表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神なき世界の設計者 ~奴隷の知識が非合理な絆と最強国家を鍛え上げる~  作者: Ken
第二幕:産業革命の設計図

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

65/86

第六十五話『暴力の飼い慣らし方』


灰色谷は、急激に「都市」へと変貌していた。


人口は増え続け、今や千人規模に達している。

だが、人が増えれば、必ず「摩擦トラブル」が生まれる。


「……おい! 俺のパンを取っただろ!」

「……あぁ!? 落ちてたから拾っただけだ!」


食堂の隅で、取っ組み合いの喧嘩が始まった。

かつては全員が「死にかけの奴隷」だったため、争う気力さえなかった。

だが今、彼らは健康になり、体力を持て余している。


CEOルームの窓からそれを見ていたゼニスは、眉をひそめた。


「……衣食住が足りれば、次は『秩序』が不足する。

……カエルを呼べ。『暴力』を、『システム』に組み込む」





代理看守長室。

呼び出されたカエルは、直立不動で主の言葉を待っていた。


「……カエル。広場での騒ぎ、見たか」


「……はっ。愚かな害虫どもです。

ゼニス様のお庭を汚す不敬、万死に値します。

直ちに全員、頭蓋骨を粉砕し、肥料として……」


「……カエル。それは『非効率』だ」


ゼニスは、一枚の羊皮紙と、真新しい「腕章」をテーブルに置いた。


「……お前を、灰色谷の『保安官シェリフ』に任命する。

この谷の『ルール』を執行する、俺の『代行者』だ」


「……代行者……?」


カエルの目の色が、怪しく輝いた。

身体が震え出す。


「……この俺が……ゼニス様の手となり足となり……代行する、と?」


「そうだ。だが、条件がある」


ゼニスは、羊皮紙――『灰色谷・法典(バージョン1.0)』を指差した。


「……今後、暴力を振るっていいのは、この『ルール』に違反した奴だけだ。

そして、殴る回数も、殴る場所も、すべてこの『マニュアル』に従え」


カエルは、法典を手に取り、食い入るように見つめた。

そこには、殴打の角度から気絶させる秒数まで、細かい規定がびっしりと書かれている。


普通の暴れん坊なら、「面倒くさい」と吐き捨てたろう。

だが、カエルは違った。

彼はその細かい規定の中に、ゼニスの「完璧な計算」を見出したのだ。


「……なんと……」


カエルは、法典を持つ手を震わせた。


「……俺のような野蛮な獣が、感情に任せて腕を振るうなど……ゼニス様の美学に反する汚らわしい行為でした。

……これ(マニュアル)こそが、ゼニス様の求める『正しい暴力の形』なのですね?」


「……そうだ」


ゼニスは、冷徹に告げた。


「……カエル。お前の『感情』など、システムには不要だ。

俺が求めているのは、俺の定めた『法』を、機械のように正確に執行する『機能』だ。

……お前に、それが務まるか?」


その言葉は、カエルの信仰心を、極限まで満たした。


(……感情など不要……)

(……俺という『個』を消し去り、ゼニス様の『システム』の一部になれと……!)


それは、狂信者にとって、至上の喜びだった。

自我を捨て、ゼニスの意志そのものとなること。


カエルは、膝をつき、法典を額に押し当てた。


「……おお……! 感謝致します、ゼニス様!

俺のような無知な獣に、貴方様の『理性』を分け与えてくださるとは……!」


カエルは、床に頭を擦り付けた。


「……承知いたしました。

このカエル、今日より『感情』を捨て、貴方様の『システム』となりましょう。

……害虫どもを、貴方様の『計算通り』に、処理してご覧に入れます」


「……いい心がけだ」





翌日から、カエルの「巡回おつとめ」が始まった。


「……おい! そこで立ち小便をするな!」


チンピラが絡んでくる。

以前のカエルなら、即座に殴り殺していただろう。


「……あ? なんだよカエル、偉そうに」


カエルは、ピクリとも表情を変えなかった。

怒りはない。あるのは「計測」だけだ。

彼は懐から「法典(聖書)」を取り出し、無機質に読み上げた。


「……対象の言動を確認。『軽犯罪法』第3条に抵触。

ゼニス様の定められた『美観』を損ねる行為は、存在を許されない」


「……はぁ? 何言ってんだおま……」


「……執行する」


ドゴォォン!!


正確無比な一撃。

だが、骨は折れていない。法典に定められた通り、「気絶」させるだけの、完璧にコントロールされた一撃だ。


「……マニュアル規定通り、打撃レベル2。……気絶を確認」


カエルは、気絶した男を見下ろし、法典の埃を払った。

その目には、達成感も興奮もない。ただ「正しく動いた」という事実への安堵だけがあった。


住民たちは、その姿に戦慄した。

かつての「暴れん坊」ではない。

話の通じない、冷徹な「ルールの化身」がそこにいた。





そんなある日。事件が起きた。


「……泥棒だ!!」


倉庫から叫び声が上がる。新入りの男が、工具を盗んで逃げようとしていた。

カエルが追いつくと、男は隠し持っていたナイフを取り出し、あろうことか、近くにいた「ルナ」を人質に取った。


「……来るな! 近寄ると、この女を殺すぞ!」


ルナの細い首に、刃が突きつけられる。



同時刻。CEOルーム。

窓からその光景を見たギデオンの顔から、一瞬で全ての血の気が引いた。


「……ル、ルナ……!?」


ガタンッ!!

ギデオンが椅子を蹴り倒し、窓枠に身を乗り出す。

その目は極限まで見開かれ、正気を失っていた。


「……やめろ……やめろぉぉぉッ!! 俺の妹だぞ!!

殺すな! 頼む、殺さないでくれぇぇぇ!!」


ギデオンは窓から飛び降りようとする。

だが、鋼のような手がその襟首を掴み、力任せに引き戻した。


「……放せゼニス!! ルナが! ルナが殺される!!」


「……落ち着け、ギデオン」


ゼニスの声は、氷点下のように冷たい。

暴れるギデオンを、無表情で壁に押し付ける。


「……今お前が行って何になる。カネで犯人を説得するか?

逆上させて、妹君の喉を掻っ切らせるのがオチだ」


「……だが!! カエルだぞ!? あの暴力の塊だぞ!?

あいつが暴れたら、ルナごとミンチになる!!」


ギデオンは涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながら絶叫した。


「……俺の全てなんだ……!

あいつを失ったら……俺は……俺はァァァ!!」


「……見ろ」


ゼニスは、ギデオンの顔を無理やり窓の方へ向けさせた。


「……俺の『システム』を信じろ」



広場。

カエルの目が、対象をスキャンする。

ルナは、ゼニス様が「保護対象」と定めた重要人物だ。

対して、犯人は「排除対象」。


カエルが棍棒を握る手に、力がこもる。

脊髄反射的な殺意が湧き上がる。

(……殺す。今すぐ、ミンチにして……)


だが、その瞬間。

脳裏に、ゼニスの言葉が、神の啓示のように響く。


『……俺が求めているのは、機械のように正確な執行だ』


カエルは、ピタリと止まった。

(……いかん。感情で殺せば、それは「カエル」の暴力だ。ゼニス様のシステムに「ノイズ」が混じる)


カエルは、棍棒を、地面に捨てた。


「……なっ?」


犯人が動揺する。


「……おい、愚か者。

そのお方は、ゼニス様の『所有物ゲスト』だ。傷一つ付けることは許されない」


カエルは、丸腰で、機械のように歩み寄る。


「……代わりに、俺を刺せ。

俺という『部品』なら、交換が効く」


「……く、来るな! お前、狂ってるのか!?」


「……狂っている?」


カエルは、無表情で首を傾げた。


「……いいや。俺は『正常』に稼働している。

ゼニス様の『システム』を守るためなら、この命など、とうの昔に捨てている」


その、圧倒的な「信仰」のオーラ。

犯人は、その異質さに飲まれ、震え、ナイフを取り落とした。


その瞬間。

カエルは疾風のように踏み込み――関節を極めて「確保」した。


「……『治安維持法』第1条。……拘束する」


「……カエル様……」


解放されたルナが、へたり込み、涙目でカエルを見上げる。


「……ありがとうございます。……貴方様も、神を信じているのですね?」


「……神?」


カエルは、CEOルームの方角を仰ぎ見た。


「……ああ。いるぞ。そこに、な」



CEOルーム。

一部始終を見ていたゼニスは、拘束していたギデオンの手を離した。


ギデオンはその場に崩れ落ち、床に手をついて荒い息を吐いた。

全身が、止まらない震えに襲われている。


「……はぁ、はぁ……、あ、あぁ……」


「……どうだ、CFO。

これが、『飼い慣らされた暴力』だ」


ギデオンは、震える手で顔を覆った。

恐怖が去り、安堵のあまり、嗚咽が漏れる。


「……助かった……。あいつが……無事で……」


ギデオンは、ふらふらと立ち上がり、窓の外のカエルを見た。

かつては野蛮な獣と侮蔑していた男。

だが今は、自分の命よりも大切なものを守ってくれた、恩人。


「……礼を、言わんとな……。

金貨でも、酒でも……あいつが望むなら、俺の靴を舐めろと言われても、構わん……」


冷徹な守銭奴の仮面は剥がれ落ち、そこにはただの「無力な兄」がいた。


「……『信仰』は、時として『理性』以上の抑制力を生む。

……使いようだな」


ゼニスは、静かにコーヒーを啜った。


食料、衛生、そして治安。

灰色谷(国家)としての機能(OS)は、これですべて実装された。

カエルという「暴力装置」が、ゼニスへの信仰心によって完全に制御下に置かれたことで、内部の憂いは消えた。


「……さて」


ゼニスは立ち上がる。


「……これで、内側の守りは盤石だ。

次は、未来への投資……『教育』の仕上げにかかるとしよう」


平和な夕暮れ。

だが、その静寂は、嵐の前のそれに過ぎなかった。


完成したシステム。

だが、それは間もなく、システムそのものを否定する「理不尽」と対峙することになる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ