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神なき世界の設計者 ~奴隷の知識が非合理な絆と最強国家を鍛え上げる~  作者: Ken
第二幕:産業革命の設計図

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第五十九話『冬将軍と不死の兵站』


アークライト領、北端国境要塞。

季節は、晩秋から冬へと変わろうとしていた。


城壁の上で、アークライト公爵は、隣に立つ「王軍(援軍)」の将軍に問いかけた。

国境の向こう、ガリア帝国側では、数万の軍勢が不気味な静寂を保っている。


「……帝国は、何を待っている?」

「『雪』でしょうな。彼らの重装歩兵は、雪中行軍に特化している」


王軍の将軍は、他人事のように薄ら笑いを浮かべていた。アークライトは不安を覚える。

だが、こちらの防備は万全だ。王都からの補給線もあり、王軍の援護もある。負ける要素はないはずだった。



同時刻。サイラスが、王都からの「定期便」を終え、CEOルームに駆け込んでいた。


「ゼニス様!!リリアナ様からの『帳簿』です!今回は、『記述』がおかしい!数字が……乱れています!」


ゼニスとギデオンが、直ちに帳簿(暗号)を開く。そこには、『綿花(=王軍)』の項目の横に、強烈なインクの染みがあり、数量が『ゼロ(=消失)』と記されていた。


ギデオンが小声で戦慄する。「(……『綿花』が『ゼロ』……!?市場から消えたんじゃない。……『王軍』が、『戦場』から消える気だ!)」


ゼニスは、即座に地図を広げ、顔を上げた。そして、部屋の隅に控えていた監視者グレイの方を向き、声を張った。


「……グレイ殿!緊急事態だ!今すぐ、物資と手勢を率いて、北の国境砦へ向かってくれ!」


グレイが眉をひそめる。


「……何の話だ?定期輸送なら来週のはずだ」

「間に合わない!オルティスの王軍が撤退する!公爵閣下の本隊が、孤立無援になるぞ!」


グレイは、ゼニスの言葉を理解できず、鼻で笑った。


「……何をバカな。王軍が撤退だと?戦況は膠着しているはずだ。そんな『命令』が出たという報告は、正規ルートでは届いていないぞ」


グレイは、ゼニスの手元にある「帳簿」を睨んだ。


「……貴様、その『商売のメモ』を見て言っているのか?商人が、軍の動きを予知できるわけがないだろう。不確かな情報で軍を動かせば、それこそ軍法会議ものだぞ」


もっともな反論だ。グレイには「暗号」が見えていない。

だが、説明している時間はない。ゼニスは、グレイの目の前に歩み寄り、その目を真っ直ぐに見据えた。


「……グレイ殿。俺の『計算』は、今まで外れたことがあるか?」


「……なに?」


「俺の情報源ソースは明かせない。だが、この情報は『絶対』だ。今動かなければ、アークライト公は……死ぬ」


グレイが息を呑む。

ゼニスの目に、迷いは一切ない。だが、騎士として、根拠のない命令違反はできない。


「……信じられん。もし、それが貴様の『妄想』だったらどうする?ただの杞憂で、私が持ち場(監視任務)を離れれば、私は処刑される」


ゼニスは、静かに告げた。


「……その時は、俺の首をやる」


「……!」


「これが嘘であれば、俺を『反逆罪』で処刑しろ。俺の命と、この灰色谷の全資産を、賠償として差し出す。……俺の命をチップにする。だから、乗れ」


グレイは、ゼニスを睨みつけた。

数秒の沈黙。張り詰めた空気。


やがて、グレイは舌打ちをし、剣を掴んだ。


「……チッ。いいだろう、狂った奴隷め。その『賭け』、乗ってやる」


グレイは立ち上がる。


「だが忘れるな。もし公爵がご無事で、王軍も撤退していなければ……その場で貴様を斬り捨てて戻るぞ」


「構わない。……急げ!!」


グレイが飛び出していく。ゼニスは、その背中を見送り、深く息を吐いた。


「……ボルカス!サイラス!グレイ殿に続け!『在庫』をすべて持たせろ!……総力戦だ!!」



そして、初雪が降った日。

事態は、ゼニスの「予知(解読)」通りに動いた。


夜明け前。前線のアークライトの元に、早馬が飛び込んでくる。


「公爵様!!右翼を守っていた『王軍』が……陣を払っています!!」

「なに!?」


アークライトが城壁に駆け上がると、信じがたい光景があった。

共に戦うはずの王軍が、敵が目の前にいるにも関わらず、「撤退」を開始していたのだ。


「貴様!!何のつもりだ!!」


アークライトが叫ぶ。王軍の将軍は、馬上で冷ややかに告げた。


「……宰相オルティス閣下より、『王都防衛』の緊急命令が下った。我々は帰還する。……あとは、貴公らで持ちこたえろ」


「馬鹿な!補給路はどうする!?貴様らが引けば、我々は孤立するぞ!」

「知ったことか」


王軍が去っていく。ぽっかりと開いた、防衛ラインの右翼。それは、「門」が開かれたのと同義だった。


その隙を見逃すガリア帝国ではない。地平線を埋め尽くす「冬将軍」が、雪崩のように押し寄せてくる。


「……嵌められたか……オルティスッ!!」


補給路を断たれ、退路を塞がれ、数万の敵に包囲されたアークライト軍。

ここから、地獄の籠城戦が始まった。


それから数日。戦場は、一方的な蹂躙じゅうりんへと変わりつつあった。アークライト軍は奮戦するが、次々と「物理的な限界」に直面していた。


熟練の騎士が、敵を斬り伏せようと剣を振るう。だが、極寒で脆くなった鋼は、帝国の重装甲に弾かれ、無惨に折れ飛んだ。


「クソッ!鍛冶屋を呼べ!直せ!」


叫んでも無駄だ。職人が一人一人に合わせて作った名剣(一点物)は、戦場では修理できない。


銃兵たちが、旧式の火縄銃を構える。だが、かじかんだ指では火薬を上手く詰められない。湿気った火縄は火がつかない。


「撃てない!火が点かない!」


そして、何より「飢え」だ。兵士たちが懐から「黒パン」を取り出すが、それは石のように凍りついていて、かじることさえできない。無理に口に含めば、体温を奪われ、腹を下す。


「武器がない!腹が減った!動けない!」


精鋭たちが、寒さと飢えと、道具の不備によって、次々と雪の中に倒れていく。


「……個人の武勇では、どうにもならん……!物資だ!物資さえあれば……!」


その時だった。

絶望の吹雪の向こうから、車輪の音と、怒号が響いてきた。


「……どけェェェ!!公爵様の元へ急ぐんだ!!」


先頭で剣を振るい、敵の包囲網を強引にこじ開けてきたのは、グレイだった。彼の後ろに、サイラスとボルカスが率いる幌馬車の列が続く。


「グレイか!!」


アークライトが叫ぶ。グレイは馬から転げ落ちるように降り、泥まみれで跪いた。


「……遅くなりました!灰色谷より、救援物資を持って参りました!」


「補給だ!!灰色谷から補給が来たぞ!!」


兵士たちが、荷台に殺到する。ボルカスが、荷台の上から怒鳴った。


「並ぶな!受け取ったらすぐに撃て!どれを手に取っても、中身は『同じ』だ!」


彼らが兵士たちに投げ渡したのは、無骨な木箱クレートだった。兵士がバールでこじ開けると、中には油紙に包まれた「規格品マスケット銃」と、蝋引きされた「紙薬莢」が、ぎっしりと詰まっている。


「…!?なんだこれは、銃なのか!?こんなものでどうやって戦えと…」


グレイは戸惑う部下たちを守るため、即座に敵が目前へと迫る前線へと躍り出た。だが、敵の攻勢は激しい。


グレイの目の前で、部下が帝国の槍に貫かれた。

彼自身の愛剣も、敵の重厚な斧を受け止めきれず、半ばから砕け散る。


「……くっ!」


丸腰になったグレイに、敵兵が迫る。

絶体絶命の瞬間。横から投げ込まれた「鉄の棒」を、グレイは反射的に受け取った。


サイラスが投げた、「規格銃」だった。


「……無骨な鉄パイプめ」


グレイは悪態をつきながら、その銃を構えた。

装填の仕方は、叩き込まれている。

紙薬莢を噛み切り、火薬ごと筒に押し込む。


ドォン!!


轟音と共に、目の前の敵兵が吹き飛ぶ。

グレイは、その手応えに戦慄した。


速い。そして、強い。


「兵士ども!補給の銃だ!手に取れ!!」


味方を鼓舞しながらも、迫りくる敵に向かって立て続けに撃ち込んだ。


ドォン!!…ドォン!!…ドォン!!


密集する敵兵たちを、まとめて吹き飛ばしていく。

その想像以上の威力と連射に、周囲の敵兵が怯んだ。


だが、連射の熱で、撃鉄が歪む。故障だ。

グレイは舌打ちし、足元に転がっていた死体――先に規格銃を持って死んだ兵士――の銃を拾い上げる。

慣れた手つきで「部品」を抜き取り、自分の銃に組み込む。

カチャッ。

数秒で、銃は蘇った。


「……使えるな」


グレイは、折れた愛剣を見下ろし、そして、手の中の「鉄パイプ」を握りしめた。

その瞬間、彼の中で何かが変わった。

「個の武勇」への信仰が消え、「システム」への改宗が完了したのだ。


「贅沢を言うな!撃てればいい!」


グレイは、いまだ戸惑う兵士たちに叫んだ。


「……使い方は、『噛んで、入れる』だけだ!撃てぇぇぇ!!」


兵士たちが、紙薬莢を噛み切り、装填する。

かじかんだ手でも、数秒で装填できる。


ドォン!!ドォン!!


かつてない密度の弾幕が、帝国の重装歩兵を薙ぎ払っていく。

何度倒しても、彼らの銃は止まらない。

壊れても、部品を交換すれば、即座に蘇る。


「……撃てるぞ!いくらでも撃てる!」


一方、食料班では、ロイドの樽が開けられていた。

中には、アルコールと塩で熟成された「燻製肉レーション」。

凍っていない。柔らかい。そして、高カロリーだ。

一口かじれば、強烈な塩気と脂が、凍えた体に熱を灯す。


「……生き返る……!」

「力が湧いてくるぞ……!」


飢えと寒さに震えていた軍団が、「システム」によって、物理的に再起動リブートした。



アークライト公爵は、本陣からその光景を呆然と見ていた。

自分の誇る「精鋭騎士団(職人芸)」が敗れ、

ゼニスの造った「安物の道具(システム)」を持った農民兵たちが、戦線を押し返している。


そこに、ゼニスが静かに近づく。

彼もまた、リリアナの情報に基づき、後方支援として戦場に到着していたのだ。


「……アークライト公。間に合いましたか」

「……1138番か」


アークライトは、折れた剣を捨て、足元に転がっていたゼニスの銃を拾い上げた。

ずしりと重い、冷たい鉄の塊。

装飾など欠片もない。ただ、殺すためだけに規格化された道具。


「……オルティスは、私を『損切り』した」


アークライトは、王都の方角を睨みつける。

その目には、決別の炎が燃えていた。


「……左様で」


「ならば、私も『損切り』をしよう」


彼は、銃を構え、照準を帝国の将軍に合わせる。

それは、古い自分との決別でもあった。


「私は、今日、ここで『(オルティス)』を捨てる。

……そして、『お前(システム)』を買う」


アークライトは引き金を引いた。

乾いた発砲音が、雪原に響き渡る。


「……高くつくぞ。覚悟しておけ」


「商売ですから」


ゼニスは、恭しく、しかし不敵に頭を下げた。

今、この瞬間、アークライト軍の「心臓」は、完全にゼニスに握られた。



帝国軍が、圧倒的な弾幕と回復した士気の前に、ついに撤退を開始した。

「冬将軍」は、「産業革命」の前に敗れ去ったのだった。


戦場の喧騒の中で、ゼニスは静かに告げる。


「……公爵様。間もなく『一年』になります」

「……ああ」

「約束の『査定』を、お願いいたします」


戦火の煙の向こうで、灰色谷の戦いにもフィナーレが近づいていた。

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