距離を取り、上がりきった呼吸を整える。
どちらにしろあのまま戦っていたら削り負けていた。シンプルな実力の差で。
対するディーンは息を深く吸い込むと、間を置かず、追撃してくる。
もう時間が残されていない中での確実に仕留めるための攻撃、 剣は今までの中で間違いなく最速だった。
その剣を、今度はしっかりと、確実に認識する。山を張ってではなく、確実に避ける。
当たっていたら、死んでいたかもしれない。万全な状態であっても、目で追えるような攻撃ではなかったのにそこに恐怖は無かった。
時間切れで終わりなんてもうやめだ。完全に勝つ。
生まれた隙に対してすかさず繰り出したカウンター。
―――入る。
「甘いな」
ディーンはそう言うと剣先を翻す。体は先ほどよりも黒く、発せられる光はより赤くなっていた。
「てめぇがな」
思わず出た荒い言葉。
返された反撃。それすらも見切り、一歩伸ばした短剣は相手の首筋に迫る。
しかし、その攻撃が当たることは無かった。
右手から短剣は滑り落ち、手はその目的を見失う。
負傷した左手をかばいながら酷使し続けた右腕はもう限界を迎えていた。
一瞬生まれた空白。即座にディーンは次の動きに移った。
がら空きの俺に向かい振り降ろされたはずの剣はその勢いを弱めた。
完全に無防備、ガードすらしない俺に対し、一瞬躊躇するディーンの顔が見えた。
そして、俺たちの間に入る影。
微かに残る意識の中、俺はそれだけを覚えていた。
久しぶりに夢を見た。
遠い昔の苦い記憶。フランやギルと出会う前。ある町の一角。俺は人混みの中に一人でいた。歩くことすらままならない。幼いころの俺にとってはその人混みは果てしない壁のように感じられ、何とか押しつぶされないよう努めるのに必死だった。
全身が熱く、呼吸するたびに肺が痛む。熱気を感じ、汗ばんでいるぐらいなのに体は寒く震えが止まらない。座り込んでしまえばもうその人混みにひねりつぶされてしまうように感じて、ただそれが怖くて必死に歩き続けた。
昔の記憶。ただ、一つ違ったのは、右手に感じる温もりだった。ここにいるのは一人ではない。何となくその温かさからそんなことを考えて、俺はただ歩き続けていた。ここではないどこかに向かって。
「母さん……」
夢の中で、そう呟く。夢はそこで終わった。
「あ、起きた」アカネの声。
気づくと俺はベッドの上だった。小さな一人用のベッドがもう一つ入るかというような小さな部屋。その部屋にアカネが一人いるのが確認できた。
昼の陽気が窓から差し、うららかな冬の午後を感じさせる。先ほどまでの喧騒が嘘のように穏やかな午後。
「痛っ」
何もしていなくとも全身がきしむように痛いのに、少しでも力を入れようもんなら、刺すような痛みが駆け抜ける。
「さっきまではフランたちも居たんだけどね」
ベッド足の方。少しだけへこんだ布団を見ながらアカネが言う。
「ギルの試合が始まるからって行っちゃった」
「試合?」
「決勝戦」
そんなに眠っていたのか。
「俺の試合は?」
「引き分けだって、あんたが倒れるのと同時に男の人が止めに入ってきたの」
「そっか」
「両方もう戦える状態じゃなかったから」
と、そこで、右手にかすかな違和感があることに気づく。痛みや動かしづらさのようなものではない。
「どうしたの?」右腕をみる俺にアカネが尋ねる。
「いや……なんか、湿ってる?」匂いを嗅ぐような仕草をしながらその正体を探る。
「ちょっと引くわ」そんな俺にゴミを見るような目であかねが言った。
口ではちょっとと言っているがドン引きしている。
「なんで?」さっぱり訳が分からなかった。
「こっちの話」
笑いながらアカネが答える。
「ほんと、仲いいんだから」
どこか伏目がちにあかねが言った。




