27 残火
「お前相手に使うことはないと思っていたんだがな」
魔力の変化を察し即座に距離を取った俺にディーンはそう語りかけた。
「これは俺の弱さ故だ。お前にはない俺の弱さ。それがこれを使うという選択につながった」
悔しそうに。
「感謝する。お前のおかげでそれを知ることができた。そして、頼む、死んでくれるなよ。」
それでいてどこか晴れ晴れとした顔でそう言った。
白く変色した髪、破れた服からはところどころ紅く煌々と光を放つ肌が見えている。光と言ってもハッキリとしたものではなく、紅くく澄んだ淡い光。
俺はそこに消した後の焚き火を連想する。
《残火》ディーンのスキル。
軍の記録で見た限りでは、自身の体内で発生させた小さな炎。それは、一時的に体内の代謝を大幅に上げ爆発的な膂力と反応速度をうみだすが、その結果身体には大きな負担がかかる。
ディーン単独では最長で、2分の使用の記録がある。
戦闘中の使用であることを考えると持って1分ほどだろう。
そう検討をつける。
この一分間、凌ぎきれば俺の勝ちだ。
◇◇◇
闘技場観客席最上部。アランの一挙手一投足に騒がしく反応するレイナと心配そうに観戦するクラウス。
「おい、あいつ残火使ったぞ」
その隣で そう言うのはフレデリカ。
「使ってますね」横にいるヴァルドは舞台を見ながら答える。
「私のいないとこでは使うなって言ってんのによ」
苛立ち混じりの声。だが、その奥にあるのは怒りだけではない。
「珍しく激励なんかされて勝ちたくなったんじゃないですか?」
皮肉交じりにヴェルドが答える。
「止めます?」
そう聞くヴェルドに
「1分だ、1分後に止めに入れ」
短く、しかし揺るぎなく答えた。。
「なんだかんだ甘いですよね」
「うるせぇ」
◇◇◇
「行くぞ」
ディーンが言うのを俺が聞いたその瞬間、俺の身体にあるのは浮遊感のみだった。
次に腹に強烈な鈍痛が走る。
咄嗟に腹をガードしていたのが幸いだった。
飛びそうになる意識をなんとか戻して、短剣を地面に突き立てる。吹き飛ばされた体はなんとか勢いお殺し、場外ギリギリで踏みとどまる。足が微かに震えていた。
呼吸ができない。必死に息を吸い込むがそれは身体に押し戻される。
なんとか息を整え相手に目をやり、攻撃に備える。
先程攻撃を受けた左腕は使い物にならなくなっていた。骨は折れ、組織はズタズタ。
舞台の中央にいたディーンは次の瞬間には距離を詰めて来る。
一撃、頭めがけてきた蹴りを間一髪でなんとか躱す。というよりかは、そこに蹴りが来ると山を張り一か八か動いただけなのだが。
―――このままでは確実に負ける。
次にまともに一撃食らえばどれだけ守っていたとしても体が持たない。このまま約1分間攻撃をかわし続けられるわけもない。だからこそ攻める。
俺は、《日陰者》を発動させると、避けてできた一拍の余裕で反撃を試みる。それは今までのような命を獲りに行く攻撃ではなく、カウンターを考慮しいつでも引けるだけの余裕を持たせた浅い攻撃。
―――それでも、怖いだろ。
先ほどのやり合いの中で培われた感覚が邪魔をする。鋭敏になった感覚に、探りずらくなる俺の気配が合わさり防御に神経を回すはずだ。
気持ちよく相手に攻撃をさせるな。少なくてもいいからストレスを与え続けろ。
ディーンが攻撃を防ぎ、合わせようとしたカウンター。そこに合わせるよう短剣を繰り出す。剣は途中で軌道を変え俺の肩を掠めていく。
―――熱い、痛い
確実にダメージは蓄積されるが、でかい一発はくらっていない。
30秒ほどたっただろうか。満身創痍の肉体を何とか動かしながらも攻め続ける。
―――このままいけば
お互いの攻撃の速度が一段階上がる。
アランには一つ誤算があった。
どれだけの策を弄しても埋まらないだけの実力差があることをアランは想定していなかった。というより、想定できなかった。1対1、魔力を用いた戦闘。命を懸けるほどの張りつめた状況の中では圧倒的な実力の差は覆らない。
それをしっかりと理解していたからこそ、アランはあえてその可能性を考えないようにしていた。
ここまでの実力差がある場合を想定することは、すなわち勝ちを諦めるという事。一瞬でも勝ちを疑えば覚悟は鈍り、動きは止まる。
実戦なら、それでも構わない。勝てないのなら逃げ、生き延びればいい。
だが、これは負けられない戦い。アカネのために勝たなくてはならない。
そのはずだった。
―――負けたくないな
全身の痛みがごちゃまぜになる。どこが痛いのかもうわからない。まどろむ意識の中で攻撃と回避、ただその二つの思考だけがクリアになる。
この時間を、この戦いを、もっと続けたい。気づけば俺はそんなことを考えていた。
命に手がかかり、次の瞬間に迫る死をギリギリで遠ざける感覚。
―――楽しい
一瞬そんなことを考えてしまう。戦いを楽しいなんて感じるのは初めてだった。実力が近いからだろうか。負けたくないという思いはその枠を超え、勝利への渇望と高みに至る歓喜へと昇華した。
アカネのために始めた戦いはもうすでに、アランのための戦いになっていた。




