表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神なき世界の設計者 ~奴隷の知識が非合理な絆と最強国家を鍛え上げる~  作者: Ken
第二幕:産業革命の設計図

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

83/86

第八十三話『白い闇と、祈りの変質』


アイアン・ホースは、雲の上を走っていた。


標高は3000メートルを超え、周囲の景色は岩肌から、一面の「白銀」へと変わっていた。

万年雪。

永遠に溶けることのない氷の世界が、侵入者を拒絶するように広がっている。


「……寒い……。指が、動かねぇ……」


最後尾の工作車で、マルコが震える手でハンマーを握りしめていた。

気温は氷点下。

吐く息は白く凍りつき、まつ毛には霜が降りている。

だが、それ以上に彼らを苦しめていたのは、「空気の薄さ」だった。


「……ハァ……ハァ……。

息が……吸っても吸っても、足りない……」


高山病。

酸素濃度の低下が、肉体労働者の体力を容赦なく奪っていく。

頭痛、吐き気、そして鉛のように重くなる手足。


「……おい、マルコ!手を止めるな!

レールが途切れたら、そこで終わりだぞ!」


ロイドが怒鳴るが、彼自身の顔色も土気色だ。

ボイラーの熱気がある機関車内はまだマシだが、外でレールを敷く建設部隊は、生身で極限環境に晒されている。


「……限界か」


運転台で、ゼニスは圧力計と、作業員たちの動きを交互に見ていた。


「……進軍速度が、計算の半分以下に落ちている。

このままでは、山頂に到達する前に……『燃料すみ』が尽きる」


炭水車テンダーを見る。

古戦場の森で調達した木炭は、すでに半分以上を消費していた。

アプト式の急勾配は、予想以上にエネルギーを食う。


「……ゼニス。引き返すなら今だぞ」


ギデオンが、弱気な声を出す。


「……これ以上進んで、燃料が尽きたら……俺たちはこの白い闇の中で、凍った彫像になるだけだ」


「……引き返して、どうする?

下界には『破門』と『飢餓』が待っているだけだ」


ゼニスは、前方の吹雪を睨みつけた。


「……進むしかない。

だが、システム(人間)の出力が限界を迎えているのも事実だ」


論理的には、進むべきだ。

だが、感情と肉体がついてこない。

寒さと酸欠による思考力の低下が、集団全体を「諦め」へと誘導し始めていた。


「……もう、ダメだ……。

こんなところで……死ぬのか……」


作業員の一人が、雪の中に座り込んだ。

それが伝染する。一人、また一人と、手を止める。

死の沈黙が、列車を包み込もうとした。


その時だった。


「……立ちなさい、マルコさん」


弱々しいが、凛とした声が聞こえた。


「……聖女……様?」


テントから這い出すようにして、エリスが現れた。

先日の魔力枯渇オーバーヒートから、まだ回復していない。

顔色は紙のように白く、足元はおぼつかない。

リーナやカエルが止めようとするのを振り切り、彼女は雪の上に立った。


「……エリス!無茶だ!寝てろ!」


ロイドが叫ぶ。

だが、エリスは首を振った。


「……いいえ。

……みんなが、命を削って道を作っているのに……。

わたくしだけ……寝ているわけにはいきません」


エリスは、震える手でボイラーからお湯を汲み、座り込んだ作業員たちに配り始めた。


「……飲んでください。温かいお湯です……」


ただのお湯だ。だが、この極限状態では、それは命の水に等しい。

エリスは、マルコの凍えた手を、自分の両手で包み込んだ。


「……思い出してください」


エリスの声が、寒風に響く。


「……あなたたちが作った『橋』を。

あなたたちが切り拓いた『道』を。

……ここまで連れてきてくれたのは、神様ではありません。

……あなたたちの『手』と、ゼニス様の『知恵』です」


かつて、全てを神の奇跡で解決しようとしていた聖女。

その彼女が今、自らの力不足を噛み締め、神ではなく「人間の力」を信じろと訴えている。


エリスは、胸の前で手を組んだ。

だが、それは神への祈りではない。


「……お願いです。

奇跡なんていりません。

ただ……みんなの『努力』が……報われますように」


それは、信仰ではない。

理不尽な運命に対する、人間としての「願い」であり、「信頼」の表明だった。


「……へッ」


それを聞いていたロイドが、鼻をこすった。


「……奇跡はいらねぇ、か。

元聖女様にそう言われちゃあ……俺たちがやるしかねぇな」


ロイドは、ハンマーを握り直した。


「……俺の設計は完璧だ。壊れやしねぇ。

……神頼みなんぞされなくても、俺が回してやるよ!」


「……ちげぇねぇ」


マルコも、震える足に力を込めて立ち上がった。

あの華奢な少女が、倒れそうな体で立っているのだ。

男が座っていられるわけがない。


「……俺たちが作った道だ。

最後まで……俺たちが繋げなくて、どうする」


エリスの言葉が、凍りついていた彼らのエンジンに、再び火を灯した。

非合理な精神論。

だが、極限状態においては、それこそが最後の「燃料」となる。


「……システム再起動リブート


ゼニスは、満足げに呟いた。


「……ドーパミンとアドレナリンによる、一時的な出力向上。

……非効率だが、悪くない」


ゼニスは、汽笛を鳴らした。


「……行くぞ!!

燃料が尽きるのが先か、頂上に着くのが先か!!

……デッドヒートだ!!」


「「「オオオオオオッ!!」」」


咆哮。

作業員たちが、再びレールを敷き始める。

寒さは変わらない。空気も薄いままだ。

だが、彼らの動きには、確かな「熱」が戻っていた。


列車は進む。

白い闇を切り裂き、一メートル、また一メートルと。


そして。

燃料計の針が、赤いライン(危険域)を指した、その瞬間。


「……おい!前を見ろ!」


先頭にいたマルコが叫んだ。

吹雪が、ふっと晴れる。

目の前に現れたのは、山頂の尾根。

そして、その向こう側に広がる――


「……あれは……?」


切り立った崖の中腹に、巨大な「洞窟」が口を開けていた。

そして、その入り口を守るように、無数の「松明」が揺らめいている。


「……人だ」


ギデオンが呻く。

松明の明かりに照らされているのは、毛皮を纏い、弓と槍で武装した、屈強な戦士たち。


「……あそこが、『目的地』か」


ゼニスは、地図を閉じた。

燃料は残りわずか。レールも尽きかけている。

だが、辿り着いた。


北の山脈の支配者。

岩塩を守護する、「塩の民」の領域へ。


「……最後の壁だ」


ゼニスは、アイアン・ホースを前進させた。

自然の猛威の次は、文明の衝突。

話も、常識も通じない相手との、交渉とりひきが待っている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ